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流れるように
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いつからだろう、親とあまり言葉を交わさなくなったのは。ああそうだ、俺の受験が失敗してからだ。俺は昔から基本的になんでもできたし、そのおかげクラスでも人気者だった。努力を知らなかったんだ。そのせいだろう、根拠のなかった自信は簡単に崩れ去った。そして、自分のちっぽけさを知った。あれからずっと自己嫌悪と罪悪感の深く暗い思いに支配されている。
「勘弁してくれよ」
休日、普段から外出を心がけている俺はあてもなくぶらぶらしていた。別に健康のためなんかじゃない。親がいるあの空間はどうも息が詰まってしまからだ。しかし、人生とは不思議なものでそういうときに限って良くないものを運んでくる。
「やっぱり、降ってきたか。早く止んでくれー」
家を出る前から、なんとなく嫌な予感はしていた。すると案の定だ。突然、ものすごい豪雨が体に打ちつけられた。
「にしても、不幸中の幸いか......。でもこんなとこに廃墟なんてあったか? 」
潰れてから、それなりの時間は経っているのだろう。壁にはいつのものか分からない広告が貼り付けられていた。薄暗い闇の中、奥に進み階段を上っていく。。するといくつか同じ形の部屋が並んでいた。その内の一つに入ると辺りにはボロボロの勉強机と椅子が散乱している。
「学校ってわけじゃないよな。なんだ? 」
「ここは元々小さな塾だったそうよ」
「うお!? 」
心臓が止まるかと思った。慌てて声のした方を見ると教室の入り口に女の子が立っていた。
「ふふ、驚かせてごめんなさい」
何が面白いのかくすくす笑う彼女。暗がりで表情まではよく見えないがなんとなく楽し気な雰囲気は伝わってきた。
「あの、誰ですか? 」
相手の姿がはっきりと見えていないので、一応敬語で語りかけるも返答はない。だが、その代わり暗がりの奥にいた彼女はそんな気遣いをあざ笑うかのように普通に近づいてきた。窓から僅かに射す光。その光が作っていた影の境界線を彼女が踏み越えてくる。そして、その姿があらわになろうとした瞬間─
「ひゃあ!」
目の前で謎の女がこけた。転がっていた椅子に引っかかり、それはもう盛大に。見ているこっちにまで痛みが伝わってきそうだ。
「......あの、大丈夫か? 」
「ら、らいひょーぶ」
鼻頭を抑えながら、ゆっくりと上体を起こす彼女。その様子を見るに負ったダメージは中々だったようだ。暗がりから話しかけてきたときのミステリアスな雰囲気は完全に霧散していた。きっと、心のほうはもっと深刻なダメージを負っていることだろう。俺と彼女の間には絶妙に気まずい雰囲気が流れていた。
「ほら、手かしてやるから。そろそろ立てよ」
とはいっても、いつまでも年頃の女の子を汚い床に座らしておくのも忍びなかったので、一応声をかける。対する彼女も、顔を上げて渋々こちらに手を伸ばす。その瞬間、俺の中で少しばかり時間が止まった。ようやくまともに見れた彼女の顔はとても綺麗だった。不意に動きを止めた俺を不思議に思ったのか、小首を傾げる。仕草に合わせて流れる長い髪が、その美しさをより一層引き立てている。自然と、自分の中で鼓動が早くなっていくのが分かる。
「どうしたの? 」
「いや、別に」
「きゃっ! 」
さっきまで残念な女の子感満載だった彼女に見惚れてしまっていたのが悔しかったのだろう。気恥ずかしを紛らわすために手を取って一気に引き起こす。握った手はとてもひんやりとしていて、なんだか心地いい感じがした。一方で立ち上がった彼女も何か思うところがあったのか、俺の手をじっと見つめる。そして、口を開いて一言。
「君の手すっごく熱い。熱でもあるの? 」
「......」
恥ずかしさで死ぬかと思った。穴があれば入りたいというのはこういう心情のことをいうのだろう。
「いや、熱はないから安心してくれ。それより、どうしてこんなとこにいるんだよ? 」
「良かった。えっとね、それはここが私の居場所だからかな」
「なんだそれ? この廃墟がお気に入りの場所なのか? 」
「ううん。そうじゃないよ。言葉通りの意味」
そう言って一瞬だけ間をおく。窓に打ち付ける雨の音だけが空白を満たす。その音は彼女が次の言葉を紡ぐ間を繋げてくれているような気がした。だからだろう、一瞬の沈黙を経て、彼女が自然に話せたのは。
「私、ここに取り憑いてる幽霊なんだ」
「え?まじで? 」
「うん」
「ふーん。なるほどな。それは勝手に邪魔して悪かったな」
「え?それだけ?幽霊だよ! お化けだよ!」
俺の反応を見て、心底意外そうな表情を浮かべる彼女。その瞳はこちらの真意を測りかねて不安気に揺れている。気持ちは分かる。彼女なりに勇気をだして打ち明けたのだろう。だからこそ、こちらも嘘をつかずに正直に答える。
「ぶっちゃけ、いきなり幽霊とか言われてもよく分からん。普通に会話できて普通に触れてるし、正直普通の女子にしか見えねーんだわ。だから驚こうにも驚けないんだよ」
とりあえず、本音を喋ってみたはいいが、途中から何故か彼女の口元は吊り上がっていた。今では完全に頬が緩みきっており、ふふふと気持ちの悪い笑い声まで出している。
「普通の女の子かー。幽霊になって長いけど、こんなに嬉しい気持ちになったのは久しぶり」
「そーか。不満がないなら良かったよ」
「うん! ありがと! 」
彼女があまりに嬉しそうにするので、こっちも少しばかり笑顔になる。いつもは憂鬱な休日もこんな風に役立つこともあるんだな。
「じゃあ、次は君の番だね。どうしてこんな日にわざわざ出歩いてたの?」
「あー、別に今日に限った話じゃないんだけど、休日は基本的に出かけるようにしててさ」
「ふーん。外出するのが趣味なんだ」
「別に趣味って訳じゃない。なんとなく家にには居づらくて」
「どうして?」
「親とあんまり上手くいってなくてな。まあほとんど俺の被害妄想みたいなもんだろうけど」
そこまで言って、自分で驚く。身の上話なんて普段は同情が鬱陶しくてしないのに、この時ばかりは自然に口が動いた。きっと、彼女があまりにも感情を表に出すから釣られてしまったんだろう。そして、一度喋り始めた本音は止まることをしなかった。今まで何も努力してこなかったこと。それが受験失敗という形の明確な結果として自身に突き立てられたこと。そこから生まれた罪悪感で親とは少し距離を置いていること。
とにかく、今までのことを全て話した。時々、感情が乗って荒っぽい話し方になってしまう部分もあった。しかし、そんな俺の話を彼女は何も言わず、ただずっと聞いてくれていた。
「だから俺、雨って嫌いなんだよ」
「え? 」
「家から出辛いからな」
そう言って、自虐的に笑って話のオチをつける。落とし所としては悪くないだろう。しかし、彼女は納得しなかった。重くなった空気を入れ替えるつもりだった俺を逃してはくれなかった。
「君の話なんとなく分かるかも」
「え?」
「さっきの変な罪悪感?みたいなやつ」
「ああ」
「私はね、昔ここに通ってたんだ。親が受験のためだからってほとんど無理矢理みたいな感じで入れられちゃったの」
「なんの話だ? 」
「まあまあ。それでさ、まあ入ったはいいけどもちろんやる気なんて出ない訳ですよ。だから成績も上がるわけなくてねー。周りにすごく差を空けられちゃってさ」
「まあ、勉強しなかったらそうなるよな」
俺の反応に彼女もコクリと頷く。
「そういう状況が続くとね、なんだか自分が凄く場違いな存在に思えてきて、すごく申し訳ない気持ちが沸いてきたんだ。そしてそれは家に帰ってもおんなじ。親に対して後ろめたく思ってた。まー、全部自業自得なんだけどね」
一通り話終えた彼女は、笑顔ではあったがどこか少し憂いを含んだ表情をしていた。
「なるほどな。だから分かるって言ったのか」
「そうだよ。でもね、本当に話したいことは別にあるの」
強い意志を含んだ眼差しが俺を見据える。
「私はね、こうして死んでしまってから、親と溝を深めてしまったことをすごく後悔してるんだ。だから、私とおんなじ状況にある君には仲直りしてほしい」
彼女の言葉は半端予想していたものだった。後悔していることは話しぶりや表情で分かっていた。分かっていたから実際にそれを押し付けてきた彼女に感情がささくれ立つ。
「なんでお前の言うことをわざわざ聞かないといけねーんだ。自分の苦悩を俺に投影するのはやめろ」
「─!」
彼女が息を飲む音が聞こえる。自分でも少々言いすぎた気がしたが、感情を上手くコントロールできなかった。きっと、自分が一番分かっていることを指摘されたからだろう。図星を突かれて、心配してくれた女の子に辛く当たってしまった事実に自虐的な笑みが零れる。
「悪い......。言い過ぎた」
「ううん。私も確かに君の言う通り、自分の後悔を君に重ねてたかも」
「いや、お前が謝ることじゃねーよ」
それからは、またくだらない話をして時間を潰した。しかし、どこか会話はぎこちない。お互いが謝って、もうそれで終わりのはずなのに、彼女との間に楽し気な空気が戻ることはなかった。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ」
「......うん」
しばらくして、雨が小降りになってきたのを確認した俺は、この空気から逃れるように腰をあげる。教室を出る際に一度だけ振り返って彼女を見る。こちらに向かって手を振る姿はひどく儚げで、今にも消えてしまいそうだった。そんな彼女を見ているのが辛くなり、足早にその場を離れる。胸にはいやな感情や考えが次々に浮かびどんどん心を蝕んでいく。逃げるようにして、廃墟の入り口まで来た時、乱れた心を落ち着かせるように一度だけ深呼吸をする。そして、俺が立ち止まった少し先にそれはあった。入口の少し手前、出ていくものの目につく形で一本の傘が壁に立てかけられていた。入った時にはなかったはずの傘。誰が置いたかなんて考えるまでもないだろう。それを見た瞬間、先ほどまで自分を支配していた感情が霧散した。
「本当にどうしようもないな。俺は」
外に向かっていた足を、再び彼女がいるであろう教室に向ける。階段を一段ずつ登りながら、何を言うべきか考える。何せ最近では必要以上に人に踏み込むということをしていない。まして相手は幽霊だ。下手なことをすれば呪われてしまうかもしれない。そこまで考えている間に階段の踊り場まで差し掛かろうとしていた。そして─
「みゅ! 」
「ごはっ! 」
上から駆け下りてきた彼女と盛大にぶつかった。俺たちは絡まりあったまま踊り場に倒れ込み、痛みに悶絶する。
「本当になんで幽霊なのに物理法則働いてんだよ」
「う、うるさいなぁ。私だって凄く痛いんだよ」
そう言って、こちら皮肉に彼女も対抗してくる。その姿を見ていると、先ほどまでの悩みが急に馬鹿馬鹿しく思えてきて、不意に笑いだしてしまう。彼女も同じような考えだったのか、しばらく二人で軽口を言って笑いあった。そして、落ち着いた後、俺は本来の目的に取り掛かる。
「さっきは本当に悪かった。ごめん」
「うん。私もごめんなさい。すごくデリケートな部分に考えもせずに踏み込んじゃったね」
さっきの謝罪とは違う。罪悪感だけではなく、お互いが一歩を踏み出すための謝罪。そこには、重苦しい空気などなく自然と笑みが零れるようなそんな暖かさがあった。
「じゃあ、今度こそ帰るよ。傘ありがとな」
「うん。ねえ」
「ん? 」
「また、暇な時でいいから来てくれない?」
「えー、どうすっかなー」
「もう! それこの空気で迷うこと? 」
「冗談だって。来るよ、必ず。でもこれからしばらくの間休日は家にいること多くなると思うからそこは我慢してくれよ」
「え?それって?」
「はいはい、じゃあまたな~」
「あ! ちょっと! 」
後ろで何やら喚いている彼女を残し、廃墟の外に出る。雨はまだ降っていたが、視界を遮るほどだった最初の頃に比べると随分と見通しが良くなっており、雲間からは僅かに日の光が差し込んでいた。
「勘弁してくれよ」
休日、普段から外出を心がけている俺はあてもなくぶらぶらしていた。別に健康のためなんかじゃない。親がいるあの空間はどうも息が詰まってしまからだ。しかし、人生とは不思議なものでそういうときに限って良くないものを運んでくる。
「やっぱり、降ってきたか。早く止んでくれー」
家を出る前から、なんとなく嫌な予感はしていた。すると案の定だ。突然、ものすごい豪雨が体に打ちつけられた。
「にしても、不幸中の幸いか......。でもこんなとこに廃墟なんてあったか? 」
潰れてから、それなりの時間は経っているのだろう。壁にはいつのものか分からない広告が貼り付けられていた。薄暗い闇の中、奥に進み階段を上っていく。。するといくつか同じ形の部屋が並んでいた。その内の一つに入ると辺りにはボロボロの勉強机と椅子が散乱している。
「学校ってわけじゃないよな。なんだ? 」
「ここは元々小さな塾だったそうよ」
「うお!? 」
心臓が止まるかと思った。慌てて声のした方を見ると教室の入り口に女の子が立っていた。
「ふふ、驚かせてごめんなさい」
何が面白いのかくすくす笑う彼女。暗がりで表情まではよく見えないがなんとなく楽し気な雰囲気は伝わってきた。
「あの、誰ですか? 」
相手の姿がはっきりと見えていないので、一応敬語で語りかけるも返答はない。だが、その代わり暗がりの奥にいた彼女はそんな気遣いをあざ笑うかのように普通に近づいてきた。窓から僅かに射す光。その光が作っていた影の境界線を彼女が踏み越えてくる。そして、その姿があらわになろうとした瞬間─
「ひゃあ!」
目の前で謎の女がこけた。転がっていた椅子に引っかかり、それはもう盛大に。見ているこっちにまで痛みが伝わってきそうだ。
「......あの、大丈夫か? 」
「ら、らいひょーぶ」
鼻頭を抑えながら、ゆっくりと上体を起こす彼女。その様子を見るに負ったダメージは中々だったようだ。暗がりから話しかけてきたときのミステリアスな雰囲気は完全に霧散していた。きっと、心のほうはもっと深刻なダメージを負っていることだろう。俺と彼女の間には絶妙に気まずい雰囲気が流れていた。
「ほら、手かしてやるから。そろそろ立てよ」
とはいっても、いつまでも年頃の女の子を汚い床に座らしておくのも忍びなかったので、一応声をかける。対する彼女も、顔を上げて渋々こちらに手を伸ばす。その瞬間、俺の中で少しばかり時間が止まった。ようやくまともに見れた彼女の顔はとても綺麗だった。不意に動きを止めた俺を不思議に思ったのか、小首を傾げる。仕草に合わせて流れる長い髪が、その美しさをより一層引き立てている。自然と、自分の中で鼓動が早くなっていくのが分かる。
「どうしたの? 」
「いや、別に」
「きゃっ! 」
さっきまで残念な女の子感満載だった彼女に見惚れてしまっていたのが悔しかったのだろう。気恥ずかしを紛らわすために手を取って一気に引き起こす。握った手はとてもひんやりとしていて、なんだか心地いい感じがした。一方で立ち上がった彼女も何か思うところがあったのか、俺の手をじっと見つめる。そして、口を開いて一言。
「君の手すっごく熱い。熱でもあるの? 」
「......」
恥ずかしさで死ぬかと思った。穴があれば入りたいというのはこういう心情のことをいうのだろう。
「いや、熱はないから安心してくれ。それより、どうしてこんなとこにいるんだよ? 」
「良かった。えっとね、それはここが私の居場所だからかな」
「なんだそれ? この廃墟がお気に入りの場所なのか? 」
「ううん。そうじゃないよ。言葉通りの意味」
そう言って一瞬だけ間をおく。窓に打ち付ける雨の音だけが空白を満たす。その音は彼女が次の言葉を紡ぐ間を繋げてくれているような気がした。だからだろう、一瞬の沈黙を経て、彼女が自然に話せたのは。
「私、ここに取り憑いてる幽霊なんだ」
「え?まじで? 」
「うん」
「ふーん。なるほどな。それは勝手に邪魔して悪かったな」
「え?それだけ?幽霊だよ! お化けだよ!」
俺の反応を見て、心底意外そうな表情を浮かべる彼女。その瞳はこちらの真意を測りかねて不安気に揺れている。気持ちは分かる。彼女なりに勇気をだして打ち明けたのだろう。だからこそ、こちらも嘘をつかずに正直に答える。
「ぶっちゃけ、いきなり幽霊とか言われてもよく分からん。普通に会話できて普通に触れてるし、正直普通の女子にしか見えねーんだわ。だから驚こうにも驚けないんだよ」
とりあえず、本音を喋ってみたはいいが、途中から何故か彼女の口元は吊り上がっていた。今では完全に頬が緩みきっており、ふふふと気持ちの悪い笑い声まで出している。
「普通の女の子かー。幽霊になって長いけど、こんなに嬉しい気持ちになったのは久しぶり」
「そーか。不満がないなら良かったよ」
「うん! ありがと! 」
彼女があまりに嬉しそうにするので、こっちも少しばかり笑顔になる。いつもは憂鬱な休日もこんな風に役立つこともあるんだな。
「じゃあ、次は君の番だね。どうしてこんな日にわざわざ出歩いてたの?」
「あー、別に今日に限った話じゃないんだけど、休日は基本的に出かけるようにしててさ」
「ふーん。外出するのが趣味なんだ」
「別に趣味って訳じゃない。なんとなく家にには居づらくて」
「どうして?」
「親とあんまり上手くいってなくてな。まあほとんど俺の被害妄想みたいなもんだろうけど」
そこまで言って、自分で驚く。身の上話なんて普段は同情が鬱陶しくてしないのに、この時ばかりは自然に口が動いた。きっと、彼女があまりにも感情を表に出すから釣られてしまったんだろう。そして、一度喋り始めた本音は止まることをしなかった。今まで何も努力してこなかったこと。それが受験失敗という形の明確な結果として自身に突き立てられたこと。そこから生まれた罪悪感で親とは少し距離を置いていること。
とにかく、今までのことを全て話した。時々、感情が乗って荒っぽい話し方になってしまう部分もあった。しかし、そんな俺の話を彼女は何も言わず、ただずっと聞いてくれていた。
「だから俺、雨って嫌いなんだよ」
「え? 」
「家から出辛いからな」
そう言って、自虐的に笑って話のオチをつける。落とし所としては悪くないだろう。しかし、彼女は納得しなかった。重くなった空気を入れ替えるつもりだった俺を逃してはくれなかった。
「君の話なんとなく分かるかも」
「え?」
「さっきの変な罪悪感?みたいなやつ」
「ああ」
「私はね、昔ここに通ってたんだ。親が受験のためだからってほとんど無理矢理みたいな感じで入れられちゃったの」
「なんの話だ? 」
「まあまあ。それでさ、まあ入ったはいいけどもちろんやる気なんて出ない訳ですよ。だから成績も上がるわけなくてねー。周りにすごく差を空けられちゃってさ」
「まあ、勉強しなかったらそうなるよな」
俺の反応に彼女もコクリと頷く。
「そういう状況が続くとね、なんだか自分が凄く場違いな存在に思えてきて、すごく申し訳ない気持ちが沸いてきたんだ。そしてそれは家に帰ってもおんなじ。親に対して後ろめたく思ってた。まー、全部自業自得なんだけどね」
一通り話終えた彼女は、笑顔ではあったがどこか少し憂いを含んだ表情をしていた。
「なるほどな。だから分かるって言ったのか」
「そうだよ。でもね、本当に話したいことは別にあるの」
強い意志を含んだ眼差しが俺を見据える。
「私はね、こうして死んでしまってから、親と溝を深めてしまったことをすごく後悔してるんだ。だから、私とおんなじ状況にある君には仲直りしてほしい」
彼女の言葉は半端予想していたものだった。後悔していることは話しぶりや表情で分かっていた。分かっていたから実際にそれを押し付けてきた彼女に感情がささくれ立つ。
「なんでお前の言うことをわざわざ聞かないといけねーんだ。自分の苦悩を俺に投影するのはやめろ」
「─!」
彼女が息を飲む音が聞こえる。自分でも少々言いすぎた気がしたが、感情を上手くコントロールできなかった。きっと、自分が一番分かっていることを指摘されたからだろう。図星を突かれて、心配してくれた女の子に辛く当たってしまった事実に自虐的な笑みが零れる。
「悪い......。言い過ぎた」
「ううん。私も確かに君の言う通り、自分の後悔を君に重ねてたかも」
「いや、お前が謝ることじゃねーよ」
それからは、またくだらない話をして時間を潰した。しかし、どこか会話はぎこちない。お互いが謝って、もうそれで終わりのはずなのに、彼女との間に楽し気な空気が戻ることはなかった。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ」
「......うん」
しばらくして、雨が小降りになってきたのを確認した俺は、この空気から逃れるように腰をあげる。教室を出る際に一度だけ振り返って彼女を見る。こちらに向かって手を振る姿はひどく儚げで、今にも消えてしまいそうだった。そんな彼女を見ているのが辛くなり、足早にその場を離れる。胸にはいやな感情や考えが次々に浮かびどんどん心を蝕んでいく。逃げるようにして、廃墟の入り口まで来た時、乱れた心を落ち着かせるように一度だけ深呼吸をする。そして、俺が立ち止まった少し先にそれはあった。入口の少し手前、出ていくものの目につく形で一本の傘が壁に立てかけられていた。入った時にはなかったはずの傘。誰が置いたかなんて考えるまでもないだろう。それを見た瞬間、先ほどまで自分を支配していた感情が霧散した。
「本当にどうしようもないな。俺は」
外に向かっていた足を、再び彼女がいるであろう教室に向ける。階段を一段ずつ登りながら、何を言うべきか考える。何せ最近では必要以上に人に踏み込むということをしていない。まして相手は幽霊だ。下手なことをすれば呪われてしまうかもしれない。そこまで考えている間に階段の踊り場まで差し掛かろうとしていた。そして─
「みゅ! 」
「ごはっ! 」
上から駆け下りてきた彼女と盛大にぶつかった。俺たちは絡まりあったまま踊り場に倒れ込み、痛みに悶絶する。
「本当になんで幽霊なのに物理法則働いてんだよ」
「う、うるさいなぁ。私だって凄く痛いんだよ」
そう言って、こちら皮肉に彼女も対抗してくる。その姿を見ていると、先ほどまでの悩みが急に馬鹿馬鹿しく思えてきて、不意に笑いだしてしまう。彼女も同じような考えだったのか、しばらく二人で軽口を言って笑いあった。そして、落ち着いた後、俺は本来の目的に取り掛かる。
「さっきは本当に悪かった。ごめん」
「うん。私もごめんなさい。すごくデリケートな部分に考えもせずに踏み込んじゃったね」
さっきの謝罪とは違う。罪悪感だけではなく、お互いが一歩を踏み出すための謝罪。そこには、重苦しい空気などなく自然と笑みが零れるようなそんな暖かさがあった。
「じゃあ、今度こそ帰るよ。傘ありがとな」
「うん。ねえ」
「ん? 」
「また、暇な時でいいから来てくれない?」
「えー、どうすっかなー」
「もう! それこの空気で迷うこと? 」
「冗談だって。来るよ、必ず。でもこれからしばらくの間休日は家にいること多くなると思うからそこは我慢してくれよ」
「え?それって?」
「はいはい、じゃあまたな~」
「あ! ちょっと! 」
後ろで何やら喚いている彼女を残し、廃墟の外に出る。雨はまだ降っていたが、視界を遮るほどだった最初の頃に比べると随分と見通しが良くなっており、雲間からは僅かに日の光が差し込んでいた。
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