上 下
4 / 79
冒険者と喫茶店

Level.15 別れの肉じゃが

しおりを挟む
Level.15 別れの肉じゃが
巨大なオーガが光の粒子となって四散したことで、レイニーはそれを見届けるとガクンと膝から崩れ落ちた。
「レイニー!」
 リトが慌てて駆け寄るとレイニーは肩で息をしていて魔力の枯渇状態であることが見てとれた。
「レイニー、魔力回復のポーションだ。飲めるか?」
「ありがと…、リト…。」
 リトが直ぐに腰のポーチから魔力回復用のポーションを取り出してくれてレイニーに渡してくれた。レイニーはそれを受け取るとぐいっと飲み干した。ポーションの効き目が現れるまで数分かかるので、レイニーは"はー…"と重いひと息を吐いた。
「これで、終わりですかね?」
「だと思う。」
 レイニーがそう言って見つめる先には少し前まで巨大なオーガが座っていた岩の近くにジルビドたちが集まっている姿があった。レイニーのそばにはキュリアがやって来て、肩に手を置いた。
「レイニーには、ついこの間魔法攻撃を習得してもらったばかりなのに、大役を任せてしまってごめんなさい。私も魔法攻撃の多様性を極めなくちゃと思った。一撃必殺の切り札があることは何も悪いことだけじゃないから。」
「そんな…!キュリアさんが謝ることじゃないですよ!私もまだまだです…、魔力調節が出来てないから、雷の槍も魔力のポーションが無ければ連発出来ませんし…。」
 レイニーは座り込んだままキュリアと話を続けた。
「一撃必殺があれば少しは活路を開けるとは思います。でも私の力だけではダメです…1人でも動けるように、ちゃんと練習しないと。」
 そう言ってレイニーはグッと地面についた手で洞窟の地面を握った。悔しい思いが残るオーガ戦はこうして幕を閉じたのであった。
 ――――――
 ピーゲルの森の洞窟から帰宅して3日後。レイニーとリトは体調も万全になったので、冒険者ギルドに来てクエストをこなそうと掲示板を覗き込んでいた。すると、そこへジルビドの補佐官であるハルストがやって来て2人に声を掛けた。
「レイニーさん、リトさん。ジルビド様から大事なお話がありますので、至急ギルド長室へお越しください。」
「ハルストさん、こんにちは。ジルビドさんが私たちを…?なんだろう…」
 レイニーはどうしてジルビドが自分たちを呼んでいるのか分からなくて首を傾げた。
 そしてハルストについて行った先のギルド長室で書類に目を通していたであろうジルビドが顔を上げた。
「2人とも、来てくれてありがとう。大事な話というのは2つあってな。君たちに関係することで、手紙よりも実際に会って話をしたかったんだよ。」
「はぁ…、それで話の内容と言うのは…?」
 レイニーが話を先に進めるために促すとジルビドは一つの石のようなものを机にゴトリと置いた。
「それは?」
「これは巨大なオーガが鎮座していた岩の近くに落ちていた石だ。禍々しい魔力を放っていてね。直に触れると何か影響があるかもしれなかったから、後日洞窟へ行ってハルストに特別な装備で取ってきてもらったんだ。」
「そうだったんですね、それであの時岩の近くを調べていたんですね…。」
 レイニーが魔力切れで地面に座り込んでいた時にジルビドたちが岩の近くで何やら話し込んでいたのはそういうことかとレイニーは納得した。
「それでここ最近でオークやオーガがこの街の森にやって来た理由はこの石が関係しているようでね。この石が放つ魔力に惹かれて来たんだと、私たち冒険者ギルドは考えている。」
「確かに禍々しいオーラを感じますしね…。」
「精密な検査は王都の冒険者ギルドの総本部で行うことにしてもらう手筈なんだ。調査隊のメンバーであったレイニーくんたちにもこのことを報告しようと思ってね。ハルストに呼んできてもらったのさ。」
「そうだったんですね。その石が無くなればピーゲルの森は元通りってことですもんね。」
「そういうことだ。」
 そう言うとジルビドは禍々しい石を布で包んでハルストに渡すとハルストはそれを厳重に布や紙で何重にも包みそして段ボールに入れた。それを見届けると、次にジルビドは2人を呼んだ理由の2つ目の話に入った。
「2人を呼んだ2つ目の理由だが…。レイニーくんは冒険者ランクのことはもう知っているかな?」
「はい。冒険者になる前に講習会で一通りの説明を聞きました。リトはブロンズランクでキュリアさんがゴールドランク…でしたよね?」
「そこまで分かっているなら話は早い。レイニーくんのランク贈呈とリトくんのランクアップの話だ。」
「ランクの贈呈…ですか。私に?」
「そうだ。今回のオーク、オーガ戦でレイニーくんには大きな功績がある。そのことを評価してランクの贈呈ということだ。」
 ジルビドが冒険者ランクの話をしているから、もしや…とレイニーが思っているとその予感は的中したようでレイニーにランク贈呈の話が舞い込んできているらしい。その話を聞いてレイニーは嬉しさ半分本当に貰っていいのかという複雑さ半分といった心境だった。複雑そうな表情をするレイニーに隣にいたリトが顔を覗き込んできた。
「レイニー、ランク贈呈が嬉しくないのか?頑張ったことを評価されてるんだぞ?」
「でも、私雷の槍を打ったら足手纏いになっちゃってたし、オーク戦でも結局はキュリアさんに助けてもらってたし…。」
「レイニーくん。過去のことを振り返って"あそこが悪かった、ここが悪かった"と悪い部分に目を向けて反省点を見つけることは良いことだ。だけど、それだけではダメだ。反省し、改善していくことが大事なんだ。レイニーくんは反省点をちゃんと分かっている。それをバネにさらに強くなれるんだ。いいかい、レイニーくんは街の人に及ぶかもしれなかった脅威から街を救ったんだ、そのことにも目を向けてほしい。オーガに立ち向かう時に言った"大切な人を守りたい"その気持ちがこうしてランク贈呈として評価されたんだよ。」
 ジルビドから諭されるように言われたレイニーはハッとした。自分は大切なザルじいや街の人たちを助けたいがために立ち上がって戦って来た。その頑張りが認められたのだとそう言われてレイニーはなんだか目頭が熱くなって来た。
「ありがとう、ございます…ッ」
 レイニーが顔を下に向けて涙声でお礼を言ったことにジルビドもリトも咎めることや冷やかすことはしなかった。
「リトくんは元々ブロンズランクだったから、今回の活躍でシルバーランクへのランクアップだ。これがそのピンズだ。受け取ってくれたまえ。」
「ありがとうございます!」
 レイニーはやっと涙を拭い終えるとリトがシルバーのピンズを付けているところを見ていた。ジルビドはその様子を見てレイニーにもブロンズで出来たピンズを渡してくれた。レイニーは手の中でキラキラと輝く銅で出来たピンズを大事そうに抱えて再びジルビドに頭を下げた。
「ありがとうございます!」
 ――――――
 レイニーとリトがランクアップのピンズを貰ってから冒険者ギルドのホールに戻ってくるとそこにはザルじいとキュリアがいた。
「キュリアさん、ザルじい!どうしてここに?」
「キュリアがそろそろ旅立つと言っての。見送りに来たんじゃよ。」
「キュリアさん、もう旅立たれるんですね…。寂しくなりますね…。」
「レイニー、今回一緒に戦えて楽しかった。レイニーの成長速度は速いと思う。この調子で頑張って。」
 そう言ってキュリアはレイニーの肩にポンと手を置いた。
 憧れのキュリアからそう言われてレイニーは笑顔になった。そしてレイニーは何かを閃いた。
「キュリアさん、まだ旅立つには時間ありますか!?」
「?うん、直ぐには行かないけど…。」
「ちょっと待っててください、直ぐに戻ります!」
 レイニーはものすごい勢いで街外れの自宅に戻るとコンロの上にあった鍋の中身を見てこくりと頷いた。
「まだあるね!これなら…!」
 ――――――
 それから数分でレイニーは冒険者ギルドの前でリトやザルじいたち、街の人たちがキュリアとの別れを惜しんでいるところへ戻って来た。
「キュリアさん、これ!」
「これは?」
 レイニーがキュリアに渡したのは一つのタッパーだった。中身を開くとそこにはジャガイモがゴロゴロと入った肉じゃががあった。
「これ…肉じゃが…」
「キュリアさん気に入ってくれたみたいなんで、家に余っていた分全部持って来たんです!旅先で食べてください!あ、冷蔵庫がないと衛生上危ないんで直ぐに食べてくださいね!」
「ふふ、ありがとう。レイニー。また会ったときは肉じゃが、作ってね。」
「はい!」
 レイニーは元気よく返事をしてキュリアと握手を交わして彼女を見送った。レイニーは彼女との出逢いで大きく成長できた。次会う時にはもっと成長している自分を見てもらおうとレイニーは決意したのだった。 
しおりを挟む

処理中です...