ポニーテールの勇者様

相葉和

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119 火の精霊の襲撃

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わたしは目の前の海上に出現した火の精霊の圧倒的な威圧感に絶句していた。
いや、むしろ恐怖だろうか。
本能が危険サインをけたたましく鳴らしている。
『星の翼』号のデッキの手すりに捕まる手は震えが止まらなかった。
このまま火の精霊になすすべもなくやられる未来しか想像できない。

・・・てか、なんで突然現れた?

今まで火の精霊に出会ったことはなかった。
いや、むしろそこを疑問に思うべきか。
これほどまで強大な力を持つ精霊ならば、単独で私を追いかけて抹殺しに来ればよかったのだ。
もしかして機会を伺っていた?
いや、そんな機会はいくらでもあったはずだ。
寝ているときだっていい。
いつでもできただろう。

その時、デッキの出入り口からアドルの叫ぶ声が聞こえた。

「ユリ!大丈夫か!こいつはなんなんだ!?」

おそらくアドルは艦橋から火の精霊を見て慌ててこっちにやってきたのだろう。
わたしと火の精霊を交互に見たアドルは腰からラファルズを抜いて火の精霊に向けた。

・・・ダメ、そんなものを使っても勝負にならない。
アドルを、みんなを死なせるわけにはいかない。

アドルのおかげで少し冷静さを取り戻したわたしは、アドルにやるべき事を即座に伝えた。

「アドル、今すぐ逃げて!みんなにも伝えて!あれには勝てない。わたし達は時間を稼ぐから、その間に急いで逃げて!」
「だけど、ユリ、それでは君が・・・」
「逃がすと思っているのか?」

わたしとアドルの会話に割り込むように、火の精霊の低くて冷たい声が聞こえた。
そして火の精霊は指先をこちらに向けると、弾丸のような火の塊を放った。
火の弾丸が近づくにつれて周囲の景色が歪む。

「ディーネちゃん!サラちゃん!」

わたしはアドルにとっさに覆いかぶさった。
わたしとアドルに向かっていた火の弾丸は、わたし達の手前二メートルほどのところで水と風の魔力の障壁によって弾かれた。
弾いた衝撃で発生した音と振動で空気がビリビリと震えた。

「ユリよ、無事かの?」
「うん。ありがとう。とりあえずはね・・・アドル、早く逃げて。お願い」
「でも!オレがユリを置いて逃げるなんて・・・ぐむっ」

わたしは覆いかぶさった体勢のままだったことをいいことに、そのまま勢いよく唇を合わせた。
時間にして一秒程度だろうか。
アドルから顔を離す。

・・・うは、絶対今、顔真っ赤だわ。

「お願い、アドル。わたしは大丈夫だから。だって・・・」

わたしはアドルにそっと耳打ちした。

「え?え?じゃあ今のは・・・ええっ?」
「そ。だからまあ今のも気にしなくていいから。分かったらとっとと逃げる!エリザさん達にも伝えて、ラプターや小型艇も準備して!はい、さっさと行く!」
「あ、ああ・・・」

アドルは立ち上がり、駆け足で艦橋に向かっていった。

「・・・別れは済んだのかね?」
「うるさい」

火の精霊は腕を組み、海上からこちらを見下ろしている。

「心配することはない。すぐにあの世で逢わせてやる」
「うるさい!」

わたしは手に気合、もとい、魔力を込めると、火の精霊に向けて風の刃と水の砲撃を立て続けに放った。
しかし火の精霊は腕をバッと振り、わたしの攻撃をいとも簡単に振り払った。

・・・全く効かないとはね。
そんな気はしていたけれども。

「気が済んだか?」
「今のは挨拶代わりよ。まだ本気じゃないわ」

・・・嘘です。わりと全力でした。

その時、船の速度がぐっと上がった。
どうやら逃走を開始してくれたらしい。

「ディーネちゃん、海の上に出るわよ!サラちゃん、船を守って!」
「了解したのじゃ」
「分かったわ!」

わたしとディーネは船から飛び出すと、火の精霊の背面に回り込むようにして空中で停止した。
『星の翼』号の進行方向と真逆の方向だ。
こちらの動きに合わせて火の精霊もこちらに向きを変える。

「あの船を逃がす気か」
「・・・」
「逃がすと思うのか?」

船にはサラちゃんがいる。
距離も取れたし、さっきの威力ならばサラちゃんでもなんとか防げるはずだ。
もしも追いかける気ならば、後ろから牽制する。

「先の攻撃が全力だと思っている訳ではあるまい?」

・・・それって、『今のはメ○ゾーマではない』的なやつ?

そんな事を考えていると、火の精霊はバッと船の方角に手を向け、先程の火の弾丸を、今度は無数に作り出した。

あれが複数も?
まずい、船を守りに行かないと・・・

動き出そうとしたその時、反対側の手をわたしの方に向け、同じく複数の火の弾丸を出現させるとわたしとディーネを取り囲むような弾道で即座に撃ち出してきた。
回り込んで避ける余裕もなかった。

「ディーネちゃん!」
「承知しているのじゃ!」

わたしとディーネは全力で火の弾丸を防ぐための水の防御壁を周囲に展開した。
しかし全弾を防ぎ切る事はできずに何発か貫通し、ディーネに数発、わたしは左肩と左足に火の弾丸の攻撃を受けた。
ディーネの依代はいわば霊体のようなものなので、ダメージは直接魔力の減少という形でダメージを受ける。
防御壁によって威力が落ちたとはいえ、ディーネも今の攻撃でかなりのダメージを受けたことは間違いない。
わたしの左腕と左足も動きそうもない。
この程度で済んだのはむしろマシな方だった。

「ユリ、すまぬ、全弾は無理じゃった」
「ううん、ありがとうディーネちゃん。そんなことよりも船が・・・」

『星の翼』号は火の弾丸の洗礼を浴びて、各所から煙が上がり、火災が起きていた。
甲板は破壊され、船側面や背面にも穴が空き、浸水するのは時間の問題だろう。
動力部分もやられたのか、速度を落として惰性で動いているように見えた。
艦橋部分が健在なのは、きっとサラのお陰だと思う。

「みんなを助けに行かなきゃ!」
「行かせると思うのか?」

火の精霊が再び手をこちらに向けた。
また火の弾丸を出現させる気だろう。

こっちだってやられっぱなしじゃないわよ!

「ディーネちゃん、水の刃でやつを撃って!」
「承知!」

ディーネが勢いよく水を放つ。
まるでレーザーのように火の精霊に向かって水の線が火の精霊に向かい、そのまま火の精霊の体を貫通した。
しかし火の精霊はダメージを負ったような素振りすら見せない。

「その程度の攻撃で我を倒せるとは思っておらぬであろう、水の精霊よ」
「うむ。そうじゃな・・・妾は以前も其方に負けておるからの」

ディーネは先王がバルゴに倒された時、王城で火の精霊と戦って一度敗れている。
そのため、火の精霊の実力を一番良く分かっているのはディーネだろう。
しかし、同じ精霊同士なのに、何故これほどまでに実力が違うのだろうか。
相性はあれど、ディーネとサラとアフロにはそれほど実力の違いは無いと思っている。
しかしこの火の精霊だけは異質だ。

再び火の精霊が火の弾丸を放つ。
かろうじて水の防御壁で威力を抑えたものの、防ぎきれない弾丸を受けてわたし達はまたダメージを受けた。

「強すぎる・・・」
「ユリよ。次はもう防ぎきれそうもないのじゃ。それに船を見よ・・・」
「ああっ・・・わたしたちの船が・・・」

『星の翼』号は沈み始めていた。
おそらく船尾から浸水したのだろう。
船首を徐々に上げ、船尾は海の中に沈みこみ、ゆっくりと傾きを増している。

「異世界の者よ。そろそろ終わりにしよう。時間もないのでな」

火の精霊は両手を体の前に出し、何かを挟むような形で掌を固定すると、その手の間に巨大な光球を造り出した。
まるで太陽のような眩しさと熱さで正視できない。

「これを喰らえば一片も残らず消滅する。せめて苦しまずに死ぬがいい。お前の支配から解放された水の精霊は後でゆっくり捕まえてやろう」
「余計なお世話なのじゃ!」

火の精霊の挑発にディーネがカッカッと嘴を鳴らして抗議する。

・・・ここまでか。
まさかアフロちゃんの懸念が当たることになるとは。

「・・・ディーネちゃん、後はお願い」
「もう、よいのか?」
「うん。だからディーネちゃんも・・・」
「ユリ!」

その時、サラがぶっ飛んできてわたしに抱きついた。
左手が上がらないわたしは右手だけでサラを抱擁した。

「ユリ、ごめんなさいね。船は守れなかったわ。でもクルーは皆脱出できたわ。小型艇とラプターに分乗してね」
「サラちゃん、ありがとう。みんなが脱出できたのもサラちゃんのお陰だよ。だから、サラちゃん、ディーネちゃんと一緒に逃げて」
「ユリ・・・ディーネ、そうなのね?」

ディーネが小さく頷いた。
サラはすぐに理解したようだ。

「分かったわ・・・ユリ、無事で」
「うん、必ず。とりあえず、これ返すね」

わたしはディーネとサラに、水の魔力の核と風の魔力の核を取り出して二人に返した。

「ディーネちゃん、サラちゃん。みんなのこと、よろしく頼んだわよ!」
「・・・承知したのじゃ」
「あんたが戻るまでだからね!さっさと帰ってきなさいよ!」
「うん!」

さらにいくつかの装飾品を手渡すと、ディーネとサラはニューロックの方に向けて飛び去った。
きっと途中で避難中の皆と合流して、ニューロックまで導いてくれるだろう。

「精霊共を逃したのか。手渡したのは形見か?」
「これで心置きなくあんたと戦えるわ。勝ち目はなさそうだけどね」

・・・もちろん虚勢ですけどね!

「ふむ。何をいっているのか分からんが、精霊共に消滅されては困るからな。一人で寂しく死ぬがいい」

火の精霊の手にある光球は、先程よりも更に大きくなっていた。
わたしだけではまちがいなく即死級の威力だろう。
でも、当たらなければ関係ない。
わたしはできるだけ距離を取るために残された魔力を使い、上空に向かって飛んだ。

「逃さん」

火の精霊は光球を片手に、わたしを追って来た。
その速度はわたしよりも遥かに速く、あっという間にわたしに追いつき、追い越された。
そして火の精霊はわたしの体に向かって巨大な丸太のような右手を振り下ろした。

「が・・・はっ」

言葉にも表せないような強い衝撃で、わたしの体は紙屑のようにひねり飛ばされた。
もはや飛行する力もなく、殴られた衝撃の方向と自由落下で、斜めに落下していた。
朦朧とする意識の中でなんとか目を開いて体の損傷具合を見てみる。
右腕と下半身の感覚がない、というか見えない。
今の一撃で千切り飛ばされてしまったのかもしれない。

・・・アフロちゃん、ごめん。

その時、見えにくくなってきた目でもハッキリ認識できるほどの光量で、わたしに光の球が迫ってきていることが分かった。

「さらばだ、勇者」

遠くから火の精霊の声が聞こえる。

・・・はあ、ここまでか。
アフロちゃんとの賭けにも負けちゃったか・・・

わたしの体は光の球に飲み込まれ、塵一つ残すことなく消滅させられた。



「異世界の勇者の消滅を確認・・・」

火の精霊はひとりつぶやくと、風の精霊と水の精霊が飛び去った方向を見つめた。
今から全力で追いかければ追いつくかもしれないが、精霊を消滅させてしまうわけにもいかないので、手詰まりになるだろう。

「むっ、ここまでか。予測よりも短かったな」

火の精霊が魔道具を取り出して見ると、魔道具が放つ赤い光が消えかかっていた。
ベルノに渡した魔道具、それは魔道具に魔力を注ぎ込んだ術者の命と魔力を引き換えに、火の精霊をその地に召喚するというものだった。
召喚できる時間は術者の魔力量に比例して増大する。
ベルノはそれなりに魔力量が豊富で優秀な人材ではあったが、それでも火の精霊を半刻程度召喚するのが限界だったようだ。

ひとまずの目的は達した。
異世界の勇者を抹殺すること。
そして勇者と契約した精霊を解放して新たに支配できる状態にすること。
成果としては満足できるものだった。

「あとはバルゴの手腕に任せるとするか」

そう言い残して、火の精霊の姿は消えた。
魔道具は光を失うと同時に塵となって、海の中に消えていった。



「・・・ぐああああああああああああああ・・・あれ?」
「・・・」

ここは・・・どこだ?
わたし、何をしていたんだっけ?

「・・・」
「えーと、アフロちゃん?」

アフロが腕を組んでわたしを見下ろしている。

「えーと、ここは、あれだ。カークさんの館のわたしの部屋で、わたしは今ベッドに横たわっている」
「・・・」

アフロが腕を組んだまま、指をトントンしている。
しばし心を落ち着けると、混乱していた頭が徐々に整理されてきて色々と思い出してきた。

「えーと、だから、つまり・・・はい。やられました。アフロちゃんの懸念どおりでした。ごめんなさい」
「・・・そうね。では弁明を聞かせてもらいましょうか」

この後、アフロに盛大に叱られた。
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