16 / 65
偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・15
しおりを挟む赤銅色の逞しい身体。
硬いのかと思いきや、弾力があって柔らかくて。
湯が流れてゆく肌は滑らかで。
もっと感じたいと思った。
きっと気持ちいい。この筋肉質な身体は、私を押し潰して隙間なく埋め尽くしてくれる。力強く引き寄せて、奥深くまで穿ってくれる……一晩中でも。
抱かれたいと――誰かとセックスしたいと、本当に久しぶりに思った。
甘えだとしても、身を委ねて快楽に溺れるのも悪くない。それは気分転換にもなるし、何より癒される。忘れていた欲望が身体の中で燃え広がってゆくような、そんな昂りを感じた。
スラッシュもそうだったろう。
触れた時、彼のずしりとした雄は少し張り詰めていたから。私が一言「抱いて」と言えば、彼はそうしたかもしれない。女を好む質ではあったろうが、己が納得し、良いと思えば男でも抱くだろう…恐らく。
私も期待をしていた。
狡いが、スラッシュが私を求めてくることに。
シャワーを共にして身体を洗っている間、あんなにおとなしくしているとは思わなかった。瞳ばかりは肉欲で鮮やかに光っていたが、彼は私に指一本触れなかった。
髪を乾かしてやった後、より明確に気持ちを示すため寝室に連れて行こうかと考えていたが…スラッシュは立ち上がると「飯を作る」と言って、私を振り返ることもなくバスルームを出て行ってしまった。
肉欲を恥じるようなタイプじゃない。
彼だって「その気」はあったはずだ。
なのに、彼は日常に戻っていってしまった。
それがどうしてかはわからない。
私が同性だからかもしれないし、単に好みじゃないからかもしれないし、気分じゃなかっただけかもしれない。雄が芯を持っていたのは、ただの生理現象かもしれない。
私が勃起していれば、よかったのか?
もしそうなら、私のせいか。
随分と長く性欲を忘れていた身体は、感情と比例しなかった。下腹は疼いたし、胸の昂りもあったが肉体に反応はでなかった。
もしくは。
やはりどこかで、セックスで嫌なことを忘れようとした自分を恥じていたのかもしれない。それをスラッシュも悟ったのかも……私が彼を慰めにしようとしたのを。だから立ち去った。プライドの高い男だ、それはありえる。
「ばかだな、私は」
鏡に向かって呟いた。
ルームウェアに着替えてリビングに戻ると、奥のキッチンで物音がしていた。スラッシュは言った通り食事を作っているようだ。トマトスープの香りがする。
黒の綿のシャツとスエットの後ろ姿。ボウルに入った何かをヘラで混ぜている。時々湯気の立つ鍋を覗き、かき混ぜる。その度に美味しそうな香りが強く漂った。
ソファに座って、それを見ていた。
スラッシュは私の気配に気づいている。
振り返って欲しい。いつもの軽口をたたいて欲しい。
でも……
頸が少し熱くなる。
(こんな風に恥ずかしいなんて、いつぶりに思っただろう)
慣れない下手くそな誘惑をした自分に。恋愛のような駆け引きは苦手だ。昔からあまり得意ではなかったし、経験も積んでいないから上達もしない。
そもそも、スラッシュを愛しいと思っているかと言われれば「イエス」とは言い難い。嫌いではないし好ましいとは思うが、それが恋愛かと言われたら違う。
(さっきは、本当に肉欲だけだった。優しくしてもらってつい調子に乗ってしまった)
そう気づけば気づくほど、顔が熱くなる。
思わずクッションに顔を埋めた。
(泣き顔を見られて、すがって、誘惑までして…どうしよう。どんな顔をしてこれから彼と付き合ってゆけばいいんだ)
クッションに向かって問うても、当たり前だが答えはない。
「おい。飯だ」
頭上から声がする。ビクッと肩が跳ねた。
「まだ泣いてんのか?」
平坦な、いつも通りのスラッシュの声だ。恐る恐る顔を上げれば、半眼で見下ろす目もいつも通り。
「ほら皿運べ。いつまでもダラダラしてねえで手伝え」
そう言い、サラダボウルをふたつ押し付けられた。言われた通り、ダイニングに運ぶ。ランチョンマットはすでに敷かれている。彼の方にたくさん入っているボウルを。
レタスとアスパラとズッキーニのコブサラダ。さわやかなオレンジソースの香り。私の好きなサラダだ。彼が作る料理で嫌いなものはないが。
カトラリーを取りに行くと、スラッシュはスープディッシュにトマトスープを注いでいた。
「ワインは?」
「白がいい」
聞くとすぐに答えが返ってくる。小さく返事をして、詫びの意味も込めてヴィンテージのものを選んで出す。
テーブルにグラスを並べて注いでいると、スラッシュがマットの上に配膳を済ませた。バケットは温められていたのだろう、湯気を立てていた。
「血は後だ。先に腹拵えをさせてくれ」
いつもならば、私の『食事』を優先していた。スラッシュがひどく腹を空かせている時は、それが逆転する。席につくと、すぐに食事を始めた。
するすると料理は消えてゆく。長い1日だった。彼には悪いことをした、私と違って食事から大半の栄養を摂るのにそれをほったらかしにしてしまっていたのだ。
また少し恥ずかしさが込み上げる。打ち払うようにトマトスープをすくって食べた。
「…おいしい…」
思わず言葉が出る。スラッシュが白のワインを選んだのは、スープに入っていたプラント肉が魚味だったからだろう。柔らかくてすぐにほぐれる。透き通った玉ねぎもパプリカも小さく刻まれ食べやすい。胃があたたまり、ほっとする。
しばらく無言で食べた。サラダも美味だった。柑橘の香りが鼻に抜ける。アスパラも硬い皮はすべて取り除かれ、柔らかだった。バケットはスープに浸したり、バターを塗って食べる。すぐに我々の皿は空になった。
「ご馳走様」
いつものようにスラッシュに言うと、彼は片眉をクイとだけあげ、すぐに皿を片付け始める。皿を洗うのは私の仕事になっていたから、キッチンで2人分の皿を洗う。乾燥機にそれを収めて戸を閉める。
リビングに戻ると、スラッシュはソファに座ってワインの残りを飲んでいた。背もたれに片腕をかけて身を崩しながら。
それは、私のために胸を開いてくれている合図だ。血を飲めるように、待ってくれている。いつもは私が近づけば「来い」と指で呼ぶ。そして「おねがい」と私が言う。
だが今日は違った。
スラッシュは近づいた私を、しばらく無言で見上げている。私がそばに座ると、視線もついてきた。
スラッシュが口を開く。
「落ち着いたか」
無感情な声だった。「外は雨か」と聞くような調子で。
幾分か緊張していた私は、頷いて「ああ」と答える。
そうすると、スラッシュはいつも通り私を指で呼んだ。
脱線しそうになった列車が、なんとか免れていつも通りのレールを走り始める。そんな気分だった。安心もしたが…どこかで落胆の気持ちもあった。
私はそっと彼の懐に入る。シャツ越しにもスラッシュは温かい。身を寄せると、彼は首を晒す。グラスをサイドボードに置いて身体から力を抜いた。
「……」
その首筋に額を擦り付けた。掌は胸に。鼓動を感じながら。胸が呼吸にゆっくり上下する。じわじわと彼の体温が私に染み込んでくる。
「何してる、早くガブっとしろよ」
スラッシュが言う。けれど私は目を閉じたまま、もたせかけた彼の肩口に頭を擦り付けた。
血を飲む欲は湧かなかった。
それよりも、このまま彼の体温を感じていたかった。落ち着いた呼吸と鼓動を聞きながら。遠い遠い昔、父や母に抱かれて眠った記憶が蘇る。
とても……安心する。
「ありがとう、スラッシュ」
そう囁くと。
スラッシュは何も言わなかったが…
ほんの少しだけ、彼の鼓動が早くなったのを感じた。
62
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる