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第26話 お姫様抱っこと間接キス
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駅前まで走って逃げると、それでも風紀委員長の椎名は追跡してきた。まずいな、アイツの足、思ったよりも早い。
「遥、すまないけど、遠回りしていくぞ」
「う、うん。けど、もう走れない……かも。遙くん、長距離走得意なんだ……意外な特技に驚いちゃった」
俺は逃げ足だけはS級ランクだからな。そう、足だけは無駄に早いし、持久力もあった。敏捷性だけはピカイチなのだ。
これはその昔、闘犬のピットブルに追い駆けられたり、いじめから逃げたり、頭のおかしいオッサンに追い駆けられたりなど悲しい過去の経験が俺の足を素早くした。
そして、今現在。
運動神経抜群の遥ですら、この俺の疾風迅雷(俺命名)の異名を持つ瞬足について来れていなかった。
「もうすぐカラオケ店“BONBON”に着くぞ」
BONBON。
相模原駅前にある格安カラオケ店。学生ならフリータイムで八百円、三十分なら二百円というお財布に優しい料金設定。だから、そこを目指すことにした。
――のだが、椎名が必死になって追い駆けてくる。お前は、未来からやって来た殺人ロボットかよ。
くそう、このままだと追い付かれるぞ。
「ど、どうしよう。わたし、走れない」
「分かった。こうなったら、最終手段だ。遥、俺たち結婚しているし、いいよな」
「え、なに? なになに!」
俺は、遥の華奢な体を持ち上げ“お姫様抱っこ”した。これで突っ走る。全速前進だッ!
「恥ずかしいかもだけど、今はそうは言っていられない」
「ちょ、遙くん! わ、わたし、まだ心の準備もできてないのに……!」
ジタバタ暴れる遥さん。
でも、そんな悠長なことを言っている場合ではない。背後には椎名が迫って来ていた。今のところは米粒サイズだけど、冷酷な追跡者のごとく向かってきている。
とにかく、遥を抱えて俺は走った。
幸い、遥の体重は40kg台なのだろう、軽くて腕に負担はなかった。
「遥、めちゃくちゃ軽いな」
「えっ、ほんと!? それ、すっごく嬉しい。最近、ダイエットめっちゃ頑張ってたもん。――って、褒めて話題を逸らさないでよ」
あ、怒られた。
ていうか、遥ってダイエットする必要ないだろ。腰回りなんて細すぎて心配になるレベルだぞ。
俺はどっちかといえば、ちょっとムッチリしている方が好きなんだけどな。
「あと少しで撒ける。我慢してくれ」
「し、仕方ないなぁ」
良かった。暴れるのを止めてくれた。今は赤面しながらも大人しくしてくれている。俺だって他人の目が気になる。恥ずかしいけど、遥と二人きりでカラオケに行きたいんだよっ。その為にも周囲なんて気にしていられない。
道行く人、障害物を避けて――駆け抜けていく。遥をケガさせないよう、最大限の気を遣って。
負けるものか、風紀委員長なんかにッ。
足が砕けそうになるほど本気で突っ走って、俺はついにカラオケ店『BONBON』の前に辿り着いた。
息は既に乱れ、意識が朦朧としていた。……あぁ、クラクラする。酸素が足りない。死ぬ、死んでしまう。
でも、それでも俺は倒れない。
ここで俺が倒れたら、遥も倒れてしまうからだ。震える足を誤魔化して、俺は最後の力を振り絞って入店。
「うぉぉぉぉぉ……!! ――って、別に熱血キャラになる必要はないんだけどな」
普通に入店して、遥を立たせた。
「あ、ありがとね、遙くん。めちゃくちゃカッコ良かった。まるで白馬の王子様みたいだったよ」
「そう言われると余計に恥ずかしくなるわッ」
本当にヤバイくらい恥ずかしくなったので、さっさと受付へ。スマホのアプリで会員登録はしてあるので、フリータイムを注文して部屋を貸し出してもらった。
部屋へ向かう前に飲み物だ。
飲み物は料金に含まれて無料なので、店内にあるドリンクバーを使う。俺はカップを手に取り、カルピスを注いだ。遥はコーラを――って、ん!?
「え、なにかおかしかった?」
「遥さん、どうしてコーラとカルピスを混ぜているのかな」
「これ“カルピコ”っていうの! カルピスとコーラを混ざるシンプルなレシピ。えっ、遙くんって知らなかったの!?」
知らねえ~。
なんだ、その珍妙な飲み物。
どうやら、レシピサイトにも載っているらしい。マジかよ、知らなかったよ。
「さっさと部屋へ行くか。椎名さんに見つかったら乱入してくるかもしれないし」
「そ、そうだね。あはは……」
* * *
部屋番号七番へ入った。
二人きりでカラオケとか初めてだし、まるでデートだな。
機種は『ライブダムダム』という最新機種。タッチパネルもバカみたいにデカい。なんだこのコンクリートブロックみたいな端末。
凶器かよと突っ込みを入れながら、俺はソファに腰掛けた。遥も隣に座ってきた。
「……ち、近くね」
「いいじゃん、夫婦なんだもん。それに、さっきわたしをお姫様抱っこしたでしょ。今度は、わたしが遙くんにいろいろしちゃう番だよ」
いろいろ?
なんだか怖いな。
内心ヒヤヒヤしながら、白い液体のカルピスを飲み、喉を潤す。遥も例の“カルピコ”を味わっていた。あれ、美味いのかな。なんか気になってきたぞ。
「ん~、美味しい。これこれ」
「そんな美味いの?」
「うん、飲んでみる?」
はい、とカップを寄越してくる遥。俺はドキッとして手が震えた。
「か、間接キスになっちゃうよ?」
「べ、別に今更だよ。飲んでいいよ……?」
あざとい微笑みに、俺は足まで震えてきた。遥の笑う顔は人を幸せにしてくれる。これが俺だけに向けられている事実。生きてて本当に良かったぁ――あ!?
扉の向こうに丁度、椎名の歩く姿が見えた。
アイツ、まだ諦めてなかったのか!
やべぇ、見つかる。
なんとかして隠れねば……何か方法は!?
そうだ、これしかない!
「遥、すまないけど、遠回りしていくぞ」
「う、うん。けど、もう走れない……かも。遙くん、長距離走得意なんだ……意外な特技に驚いちゃった」
俺は逃げ足だけはS級ランクだからな。そう、足だけは無駄に早いし、持久力もあった。敏捷性だけはピカイチなのだ。
これはその昔、闘犬のピットブルに追い駆けられたり、いじめから逃げたり、頭のおかしいオッサンに追い駆けられたりなど悲しい過去の経験が俺の足を素早くした。
そして、今現在。
運動神経抜群の遥ですら、この俺の疾風迅雷(俺命名)の異名を持つ瞬足について来れていなかった。
「もうすぐカラオケ店“BONBON”に着くぞ」
BONBON。
相模原駅前にある格安カラオケ店。学生ならフリータイムで八百円、三十分なら二百円というお財布に優しい料金設定。だから、そこを目指すことにした。
――のだが、椎名が必死になって追い駆けてくる。お前は、未来からやって来た殺人ロボットかよ。
くそう、このままだと追い付かれるぞ。
「ど、どうしよう。わたし、走れない」
「分かった。こうなったら、最終手段だ。遥、俺たち結婚しているし、いいよな」
「え、なに? なになに!」
俺は、遥の華奢な体を持ち上げ“お姫様抱っこ”した。これで突っ走る。全速前進だッ!
「恥ずかしいかもだけど、今はそうは言っていられない」
「ちょ、遙くん! わ、わたし、まだ心の準備もできてないのに……!」
ジタバタ暴れる遥さん。
でも、そんな悠長なことを言っている場合ではない。背後には椎名が迫って来ていた。今のところは米粒サイズだけど、冷酷な追跡者のごとく向かってきている。
とにかく、遥を抱えて俺は走った。
幸い、遥の体重は40kg台なのだろう、軽くて腕に負担はなかった。
「遥、めちゃくちゃ軽いな」
「えっ、ほんと!? それ、すっごく嬉しい。最近、ダイエットめっちゃ頑張ってたもん。――って、褒めて話題を逸らさないでよ」
あ、怒られた。
ていうか、遥ってダイエットする必要ないだろ。腰回りなんて細すぎて心配になるレベルだぞ。
俺はどっちかといえば、ちょっとムッチリしている方が好きなんだけどな。
「あと少しで撒ける。我慢してくれ」
「し、仕方ないなぁ」
良かった。暴れるのを止めてくれた。今は赤面しながらも大人しくしてくれている。俺だって他人の目が気になる。恥ずかしいけど、遥と二人きりでカラオケに行きたいんだよっ。その為にも周囲なんて気にしていられない。
道行く人、障害物を避けて――駆け抜けていく。遥をケガさせないよう、最大限の気を遣って。
負けるものか、風紀委員長なんかにッ。
足が砕けそうになるほど本気で突っ走って、俺はついにカラオケ店『BONBON』の前に辿り着いた。
息は既に乱れ、意識が朦朧としていた。……あぁ、クラクラする。酸素が足りない。死ぬ、死んでしまう。
でも、それでも俺は倒れない。
ここで俺が倒れたら、遥も倒れてしまうからだ。震える足を誤魔化して、俺は最後の力を振り絞って入店。
「うぉぉぉぉぉ……!! ――って、別に熱血キャラになる必要はないんだけどな」
普通に入店して、遥を立たせた。
「あ、ありがとね、遙くん。めちゃくちゃカッコ良かった。まるで白馬の王子様みたいだったよ」
「そう言われると余計に恥ずかしくなるわッ」
本当にヤバイくらい恥ずかしくなったので、さっさと受付へ。スマホのアプリで会員登録はしてあるので、フリータイムを注文して部屋を貸し出してもらった。
部屋へ向かう前に飲み物だ。
飲み物は料金に含まれて無料なので、店内にあるドリンクバーを使う。俺はカップを手に取り、カルピスを注いだ。遥はコーラを――って、ん!?
「え、なにかおかしかった?」
「遥さん、どうしてコーラとカルピスを混ぜているのかな」
「これ“カルピコ”っていうの! カルピスとコーラを混ざるシンプルなレシピ。えっ、遙くんって知らなかったの!?」
知らねえ~。
なんだ、その珍妙な飲み物。
どうやら、レシピサイトにも載っているらしい。マジかよ、知らなかったよ。
「さっさと部屋へ行くか。椎名さんに見つかったら乱入してくるかもしれないし」
「そ、そうだね。あはは……」
* * *
部屋番号七番へ入った。
二人きりでカラオケとか初めてだし、まるでデートだな。
機種は『ライブダムダム』という最新機種。タッチパネルもバカみたいにデカい。なんだこのコンクリートブロックみたいな端末。
凶器かよと突っ込みを入れながら、俺はソファに腰掛けた。遥も隣に座ってきた。
「……ち、近くね」
「いいじゃん、夫婦なんだもん。それに、さっきわたしをお姫様抱っこしたでしょ。今度は、わたしが遙くんにいろいろしちゃう番だよ」
いろいろ?
なんだか怖いな。
内心ヒヤヒヤしながら、白い液体のカルピスを飲み、喉を潤す。遥も例の“カルピコ”を味わっていた。あれ、美味いのかな。なんか気になってきたぞ。
「ん~、美味しい。これこれ」
「そんな美味いの?」
「うん、飲んでみる?」
はい、とカップを寄越してくる遥。俺はドキッとして手が震えた。
「か、間接キスになっちゃうよ?」
「べ、別に今更だよ。飲んでいいよ……?」
あざとい微笑みに、俺は足まで震えてきた。遥の笑う顔は人を幸せにしてくれる。これが俺だけに向けられている事実。生きてて本当に良かったぁ――あ!?
扉の向こうに丁度、椎名の歩く姿が見えた。
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