伯爵令嬢の黒の婚約

桜井正宗

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ヴュルテンベルク家の屋敷

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 しばらくして彼は帰った。
 また後日迎えに来ると言ってくれた。
 改めて家に招待してくれるとのことだった。正直、とても嬉しい。
 最近は無気力で活力すらも湧かなかった。
 生きる気力も失っていた。

 アインと出会えて、わたしは少し生きようという気持ちが強くなった。もう少し、もう少しだけがんばってみようかな。


 それから、わたしはいつものように過ごして――朝を待った。


 眠りから覚め、紅茶を味わっていると扉が開いた。


「アイン、来てくれたのですね」
「おや、ミレヴァさんは勘が鋭いな」
「そうでした。わたしのことはミレヴァと」
「いいのかい?」
「もちろんです。もう知らない仲ではないのですから」

 それもそうだ、とアインは納得してくれた。わたしの手を取り、優しく引っ張ってくれる。ヴュルテンベルク家へ向かうようだ。
 門を出ると、そこには馬の気配があった。

「この馬は、僕の愛馬でね。名をラッセルという」
「とても毛並みのよい、優美な馬ですね」
「彼は特別でね。そら、ミレヴァ」

 先に馬に乗ったアインがわたしを持ち上げてくれた。彼の胸の中に落ち、ありえないほどに心臓が高鳴った。こんなにも大胆に包み込んでくれるとは思いもしなかった。


 *


 ヴュルテンベルク家の屋敷に到着。
 馬から降り、広い庭を歩く。
 わたしに能力があると分かっていても、アインは腕を貸してくれた。こういう配慮ができる彼が素敵だと感じた。

 庭を抜けると丁度、侯爵の気配を感じた。

「そろそろ到着する頃だと思っていたよ、アイン。それにミレヴァさん。ようこそ」
「お招きいただき、感謝します、侯爵様。それに……」

 もうひとつ気配があった。
 このわたしよりも年下の男の子はいったい。

「ああ、気づかれたかな。次男のエドゥアルトだ」

 侯爵はそう紹介してくれた。
 アインと同じ、あたたかいオーラ。間違いない。
 少年らしき男子はアインの弟なのね。

「はじめまして……ミレヴァさん」
「よろしくね、エドゥアルトくん」
「……は、はい」

 けれど、彼から“悲痛”が聞こえた。
 ……様子がおかしい。

「あの、旦那様」

 メイドがやってくると、エドゥアルトくんは怯えていた。侯爵はなにも知らないのか「おぉ、そうだな。そろそろ中へ入ろう」と意気揚々に言った。……気づいていないの。

 エドゥアルトくん、腕もケガしてるし。
 せめてアインにこのことを教えなきゃ。

 わたしはアインに耳打ちした。

「アイン、エドゥアルトくんなのですが」
「ああ、どうした?」
「心や体に傷を負っているようです」
「な、なんだって!? それは本当かい!?」
「ええ、間違いありません。わたしの全て・・がそう囁いているのです」
「気づかなかったよ……」
「恐らく犯人は、あのメイドかと」
「メイドが!? しかし、彼女はこの前、コルネリウスの証拠品を見つけてくれた……そんな暴力を振るような女性には見えないが……」
「信じてください。エドゥアルトくんの為にも」
「そうだな。分かった。ミレヴァを信じる」

 これでやるべきことは決まった。
 わたしは、エドゥアルトくんが笑顔になれるようにメイドの悪事を暴く。
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