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覚醒
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暗闇の向こうから声がする。
「さあ、カーバンクル。お前の出番だよ」
目を開けると、そこは見覚えのない部屋の、見覚えのないベッドの上だった。夜明け前なのか、室内は暗かった。
(ここは……?)
起き上がろうとしたものの体が鉛でできたように重いうえ、力が入らない。
時間をかけて起き上がり、周囲を見渡す。
一面に絵が描き込まれた天井、正面の壁にはカーテンの閉じられた窓、その右隣には扉。右側の壁には何もないが、左側の壁には鏡台らしきものが設置してある。
振り返ればベッドボードをはさむように、カーテンの閉じた窓が二つ。
手元の寝具に目を落とす。肌触りの良い上かけ。暗い中でもわかる光沢と感触は絹だろうか。
(ここは貴族の屋敷……?)
それか富豪の家か。なんにせよ、なぜ自分はここに居るのだろう。
目を覚ます直前に聞いた声が脳裏に蘇る。
―――さあ、カーバンクル。お前の出番だよ。
項が泡立つ。低く耳障りな男の声。
(でも、出番…て、?)
思い出そうとするとズキズキと頭が痛む。まるで頭蓋の内側を金鎚で目いっぱい叩かれているみたいだった。
おかげで男の声からくる不快感は消え失せたが、一体何が起こっているのだろう……?
頭痛が引くのを待ってから、とにかくベッドから出ようと足を下ろす。そのとき、こつんとつま先に何かが当たった。
覗き込むと、ぎょっとして目を見開く。
「う……!」
人間の女がうつ伏せに倒れていた。しかも、メイド服をまとったそれは明らかに息絶えている。
幻覚でも見ているのかと思ったが、足に触れているそれは確かにそこに存在していた。それにしても、どうして髪も肌もカラカラに干からびているのだろう。
疑問に思っていると、枯れ枝のようになった手には小さめのナイフが握られていたのに気付く。
切っ先は、こちらを向いていた。
呆然としていた背筋に冷たいものが流れ、急いで足をベッドの上に戻す。
(わたしに何かをしようとしていた?でも死んでいる。こんな異常な状態で)
おおよそ生きた人の肌のものではない、薄い紙を貼り重ねたような渇いた感触がつま先に蘇った。ぞっとして思わず右手首を握る。
(なぜこんな……、それにここはどこなの)
もやがかかったようにはっきりしない頭を抱えていると、かすかな軋み音をさせて斜向かいの扉が開いた。
そこには新たな人物が立っていた。ドレスを身に纏い、髪を顎のあたりで切り揃えた小柄なシルエット。闇に慣れた目に手燭の光が容赦なく突き刺さり、容姿までは見えなかった。彼女は室内に入ろうとしたが、こちらに顔を向けた途端立ちすくんだ。距離があるにもかかわらず、彼女が息をのんだのが聞こえた。
「ねえ、これ、っ、げほっ、げほっ」
どういう状況なの、と尋ねようとして咽る。
(なに?声が……ッ)
まるで何日も話していなかったかのように口内から咽頭にかけて痛みが走る。
喉の痛みにせき込んでいると、眉間から水のようなものが伝った。
目に入りそうになったところを指で拭うと、微かに届く手燭の弱い光の中で赤黒いものが付いてきたのが見えた。
鼻に近づける。鉄粉を思わせるような特徴的な匂い。
もしかして、「血……?」
ぐわん、と視界が大きく回る。酷い貧血を起こした時のような、吐き気がするほどの酩酊感。
―――さあ、カーバンクル…。
(また、あの声が…)
ようやく女性が駆け寄ってきたが、何と言っているか分からない。
声が繰り返し繰り返し、こだまのように頭の中で再生される。加えて、知らない部屋、枯れた死体、ナイフ、痛む喉。全部がごちゃ混ぜになってまだら模様の渦を巻きながら押し寄せる。
「ハア、ハ、……ゥゥ」
口を塞がれてもいないのに酷く息苦しい。気が遠くなる。動けなくなる。つられて、体が大きく傾いだ。そのままベッドに倒れ込んだ。
(何が起こっているの?)
なすすべもなく、放り出された自分の手を眺めていた。真っ白で、人形のようにピクリともしない手。視界が徐々に狭まり暗くなった。
「さあ、カーバンクル。お前の出番だよ」
目を開けると、そこは見覚えのない部屋の、見覚えのないベッドの上だった。夜明け前なのか、室内は暗かった。
(ここは……?)
起き上がろうとしたものの体が鉛でできたように重いうえ、力が入らない。
時間をかけて起き上がり、周囲を見渡す。
一面に絵が描き込まれた天井、正面の壁にはカーテンの閉じられた窓、その右隣には扉。右側の壁には何もないが、左側の壁には鏡台らしきものが設置してある。
振り返ればベッドボードをはさむように、カーテンの閉じた窓が二つ。
手元の寝具に目を落とす。肌触りの良い上かけ。暗い中でもわかる光沢と感触は絹だろうか。
(ここは貴族の屋敷……?)
それか富豪の家か。なんにせよ、なぜ自分はここに居るのだろう。
目を覚ます直前に聞いた声が脳裏に蘇る。
―――さあ、カーバンクル。お前の出番だよ。
項が泡立つ。低く耳障りな男の声。
(でも、出番…て、?)
思い出そうとするとズキズキと頭が痛む。まるで頭蓋の内側を金鎚で目いっぱい叩かれているみたいだった。
おかげで男の声からくる不快感は消え失せたが、一体何が起こっているのだろう……?
頭痛が引くのを待ってから、とにかくベッドから出ようと足を下ろす。そのとき、こつんとつま先に何かが当たった。
覗き込むと、ぎょっとして目を見開く。
「う……!」
人間の女がうつ伏せに倒れていた。しかも、メイド服をまとったそれは明らかに息絶えている。
幻覚でも見ているのかと思ったが、足に触れているそれは確かにそこに存在していた。それにしても、どうして髪も肌もカラカラに干からびているのだろう。
疑問に思っていると、枯れ枝のようになった手には小さめのナイフが握られていたのに気付く。
切っ先は、こちらを向いていた。
呆然としていた背筋に冷たいものが流れ、急いで足をベッドの上に戻す。
(わたしに何かをしようとしていた?でも死んでいる。こんな異常な状態で)
おおよそ生きた人の肌のものではない、薄い紙を貼り重ねたような渇いた感触がつま先に蘇った。ぞっとして思わず右手首を握る。
(なぜこんな……、それにここはどこなの)
もやがかかったようにはっきりしない頭を抱えていると、かすかな軋み音をさせて斜向かいの扉が開いた。
そこには新たな人物が立っていた。ドレスを身に纏い、髪を顎のあたりで切り揃えた小柄なシルエット。闇に慣れた目に手燭の光が容赦なく突き刺さり、容姿までは見えなかった。彼女は室内に入ろうとしたが、こちらに顔を向けた途端立ちすくんだ。距離があるにもかかわらず、彼女が息をのんだのが聞こえた。
「ねえ、これ、っ、げほっ、げほっ」
どういう状況なの、と尋ねようとして咽る。
(なに?声が……ッ)
まるで何日も話していなかったかのように口内から咽頭にかけて痛みが走る。
喉の痛みにせき込んでいると、眉間から水のようなものが伝った。
目に入りそうになったところを指で拭うと、微かに届く手燭の弱い光の中で赤黒いものが付いてきたのが見えた。
鼻に近づける。鉄粉を思わせるような特徴的な匂い。
もしかして、「血……?」
ぐわん、と視界が大きく回る。酷い貧血を起こした時のような、吐き気がするほどの酩酊感。
―――さあ、カーバンクル…。
(また、あの声が…)
ようやく女性が駆け寄ってきたが、何と言っているか分からない。
声が繰り返し繰り返し、こだまのように頭の中で再生される。加えて、知らない部屋、枯れた死体、ナイフ、痛む喉。全部がごちゃ混ぜになってまだら模様の渦を巻きながら押し寄せる。
「ハア、ハ、……ゥゥ」
口を塞がれてもいないのに酷く息苦しい。気が遠くなる。動けなくなる。つられて、体が大きく傾いだ。そのままベッドに倒れ込んだ。
(何が起こっているの?)
なすすべもなく、放り出された自分の手を眺めていた。真っ白で、人形のようにピクリともしない手。視界が徐々に狭まり暗くなった。
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