28 / 248
第一章 魯坊丸は日記をつける
二十七夜 魯坊丸、お魚に感動する
〔天文十六年 (一五四七年)初夏四月初旬〕
最近、離乳食の献立が変わってきた。
うどんを作って以来、離乳食の重湯に一品が付くようになった。
もちろん、極度の辛いものや酸っぱいものは避けられ、山芋やゆり根などの柔らかいものが添えられるようになった。
相変わらず、美味いと思う感覚はないが、食感が変わって楽しかった。
歯も生え揃って噛むことができる。
昨日は俺が小麦で作らせた水飴で煮た小豆に甘味があった。
だが、やはり砂糖を手に入れないと、餡子(粒あん)を再現できないようだ。
福が差し出した重湯をしっかりと噛み噛みしてから飲み込む。
次に白い何かを箸でほぐしてから俺の口に近づけてくる。
俺も素直に『あ~ん』して口を開けた。
もぐもぐもぐ、白いモノは魚の白身だ。
味付けはシンプルな塩焼きであり、噛むと塩味と一緒に魚のうま味が弾け出した。
魚だ。白身の魚だ。
「ろ、魯坊丸様。どうかなさいましたか⁉」
福が慌てて狼狽する。
後ろの女中も慌てており、一人は恐怖におののくように顔を引き付けて後ろずりをしていた。
しっかりと味わって、ごくりと飲み干してから俺は聞いた。
「ど、う、じ、だ?」(どうした?)
「魯坊丸様。どこかお加減が悪いのでしょうか。先程から涙を出しておられますが…………」
福も何と言っていいのかわからず、言葉が途切れた。
泣いているだと?
俺は頬に手を当てると、確かに濡れているのを感じだ。
ふふふ、びっくりだ。
俺は魚を食べてびっくりして感動していたのか。
これが美味いという感覚か。
「ぶぅぐ。き、に、ず、る、な。み、な、も、お、びぃ、え、ず、ど、も、よ、い」(福、気にするな。皆も怯えずともよい)
「はい」
「そ、れ、よ、り、お、が、わ、り、を、ぐ、れ」(それよりおかわりをくれ)
「畏まりました」
魚が美味く、食が進む。
はじめておかわりの盆を頼み、お腹一杯になった。
満腹感が心地良い。
寝転ぶ俺を福がニコニコに微笑みながら見下ろしている。
「な、に、が、よ、い、ご、ど、が、あ、つ、だ、か」(何か良いことでもあったか)
「急に発音がよくなった気が致します。は行とわ行が聞き取りやすくなりました。か行とた行とは行以外が濁らなくなった気が致します」
「ぼぉ、ん、ど、が」(ホントか)
ふふふ、何が面白かったか知らないが福が笑った。
まぁいいか。
魚がこんなに美味いとは思わなかった。
昔から嫌いではなかったが、これほど感動すると思っていなかった。
これは是が非でも『しょうゆ』を完成させねばならない。
考えるだけで涎が垂れる。
「ぶぅぐ。う、み、に、ゆ、ぐ、ぞ」(福、海に行くぞ)
「何をなさるのですか?」
「さ、が、な、づ、り、を、げ、ん、ぶぅ、ん、す、る」(魚釣りを検分する)
「本当に検分だけですか」
「ばぶ、ぞんぶばげだば、ばぁぶばぶうばばぶぶぶ、ばびにじげんばぶぶ」(そんな訳ない。場合によっては、効率的な魚取りを考案して、毎日でも魚を献上するように言い付ける)
何故か、福が肩を落とした。
俺のしゃべり方が元に戻ったとだけ言った。
知らんがな。
しかし、福が検分を許してくれない。
護衛の武士が二人、荷物持ちなどの従者が二人、先触れの小者が一人と、最低五人を確保できないと、連れて行けないと言われた。
田んぼの管理、田の耕しで溜まっていた武器の手入れや書類の整理などで人が足りない。
明日まで待つように言われ、暇な時間を通ってくる作之助を苛めて…………ごほん、厳しく指導して過ごした。
翌日、元気に廊下に飛び出すと、外は久し振りの雨であった。
「今日は諦めて下さい」
「な、ぜ?」(何故?)
「雨では、漁もできません。風も強いので海に近付くのは危険です」
魚を食いたい欲望で駄々を捏ねたが、福から『めぇ』と叱られた。
叱られて思ったが、『俺、幼児退行を起こしてないか』と急に不安が過った。
過ったが、すぐに忘れた。
俺は無性に魚が食いたい。
ざぁざぁ降りの雨の中を、五郎丸の手紙を預かった作之助がやってきたが、五郎丸の希望は、『鉄の精製』と材料作りに必要なものの列挙だった。
海に行けない鬱憤を作之助にぶつけた。
鉄砲のレクチャーをお休みにして、鉄精製の過程と人工石炭(バイオチップ)の作り方を作之助に教え込む。
俺が昼寝をしている間に、人工石炭に必要な付加荷重の計算を宿題として出した。
雨は二日続き、波が収まった四日後まで鉄作りのレクチャーが続いた。
「俺は鉄砲を作りたいだけだ」
「で、づ、づ、ぐ、り、も、で、づ、ぼぉ、う、づ、ぐ、り、の、びぃ、ど、づ、だ」(鉄作りも鉄砲作りの一つだ)
「鍛冶師にこの計算はキツい」
知らない。
鍛冶でも温度管理とか、色々な計算は重要であり、無くてよい訳ではない。
せっかく、計算できるなら延ばさないと。
というのが、建前で海に行けない不満をすべて作之助にぶつけた。
完成した資料を五郎丸に届けさせた。
翌日、小者から海が収まったと報告を受けた。
街道村の夜寒に出発だ。
子守唄のように遠くで聞こえる波音を聞いて育ってきたが、海は初めてだ。
俺は福を急かした。
そして、眼下に広がる海を見て叫んだ。
海だ。
最近、離乳食の献立が変わってきた。
うどんを作って以来、離乳食の重湯に一品が付くようになった。
もちろん、極度の辛いものや酸っぱいものは避けられ、山芋やゆり根などの柔らかいものが添えられるようになった。
相変わらず、美味いと思う感覚はないが、食感が変わって楽しかった。
歯も生え揃って噛むことができる。
昨日は俺が小麦で作らせた水飴で煮た小豆に甘味があった。
だが、やはり砂糖を手に入れないと、餡子(粒あん)を再現できないようだ。
福が差し出した重湯をしっかりと噛み噛みしてから飲み込む。
次に白い何かを箸でほぐしてから俺の口に近づけてくる。
俺も素直に『あ~ん』して口を開けた。
もぐもぐもぐ、白いモノは魚の白身だ。
味付けはシンプルな塩焼きであり、噛むと塩味と一緒に魚のうま味が弾け出した。
魚だ。白身の魚だ。
「ろ、魯坊丸様。どうかなさいましたか⁉」
福が慌てて狼狽する。
後ろの女中も慌てており、一人は恐怖におののくように顔を引き付けて後ろずりをしていた。
しっかりと味わって、ごくりと飲み干してから俺は聞いた。
「ど、う、じ、だ?」(どうした?)
「魯坊丸様。どこかお加減が悪いのでしょうか。先程から涙を出しておられますが…………」
福も何と言っていいのかわからず、言葉が途切れた。
泣いているだと?
俺は頬に手を当てると、確かに濡れているのを感じだ。
ふふふ、びっくりだ。
俺は魚を食べてびっくりして感動していたのか。
これが美味いという感覚か。
「ぶぅぐ。き、に、ず、る、な。み、な、も、お、びぃ、え、ず、ど、も、よ、い」(福、気にするな。皆も怯えずともよい)
「はい」
「そ、れ、よ、り、お、が、わ、り、を、ぐ、れ」(それよりおかわりをくれ)
「畏まりました」
魚が美味く、食が進む。
はじめておかわりの盆を頼み、お腹一杯になった。
満腹感が心地良い。
寝転ぶ俺を福がニコニコに微笑みながら見下ろしている。
「な、に、が、よ、い、ご、ど、が、あ、つ、だ、か」(何か良いことでもあったか)
「急に発音がよくなった気が致します。は行とわ行が聞き取りやすくなりました。か行とた行とは行以外が濁らなくなった気が致します」
「ぼぉ、ん、ど、が」(ホントか)
ふふふ、何が面白かったか知らないが福が笑った。
まぁいいか。
魚がこんなに美味いとは思わなかった。
昔から嫌いではなかったが、これほど感動すると思っていなかった。
これは是が非でも『しょうゆ』を完成させねばならない。
考えるだけで涎が垂れる。
「ぶぅぐ。う、み、に、ゆ、ぐ、ぞ」(福、海に行くぞ)
「何をなさるのですか?」
「さ、が、な、づ、り、を、げ、ん、ぶぅ、ん、す、る」(魚釣りを検分する)
「本当に検分だけですか」
「ばぶ、ぞんぶばげだば、ばぁぶばぶうばばぶぶぶ、ばびにじげんばぶぶ」(そんな訳ない。場合によっては、効率的な魚取りを考案して、毎日でも魚を献上するように言い付ける)
何故か、福が肩を落とした。
俺のしゃべり方が元に戻ったとだけ言った。
知らんがな。
しかし、福が検分を許してくれない。
護衛の武士が二人、荷物持ちなどの従者が二人、先触れの小者が一人と、最低五人を確保できないと、連れて行けないと言われた。
田んぼの管理、田の耕しで溜まっていた武器の手入れや書類の整理などで人が足りない。
明日まで待つように言われ、暇な時間を通ってくる作之助を苛めて…………ごほん、厳しく指導して過ごした。
翌日、元気に廊下に飛び出すと、外は久し振りの雨であった。
「今日は諦めて下さい」
「な、ぜ?」(何故?)
「雨では、漁もできません。風も強いので海に近付くのは危険です」
魚を食いたい欲望で駄々を捏ねたが、福から『めぇ』と叱られた。
叱られて思ったが、『俺、幼児退行を起こしてないか』と急に不安が過った。
過ったが、すぐに忘れた。
俺は無性に魚が食いたい。
ざぁざぁ降りの雨の中を、五郎丸の手紙を預かった作之助がやってきたが、五郎丸の希望は、『鉄の精製』と材料作りに必要なものの列挙だった。
海に行けない鬱憤を作之助にぶつけた。
鉄砲のレクチャーをお休みにして、鉄精製の過程と人工石炭(バイオチップ)の作り方を作之助に教え込む。
俺が昼寝をしている間に、人工石炭に必要な付加荷重の計算を宿題として出した。
雨は二日続き、波が収まった四日後まで鉄作りのレクチャーが続いた。
「俺は鉄砲を作りたいだけだ」
「で、づ、づ、ぐ、り、も、で、づ、ぼぉ、う、づ、ぐ、り、の、びぃ、ど、づ、だ」(鉄作りも鉄砲作りの一つだ)
「鍛冶師にこの計算はキツい」
知らない。
鍛冶でも温度管理とか、色々な計算は重要であり、無くてよい訳ではない。
せっかく、計算できるなら延ばさないと。
というのが、建前で海に行けない不満をすべて作之助にぶつけた。
完成した資料を五郎丸に届けさせた。
翌日、小者から海が収まったと報告を受けた。
街道村の夜寒に出発だ。
子守唄のように遠くで聞こえる波音を聞いて育ってきたが、海は初めてだ。
俺は福を急かした。
そして、眼下に広がる海を見て叫んだ。
海だ。
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
局地戦闘機 飛電の栄光と終焉
みにみ
歴史・時代
十四試局戦 後の三菱雷電J2Mとして知られるこの戦闘機は爆撃機用の火星エンジンを搭載したため胴体直径の増加、前方視界不良などが続いたいわば少し残念な機体である この十四試局戦計画に地方の無名メーカーが参加、雷電を超える高性能機が誕生し、零戦の後継として太平洋戦線を駆ける これは設計者、搭乗員の熱く短い6年間を描いた物語だ
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
大和型重装甲空母
ypaaaaaaa
歴史・時代
1937年10月にアメリカ海軍は日本海軍が”60000トンを超す巨大戦艦”を”4隻”建造しているという情報を掴んだ。海軍はすぐに対抗策を講じてサウスダコタ級戦艦に続いてアイオワ級戦艦を12隻建造することとした。そして1941年12月。日米は戦端を開いたが戦列に加わっていたのは巨大戦艦ではなく、”巨大空母”であった。
表紙はNavalArtというゲームの画像で、動画投稿者の大和桜花さんに作っていただきました