魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

文字の大きさ
7 / 228
第一章 魯坊丸は日記をつける

六夜 魯坊丸、寒さに震える

しおりを挟む
〔天文十五年 (一五四六年)冬十月はじめ〕
伊吹おろし。
日本海から伊吹山を通り、冷たい風が伊吹山方面から冬の寒さを尾張まで下ってくる。
俺は冬の寒さを舐めていた。
夏は風通しのよい部屋は、冬になると極寒の地に変わった。
寒い、寒い、寒い、寒すぎる。
「あぶぶ」(毛布を持って来い)
「魯坊丸様。『も・う・ふ』とは何でございますか?」
侍女の於福が毛布を知らなかった。
「あぶぅ、あぶぶぶぶぶ」(寒い。何か温めるものを持て)
「判りました」
そう言って福が持ってきたのは火鉢ひばちだった。
四角い石の箱に炭がポツンと置かれ、それに手を翳して暖まるのだ。
福は俺の火鉢の側に置いてくれた。
箱の縁が低く、火鉢というか持ち運び型の囲炉裏いろりに近い。
俺はその手を広げて暖をとった。
赤い火がわずかに暖めてくれているような・・・・・・・・・・・・気がしないでもない?
猛烈にこたつが欲しい。部屋を暖められるストーブが欲しい。
その為に広々としたガラス窓付きの遮蔽性の高い部屋が必要だ。
何故って?
朝を迎えるとお日様の光を取り入れる為に雨戸を外す。障子の紙を通して零れる光で部屋が明るくなる。
明るくなのはいいが、その隙間風が部屋の中を走って、今朝も俺は上布団代わりに掛けられた着物をぎゅっと握りしめて丸まった。
なんて寒さだ。
雨戸を取らなければ、油を炊いて明るくしなければならない。
そんな贅沢が許される訳もない。
そして、俺は知った。
オムツを替える時が辛い。
肌着を取られた瞬間に寒さに震えた。
「あぶい、あぶ、あぶ」(寒い。早く。早く)
「魯坊丸様、すぐにお着替えを終わらせます。もう少しお待ち下さい」
福らが手早く着替えさせてもらうと火鉢に寄った。
もう火鉢なしで生きられない。

その夜、俺は真夜中に目が覚めた。
夜に目が覚めることは珍しくないが、その日は意味が違った。
寒さで目が覚めたのだ。
俺はごろりと向きを変えて、火鉢に手を翳した。
しかし、その火鉢の火は消えており、すでに白くなっていた。
「あぶ、あぶぶぶぶ。あぶぶぶぶ」(おい、起きろ。火鉢の火が消えているぞ)
俺は大きな声で、横で眠っている女中を呼んだ。
寝ずの番が寝るな。
火を切らすな。
寒い。寒い。寒い。マジで寒い。俺は朝まで生きていられるのか?
俺は寒さに耐えた。
夏場は体調を崩しただけで暑さを感じなかったが、成長した為か、寒さが判る。
ヤバイ、まじでヤバイ。
冬の寒さを舐めていた。
まだ、十月で冬の入り口だぞ。
ぶるぶると震えながら、気持ち良く寝ている女中に何度か声を掛けたが、気が付いて貰えない。
この寒さにイビキを掻いて寝られる女中が羨ましい。
ずっと絶えていると、雨戸の隙間が少し明るくなってきた。
廊下からぎゅぎゅという板の軋む足音が聞こえ、すっと障子がひらき、そこから福が顔を出した。
救いの神だ。
早番の福が俺の様子を見に来てくれた。
「あぶ!」(福!)
「魯坊丸様。もうお目覚めですか?」
「あぶぅ、あぶ。あぶぶぶぶ」(違う。寒い。火を起こしてくれ)
「はい。直ちに」
福が火鉢の火を付けてくれて、何とか生き延びた。
福は寝ず番の女中を叱るが、福に聞くと、寝ずの番が居眠りはよくある事らしい。
福も侍女になる前はよく叱られたという。
寝ずの番は俺が気持ち良く寝ているのに釣られてしまうらしい。
この寒さに絶えろと・・・・・・・・・・・・無理、無理、無理。
絶対に無理だ。俺は春まで生きている自信がない。
自重はヤメだ。
生き残るのが優先だ。

翌日から色々なものを造るために、福に訪ねることからはじめた。
今まで福と古典を楽しんでいたが、歴史を覆す事は不味いと思ったので、様々な生活の知恵を披露するのは避けていた。
この時代でも工夫次第でできる便利な道具はいくつもある。
例えば、福が先程炭に火を付けるのに使った火石を『ファイヤースターター』に変える。
ファイヤースターターは、マグネシウムやフェロセリウム(鉄とセリウムの合金)の棒を使う事で発火力を高める。
マグネシウムやフェロセリウムが手に入らないなら『ファイヤーピストン』でも代用できる。
ファイヤーピストンは、空気を圧縮して、可燃物の発火点まで高温にする方法だ。
鉄砲を作る技術があれば、十分に製造が可能だろう。
その『ファイヤーピストン』は手先の器用な庭師に頼んでみることになった。
巧くいけば、火を付けるまでの時間を大幅に短縮できる。

次に炭を長く持たせるなら『練炭れんたん』だ。
幸い、練炭の作り方を熟知していた。
だが、福が『石炭せきたん』を知らなかった。
「魯坊丸様。石炭とは何でございますか?」
「ばぶぶぶぶだ」(燃える石だ)
「それなら聞いた事があります。燃える石を薪代わりに使っている所があると・・・・・・・・・・・・どこか知りませんが」
石炭を簡単に仕入れるのは難しそうだ。
俺は暖を取る方法を頭の中を巡って探した。
そうだ。炭団たどんだ。
炭団は、炭と乾燥させた布海苔ふのりなど接着剤を混ぜて団子状にした燃料であり、一日中でも燃焼するので長時間の暖を取るのに最適なのだ。
その布海苔は『海藻の王様』と呼ばれ、海の側ならどこでも手に入る。
あっ、布海苔を乾燥させた粉末を作る必要がある。
天日干しなら、一日二日で出来ない。
「魯坊丸様。どうされました」
「ふぶのぶ、あぶぶぶぶ、あぶぶ」(布海苔を乾燥させた粉が欲しい)
「村に帰れば、あると思います」
なんと、熱田の神官の服を染める職人が染織せんしょくすると時に、ふのり液を使うので用意しているという。
福もふのり液を作るのを手伝った事があるというのだ。
なんという偶然。
俺はすぐに布海苔の粉末を取りに行かせ、その間に炭を砕いて粉末にさせた。
夕方まで炭団を完成させた。
これで女中が居眠りをしても火が消える事はない。
「ばぶぅ」(完成だ)
そう叫んだ瞬間、張っていた緊張の糸がぷつりと切れた人形のように、俺はぱたりと眠りについた。
急に動きを止めた俺を見て、福が青ざめたそうだ。
心配かけて済まなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

十二輝の忍神 ーシノビガミ― 第一部

陵月夜白(りょうづきやしろ)
歴史・時代
天明三年――浅間山が火を噴いた。 神の怒りに触れたかのように、黒い灰は空を塞ぎ、郷も田畑も人の営みも、容赦なく呑み込んでいく。噴火と飢饉が藩を蝕み、救いを求める声の裏で、名もなき影が蠢いた。灰の夜を踏むのは、血も温もりも失った“黒屍人”。誰が、何のために――。 その災厄に呼応するように、忍びの郷に封じられていた「十二輝の干支の珠」が、ひとつ、またひとつと眠りから解かれる。 珠は器を選び、器は力に喰われ、力は人を裏返す。 伊賀と甲賀の長い因縁、奪われる珠、引き裂かれる同胞。 そして、灰の国で拾い集められていく十二の輝きが揃う時、世界の秩序そのものが――動き出す。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...