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079 そろばん製作調査その二
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わたしはカークの館を出て、馬車で木材問屋に向かっていた。
そろばんの素材に使える木材を探すためだ。
ディーネ、アドル、エスカ、そしてカークとノーラと、カークの副官のスポークも一緒に馬車に乗っている。
馬車はコーラルから南西の方、ニューロックの中央側に向かって進んでいるようだ。
馬車から見えるコーラルの町並みは、自然と建物が調和していてとても綺麗だった。
建物の合間合間に大きな木々が立ち、南国の町という感じがしっくりする。
馬車から風景を見ているわたしに、カークがニューロックの開拓話をしてくれた。
「ニューロックの開拓当時は、ほとんどが森林だったと聞いている」
「へー。緑が豊かな土地だったのですね」
「そのかわり魔獣も多かったらしいがな」
・・・少なくともエンガチョとかいう魔獣には会いたくないね。
「南の方には森林地帯があって、林業も盛んなのだよ。これは前に話したかな」
わたしがコクリと頷くと、カークは続きを話した。
「森林は大切な資源だ。資源であると同時に、自然と精霊様の恵みでもある。人が生活するために木材を利用するが、伐採し尽くしてはならない。我々ニューロックの民は、自然と共存することを大切にしている」
わたしのいた地球では、オーストラリアは砂漠化が深刻だと聞いた事がある。
もっとも、自然環境の悪化はオーストラリアだけではなく、他の国でも、日本でも同じだ。
そのためにさまざまな取り組みをして、緑を増やそうとしている。
地球よりも土地は小さくても、しっかりと緑を守って共存しているニューロックの人々はとても素敵だと思った。
やがて馬車はコーラルの町の郊外に出て、程なく、木材問屋へと到着した。
◇
「ここが木材問屋ですか・・・めちゃくちゃ広いですね」
コーラルの郊外にある木材問屋は、かなりの広さを有する規模の施設だった。
外には様々な形や色や太さの、大量の木材が横たえられていた。
奥には大きな建屋がいくつもあり、木材の保管所や加工場などがあるそうだ。
わたし達はカークについていき、木材問屋の受付へと入っていった。
「おや、カークさん。今日は視察ですかい?」
「いや、今日は商談に来た。この娘があるものを作るために、木材が見たいのだそうだ。話を聞いてやってくれるか?」
「ええ、もちろんですとも。どうぞこちらへ」
カークと受付にいた人は顔見知りのようだ。
カークも普段から町の視察を行なっているようで、すれ違う従業員の皆とも気さくに話をしている。
皆に愛されてる、いい太守さんなんだろうね。
ふと、受付の人がわたしとノーラに視線を投げると、ノーラに頼まれているという品物の製作状況を教えてくれた。
「そういえば、ノーラさんに頼まれていた組手用の木材人形、試作ができているそうですよ。後で見ていってください」
「ありがとうございます。助かります」
組手用の木材人形?
昔のカンフー映画にあった、木でできたカラクリ人形が沢山いる部屋を抜けられれば免許皆伝、みたいなやつかな?
後でわたしも見せてもらおうかな。
わたしたちは商談スペースのようなところに案内された。
そこでわたし達の自己紹介をすると、受付の人も自己紹介をしてくれた。
「私はモルトと言います。この木材問屋の総責任者です。で、どんな木材をお探しで?」
まさかの社長かよ!
ただの受付の人じゃなかったのかよ!
恐縮しつつ、わたしは欲しい木材の素材について説明した。
ツゲやカバ、黒檀、紫壇の特徴を出来るだけ伝えて、似たようなものがないかを聞いてみた。
「なるほど、要するに、硬くて、重めで、湿気に強く、それでいて加工がしやすくて量産にも向いているものですか。カバンの木か、ユートの木か、あるいはノークルの木あたりですかねえ」
カバンの木とユートの木は、アドルとエスカに説明した時にも候補として挙げてくれた木だ。
ノークルについては初耳だ。
「実際に見てもらった方がいいでしょう。加工場に案内しますよ」
そう言ってモルトは、わたし達を加工場に案内してくれた。
加工場も大きくて立派な建屋だった。
中に入ると、たくさんの人が木材の加工をしていた。
建築用につかう木材の切り出しや、日用品などを作っているそうだ。
「おーい、親方はいるかね」
「ここにいるっすよ、なんでしょうモルトさん」
頭に布を巻いた、筋肉隆々の屈強な男が近づいてきた。
「この男は加工場の取りまとめをしているザムだ。木材の性質についてはこのザムに聞いてくれ。ザム、カークさんの客人だ。話を聞いてやってくれないか」
「うす。わかりました」
今更だけどカークが付いてきてくれた理由がよくわかった。
どこの誰かも知らないわたしがいきなり来るより、カークが仲介してくれた方が話が進めやすいからだ。
・・・そりゃそうだよね。
カークさんには感謝せねば。
モルトから話を聞いたザムは、まずカバンの木を持ってきてくれた。
黄色っぽくて、ツゲの木のような色合いに見える。
しかし、この木・・・
うーん・・・
「この木は、繊維が硬めだが、加工はしやすい。ただ、繊維同士は隙間が空いているので、加工した時にはザラザラしてて表面は滑らかになりにくい。丈夫だが、少し軽めだ」
確かに、この木の断面を触った時に、かなりザラザラした。
よくみると、すごく小さい穴が無数にあいている。
「表面をやすりのようなもので磨いても滑らかにはなりませんか?」
「隙間があるので、ツルツルにはなりにくいね。どうしてもざらつくところは出るし、繊維は硬いが、繊維の隙間から割れることもある」
うーん、カバンの木では難しそうだ。
ざらついた玉では指が変なところに引っかかりそうだし。
カバンの木を見るのはここまでにして、次はユートの木を見せてもらった。
「ユートはそれなりに重量があり、湿気にも強い。ただし、少し柔らかい。強く押せば、爪でも凹みができる」
やや黒みがあるユートの木は、磨けばツルツルになるそうだが、柔らかいそうだ。
湿気に強いのはありがたいが、爪で押しても凹みができるようでは、玉が保たない気がする。
これで硬ければ採用候補だった。
実に惜しい。
最後にノークルを見せてもらった。
「ノークルはしっかりしていて、重さもあるし、かなり硬い。ただ問題はある」
ノークルはユートと違ってかなり硬いらしい。
でも硬くても加工は問題なくできるそうだ。
磨けばちゃんとツルツルになるし、色は黒く、重さもしっかりあるとの事だ。
わたしには問題らしい問題点が思いつかないけど、問題点とはなんだろうか。
「この木は希少で高い。量産にはあまり向かないと思う」
くっ、高いのか。
どのぐらい高いのだろう・・・
ザムが答える前に、カークが渋い顔で答えた。
「ユリ殿。ノークルは高級な家具などに使う素材だ。さすがにこいつで量産されては、資金がまずいことになる」
「そうですか・・・」
希少という点で考えても、量産に使えるほど素材数は集まらないかもしれない。
とりあえず試しにカバンの木とユートの木で、そろばんの玉の試作品を作ってもらおうかな、と思っていたところに、突然、カークの副官のスポークがカークのそばに来ると、急ぎの要件を伝えた。
「太守。館から緊急連絡が入っております。至急、お戻りください」
スポークは館からの連絡を受けられる魔道具を持っているそうで、それによって緊急連絡が入った場合、すぐに分かるそうだ。
「そうか。分かった。すまないユリ殿。俺は先に館に戻る。ユリ殿達は引き続き素材の検証を続けてくれ。ノーラも残っていて構わん。馬車は乗っていくが、後でまたこちらに向かうように手配しておく」
「わかりました。カークさん、ありがとうございます」
そしてカークは加工場を出て、太守の館へと戻っていった。
カークが加工場から出ていくと、ノーラが少し険しい顔でつぶやいた。
「緊急の用事ですか・・・まずいかもしれませんすね」
「ノーラ?」
「太守が呼び出されるような緊急の用事は、例えば、近郊にやっかいな魔獣が出た場合です。その場合は、私も一緒に呼ばれることが多いです」
「なるほど。でもノーラさんは呼ばれなかったわよね」
つまり、用事は、魔獣出現ではない可能性が高いと。
「他に呼ばれるとすれば、王都からの緊急連絡です」
「王都、ということは・・・」
・・・バルゴか。
ついに何か動き出したのかな?
とはいえ、考えてもわかる事ではないので、こちらはこちらの検証を続けることにして、そろばんの玉の試作をお願いする事にした。
そろばんの玉の形状と大体の大きさはわかる。
ちゃんと体が覚えている。
わたしはそろばんの玉の三面図を描き、ザムに渡した。
三面図を見たザムから幾つか質問され、それにわたしが答えると、ザムは設計図に注釈を書き込んでいった。
そしてザムは数人の職人を呼び寄せ、図面に従ってそろばんの玉を作るように指示を出した。
そういえば木材加工も魔道具を使うのかと思ったが、普通に工具での工作も行うようだ。
さすが職人さんだ。
とりあえずそろばんの玉のサンプルを数個作ってくれるそうで、試作自体は一時間程度で終わった。
エスカとアドルもそろばんの玉を触ったり、色々な角度から見て、魔道具での量産ができるかを確認している。
わたしも玉を掌に乗せて、じっくり見てみた。
この形・・・まごうことなき、そろばんの玉だよ!
感動だよ!
しかし、思った通り、カバンの木から切り出したそろばんの玉は、使えなくはないと思うが、細かい穴が無数に空き、変に指に引っかかる感じになってしまった。
この玉がそろばん上で百個以上並んだら、ちょっとホラーな感じもする。
一方、ユートの木で作ったそろばんの玉は、黒みが強く、職人が軽く磨いてくれた表面は、わずかな光沢も出て美しい。
しかし、やはり柔らかい素材のせいか、そろばんの玉の、指を引っ掛ける場所がところどころ歪んでいたり、欠けていたりする。
柔らかい材質のせいで、加工する時に歪みが出てしまうのだろう。
実に惜しい。
悩ましい顔をしているわたしに、エスカが試作品の感触を聞いてきた。
「ねえ、ユリちゃん。どう?」
「うーん、それぞれ惜しいのよね。やっぱりカバンの木は硬さはいいんだけど隙間が気になるし、ユートの木は柔らかくて角が潰れたり、不揃いになっちゃいそう。両方のいいとこ取りが出来ればいいんだけどね」
「そっか・・・んじゃ、混ぜてみる?」
「はい?」
混ぜる?
木を?
「ああ、そういう事か」
アドルも何か気がついたらしい。
説明求む。
「ユリちゃん、例えばね、このカバンの木とユートの木をおがくずになるまで粉々に粉砕するの。すっごく細かくね。それはここの職人さんがやってくれると思う」
「・・・砕いて、混ぜて、固める?」
「そう。さすがユリちゃん。よく分かったねー」
そろばんの枠材は圧縮合板などで作ることはあるが、そろばんの玉も、そういったものが全くないわけではない。
プラスチック製のそろばんの玉なんて、要するに合成樹脂だし。
わたしのそろばんの玉のイメージは、木からくり抜いて作るものだが、別にうまくいくならば製法が変わったところで構わない。
「おがくずの最適な配合は試行錯誤をしないといけないけど、おがくずを混ぜたものを素材として合成の魔道具にかければ、うまくいけば両方の良いところの特性を持ったそろばんの玉ができるかもしれない」
「それ、素敵だね!」
「あとはそうだな、色がまだらにならないように、塗料を少し混ぜるといいかもしれない。光沢出しや定着材がわりにもなるし」
「それとやっぱり精密な加工が必要だから、加工の魔道具は専用のものにした方がいいね。ひとつあれば量産自体はできるから、戻ったらすぐに試作に入ろう。アキム様にも手伝ってもらえれば早くできるかもしれない」
「枠や芯竹もおがくずから作った方がいいかもしれないね。そもそも形成自体は・・・」
そんな感じでエスカとアドルからどんどんアイデアが出てきて、そろばん製作がいよいよ現実味を帯びてきた。
その後、わたし達は試作の続きを館で行うことにして、カバンの木とユートの木のおがくずを大量にいただいた。
「とりあえずここでやる事は一旦終了だね」
「そうだね。モルトさん、ザムはさん、今日はありがとうございました!」
「いやいや。カーク様の客人に喜んでもらえて何よりですよ」
「また何かあれば相談に乗るっすよ」
さて、では館へ戻ろうと思ったけど、馬車がまだ戻ってきていない。
工場を見学でもさせてもらって時間でも潰そうかな、と思ったところで思い出した。
「あの、ノーラさんが発注したとかいう、組手練習用の木の人形を見せてもらってもいいですか?」
「ユリ師匠、よく覚えていてくれました。私は忘れていましたよ。モルトさん、ぜひ見せてください」
「ああ、こちらです。どうぞ」
モルトが案内してくれた場所は、さまざまな木製加工品の、試作品置き場のようなところだった。
そして、そこには件の木の人形があった。
人形は、関節部分を球体関節にしてそこそこ自由に動くようになっており、これに専用の魔道具を取り付けると、近寄ったものを自動的に攻撃してくるという、一人用の練習ロボットのようなものらしい。
・・・それ、結構はた迷惑な人形じゃない?
うっかり魔力を流しっぱなしにしてたら危ないわね。
ただし、自立はできないらしいので、柱にくくりつけたり、ぶら下げて使うそうだ。
ちなみに素材には高級品のノークルを使っている逸品だそうだ。
しかし・・・
「ノーラ。これは一体どういうつもり・・・?」
「もちろん、師匠のお姿を参考にして形を作った、練習用の木の人形です」
どう見てもフォルムがわたしだった。
顔の輪郭、そしてポニーテールまでわざわざ再現している。
そして身長、体型とくれば・・・やはり胸は平面だった。
・・・完璧に再現されてるよ、ちくせう。
ダメ元でモチーフの変更を依頼してみたが、木製なのでそう簡単にはいかないそうだ。
不本意ながら変更は断念して、わたし達は試作品置き場を後にした。
そろばんの素材に使える木材を探すためだ。
ディーネ、アドル、エスカ、そしてカークとノーラと、カークの副官のスポークも一緒に馬車に乗っている。
馬車はコーラルから南西の方、ニューロックの中央側に向かって進んでいるようだ。
馬車から見えるコーラルの町並みは、自然と建物が調和していてとても綺麗だった。
建物の合間合間に大きな木々が立ち、南国の町という感じがしっくりする。
馬車から風景を見ているわたしに、カークがニューロックの開拓話をしてくれた。
「ニューロックの開拓当時は、ほとんどが森林だったと聞いている」
「へー。緑が豊かな土地だったのですね」
「そのかわり魔獣も多かったらしいがな」
・・・少なくともエンガチョとかいう魔獣には会いたくないね。
「南の方には森林地帯があって、林業も盛んなのだよ。これは前に話したかな」
わたしがコクリと頷くと、カークは続きを話した。
「森林は大切な資源だ。資源であると同時に、自然と精霊様の恵みでもある。人が生活するために木材を利用するが、伐採し尽くしてはならない。我々ニューロックの民は、自然と共存することを大切にしている」
わたしのいた地球では、オーストラリアは砂漠化が深刻だと聞いた事がある。
もっとも、自然環境の悪化はオーストラリアだけではなく、他の国でも、日本でも同じだ。
そのためにさまざまな取り組みをして、緑を増やそうとしている。
地球よりも土地は小さくても、しっかりと緑を守って共存しているニューロックの人々はとても素敵だと思った。
やがて馬車はコーラルの町の郊外に出て、程なく、木材問屋へと到着した。
◇
「ここが木材問屋ですか・・・めちゃくちゃ広いですね」
コーラルの郊外にある木材問屋は、かなりの広さを有する規模の施設だった。
外には様々な形や色や太さの、大量の木材が横たえられていた。
奥には大きな建屋がいくつもあり、木材の保管所や加工場などがあるそうだ。
わたし達はカークについていき、木材問屋の受付へと入っていった。
「おや、カークさん。今日は視察ですかい?」
「いや、今日は商談に来た。この娘があるものを作るために、木材が見たいのだそうだ。話を聞いてやってくれるか?」
「ええ、もちろんですとも。どうぞこちらへ」
カークと受付にいた人は顔見知りのようだ。
カークも普段から町の視察を行なっているようで、すれ違う従業員の皆とも気さくに話をしている。
皆に愛されてる、いい太守さんなんだろうね。
ふと、受付の人がわたしとノーラに視線を投げると、ノーラに頼まれているという品物の製作状況を教えてくれた。
「そういえば、ノーラさんに頼まれていた組手用の木材人形、試作ができているそうですよ。後で見ていってください」
「ありがとうございます。助かります」
組手用の木材人形?
昔のカンフー映画にあった、木でできたカラクリ人形が沢山いる部屋を抜けられれば免許皆伝、みたいなやつかな?
後でわたしも見せてもらおうかな。
わたしたちは商談スペースのようなところに案内された。
そこでわたし達の自己紹介をすると、受付の人も自己紹介をしてくれた。
「私はモルトと言います。この木材問屋の総責任者です。で、どんな木材をお探しで?」
まさかの社長かよ!
ただの受付の人じゃなかったのかよ!
恐縮しつつ、わたしは欲しい木材の素材について説明した。
ツゲやカバ、黒檀、紫壇の特徴を出来るだけ伝えて、似たようなものがないかを聞いてみた。
「なるほど、要するに、硬くて、重めで、湿気に強く、それでいて加工がしやすくて量産にも向いているものですか。カバンの木か、ユートの木か、あるいはノークルの木あたりですかねえ」
カバンの木とユートの木は、アドルとエスカに説明した時にも候補として挙げてくれた木だ。
ノークルについては初耳だ。
「実際に見てもらった方がいいでしょう。加工場に案内しますよ」
そう言ってモルトは、わたし達を加工場に案内してくれた。
加工場も大きくて立派な建屋だった。
中に入ると、たくさんの人が木材の加工をしていた。
建築用につかう木材の切り出しや、日用品などを作っているそうだ。
「おーい、親方はいるかね」
「ここにいるっすよ、なんでしょうモルトさん」
頭に布を巻いた、筋肉隆々の屈強な男が近づいてきた。
「この男は加工場の取りまとめをしているザムだ。木材の性質についてはこのザムに聞いてくれ。ザム、カークさんの客人だ。話を聞いてやってくれないか」
「うす。わかりました」
今更だけどカークが付いてきてくれた理由がよくわかった。
どこの誰かも知らないわたしがいきなり来るより、カークが仲介してくれた方が話が進めやすいからだ。
・・・そりゃそうだよね。
カークさんには感謝せねば。
モルトから話を聞いたザムは、まずカバンの木を持ってきてくれた。
黄色っぽくて、ツゲの木のような色合いに見える。
しかし、この木・・・
うーん・・・
「この木は、繊維が硬めだが、加工はしやすい。ただ、繊維同士は隙間が空いているので、加工した時にはザラザラしてて表面は滑らかになりにくい。丈夫だが、少し軽めだ」
確かに、この木の断面を触った時に、かなりザラザラした。
よくみると、すごく小さい穴が無数にあいている。
「表面をやすりのようなもので磨いても滑らかにはなりませんか?」
「隙間があるので、ツルツルにはなりにくいね。どうしてもざらつくところは出るし、繊維は硬いが、繊維の隙間から割れることもある」
うーん、カバンの木では難しそうだ。
ざらついた玉では指が変なところに引っかかりそうだし。
カバンの木を見るのはここまでにして、次はユートの木を見せてもらった。
「ユートはそれなりに重量があり、湿気にも強い。ただし、少し柔らかい。強く押せば、爪でも凹みができる」
やや黒みがあるユートの木は、磨けばツルツルになるそうだが、柔らかいそうだ。
湿気に強いのはありがたいが、爪で押しても凹みができるようでは、玉が保たない気がする。
これで硬ければ採用候補だった。
実に惜しい。
最後にノークルを見せてもらった。
「ノークルはしっかりしていて、重さもあるし、かなり硬い。ただ問題はある」
ノークルはユートと違ってかなり硬いらしい。
でも硬くても加工は問題なくできるそうだ。
磨けばちゃんとツルツルになるし、色は黒く、重さもしっかりあるとの事だ。
わたしには問題らしい問題点が思いつかないけど、問題点とはなんだろうか。
「この木は希少で高い。量産にはあまり向かないと思う」
くっ、高いのか。
どのぐらい高いのだろう・・・
ザムが答える前に、カークが渋い顔で答えた。
「ユリ殿。ノークルは高級な家具などに使う素材だ。さすがにこいつで量産されては、資金がまずいことになる」
「そうですか・・・」
希少という点で考えても、量産に使えるほど素材数は集まらないかもしれない。
とりあえず試しにカバンの木とユートの木で、そろばんの玉の試作品を作ってもらおうかな、と思っていたところに、突然、カークの副官のスポークがカークのそばに来ると、急ぎの要件を伝えた。
「太守。館から緊急連絡が入っております。至急、お戻りください」
スポークは館からの連絡を受けられる魔道具を持っているそうで、それによって緊急連絡が入った場合、すぐに分かるそうだ。
「そうか。分かった。すまないユリ殿。俺は先に館に戻る。ユリ殿達は引き続き素材の検証を続けてくれ。ノーラも残っていて構わん。馬車は乗っていくが、後でまたこちらに向かうように手配しておく」
「わかりました。カークさん、ありがとうございます」
そしてカークは加工場を出て、太守の館へと戻っていった。
カークが加工場から出ていくと、ノーラが少し険しい顔でつぶやいた。
「緊急の用事ですか・・・まずいかもしれませんすね」
「ノーラ?」
「太守が呼び出されるような緊急の用事は、例えば、近郊にやっかいな魔獣が出た場合です。その場合は、私も一緒に呼ばれることが多いです」
「なるほど。でもノーラさんは呼ばれなかったわよね」
つまり、用事は、魔獣出現ではない可能性が高いと。
「他に呼ばれるとすれば、王都からの緊急連絡です」
「王都、ということは・・・」
・・・バルゴか。
ついに何か動き出したのかな?
とはいえ、考えてもわかる事ではないので、こちらはこちらの検証を続けることにして、そろばんの玉の試作をお願いする事にした。
そろばんの玉の形状と大体の大きさはわかる。
ちゃんと体が覚えている。
わたしはそろばんの玉の三面図を描き、ザムに渡した。
三面図を見たザムから幾つか質問され、それにわたしが答えると、ザムは設計図に注釈を書き込んでいった。
そしてザムは数人の職人を呼び寄せ、図面に従ってそろばんの玉を作るように指示を出した。
そういえば木材加工も魔道具を使うのかと思ったが、普通に工具での工作も行うようだ。
さすが職人さんだ。
とりあえずそろばんの玉のサンプルを数個作ってくれるそうで、試作自体は一時間程度で終わった。
エスカとアドルもそろばんの玉を触ったり、色々な角度から見て、魔道具での量産ができるかを確認している。
わたしも玉を掌に乗せて、じっくり見てみた。
この形・・・まごうことなき、そろばんの玉だよ!
感動だよ!
しかし、思った通り、カバンの木から切り出したそろばんの玉は、使えなくはないと思うが、細かい穴が無数に空き、変に指に引っかかる感じになってしまった。
この玉がそろばん上で百個以上並んだら、ちょっとホラーな感じもする。
一方、ユートの木で作ったそろばんの玉は、黒みが強く、職人が軽く磨いてくれた表面は、わずかな光沢も出て美しい。
しかし、やはり柔らかい素材のせいか、そろばんの玉の、指を引っ掛ける場所がところどころ歪んでいたり、欠けていたりする。
柔らかい材質のせいで、加工する時に歪みが出てしまうのだろう。
実に惜しい。
悩ましい顔をしているわたしに、エスカが試作品の感触を聞いてきた。
「ねえ、ユリちゃん。どう?」
「うーん、それぞれ惜しいのよね。やっぱりカバンの木は硬さはいいんだけど隙間が気になるし、ユートの木は柔らかくて角が潰れたり、不揃いになっちゃいそう。両方のいいとこ取りが出来ればいいんだけどね」
「そっか・・・んじゃ、混ぜてみる?」
「はい?」
混ぜる?
木を?
「ああ、そういう事か」
アドルも何か気がついたらしい。
説明求む。
「ユリちゃん、例えばね、このカバンの木とユートの木をおがくずになるまで粉々に粉砕するの。すっごく細かくね。それはここの職人さんがやってくれると思う」
「・・・砕いて、混ぜて、固める?」
「そう。さすがユリちゃん。よく分かったねー」
そろばんの枠材は圧縮合板などで作ることはあるが、そろばんの玉も、そういったものが全くないわけではない。
プラスチック製のそろばんの玉なんて、要するに合成樹脂だし。
わたしのそろばんの玉のイメージは、木からくり抜いて作るものだが、別にうまくいくならば製法が変わったところで構わない。
「おがくずの最適な配合は試行錯誤をしないといけないけど、おがくずを混ぜたものを素材として合成の魔道具にかければ、うまくいけば両方の良いところの特性を持ったそろばんの玉ができるかもしれない」
「それ、素敵だね!」
「あとはそうだな、色がまだらにならないように、塗料を少し混ぜるといいかもしれない。光沢出しや定着材がわりにもなるし」
「それとやっぱり精密な加工が必要だから、加工の魔道具は専用のものにした方がいいね。ひとつあれば量産自体はできるから、戻ったらすぐに試作に入ろう。アキム様にも手伝ってもらえれば早くできるかもしれない」
「枠や芯竹もおがくずから作った方がいいかもしれないね。そもそも形成自体は・・・」
そんな感じでエスカとアドルからどんどんアイデアが出てきて、そろばん製作がいよいよ現実味を帯びてきた。
その後、わたし達は試作の続きを館で行うことにして、カバンの木とユートの木のおがくずを大量にいただいた。
「とりあえずここでやる事は一旦終了だね」
「そうだね。モルトさん、ザムはさん、今日はありがとうございました!」
「いやいや。カーク様の客人に喜んでもらえて何よりですよ」
「また何かあれば相談に乗るっすよ」
さて、では館へ戻ろうと思ったけど、馬車がまだ戻ってきていない。
工場を見学でもさせてもらって時間でも潰そうかな、と思ったところで思い出した。
「あの、ノーラさんが発注したとかいう、組手練習用の木の人形を見せてもらってもいいですか?」
「ユリ師匠、よく覚えていてくれました。私は忘れていましたよ。モルトさん、ぜひ見せてください」
「ああ、こちらです。どうぞ」
モルトが案内してくれた場所は、さまざまな木製加工品の、試作品置き場のようなところだった。
そして、そこには件の木の人形があった。
人形は、関節部分を球体関節にしてそこそこ自由に動くようになっており、これに専用の魔道具を取り付けると、近寄ったものを自動的に攻撃してくるという、一人用の練習ロボットのようなものらしい。
・・・それ、結構はた迷惑な人形じゃない?
うっかり魔力を流しっぱなしにしてたら危ないわね。
ただし、自立はできないらしいので、柱にくくりつけたり、ぶら下げて使うそうだ。
ちなみに素材には高級品のノークルを使っている逸品だそうだ。
しかし・・・
「ノーラ。これは一体どういうつもり・・・?」
「もちろん、師匠のお姿を参考にして形を作った、練習用の木の人形です」
どう見てもフォルムがわたしだった。
顔の輪郭、そしてポニーテールまでわざわざ再現している。
そして身長、体型とくれば・・・やはり胸は平面だった。
・・・完璧に再現されてるよ、ちくせう。
ダメ元でモチーフの変更を依頼してみたが、木製なのでそう簡単にはいかないそうだ。
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