錆びた婚約指輪

桜井正宗

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婚約破棄

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 侯爵は不敵に笑い、婚約破棄をつきつけてきた。
 ここ数日、おかしいと思った。
 わたしのことを放置して彼は夜遅くまで遊んでいたからだ。

「というわけだ。イアラ、俺たちの関係は終わりにしよう」
「本気ですか?」
「もちろんだよ。もう君にはなんの感情も湧かない。この婚約指輪も外させてもらうよ」

 吐き捨てるようにして侯爵は、指輪を外そうとした。
 けれど、その指輪はもう“錆びて”いた。
 彼がわたしを裏切ればそうなる効果を持っていたからだ。

「あなたは終わりですね」
「なに……? なにを寝惚けたことを……ぬッ!?」

 彼の指から錆びが伸びていく。
 次第に腕、体を蝕んでいく。

「それは裏切りの代償です」
「な、なんだこれは! なんの呪いだ!?」
「呪い? 違いますよ。わたしの絶望です」
「ば……馬鹿な。イアラ、これを止めろ! 俺が死んでしまう!」
「婚約破棄なのでしょう? ならもう関係ありません」

 わたしは背を向けて部屋を去る。
 彼は必死に懇願してくるけど、もう遅い。

「許してくれ!!」
「許しません」

 侯爵の体がどんどん錆びていく。
 全身が黄土色に変色すると、彼はそのまま倒れた。

 屋敷を出ると、門の前に男性がいた。

「参っていたよ、イアラ」
「バリス様……」
「どうやら、侯爵は自らの命を断ったようだね」
「はい。彼は錆びて死んでしまいました」
「そうか。これから行くあてがなければ、私のところへ来るといい。歓迎するよ」

 バリス様は、公爵家の生まれ。
 偉大な魔法使いの家系だった。
 婚約指輪も彼に作ってもらったもの。

「ありがとうございます、バリス様」
「前から君のことは気になっていたんだ」
「え……」
「いや、なんでもない。しばらくは我が家で自由にするといい」

 手を引いてもらって、わたしは馬車へ乗り込む。
 それから、わたしは彼の家で幸せに暮らすようになった。
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