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第一章

第四話 ロルフ -1-

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 一口に”冒険者”といっても、英雄に憧れて小さい頃からそれを志していた者から、様々な事情でならざるを得なかった者まで色々いる。

 俺は後者だ。

 父のように鉱山夫になるというのは何となく嫌だった。だが俺は何もしなかったから何にもなれなかった。だから誰もがなれる冒険者になった。
 そして冒険者になったあとも、俺と似たようなただ流されてきただけの奴等とチームを組み活動をしている。

 リーダーはオーラフという30半ばのおっさんだ。俺の他に3人の男が居るが、誰一人としてうだつの上がらない男たちだ。
 5人で組めば大体の仕事はできた。大抵の仕事、といっても俺達はリーダーのオーラフ以外は皆鉄の冒険者であるから限界はある。
 俺たちが受けるのは底辺冒険者がこぞって取るようなドブさらいであるとか害虫駆除であるといったような仕事ではない。

 モンスターを討伐するという危険な仕事だ。

 俺達がそんな仕事を率先して選ぶのは理由がある。リーダーのオーラフだ。オーラフの役割は罠師という希少なものであり、オーラフが仕掛けた罠へと俺たちが誘導をする。そして罠にかかったところを斧なり剣なり槍なりで叩き続けて仕留める。
 もちろん、全部が全部安全な仕事だとは言えない。依頼を失敗して命からがら逃げて帰ってきたことは何度もある。

 だが、失敗にもめげずに日銭を稼いで生きてきた。


 勿論、大多数の冒険者が討伐依頼を受けているというのを皆知っている。そして、俺達が底辺の中の底辺冒険者であるということも、知っているのだろう。
 だが、それを認めたくなかった。だからこそ自分たちより下の冒険者を探し、ソイツらよりはマシな生活をしていると思うことで惨めな自尊心を大切に守っていた。






「なあ、ロルフ。ギャングにならないか?」
 オーラフからこんな提案を突然されたのはチームを組み始めて2年が経った頃だった。

 ギャングはどこの街にでもいる犯罪集団だ。だがそれでもどこの街でもギャングがおおっぴらに存在できるのはスラム街の治安維持に貢献していることがある。
 ギャングというのは身内には優しいため、一度その傘下に入ってしまえば後ろ盾ができて安全でもあるが誰もが入れる訳ではない。スラムの治安を保つための能力があるかといったことやスラム内での紛争を力で制圧できるかといった人間でなければならない。
 それに、どうやら雇われるには身分が明らかでなければならない。これは昔にギャングの門を叩いた時にそう言われた。だからこそ俺は冒険者になったのだ。

 身分が必要だ、ということを知っていたからこそギャングが俺達流れ者を雇うなんて言う話は質の悪い冗談か何かの罠だ、と思い話を聞く気はないという意思表示を兼ねて床に寝転がった。

「おい、ロルフ。まあいい、ギャングはよ、どうやら人手不足みたいでさ。モンスターの討伐経験がある冒険者なら誰でもいいんだよ」
 そんな俺に構わず、他の3人に向けてオーラフが説得を始めている。のべつ幕なしに喋り続けているためオーラフが飛ばした唾が俺の首筋にかかり、ボロ布で拭ってから布団として使っている薄っぺらい布で全身を覆う。


「ギャングにさえ入れれば安泰なんだよ! もう不味い飯ともこんな堅い寝床ともオサラバ、人間に戻れるんだよ! 俺はもう入ってるが、最高だ!」
 最近、オーラフが仕事からしばらく離れると言っていたことに疑問があったが、なるほど。合点がいった。
 
「それは確かに魅力的だが……」
 他の3人が考え込んでいるのか、返事をしないため俺が返事をする。
 確かにその条件は魅力的である。モンスターと命の削り合うというのは途轍もなく恐ろしい。それが無くなるのだから魅力的であるといえるだろう。
 だが、代わりに人間同士の争いに巻き込まれるのだ。人間とモンスター、どちらの方が恐ろしいかと訊かれても俺は即座に答えは出せない。

「エドガルド、ヤープ、ヘイニラ。お前らはどうだ?」
 俺が何か話をするのかと思い様子を窺っていたオーラフは痺れを切らしたようで、他の3人に水を向けた。
「俺は行くさ」「俺もだ」「もちろん」
 話を振られた3人は即座に答えていた。まさか、という気持ちとやはりという気持ちとが半分ずつ巻き起こる。

「さ、ロルフ。お前はどうだ」

 俺は冒険者として日が浅く知識もなにもない。だからこそ冒険者になり5年も経つが未だ底辺の鉄である。
 そして長い間集団で居すぎてしまい、一人では仕事をするのが怖くなってしまったというのもある。
 モンスターよりは言葉が通じるだけマシか、と心で唱えながら身を起こす。

「わかった、行こう。俺も紹介してくれ」
「勿論さ、俺にまかせておけ」

 俺達全員が興味を持ったということで、オーラフは知っている限りの説明をし始めた。
 どうやら俺たちが入る予定のギャングは本当に人手不足のようで、明日オーラフが話を通せばそのまま採用試験を受けることになるらしい。
 少なくともギャングと言うからにはマトモではないだろう、と思っていたがまさかそこまで切羽詰ったところだとは思わなかった。
 だが、俺以外の3人は即座に採用されることが何を意味しているかは考えついていないようで、既にギャングになったらどういう寝床をもらえるかであるとか食事はどうであるか、といったことをオーラフに矢継ぎ早に質問していた。。


 そんなに切羽詰まった状況で冒険者を雇うということは、、よくて弾除けだろう。今すぐにでも撤回をしたかった。
 おっさんの提案に乗ったことを後悔したが、もう遅かった。誰もが皆浮かれ、俺の話なぞ聞いてはいなかった。
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