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辺境伯と辺境領地ヴァーリ

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 俺には何か“足りないもの”がある。
 それが何か、答えは聖地アヴァロンへ行けば分かるのだろうか。

「ローザ、ここはどこだ?」
「帝国の外ですが、まだギリギリ領地内ですね。この先にはリディア共和国に属する『ミーミル』という街があります。そこを経由しないと『聖地アヴァロン』へ行けないんです」

 ミーミル……聞き覚えがあるな。
 親父がその街の名を口にしていた気がする。

「とりあえず、そこへ行くしかなさそうかな」
「聖地アヴァロンへ行かれるのですね」

「いや、それは先の話だな。しばらくは“辺境の地”で療養する」
「へ……アビスさん、なにをおっしゃるんです? ケイオス帝国は追放されちゃったじゃないですか」

 その通り。
 たった今、俺とローザは『追放処分』を受けて放り出されてしまった。

 だが、俺は気づいてしまった。

 聖騎士ガラハッドから返して貰った『ダンジョン攻略達成証明書』の裏面には文字が書かれていたんだ。


『よくぞ気づいた、アビス。
 この手紙は“魔法スキル”によってつづらせてもらっている。
 さて本件だが、騙してすまなかった。
 実は、ログレス騎士団内部に裏切者のダークエルフがいてね。奴らに聖剣の存在を示すと同時にアビス、君を追放しなければならなかったのだ。皇帝陛下は、君の力がダークエルフに奪われないかと危惧きぐしていらっしゃったのだ。

 相手は、非常に厄介で強力な魔力を持つダークエルフ。
 姿を偽装し、君の“大いなる力”を奪おうとしているんだ。君という存在がダークエルフに奪われたら、世界の終わりなんだ。だから、分かってくれ。

 その代わりといってはなんだが、君に『辺境伯』の地位をこっそりとだが授けた。それと領地も与えた。ミーミルという街の直ぐ傍にある辺境の地・ヴァーリだ。

 ――ああ、そうそう。余談だが、この私もそのうち向かう。

 また会おう、少年』


 しばらくして文字が消えた。
 どうやら、読むと自動的に消去されるようだった。


「え、今の手紙って……」
「聖騎士ガラハッドのものだ。きっと、ケイオス帝国では何かあるんだ」
「何かって……」

「分からん。けどな――」


【アビス・ウィンザー】
 種族:人間
 年齢:15歳
 性別:男性
 職業:なし
 爵位:辺境伯
 領地:ヴァーリ
 冒険者ランク:88位(SS級)


 自分のスペックを確認すると、そこには『辺境伯』の文字が記載されていた。


「わ! アビスさん、いつの間にか辺境伯になっているじゃないですか!」
「わははは! なんと領地もばっちりだ!」

「わー! わー! 念願の『辺境伯』じゃないですかー! 素敵!!」


 飛び跳ねて抱きついてくるローザを俺は受け止めて、ぎゅぅぅぅっと抱きしめた。この時がやっとやって来たんだ……!!


 親父のヤツ、あんな厳しいことを言っていたけれど、きちんと分かってくれていたんだな。

 それに、内部に裏切者がいたんだ。
 そりゃ慎重になるよな。


「ローザ、俺やっと貴族に戻れたよ」
「はいっ。アビスさんが辺境伯に……あぁ、ただでさえカッコイイのに、わたし、わたし……」

 ぶわっと泣き、ボロボロ涙を零すローザ。そんなに泣いてくれると、俺も泣けてきた。

「今こそ勝利を得た! ローザ、俺たちはメテオゴーレムダンジョンを踏破し、攻略し、見事に成り上がった。これも全てお前のおかげだ、心から感謝する。ありがとう」

「……ッッ。アビスさん、わたし……嬉しいっ」


 花のような笑顔。
 宝石のような大粒の涙。

 爵位や領地を獲得した以上に嬉しかった。なによりもこの笑顔が見れて――俺は幸せ。

 この為に頑張ってきたようなものだ。


「ミランダも直ぐ報告してやらないとな」
「はい、三人で暮らしましょう」

「――そうですね!! わたくしも混ぜてくださいませえ~!!」

 と、叫んで号泣するミランダ。

「うわ、ビックリした! ニョキニョキっと生えてくるな! 心臓に悪いぞ、ミランダ! いつの間にいたんだ!」

「えへへ……さっきワープポータルを開いて戻って来たんです。というか、ここどこです? いえ、でもそんなことは今はどうでもいいですよね。アビス様ぁぁぁ!」


 突然沸いたミランダも加わり、強く抱き合った。
 今までの苦労、努力、喜び、悲しみ、全てを織り交ぜて俺たちは互いにたたえ合った。


 ▼△▼△▼△


 マップの案内ナビを使い、辺境の地・ヴァーリを目指した。
 徒歩三十分ほどを歩き、その領地が見えてきた。


「あれか! まさに辺境の地って感じの田舎――じゃない! なんだこりゃあ?」


 標高のある丘から見下すと、ヴァーリは中々に栄えていた。のどかな農場や畑、ゆったりとしている牛系モンスターやスライム。

 小さな街だけど、大きな屋敷があちらこちらにあった。


「素敵ですね、アビスさん」
「あ、ああ……そうだな、ローザ。俺は、もっと村みたいな集落をイメージしていたんだがな」


 村っぽくはあるものの、どちらかといえば街だった。


「ここって人が住んでいるのでしょうか」

 興奮気味のミランダが周囲を見渡す。
 俺も同じように目を動かすが、これといって気配はなかった。無人なのか?

 とにもかくにも、領地内へ入った。


【ケイオス帝国領・ヴァーリ】
【領主:アビス】


「なんか出た!」
「本当にアビスさんのものなんですねっ」
「そうらしい。よし、下りてみるか」


 丘を下り、屋敷の方へ向かう。
 広い通路に出て先を歩くと、人の気配を感じた。……誰だ?


「お待ちしておりました、アビス様」
「眼帯の執事……?」


 通路の中央には、執事服に身を包み、眼帯をつける白髪の老人執事がいた。背筋をピンと伸ばし、綺麗な姿勢だ。それに眼力も凄い。強そうだな。


「私は『アルフレッド』と申します。突然で失礼ですが、アビス様……お力を拝見ッ!!」


 アルフレッドとかいう執事は、いきなりレイピアを抜いて襲い掛かってきた。ので、俺はインビジブルスクエアの“ソード”で応戦した。


「――あっぶねえッ」
「ほう、透明な武器ですか」

「!? ……分かるのか」

「分かりますとも。その武器、SSS級のインビジブルスクエアとお見受けしますが」


 何故分かったんだ。
 この執事、何者なんだ!?


「ちょっと待って。ルーカン辺境伯の元執事ってことか」
「……む。ご存知でありましたか」

「当然だ。だが、これからは俺の領地になる。矛を収めろ」
「これは大変なご無礼を。切腹でもなんでも致しましょう」
「自殺は却下だ。それよりアルフレッド、お前以外の住人はいないのか?」

「おります。ご案内いたしましょう」


 くるっと背を向けるアルフレッド。
 俺は、ローザとミランダに耳打ちした。

「なんか怪しいよな」

「はい、人の気配があまりにも少ないです。ちょっと心配ですね」
「わたくしも嫌な感じがするような、しないような」

 う~ん、釈然としないというか、なんかこう……引っ掛かるものがある。俺はまだ、親父の掌で踊らされているのだろうか?

 腕を組んで考えていると、ローザがこう言った。


「でも、自然豊かで良い場所ですし、これからアビスさんのものなんです。堂々と構えていきましょ」

「そうだな。これからは俺が辺境伯であり領主。この辺境の地を守っていかないとな」


 だが、聖地アヴァロンへ行ったり、ダークエルフに関する情報を集めたりなど……中々忙しい。けれど、今は忘れよう。

 なぁに、焦る必要はないさ。
 時間はたっぷりあるはずだから。

 ローザが俺の手を握る。
 ミランダも同じように。
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