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どういうこと?
俺は一人部屋に取り残されて途方に暮れる。
慌てて高橋の後を追ったが扉には鍵がかかっており、部屋から出られなかった。

そのまま放置されている。
あれから何時間たったのだろうか。
1時間? 2時間?
何もすることがなくて。と言うか何もできなくて、寝室から移動して、ぼんやりとソファーに座っている。


「待たせたな」
いきなり高橋が部屋へと入って来た。

「お前なんだよ、人を放置しやがって」
俺はソファーから立ち上がると、高橋へと向かってビシリと指を突き付ける。
高橋からクラスメートだと言われているから俺の言葉遣いは悪い。他の人が聞いたら卒倒するだろう。
でもそれでいいんだよ、高橋は俺をないがしろにしすぎだから。

「悪かった。急いで取り寄せるのに時間が思ったよりもかかってしまった」
高橋もクラスメートへの態度で、簡単に謝罪の言葉を口にする。
そして俺を抱きしめる。

「取り寄せるって何をだよ」
高橋、お前距離感がおかしいぞ。高橋から離れようと高橋の胸を叩くがびくともしない。ムカつく。

文句を言うことに集中していたから気づいていなかったけど、高橋の後ろに人がいる。それも何人も。
俺が恥ずかしがって追い出してしまった侍従さん達みたいだけど、全員が何かを抱えている。
侍従さん達は、そのまま部屋へと入って来ると、抱えていた箱を並べ始めた。

「ミル、なぜ服を着ていない? お前達、ミルを見ることを禁ずる」
高橋の言葉に、侍従さん達がわざとらしい程に俺から顔をそむける。

俺はずっと下着姿のままだった。
でもそれって仕方がなくない。だって服を見つけることができなかったんだよ。いくら高橋がクラスメートだと言ってくれたとしても、下男の俺が部屋の中を探し回ったらいけないじゃないか。
チェストとかクローゼットとか開ける勇気は俺には無い。

「アルバン。服を準備していないとはどういうことだ。ミルが体調を崩してしまったらどうする。それにミルのこんななまめかしい姿を俺以外に見せるなど許さんっ!」
「申し訳ありません。ミル様のお好みが分からず、選んでいただこうとクローゼットに準備したままでございました」
侍従さん達のリーダーらしき人が、こちらに膝を着くと頭を下げる。他の侍従さん達も揃って頭を下げる。中には震えている人がいる。もしかして怯えている?

「バカ高橋。止めんか」
俺は何とか手の自由を取り戻すと高橋の頭にチョップをお見舞いする。効いちゃいないが。
俺の行動に侍従さん達の目が驚愕に見開かれている。魔王様を殴ってサーセン。

「侍従さんは悪くないだろ。しいて言うなら俺を脱がせた高橋が悪いんだよ。それに艶めかしい姿って、高橋の目はおかしい」
「そうか」
俺に殴られたのに高橋は嬉しそうな顔をしている。高橋の反応はおかしいよな。もう突っ込まないけど。

「え?」
いつの間にか俺の身体にブランケットが巻き付けられている。
前世の記憶にあるTVで温泉に入る女性タレントさんがバスタオルを身体に巻いていたアレだ。
高橋に抱きしめられたままなのに。どんな魔法? って思ったら。そうだったよ、目の前の高橋は魔王様だったよ。

「高橋! これ魔法? いきなり現れたブランケットは魔法? すげぇ、すげぇよ高橋。俺初めて魔法を見たよ!」
いきなりテンションが上がってしまった。
人族の中で生活していた俺は、魔法なんて見たことはなかった。

「ああ、ミルが見たいなら、いつでも見せてやるぞ。さあ準備ができたみたいだな」
「準備? 何の?」
ブランケットを身体に巻いた俺の肩を抱いて、高橋が並べられた箱の前へと連れて行く。
箱は、色も形も大きさもバラバラだが、全てが高級そうだ。

「全てミルのものだ」
「?」
意味が分からず俺はただ頭を傾げる。

侍従さん達が端から順に箱を開け、中身を取り出して説明してくれる。
「こちらは『ルシュル』の焼き菓子でございます。王都一の人気店ですので、なかなか手に入らないものなのです。今回はプレーン味をご用意いたしました」
「こちらのタンブラーは『ラオシ工房』のものでございます。こちらの工房で扱うクリスタルは宝石以上の価値があると言われております」
「『タキオン織物』の布地でございます。熟練の職人の手によるもので、製作には時間がかかり、通常ですと発注から何年も待つ必要があります。このお色はお好きでしょうか? ぜひ触ってみてください」
ここにいる侍従さん達は、魔王様の傍仕えというだけあって容姿端麗だし身分も高いのだろう、所作が優雅だ。
そんな人たちが手に持っている高級品だが、俺にすればクッキーにコップに布だ。

「……ちょっと待ってください」
まだまだ続きそうな説明を一旦止めてもらう。箱はまだまだ大量に残っており、侍従さん達は怪訝けげんな顔をこちらに向ける。

「高橋……」
「どうだ。何か気に入ったものはあったか? 遠慮なんかいらな……ぐがっ」
俺の肩を抱いたまま、得意げな高橋に頭突きをお見舞いしてやった。

俺の頭は丁度高橋の顎の高さだったから、俺の渾身こんしんの背伸びは、高橋の顎に相当なダメージを与えたはずだ。なのに高橋は、驚いた声を上げはしたが、痛みはあまり無いようだ。
あれか、人族の攻撃は魔族には効果は無いのか?

「高橋。お前は前世で陽キャだったはずだ。人付き合いの上手いパリピだったはずだ。それなのに何やってんだよ。陰キャの俺よりダメダメじゃんか。強姦の次は物で懐柔かよ。俺を馬鹿にするなっ」
高橋は彼女が怒った時には物をやってごまかしていたのか? そんな人間関係だったのか? こんなことをやっていたら、彼女どころか友達も無くすわ。

「もういい。俺は帰る」
「駄目だ」
とっさに高橋から離れようとしたが、またも高橋に抱きしめられた。

「結局お前は俺のことを全然信用していないってことだろう。俺が逃げ出すとしか思っていないんだよな!」
抱きしめられた腕の中で暴れる。
どんなに俺が心の底から訴えたって、高橋に俺の思いは伝わらない。
俺のことを少しも信用しない高橋にムカつく。

「いや、ミルのことは信用している。お前が逃げないというのなら、逃げないのだろう」
「じゃあなんで帰ったらいけないんだよ」
「危険だからだ!」
「はあ、危険? 何が?」
高橋は真面目な顔だ。
家に帰ることのどこに危険があるというのか。俺が高貴な人物ならそれも分かるけど、俺は下男だぞ。

「ミルが俺から離れている間に事故に遭ったらどうする? 暴漢に襲われたらどうする? 俺の最愛だと知られたら、多くの者達から狙われることになる。そんな危険な目にミルを遭せるわけにはいかない。俺の手元から離せるわけがないだろう。絶対に帰ることは許さない!」
「いや、最愛って……」
いつの間にか帰らせない目的が変わっていた。

事故は、まあ分かる。暴漢も、まあ分かる。俺と家族が住んでいる所は、それほど治安がいいとはいえないから。
でも魔王様の最愛が俺って……。誰も信じないだろう。

俺を抱きしめたまま、放すつもりのなさそうな高橋を仰ぎ見てため息を吐く。
そして俺は、家に帰れないままなのだった。

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