刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!

牛一/冬星明

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プロローグ

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王都が赤く燃えていた。
隣国が戦争をしかけてきたのだ。
それは酷い戦争、智将ラファウの知略を覆され、猛将ルドヴィクの奮戦も空しく後退を続ける。王国にある戦力が北東戦線に集められた。王妃の実家である領都ラーコーツィが抜かれれば後がない。
救国の英雄とうたわれた王妃カロリナが呼ばれる日も近い。
そう思っていた。
でも、早過ぎる。

「アンブラ、ヴェン、フォウ、フロス」

護衛4人の名を叫んだ。
おかしい、誰も出て来ない。
王宮の窓から各地で火が上がっているのを見ながら不安が大きくなる。

「王妃様、お逃げ下さい」
「オルガ、どうしました。いつも私に慌てるな、優雅にしなさいという貴方が慌てて」
「お許し下さい」
「どうしたのですか。そんなに慌てて」
「謀反でございます。ここは危のうございます」

言われるままに王妃カロリナは逃げ出した。
オルガは王都を逃げ出し、領都ラーコーツィに向かうと言う。

「オルガ、大丈夫なのですか?」
「判りません。ですが、レヴィン様のご命令でございます」
「お兄様の!?」
「馬車はエルを始め、影の方々が確保に向われています」
「それでアンブラを呼んでも出て来なかったのね」
「はい、いま、ぐはぁ!」

『オルガ!』

Tの字の曲がり角でオルガの腹に槍が刺さった。
(えっ、何が起こったの?)

「カロリナさ…………」

オルガが必至に王妃カロリナの方に手を伸ばすが、胸を刺されてはどうしようもない。
その手がだらりと落ちてゆく、流石にカロリナも焦った。

「オルガ、オルガ、オルガ!」

殆ど、絶命に近い一撃であった。
判っている。
判っているが、叫ばずにいられない。
オルガはカロリナにずっと付き従ってくれた侍女だ。
カロリナの姉のような存在だ。
どうしてそんな酷いことをするのと思わずにいられなかった。

「王妃が逃げるとは卑怯ですな!」
「アンドラさん?」
「お久しぶりです」
「何故、貴方が?」
「もうお忘れですか。姉様を殺し、我が一族を根絶やしにした王妃がそれを言いますか」
「私がやった訳ではありません」
「同じです。マリアさんは姉様の下で自害されました。テレーズさんは髪を切って修道院に籠られました。ドーリさんは心を病んで廃人同様。貴方だけがのうのうと生きていらっしゃる。あぁ、姉様を馬鹿にしていた王は始末しました」
「オリバー王を手に掛けたというのですか?」
「はい、次は貴方の番です」

ぐぉ、細身の剣が王妃カロリナの腹に刺さった。
カロリナは妖艶な柔らかい笑みを零し、周りに女性にうっとりとさせるアンドラが冷徹で無表情な冷たい氷のような目もできるのだとはじめて知った。
冷たい目なのに嬉しそうに微笑んでいるように見える。
これふぁアンドラさん?
学園の友人と思っていたが、ホンの表面しか見ていなかったことに今更驚かされる。
アンドラは剣を左右に揺さぶって傷口を広げる。
残忍な一面であった。

「痛いですか! でも、姉様の苦しみより小さいです」
「私じゃない」
「安心して下さい。手引きをしてくれたクリフ殿下も天国カエルムに送ってあげます。恨むならあの方を恨んで下さい。あの方は王になって頂き、この戦争の責任を取って絞首台に登って頂きます」
「王家を滅ぼす気!」
「当然です」
「そうでなければ、復讐の意味はありません」
「そんなことをしてもエリザベートさんは…………」
「ご安心下さい。すべてが終わった後に、僕も姉様の元に赴き報告にゆきます」

狂っていた。
アンドラにとってエリザベートがすべてであった。
この世に未練がないのだと悟った。
気づかなかった。
殺気に満ちた兵の中から魔法士が出てきて叫んだ。

『エフェアブスト』(状態異常回復)

気絶などを防ぐ魔法であった。
王妃カロリナの痛みがわずかに減ったが、それが慈悲でないのは判っている。
兵の槍が王妃カロリナの腹に刺した。

「聖女様の仇」
「聖女様の仇」
「聖女様の仇」



王妃カロリナは簡単に死ぬことを許されずに、多くの狂信者に腹を刺し続けられる。
こんなのおかしい。
私はどうして王妃になりたかったの?

「(まだ、王妃としておいしいものも食べてないのに!)」

すでに唇を動かす力も残っていなかった。
ゆっくりと暗闇が近づき、そして、静かに絶命した。
王妃カロリナは死を迎えた。

 ◇◇◇

いやぁぁぁぁぁぁ、カロリナは叫んだ。
あらん限りの肺の空気を吐き出して心の中から叫んだ。
部屋中の空気が入れ替わるほどの大声であった。

「お嬢様、お嬢様、どうなさいました」

ぼんやりと瞼を上げると、そこにオルガがいた。
よかった。オルガだ。

「オルガ、オルガ、無事だったの?」
「お嬢様、悲鳴を上げておりましたがどうなさいました」
「だって、オルガが殺されました?」
「私は生きております。お嬢様は怖い夢を見られたのです」
「夢?」

夢だったの?
カロリナは首を傾げる。
腹を剣で刺されて痛かった。
凄く痛かった。
あれも夢なの?

カロリナはそう思って周りを見た。
狭い部屋だった。
狭いと言っても50平米(平方メートル)もある大きな部屋。
これを狭いという。
ダンスが踊れるほど広い王妃の寝室が大き過ぎるのだ。
部屋には花が飾られ、お気に入りだった熊のぬいぐるみが座っている。
目の前に自室が広がっていた。
帰ってきたの?
全部、夢だったの?

「お嬢様はどんな夢を見られていたのですか?」
「オルガが殺されました。そして…………? あれぇ、どんな夢だったのかしら?」
「お嬢様」
「とにかく、怖い夢だったのよ。ホントよ」
「はい、信じます」

とても気分が悪かった。
このままもう一度、ふて寝をしてしまおう。

「お嬢様!?」
「もう少し」
「駄目です」

どうやら今日は許してくれないらしい。
窓から朝(?)の陽ざしが微笑んでいた。

「お嬢様、起きて下さい。今日は王宮に行かれる日です」
「王宮?」
「もうお忘れですか。オリバー第一王子とお会いされる日です」

う~んとカロリナは首を捻る。
灰色の脳みそを総動員して思いだそうとしたがやはり思い出せない。
興味のないことは意外と忘れっぽいらしい。
つまり、大したことではないようだ。

「カロリナ!?」

扉を開ける大きな音を立てて母親が入ってきた。
いつもお淑やかにと言っているのに、なんて不作法な入り方だ。
その大きな甲高い声で母親と判る。

「おはようございます。お母様」
「まだ、寝ていたのですか?」
「寝る子は育つと申します。もう少し寝させて下さい」
「貴方は何を言っているの。今日は何の日か忘れているの?」
「オリバー第一王子とお会いされる日とか、オルガが申しておりました」
「判っているなら、すぐにおきなさい」

カロリナはパジャマのままであった。
それ所か、オルガから布団を取り戻そうとしている最中だ。

「もうお昼ですよ。早く湯あみに行って整えていらっしゃい」
「は~い」

仕方ない。
カロリナは諦めて、侍女のオリバーに連れられてお風呂に赴く。
そこで玉のお肌を丁寧に洗って、ぴかぴかの肌に仕上げてゆく。
人目で殿方が心を奪われるように!
何の為に?

「オリバー王子に見初められる為です」

7歳になったオリバー王子が王宮にはじめて姿を現わす日であった。
同時に、生涯の友人と妃候補が紹介される。
カロリナはその第一王妃候補であった。
すっかり忘れていた。
オリバー王子の婚約者になる日だった。

「こうして見るとオルガって、美人だったのね」
「お嬢様、何を言っているのです」
「そんなに美人なのに、どうして結婚していないの?」
「そうお思いでしたら、私の言い付けお守り下さい」

オルガは兄レヴィンの側付き侍女であった。
次期当主を育てるという生きがいを見つけ、自分の結婚などすでに忘れていた。
レヴィンの至宝はカロリナだ。
オルガはその最も大切な宝を託された。
お転婆のカロリナをどう教育したものか?
他には何も考えていない。

「オルガには幸せになって欲しいのよ」

今日のカロリナは少しおかしい?
お風呂から上がっても妙に落ち着いて大人しく拭かれている。

「ありがとうございます。それでしたら、今日無事に婚約を終えて下さい」
「御婆様が決められたのよ。決まっているようなものじゃない」
「そうでした」
「私は付いて行けませんので、レヴィン様のお言いつけをお守り下さい」
「お兄様なら大丈夫よ」
「そうですね。そうだとよろしいと思います」

ご当主のラースロー・ファン・ラーコーツィ侯爵、そして、兄のレヴィンもカロリナに甘い。甘々であった。
どんな粗相をしても些細なことして許してしまう。
また、御婆様と呼ぶ国王のご生母様もカロリナを気に入っていた。
ご生母様はカロリナの祖母の姉に当たる。

「王妃って、おいしいの?」
「おぉ、おいしいものが毎日食べられるぞ」
「じゃぁ、王妃なる!」

はじめて会ったカロリナを見て、ご生母様は王妃にすると決めてしまった。
ご生母様は自分にそっくりなカロリナが可愛くて仕方ない。
カロリナの為なら何をしでかすか判らない気性の激しいお方なのだ。
王ですらご生母様に逆らうことができない。

カロリナ以外が『御婆様』など言えば首が飛ぶ。

そのご生母様の保護を受けたカロリナは無敵だった。

侯爵様、お兄様らに甘やかされ、ご生母様の加護を受けたカロリナを誰が咎めないだろう。

怖いモノなし、侯爵令嬢カロリナの行進がはじまった。

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