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冒険者と喫茶店

Level.19 茶葉を探して

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Level.19 茶葉を探して
 バニラビーンズもどきを手に家に帰ると、果物屋さんとの契約を終えてきたザルじいが帰宅していた。
「ただいま~…」
「おお、おかえり、レイニー。ずいぶん遅かったが何かあったかの?」
「それがね、バニラビーンズもどきを探すのに時間がかかったし、その後に魔物に追いかけ回されるしで…。帰ってくるのが遅くなっちゃった…。」
「そうだったのか…。プリンはわしが作っておくからレイニーは休みなさい。」
「うん…、そうさせてもらう…」
 レイニーはフラフラとした足取りでお風呂場に行ってお風呂に浸かった。思わぬ体力の消耗からお風呂で疲れを癒し、その日はもうベッドに倒れ込んだだけで、沼に浸かるかの如くどっぷりと寝てしまった。
 ――――――
 翌日、レイニーが目を覚ますと太陽がかなり昇ってしまっていた。"まずい!"と思って飛び上がってベッドから起き上がるとバタバタと急いでザルじいがいるであろうリビングに向かった。
「ザルじい、ごめん、寝過ぎた!」
「おお、おはよう、レイニー。よく眠れたようで良かったわい。プリン、出来ておるぞ。」
 レイニーが慌てた様子でリビングに向かうとそこにはソファーで新聞を読んでいたザルじいがいたので、両手を合わせて謝罪をした。ザルじいに言われるがまま冷蔵庫を覗くとそこには大量のプリンがあった。甘い香りに誘われてレイニーは早速一個のプリンを手に取り、朝食兼昼食のメニューの一つとして並べることにした。
 ザルじいはすでに朝ごはんを食べた後だったようでレイニーは1人分のご飯を作った。メニューは冷蔵庫に鶏肉があったので親子丼を作った。親子丼を食べてからプリンを皿にひっくり返してカラメルが上に来るように盛り付けるとそのプルプルとした感触にレイニーも同じように震えた。
「これだよ、これ!プリンといえばこの柔らかさ!」
 レイニーはしばらくスプーンでプリンを叩いてそのプルプルとした柔らかさで遊んでいた。
「今回のプリンは蒸しプリンにしてみたが、レイニーの口に合うかのう?」
 遊んでいたレイニーのそばにザルじいが寄ってきたので、レイニーはハッとしてやっとプリンを口に運んだ。
「うん!甘くて美味しい!固さもこんなもんで良いと思う!柔らかすぎると安っぽい感じがするし…。かと言って火を通しすぎた固いプリンは違うと思うし…。」
「レイニーの口に合ったようで良かったわい!あとはプリンにフルーツを盛ればプリンアラモードは完成じゃの!」
「うん!あとはー、ドリンクだよね…。コーヒーはザルじいがほぼ完成させてるし、あとは紅茶か…。」
「紅茶の茶葉にも種類があるしの。まずは八百屋や乾物屋から話を聞くといいじゃろう。」
「そうだね!手分けして情報収集してみよう!」
 そう言うとレイニーは普段着から外に着ていく装いに着替え、まずは八百屋さんへと向かった。
「こんにちは、ラルジュさん、カスミさん。」
「あら!レイニーちゃんじゃない!こんにちは。今日は何を買ってく?安くするよ?」
「えと、今日はある食材?を探してまして…。」
「??」
 レイニーの疑問符がついた言葉の続きを八百屋の夫妻が待っていると、レイニーは身振り手振りで紅茶の茶葉についての説明をした。だが、八百屋の夫妻は2人とも首を捻るだけでうちにはそういうものは置いてないんだよと残念そうに言った。レイニーは落ち込んで肩を落としながらトボトボと歩いて帰ろうとした時に、八百屋の奥さんのカスミが何やら思い出したかのように手をポンと合わせた。
「そうだわ!ベーゲンブルグの市場ではそういう茶葉?ってのを取り扱っているっていうのを小耳にしたことがあるわ!ベーゲンブルグまではピーゲル発の馬車を使えば2時間程度で着くから。レイニーちゃん、行ってみたらどう?」
「!有益な情報ありがとうございます!是非行ってみようと思います!」
 レイニーは八百屋の奥さんのカスミから有力情報を手に入れることが出来たので、家に帰ると既にザルじいが帰ってきていた。
「ザルじい、ただいま。そっちはどうだった?」
「こっちは空振りじゃよ。"そんなもんは置いてないなー"で終わったわい。」
「私はね~、ふっふ~!なんと!ベーゲンブルグって街で茶葉を扱っているお店があるらしいから早速行ってこようと思って!馬車で2時間掛かるって言ってたけど…。」
「もし夜遅くなるようなら向こうで1泊してきてもいいぞ。わしのことは気にしなくても大丈夫じゃよ。」
「ありがとう!ザルじい!早速準備して行ってくる!」
 ザルじいからの了承も得られたし、レイニーは部屋に行き簡単な旅支度をして、家を飛び出した。
「行ってきまーす!」
 ザルじいに見送られ、レイニーはピーゲルの街から各街へ行く馬車が集う馬車乗り場に向かって、ベーゲンブルグ行きを見つけると発車寸前だったので、慌てて飛び乗った。
 ベーゲンブルグまでは2時間掛かるのでその間にレイニーは冒険者として魔物大図鑑を見て勉強したり、喫茶店のメニューに良さそうな料理のレシピを考えていた。
 そんなことをしていればあっという間に2時間は経過し、ベーゲンブルグの街に着いた。
「ここがベーゲンブルグかぁ…。ここはやっぱヨーロッパっぽいな~。おしゃれ~…。」
 馬車から降りて街をキョロキョロと見渡して観光気分を味わっていると、ふと大通りの方で人だかりが出来ていた。レイニーも野次馬に混じって何があるのか覗き込むと、ちょうどレイニーの目の前を1台の馬車が通った。その馬車に乗っていたのは、金色の柔らかそうな髪に青い瞳というお人形さんみたいに美人な女の子が乗っていた。
「(今、目が合った…?)」
 レイニーがパチクリと瞬きをしている間に馬車は人だかりを通り過ぎ、大通りの先の高級住宅街と思われる場所まで走って行った。
 それから次第に人だかりはまばらになり、大通りに残ったのはレイニーと井戸端会議をする奥様方だけだった。
 レイニーはあっという間の出来事だったのに、胸の中にあの人形のような可愛らしい美人な子のことが離れなかった。
「(すごく綺麗な女の子だったなぁ…)」
 そんな余韻に浸っているとレイニーの背で奥様方の井戸端会議が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、さっきのお嬢様のお顔ご覧になった?」
「見た見た!お人形さんみたいにちっちゃくて可愛らしい子よね~!」
「あの高級住宅街のシリウスさんのとこに嫁ぐって聞いてたけど、本当の話だったんだねぇ!」
「ご令嬢になるってのとだろう?この街も更に賑わいそうじゃないか!」
 そう言って高笑いをしながら次の話題に移って行った井戸端会議を聞いていたレイニーはあの女の子はこのベーゲンブルグのお金持ちに嫁いだらしい。レイニーよりも若く見えたが、あんなに可愛いのだから縁談がたくさん合ったに違いない。羨ましいなぁと思いながら、レイニーは茶葉探しの旅を続けた。
 八百屋のラルジュ夫妻から聞いた話ではベーゲルブルグで茶葉を取り扱っているのは全部で3店舗らしく、レイニーはそのお店の外観とお店の名前を、ラルジュ夫妻から聞いていたので、店を見つけ出すと店員に茶葉のことを尋ねてみた。
「茶葉ですか…、すみませんが、今日は卸してなくて。今在庫が無いんですよ。すみません…」
「わ、わかりました…。」
 1店舗目、撃沈。
 ショボーンとわかりやすく落ち込むレイニーだったが、まだ希望はある!と自分を鼓舞して2店舗目へ。
「おう、いらっしゃい!何をお探しだい?」
「あのピーゲルって街から来たんですけど、茶葉ってこのお店で扱っていると聞いたのですが…。」
「ああ!茶葉なら扱っているよ!まだ少し在庫があると思うから今から確認してくるかい?」
「!ありますか!じゃ、じゃあ、お願いします!」
 レイニーは2店舗目で念願の紅茶の茶葉に出会えた。しばらくしてお店の奥から戻った店主は麻袋の中身をレイニーに見せた。そこには緑色の茶葉が乾燥した状態だった。
「(ふむ、これは緑茶になりそう…臼で引けば抹茶にも使えそう…)すみません、この茶葉を麻袋2つ分で売っていただけませんか?」
「あいよ!まいどあり!」
 レイニーは緑茶になりそうな茶葉を買ってお茶だけでなく抹茶への可能性も視野に入れて購入したのであった。
 そして続く3店舗目の茶葉はあの見慣れた紅茶の茶葉を見つけることができた。
「これ、今ある在庫全てをピーゲルの"喫茶レイン"に卸していただけませんか!?」
「えっ、全部!?」
「はい!お願いします!」
 若い女の子が茶葉を買い占めるとは思っていなかったお店の人が驚いていた。
 こうしてレイニーは茶葉をなんとか見つけ出して翌日朝一番の馬車でピーゲルへと帰ってきたのだった。
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