魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

六十六夜 織田信光の暴走

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 〔天文十八年 (一五四九年)五月〕
 加藤与三郎らが提出した西国の報告書を中根南城に持ち帰ると、俺と師匠の定季はそれを読んで感想を語り合った。
 定季は大内おおうち-義隆よしたか尼子あまこ-晴久はるひさ大友おおとも-義鑑よしあきを下して、西国の覇者となると予想していた。
 ここに来てすえ-隆房たかふさとの不仲が表沙汰となり、暗雲が立ち込めてきたのだ。
 大内家は勘合貿易かんごうぼうえき(日明交易)で石見銀山の銀を売り、宋銭を仕入れることで巨万の富を得ており、経済的に非の打ちどころがない。
 一方、武において東に毛利元就を従えて備中まで進出しており、西の九州では太宰府だざいふ大弐任官だいににんかんに就任して、九州北部を平定していた。
 尼子家と大友家の二国を合わせないと、大内家一国と対峙できないほどの戦力差になっている。
 帝や公方様が大内家を頼るのも納得であった。
 しかし、戦力で余裕が生まれると、経済力を握っている文官が力を持つようになってゆく。

相良さがら-武任たけとうを筆頭とする文官が力を持つのを嫌がったのでしょう」
「であろうな」
「ここの毛利元就殿が弘中ひろなか-隆兼たかかね(隆包)様に『直轄の代官を増やすのは、儂を信用しておらんのかと愚痴られて、元就が返事に困った』と、小早川-隆景殿が口を滑らしたとあります」
「隆景殿はお若いのに頭が切れる御仁のようですな」
 
 小早川-隆景は十七歳 (満16歳)だが、その一言で大内家がやりたいことが察せられた。
 領土を広げる過程で守護代に力が集まった。
その集まり過ぎた力を削ぎたいのだ。
 このやり方は三河で幕府が取った政策と同じである。
 室町幕府は京と鎌倉の中間地点である三河で守護一色家が力を持つことを懸念して、幕府奉公衆を三河に遣わした。
 それが松平家などのはじまりである。
 室町三代将軍の足利義満の時代に、伊勢氏の被官となった松平家が勢力を伸ばし、三河守護の一色いっしき-義貫よしつらを凌駕した。
 以降、松平家は西三河の統治者として名を馳せるようになったと師匠の定季から教わった。
 大内家も大きくなり過ぎた守護代の力を削ぎたいと考えた。
 しかし、それは守護代だけではなく、有力領主にのし上がった毛利家も力を削がれることを意味する。
毛利家として受け入れがたい政策と考えているらしい。
 隆景は弘中-隆兼の愚痴という一言で、大内家の内情を語り尽くした。

「魯坊丸様が家臣に領地ではなく、銭で知行を与えると言った意味がわかってきました」
「それほど大袈裟なこと言った訳ではないぞ」
「守護代に領地を与えるのではなく、直轄地の代官をまとめる権限に抑え、代官を定期的に入れ替えれば、政は代官、武は守護代と分散され、守護代の力が肥大化するのを避けられます。領地ではなく、銭で雇うのは非常に良い政策と感じ入りました」
「直轄地の方が管理し易いだけだ」
 
 正確に言うと、江戸時代の徳川幕府の失敗を繰り返したくない。
 経済史に載っているが、江戸幕府が米を増産することで米の価格が下がり、土地を持っていた領主らが貧困化する。
 これが江戸中期からはじまる幕府の衰退である。
 家臣は領地を幕府に返還して、賃金をもらうことを願い出たそうだ。
 加賀百万石は財政難を乗り切る為に、全国に薬を売ることを奨励したのが『薬売り』のはじまりである。
 加賀は財政難を乗り切ったが、経営に優れた領主が多くいる訳ではない。
 ならば、財政に明るい者を派遣して経営させるに限る。
 代官なら簡単に首をすげ替えられるが、領主にすると変えるのが難しい。
 況して、二代、三代と名領主が育つことは希だ。
 人材の流動性を考えれば、賃金で雇うのが一番であり、直轄地として管理するのが自由が利いて楽なのだ。
 俺が考えたのはそれだけだ。
 家臣が力を付けて、謀反を起こす芽を潰すことなど考えていない。
 定季や千代女らは「流石、魯坊丸様」「若様の深謀遠慮に感銘を受けます」「何かわからないですが、凄いです」「若様はいつも難しいことを考えるね」「勉強になります」と口々に俺を褒める。
 背中が痒い。
 西国の報告書を読み進め、博多への定期便をどの程度にするかを検討していると、信光叔父上が明日来訪すると先触れが届いた。
 出迎え無用らしい。
 
 翌日、出迎え無用とあったが、養父や中根南城の家老や周辺の城主が大広間に集まった。
 本当に出迎え無用ならば、信光叔父上は先触れを出さない。
 養父はそれを察して、主だった者のみ集めていた。
 到着すると大広間の上座に座り、俺が代表で挨拶する。
 堅苦しい話をなしと告げて、皆の顔を上げさせた。

「安祥城では、長滞在を課して済まなかった。安祥城の補修も完了して助かった。礼をいう」
「信光様。あの程度の補修など大したことはございません」
「信広も土塁が石垣に変わったと喜んでおった」
 
 三百人の熱田衆が手持ち無沙汰で安祥城の補修を手伝った結果、総石垣の城となった。
見た目が強固になった。
しかし、土塁の外側に石を積んでローマンコンクリートで固めただけであり、高さが増した訳でもなく、ちょっと登り難くなった程度の気休めである。
本質的な強化はできていない。
見た目で油断しないで欲しいものだ。

「三河からの帰りに兄上は天白川を視察され、その護岸工事に感銘を受けられた。護岸工事によって、内側の湿地帯が田畑へと転用できて石高が上がる。見事であるとお褒めの言葉を頂いた」
「ありがとうございます」
 
 養父がそう言うと、皆も声を揃えて「ありがとうございます」と感謝の言葉を一斉に言う。
 俺はジトっとした目で後ろを眺める。
 褒められただけで喜ぶのか?
 信光叔父上が褒め言葉を言う為に中根南城に来たとは思えないので、この先の言葉が気になる。
 俺と目が合った信光叔父上がニヤリと頬を緩めた。

「魯坊丸、喜べ。末森総構えの許可が下りた」
「本気ですか? 信光叔父上が居城を守る案を聞いたので、戯れ言として申し上げた案です」
「悪くない案であった」
「父上 (親父)が三河を諦めて、尾張に引き籠もることを良しとするとは思えません」
「その通りだ。諦めておらん」
「言っている意味がわかりません。どういう事ですか?」
「石高を増やす為に土岐川の護岸工事が認められた。岩崎の丹羽家を警戒して、城壁を造ることも認められた。熱田衆が海岸線に石垣を築き、内側の埋め立てを進めておる。合わせると、末森の総構えが完成だ」
「信光叔父上、父上を騙しましたね」
「勘違いさせただけだ。嘘は一言も言っておらん」
「予算はどうされるつもりですか?」
「交易と酒などで儲けた商人から借りればよい。石高が上がれば、返済できるであろう」
「無理とは言いませんが、緻密に計画を立てなければ、織田家が破綻します」
「魯坊丸ならば、可能であろう」
「無茶を言いますね」
「土岐川の護岸工事、および、対岩崎丹羽対策の責任者を命ずる。計画が破綻しないように、財源の管理は行え」
「お引き受けできません」
「どうしてだ?」
「商人に銭を借りるにしても、末森や那古野などの財政状況がわかりません。わからぬものを抵当に銭を貸すのは無理です」
「ならば、織田弾正忠家筆頭家老の名ですべての城の勘定奉行を指導する権限を与える」
「…………」
「それほど嫌か。儂が後ろ盾となるのだ。信長や信広を抜いて、織田家の家督を狙う絶好の機会となるぞ」
「単なる嫌がらせですか」
 
 家督なんて継げば、忙しくなるだけでメリットがない。
 生き残る為に力はいる。
だが、金と武力は熱田衆を束ねるだけで十分に得られる。
 持てないほどの権力を手に入れれば、やらぬ苦労を引入れるだけだ、
 俺は上前をはねて、ゴロゴロしながら生きてゆきたいんだ。
 てっぺんが取れると言われても嫌がらせにしか聞こえない。
 さて、なんと答えたものか。
 そう考えていると、定季が意見を挟んだ。
 
「信光様。宜しいでしょうか?」
「定季か、何か意見か」
「魯坊丸様は空を飛ぶ大鳥でございます。地面に繋がれても喜ばれません」
「大鳥とは、何だ?」
「あちらに飾られている帆船の模型をご覧下さい。実物の大きさは二万石を超える大型船でございます。これで日の本、明国、南蛮へと航海ができます。尾張守護代に仕える奉行職の家督をやると言われても喜ぶ筈もないのです」
「なるほど、織田弾正忠家の家督は足かせでしかないか」
「また、勘定奉行への指導と申されましたが、信光様の命ですべての城の帳簿を熱田や商人が使っている新しい帳簿の方式に変えて行かねば、引き受けることは無理でございます」
「その理由は何だ」
「簡単に申せば、旧来の方式では銭の流れが見えませぬ。どこかが破綻すれば、すべて無に帰します。そんな危ない橋を渡れません」
「どうすれば、魯坊丸が引き受けるか」
「まず、すべての城の帳簿を新しい帳簿に変更し、銭の余力があるかを見定めてからとなります」
 
 信光叔父上は腕を組んでしばらく考えると、大きく膝を打った。

「相わかった。すべての城の帳簿を今年の内に新しい帳簿へ変更を命じる。総構えに移行するかは、それからとする。まず、末森北部の土岐川の護岸工事を全域に進めよ。それならばできるな」
「問題ないと思われます」
「では、改めて頼みにくるとする。良いな」
「承知致します。魯坊丸様、それで宜しいですな」
「仕方ない」
「信光様、よろしくお願いいたします」
 
 すでに土岐川と矢田川が合流する箇所の護岸工事は、親父の命で取りかかっていた。
大雨が降る毎に氾濫するので補修工事を請け負った。
その護岸の内側にある湿地帯を埋め立てて水田にするのは難しくない。
また、予算の限りならば、下流部へ延長するのは問題ないというか、時間を掛けて延長するつもりだった。
 しかし、それを一気に進めるとなると、数千、数万の作業員を動員することになる。
 定季が出した条件を信光叔父上が飲んだことで断れない雰囲気となった。
 これは信光叔父上の暴走だ。
 親父は三河で忙しい。
目が届かないのを良い事に好き勝手やっているんじゃないか?
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