魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

文字の大きさ
115 / 242
第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

四十夜 伊賀からの補充員と千代女の焦り

しおりを挟む
〔天文十七年 (一五四八年)夏六月十三日〕
伊賀、三重の西部にある山深い土地だ。
地図で見ると京都、滋賀、奈良、三重に接しており、畿内のへそのような位置にある。
小さな土地であり、服部川が流れる大山田村付近に古琵琶湖があったとして有名だ。
古琵琶湖があったのは三百八十万年前?
長い年月を得て地殻変動で北へ移り、近江の琵琶湖となったらしい。
琵琶湖と聞いて誰も知らず、近つ淡海ちかつおうみと呼ぶ。
うっかり「三重」と呟くと、さくらが突っ込む。

「魯坊丸様。“みえ”とはどこですか?」
「ヤマトヤケルの命が大和に帰ろうとしたが、戦いに疲れて足が三重になった場所、伊勢国で伊賀に近くだ」
「紅葉、ヤマトタケルって誰?」
「さくらは知らないのですか。大昔の帝の父で東征を為した偉大な英雄です。采女村辺りで杖をついて三重と呼ばれている所があります。魯坊丸様は博学です」
「それを知っている紅葉も一緒だろう」
「そんな事はありません」
「よくわかりませんが、伊勢が三重なのですね。わかりました」
「さくら、わかってないだろう」
「楓こそ、わかっていないんじゃないですか」
「私はさくらと違う」
「私もわかっています。ヤマトタケルが三重なのです。三重が伊勢なので、ヤマトタケルが伊勢なのです」
「…………」
 
さくら、楓、紅葉の掛け合い漫才が俺の日常だ。
さて、伊賀は山間の土地で田畑として利用できる土地が少ないが、大和と伊勢を結ぶ街道があり、河内や大和の民が伊勢参りに使われている。
古くは大海人王子おおあまのおうじと呼ばれた天武天皇が西国に逃れる時に通ったとか?
詳しくは知らないが古くから修験者の修行場として知られており、その修験者らが伊賀忍の祖先である。
室町幕府より守護に任じられた仁木家の力が弱体化すると豪族が群雄割拠し、今は豪族の共同体である惣国一揆そうこくいっきで国を動かしている。
豪族らはそれぞれ後ろ盾を求め、北部が六角家、中央が仁木家、南部が北畠家の勢力に分かれており、伊賀一国でも一枚岩ではない。
伊賀忍の勢力は、北の藤林家、中央の百田家、南部の千賀服部家が力を持っているらしい。
数珠屋が親しくしているのは守護仁木にっき-長政ながまさを中心としている中央勢であり、百田家の勢力下にあるそうだ。
先月二十八日に伊賀から百田家配下の田屋家から新しい忍びが送られてきた。
頭は田屋たや-宗時むねときという。
千代女が恒例の腕試しを行ったが、宗時は少しだけ千代女より強かった。
皆が息を飲む白熱した試合であったが、宗時が辛勝した。
悔しかったのか、千代女のしごきは下忍らが動けなるまで続けられた。
翌日から熱田の酒造所にある忍び村に移され、先にきた伊賀忍びの音羽おとは-仁平太にへいたにしごかれ、その特訓の成果を視察してきた。
今日はリベンジマッチだったが、結果は変わらず。
八つ当たりもありそうだが、千代女が下っ端を相手に無双していた。
俺は仁平太と宗時と一緒に観戦していた。
名目は、この二人が俺の護衛だ。

「千代女殿はやはりお強い」
「千代女殿ではなく、千代女様だ。同じ家臣になったが、千代女様は魯坊丸様の側近だ。言葉使いを間違うと部下らが勘違いをするぞ」
「仁平太様。それは気づきませんでした」
「丁度よいので言っておこう。儂は仁平太でよい」
「しかし、元十二人衆の仁平太様を呼び捨てにはできません」
「様は止めよ」
「わかりました。仁平太殿とお呼びさせて下さい」
「仕方ない」
「しかし、千代女様はお強いですな」
「あっさり勝った者がいうと嫌味に聞こえるぞ」
「千代女様は私より圧倒的な速さはありますが、力が拮抗する者に大技を決めようとすれば、隙が生まれます。そこを付けばたわいもない事です」
「まだお若いのよ。迷う事もあれば、焦る事もある」
「迷いですか」
「迷いだ」
「私は取り柄がございませんので、すぐに追いつかれますな」
「下手な指摘はするなよ。今は長所を伸ばすだけ伸ばす方が後々に大輪の花となる」
「わかりました」

先日、宗時は白熱した戦いを千代女としたが、今日はあっさりと勝った。
俺が見てもどう動いたかもわからないが、仁平太の目に千代女の迷いと焦りが見えるらしい。
千代女の迷いと焦りとは何なのだろうか?
考えてもわかる筈もない。

さて、俺は明日から津島に向かう。
津島大橋家のくら叔母上から『天王祭』への招待を受けたからだ。
津島に寄る前に勝幡城の織田おだ-信実《のぶざね》叔父上に、宗時を紹介しようと立ち寄った。
勝幡城は三宅川と萩原川 (日光川)が合流する箇所に建てられおり、この二川が堀の役目を為していた。
その北側の森に酒造所を建て、森ごと総堀で囲んでしまう予定だ。
この三宅川と萩原川が合流して天王川となり、津島まで伸びている。
この天王川の東に津島湊があり、天王川を挟んで津島神社が建っていた。
天王川と佐屋川に挟まれた中州という感じだ。
この辺りは中州だらけ。
勝幡の総堀と言っているが、森を越えた先にある湿地帯の前に塀を建てるので、中州を護岸壁で覆うようなイメージで縄張りをさせた。

「仁平太、田屋の者に『天王祭』での護衛を命じたいが問題ないか?」
「まだ土地勘がございません。しかし、非番の者を付ければ、可能だと思われます」
「では、そうしてくれ」
「畏まりました」
「宗時には叔父上を紹介する。酒造所の警邏がはじまれば、俺より多く指示を受けると思う。その顔見せだ」
「承知しました」
「俺の警護は実地訓練なので失敗を恐れる必要はない。問題点が洗い出せれば、十分だと思っている」

津島神社には津島を守る者がいる。
まだ、熱田ほど連携が取れるかもわからない。
すべて手探りだ。
慎重に事を運ぼう。
母上は『宵祭よいまつり』に間に合うように中根南城を出発すると言っていた。
母上の護衛も宗時らの仕事だと命じた。
千代女のしごきが終わると、新しく熱田の酒造所に完成した俺の宿舎で一泊する。
酒造所の本丸御殿だ。
金山衆に造らせた手動式の大型丸ノコ切断機で木材を加工し、組み合わせて建てるプレハブ工法を採用した御殿の試作品となる。
長屋も次々と完成しており、冬までにテント暮らしの住民を移動できそうで安心した。
俺は新しい御殿の寝室から庭を眺めた。
小さな池に満月に近い丸い月が映って揺らいでおり、その揺らぎを見て昼の話を思い出していた。

「魯坊丸様。お茶をお持ちしました」
「千代か、今日は疲れたであろう。ゆっくりすればよい」
「いいえ、私などまだまだです」
「そんな事はない」
「いいえ、私は仁平太殿のような広い視座を持っておりません。宗時殿のような確実性もございません。護衛として未熟です。それなのに侍女としての仕事も存分にできておりません。魯坊丸様がこれほど頑張っておられるのに、私は何の力になれておりません。それが悔しいのです」
「そんな事はない」
「そうなのです」
「千代はよくやってくれいる」
「まったく駄目です」
「・・・・・・・・・・・・そうか」
「そうです」

千代女は侍女の仕事というが、出来ないのは事務的な仕事のみであり、本来の侍女の職務は完璧だと、前侍女長も太鼓判を押した。
千代女のいう侍女の仕事は、日々の取引を管理する経理、記禄したお金の流れを管理する会計、事業計画における将来の収入と収支を割り当てる予算管理と、目標に必要な人材・物資・経費を把握する予実管理に加え、侍女長がやっていた手紙などによる人間関係の構築だ。
これを三ヶ月でマスターできる奴がいるか?
初めから無理なのだ。
だが、千代女はこれまで何でも出来た。
そんな才女だったので、出来ない事を悔やんでいる。
俺の言葉など聞こえない。
千代女が納得するまでやらせるしかないと、俺は月を見上げた。
千代女は生真面目過ぎるな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...