ポニーテールの勇者様

相葉和

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101 王城での軍議

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エコリーパスの王都管理区、その王城では先のニューロックの反乱における紛争の結果に未だ騒然としていた。
無論、王城だけではなかった。
ニューロックから全領地に発信された勝利宣言と戦果報告により、王都軍の敗北は全国民にも知れ渡っていた。

当然ながら王都はニューロックの独立を認めておらず、事は『内乱』であり、戦争ではなくせいぜい『紛争』扱いだった。
しかし、その内乱にまさかの敗北を喫した王都側は、敗戦の理由はあくまでグレースの者たちの手腕が悪かったためだと主張し、国が、そして王が負けたのでは無いと公表した。

しかし戦争の内情を知る者達はそれだけが理由ではない事を重々承知していた。
ニューロックの首都を丸ごと吹き飛ばす威力の大魔術を使ったにも関わらず、ニューロックはそれを防ぎ、陥落しなかった。
一方、グレースの艦隊は壊滅し、太守を失った。
現在のグレースの領地は王都管理区の飛び地として、王都管理区から派遣された文官が内政に当たっている。
グレース太守の後任選定も必要だったが、それよりも先に、ニューロックの内乱に対する報復について検討しなければならなかった。
王城では幹部達によって連日軍議が行われていた。

「泥を塗られた以上、報復せぬままというわけにはいくまい」
「今すぐ王都から軍を動かすわけにはいかぬ。先の内乱で失った物資の補給が間に合あわない」
「ならばまたあの大魔術を打ち込めば良かろう」
「無理を言われては困る。あの魔術の行使には我が魔導師団が総力を上げて幾日もかけて紡ぎ出した魔力が必要なのだ。それに魔道具は既に失われた。先人の遺物でもあったあの魔道具は易々と再現できるものではないと、前にも説明したであろう」
「ふん、魔道師団は無能揃いか」
「お言葉を返すようだが、ニューロックに攻め込むこともできずに艦隊を失ったのは騎士殿達だ。両面作戦にすらならなかった。魔力に頼る前に己が力不足を反省されてはどうか」
「貴様!」
「やめぬか、貴官ら。王の御前だ」

バルゴ王の右腕である護衛騎士隊長のフラウスが騎士隊長と魔道師団長をたしなめると、会議の場はひとまず静まった。

結論の出ない連日の幹部会議は、参加している全員を苛立ちと焦りで疲弊させていた。
バルゴは普段、幹部会議には参加せず、会議での結果や提案を聞いて実行の可否を答えるか、あるいは後日バルゴが会議を招集して詳細を詰めるのが慣例だった。
しかし一向に進展のない幹部会議に業を煮やしたバルゴは、今回の会議に傍聴役を兼ねて参加していた。

「貴官ら。議論に熱くなって王が座すことを忘れているようだな。不敬にならぬよう注意されよ」
「フラウス、構わん」

円卓で議論を交わす幹部達の傍で別席に座り、会議の成り行きを見ていたバルゴはフラウスを嗜めると、幹部達に顔を向けた。

「熱くなるのは良い。しかしお前達の議論も長いだけで何の成果も結論も出ないようだな。首から上についているものは飾りか。重いのならば切り離してやろうか」

嗜めたものの、言葉は辛辣だった。
幹部達は俯きがちにバルゴの言葉を受け止めるだけだった。
動かない、いや、動けない部下達を見て、バルゴが続けた。

「まあ、よかろう。次は俺が出て、直接手を下そうと思う」
「陛下!?陛下が親征なさるなど・・・」
「俺が出るという案は、お前らが考えたとしても言えぬであろう?だから俺が自分で言ってやっているのだ。俺が出る、と」

幹部達にざわめきが起こった。
たしかに王の親征はニューロックにとって大変な脅威となるだろう。
王個人としての力も絶大である事は幹部達も知っている事である。

「親征という程のことではない。あの小娘を倒す事だけに注力するだけだ。そうすればニューロックや他の領地の騒ぎなど、どうとでもなる」

再び幹部達にざわめきが起こった。

「しかし、王がたかが小娘一人を倒すだけのために腰を上げるなど、王の威厳を損いませんか」
「お前らができないから俺がやるのだ。それとも誰か代わりにできる者がいるのか?いるならば名乗り出よ」

例の小娘は水の精霊だけではなく、風の精霊をも味方につけているとの情報が、かろうじて帰還したグレース艦隊の生き残りからもたらされており、既に幹部の間にも広まっていた。
もはや一対一では並の人間に勝ち目はないだろう。
策略に嵌めればあるいはと思うが、今すぐどうこうできるような策は誰も思いつかなかった。

「何も俺が今からニューロックに殴り込みに行くわけではない。まずは情報を集めよ」

ひとまずバルゴは小娘を討つ機会を探るため、ニューロックへ諜報員を潜入させること、そしてニューロックの連中と小娘の動向を監視することを幹部連中に指示した。
そして情報が集まる間、速やかな軍事行動が取れるように物資の補給と王都の艦隊の準備、加えて他の領地の動向も監視するように命じ、バルゴは会議室から退出した。

バルゴは自室に戻って一人になると、やや乱暴に自室の椅子に座った。
そして袖机に手を伸ばして酒の入ったボトルを手に取ってグラスに注ぎ、グラスの液体を揺らしてつぶやいた。

「我ながら消極的だとは思うがな」

部屋の明かりがゆらめいた。
そして部屋の中にバルゴではない声が響いた。

(気に入らぬようだな)

火の精霊がバルゴに話しかけて た。
やや半笑いのような感じとも取れる物言いに、バルゴは苦笑した。

「気に入らぬ、か。ああ、気に入らないとも。まさか向こうが無傷で、こちらが完敗するとはな。フェイムも使えんやつだ」

フェイムはグレース艦隊の司令官であり、グレース領の太守だった男だ。
先のニューロックとの戦闘で死亡しているが、仮に生きて戻ったとしても敗戦の責任を取り、処刑されていただろう。

(無傷ではないだろう。強力な魔力持ちを一人討ち取っている)
「お前の知己だった男とやらか。どんな奴かは知らんが、あれだけの魔術を行使して戦果がそれだけとは情けない話だ」
(奴の存在と知識は些細であれ、脅威になり得るものだった。我としては十分な戦果だと思えるがな)

火の精霊が警戒していた男は、この星の初代国王であり、現在まで隠れて生きていたという話だが、にわかに信じられる話ではなかった。
仮に事実だとしても、最終的に大魔術の攻撃を食い止めたのは小娘の力によるものだろうと考えていた。
なお、この時バルゴ達はまだ土の精霊も由里達に協力していたことは知らなかった。

「水の精霊だけでなく、風の精霊の力も得た小娘に、お前の力は通用するのか?相手はお前と同じ大精霊で、それが二柱だぞ」

再び部屋の明かりが揺らいだ。
火の精霊の心の動きに同調したものだが、火の精霊はバルゴの言に動揺したり、怒りを覚えたわけではなく、嘲笑していた。

(小娘が風の精霊を引き込もうが、幾つもの精霊達を味方につけようが、我には敵わぬよ。相対すれば我と主の勝ちだ。小娘共には負けぬ)
「他の精霊を味方につけられても、か。そういえば疑問があるのだが・・・」

バルゴはかつてグレースの太守であった頃に、先王の星降りの儀式を間近で見たり、王城で先王が精霊達と会話をしているのを見たことがあった。

「今、『小娘共』と言ったな。他の大精霊は性別が・・・性別と言って良いのか分からんが、ともかく性別が女だった。体型も喋り方もな。なぜお前だけが男なのだ?」
(いい質問だ。我が負けぬ理由に繋がるとも言える質問だ)
「どういう事だ?」

答えに全く結び付けられないバルゴが訝しく尋ねると、火の精霊は答えた。

(この星の精霊は、原初の大精霊から複製された劣化品よ)
「この星の成り立ちに関する御伽噺か?他の星から移住する時にこの星のための精霊を生み出したというやつの事だろう」
(御伽噺ではない。事実だ。そして・・・)

火の精霊はそこで一度言葉を切った。
やがて部屋の温度が上昇し始め、火の精霊の姿が部屋の中に具現化し始めた。
上半身だけだが、炎が人型を形造る。

筋肉が隆起して暴力的な力強さを感じさせる体。
髪の毛の代わりにそり立つ炎。
精悍さと冷酷さを併せ持つような顔。
不敵な表情を浮かべ、火の精霊が言った。

「我は『原初の火の精霊』なのだよ。この星の大精霊の中で、我だけが原初の精霊なのだ。劣化複製品の風の精霊が相手に増えようが、我には敵わぬ」



「ぶえっくしょん!」
「へー、カピバラもくしゃみするんだねー」
「鼻にお湯が入っただけよ!」

由里はカークの館の大浴場で、湯船に浸かっていた。
両隣には由里と同様に肩までしっかりと湯船に浸かっているハシビロコウとカピバラの姿があった。
カピバラは、風の精霊であるサラが望んで依代にえらんだ姿だ。
由里は『さすがカピバラ、湯船が似合う』などと考えながら、くしゃみをしたサラに忠告した。

「サラちゃん、風邪ひかないでね。普段は裸みたいなもんだし、しっかりお湯に浸かって温まってね」
「裸じゃないわよ!毛に覆われているでしょうが!それに精霊は風邪など引かないわよ!」

そう言うとサラはぶくぶくと目元まで湯船に沈みこんだ。

「それもそうか。そういえば私の星では『誰かに噂話をされるとくしゃみをする』なんて言うわ。サラちゃん、誰かに噂されたんじゃない?」
「サラちゃんは火の精霊に気があるのじゃろう?もしや奴に噂されたのかもじゃな」
「ぶっ!誰があんな火男なんか!」
「ちょっ!風でお湯を飛ばさないでよ!」
「面白い。サラちゃん、受けて立つのじゃ」
「いやあ!ディーネちゃん、湯船に渦を作らないで!引き込まれるから!もう、このっ!」

由里も反撃とばかりに水の中で魔力の塊を放出してサラとディーネを吹き飛ばしたりして、湯船の中は地獄絵図と化していた。

「あんたら、お気楽ね・・・」
「平和が一番なの!」

洗い場でミライの頭を洗ってやっていた土の精霊アフロディーテ(通称アフロ)とミライは、生暖かい目で由里達を眺めていた。

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