魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第一章 魯坊丸は日記をつける

二十七夜 魯坊丸、お魚に感動する

〔天文十六年 (一五四七年)初夏四月初旬〕
最近、離乳食の献立が変わってきた。
うどんを作って以来、離乳食の重湯に一品が付くようになった。
もちろん、極度の辛いものや酸っぱいものは避けられ、山芋やゆり根などの柔らかいものが添えられるようになった。
相変わらず、美味いと思う感覚はないが、食感が変わって楽しかった。
歯も生え揃って噛むことができる。
昨日は俺が小麦で作らせた水飴で煮た小豆あずきに甘味があった。
だが、やはり砂糖を手に入れないと、餡子あんこ(粒あん)を再現できないようだ。
福が差し出した重湯をしっかりと噛み噛みしてから飲み込む。
次に白い何かを箸でほぐしてから俺の口に近づけてくる。
俺も素直に『あ~ん』して口を開けた。
もぐもぐもぐ、白いモノは魚の白身だ。
味付けはシンプルな塩焼きであり、噛むと塩味と一緒に魚のうま味が弾け出した。
魚だ。白身の魚だ。

「ろ、魯坊丸様。どうかなさいましたか⁉」

福が慌てて狼狽する。
後ろの女中も慌てており、一人は恐怖におののくように顔を引き付けて後ろずりをしていた。
しっかりと味わって、ごくりと飲み干してから俺は聞いた。

「ど、う、じ、だ?」(どうした?)
「魯坊丸様。どこかお加減が悪いのでしょうか。先程から涙を出しておられますが…………」

福も何と言っていいのかわからず、言葉が途切れた。
泣いているだと?
俺は頬に手を当てると、確かに濡れているのを感じだ。
ふふふ、びっくりだ。
俺は魚を食べてびっくりして感動していたのか。
これが美味いという感覚か。

「ぶぅぐ。き、に、ず、る、な。み、な、も、お、びぃ、え、ず、ど、も、よ、い」(福、気にするな。皆も怯えずともよい)
「はい」
「そ、れ、よ、り、お、が、わ、り、を、ぐ、れ」(それよりおかわりをくれ)
「畏まりました」

魚が美味く、食が進む。
はじめておかわりの盆を頼み、お腹一杯になった。
満腹感が心地良い。
寝転ぶ俺を福がニコニコに微笑みながら見下ろしている。

「な、に、が、よ、い、ご、ど、が、あ、つ、だ、か」(何か良いことでもあったか)
「急に発音がよくなった気が致します。は行とわ行が聞き取りやすくなりました。か行とた行とは行以外が濁らなくなった気が致します」
「ぼぉ、ん、ど、が」(ホントか)

ふふふ、何が面白かったか知らないが福が笑った。
まぁいいか。
魚がこんなに美味いとは思わなかった。
昔から嫌いではなかったが、これほど感動すると思っていなかった。
これは是が非でも『しょうゆ』を完成させねばならない。
考えるだけで涎が垂れる。

「ぶぅぐ。う、み、に、ゆ、ぐ、ぞ」(福、海に行くぞ)
「何をなさるのですか?」
「さ、が、な、づ、り、を、げ、ん、ぶぅ、ん、す、る」(魚釣りを検分する)
「本当に検分だけですか」
「ばぶ、ぞんぶばげだば、ばぁぶばぶうばばぶぶぶ、ばびにじげんばぶぶ」(そんな訳ない。場合によっては、効率的な魚取りを考案して、毎日でも魚を献上するように言い付ける)

何故か、福が肩を落とした。
俺のしゃべり方が元に戻ったとだけ言った。
知らんがな。
しかし、福が検分を許してくれない。
護衛の武士が二人、荷物持ちなどの従者が二人、先触れの小者が一人と、最低五人を確保できないと、連れて行けないと言われた。
田んぼの管理、田の耕しで溜まっていた武器の手入れや書類の整理などで人が足りない。
明日まで待つように言われ、暇な時間を通ってくる作之助を苛めて…………ごほん、厳しく指導して過ごした。
翌日、元気に廊下に飛び出すと、外は久し振りの雨であった。

「今日は諦めて下さい」
「な、ぜ?」(何故?)
「雨では、漁もできません。風も強いので海に近付くのは危険です」

魚を食いたい欲望で駄々を捏ねたが、福から『めぇ』と叱られた。
叱られて思ったが、『俺、幼児退行を起こしてないか』と急に不安が過った。
過ったが、すぐに忘れた。
俺は無性に魚が食いたい。
ざぁざぁ降りの雨の中を、五郎丸の手紙を預かった作之助がやってきたが、五郎丸の希望は、『鉄の精製』と材料作りに必要なものの列挙だった。
海に行けない鬱憤を作之助にぶつけた。
鉄砲のレクチャーをお休みにして、鉄精製の過程と人工石炭(バイオチップ)の作り方を作之助に教え込む。
俺が昼寝をしている間に、人工石炭に必要な付加荷重の計算を宿題として出した。
雨は二日続き、波が収まった四日後まで鉄作りのレクチャーが続いた。

「俺は鉄砲を作りたいだけだ」
「で、づ、づ、ぐ、り、も、で、づ、ぼぉ、う、づ、ぐ、り、の、びぃ、ど、づ、だ」(鉄作りも鉄砲作りの一つだ)
「鍛冶師にこの計算はキツい」

知らない。
鍛冶でも温度管理とか、色々な計算は重要であり、無くてよい訳ではない。
せっかく、計算できるなら延ばさないと。
というのが、建前で海に行けない不満をすべて作之助にぶつけた。
完成した資料を五郎丸に届けさせた。
翌日、小者から海が収まったと報告を受けた。
街道村の夜寒に出発だ。
子守唄のように遠くで聞こえる波音を聞いて育ってきたが、海は初めてだ。
俺は福を急かした。
そして、眼下に広がる海を見て叫んだ。
海だ。
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