魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

七十一夜 中根忠貞の初陣

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〔天文十八年 (一五四九年)九月末〕
 びちゃ、びちゃ、ぴちゃ、星灯りしかない闇に川の浅瀬を駆ける一団がいた。
 千代女が耳を澄まし、「若様、来ました」と告げる。
俺は立ち上がる。
皆が息を殺し、敵を待ち受ける。

「若様」
「篝火に火を灯せ」

熱田式火打ち(ファイヤーピストン)を抜き、篝火に火を放った。
そして、刈安賀かりやすか妙興寺みょうこうじ宮地花池みやちはないけ戸塚とつかの農兵100人が立ち上がった。
刈安賀は妙興寺の寺領である。
妙興寺みょうこうじは、貞和四年 (1348年)に滅宗めつしゅう-宗興そうこうによって開山された。
応仁の乱で公方様の庇護を失い、その間隙を縫って、祖父の織田おだ-信定のぶさだが寺領を横領して傘下に収めた。
 祖父信定は、ここで力を付けた。
これが織田弾正忠家のはじまりである。
刈安賀は寺領であり、織田弾正忠家の代官が管理していた。
親父は石高を把握する為に、直轄地に代官を派遣したのだ。
家臣が石高を偽って、兵を出さないなどをさせない。
これが織田弾正忠家の強さの秘密だ。
斉藤家との同盟が決まり、熱田を豊かにした肥料『蝮土』を配布すると聞いた妙興寺は『蝮土』を欲し、三百石分の肥料を配った。
まだ肥料の生産が追い付いておらず、それ以上を割けなかった。
しかも肥料を使った田畑には、こちらが命じた作付け法を守ってもらう必要もあった。
塩水選えんすいせん、土起こし、均等植え付け、雑草刈り、水やりと面倒が多い。
そして、貸与する道具も耕作指導者も足りない。
足りない中で何とか回して、刈安賀に派遣した。
妙興寺が織田弾正忠家の縁で、親父からの要望がなければ、絶対に断っていた。
その甲斐があって、刈安賀は豊作となる。
中島郡が全体的にやや不作に対して、黄金色に輝く刈安賀の田は大豊作に見えたらしい。
まぁ、一般の農民は、稲を適当に宙に撒き、雑草刈りもしないのでやや不作が当り前だった。
手間を掛けない分、戦に兵として駆り出された。
刈安賀の位置は津島の北であり、木曽川から古川の分流の一つが横を流れ、佐屋川、天王川に繋がって津島の横を流れている。
川を挟んだ刈安賀の対岸には、毛受めんじゅう、花井などの村があった。
そして、毛受、花井は夏の大雨で土手が破れて、大量の濁水が流入して、田畑に壊滅的な打撃を与えた。
中島郡の大半は清須の守護代織田おだ-信友のぶともの配下だ。
毛受の毛受めんじゅう-照昌てるあきも例外ではない。
毛受-照昌は清須に助けを求めた。
しかし、又代坂井さかい-大膳だいぜんは弾正忠家方の刈安賀村を襲えば、援助してやると噂される。
嘘か、本当かは知らない。
あくまで噂だ。

清須の織田大和守家は織田弾正忠家の主家に当たる。
美濃と戦っていた『加納口の戦い』の最中に裏切って背後を襲われた。
その後、今川と戦う為に和睦した。
この和睦を破って親父から手を出すと下剋上となり、朝廷や幕府の信用を失う。
流通では信用が大事であり、流通で儲けている織田家が信用を失うのでできないのだ。
だから、織田大和守家から破ってもらう必要があった。
今川家と和睦している内に、親父は織田大和守家を葬り去りたい。
それがわからないとは思えない。
坂井-大膳が馬鹿なのか?
親父が清須の隠れ織田弾正忠派を使って暗躍しているのか?
俺の知るところではない。
しかし、親父から妙興寺の秋祭をドタキャンした詫びに行ってこいと命じられた。
たぶん、そういう意味だ。
妙興寺に訪問する日時を決め、津島の尾張伊賀衆に周辺を調べさせると、毛受-照昌が刈安賀を襲う算段が発覚した。
偶々、妙興寺に訪問し、毛受-照昌が襲ってくるのを知って助勢する。
織田弾正忠家が織田大和守家を攻めた訳ではない。
偶々だ。

俺は忍びを先行させて罠を仕掛けて毛受勢を抑えるつもりだった。
中根なかね-忠貞たださだ義兄上あにうえが新生の黒鍬衆の力を試したいと願ったので力押しに変更した。
毛受村は石高580石の村であり、人口300人弱だ。
背後の花井村も同規模だ。
二村は冬場に餓死者が出そう危機的状況なので、男手をすべて駆り出してくるかもしれない。
そうなると300人の農兵が襲ってくると予想できた。
俺の黒鍬衆を100人も連れてゆけば大丈夫だろう。
しかし、妙興寺に秋祭をドタキャンした謝罪に行くのに、護衛100人は多すぎる。
兵の大半は密かに向かわせる。
俺は側近に千代女を置き、侍女26人、護衛20人で妙興寺を訪れた。
すると、毛受-照昌が兵を集めている報告が入り、俺は助力すると刈安賀村にやってきたのだ。
作戦は簡単だ。
毛受勢を刈安賀村まで引き付けて、俺の護衛20人で横槍を入れる。
毛受勢が体勢を崩したところで妙興寺方が正面からぶつかる。
押し切れない場合は刈安賀村で籠城し、津島からの援軍の到着を待つ。
俺は妙興寺を出発する前に津島へ援軍を要請したので、明日の昼には到着する。
明日の昼まで持てば、我らの勝ちだと皆に鼓舞した。
もちろん、津島からの援軍の到着を待つつもりはない。
密かに入れた黒鍬衆80人と忠貞義兄上が率いた護衛20人、合わせて100人で十分だ。
毛受村を見張っていた伊賀者が現れて、千代女に耳打ちした。

「若様、敵の毛受勢は200人ほどです」
「思ったより少ないな」
「花井村は30人しか兵を出しませんでした」
「この奇襲が失敗すると考えた・・・・・・・・・違うな。奇襲が成功しても、織田弾正忠家の援軍が到着して蹂躙されるのを嫌ったか。だが、毛受家への義理もあるので兵を出した」
「そんなところだと思います」

 千代女もそう考えたようだ。
 しばらくすると、俺の耳にもカサカサと鎧が擦れる音が聞こえてきた。
 千代女が星灯りを頼りに敵の隊列を見た。

「敵は縦に伸びております。若様の初陣を勝利で飾れそうです」
「千代、俺は見学だ。義兄上あにうえの初陣であって俺の初陣ではない」
「わかりました。中根忠貞様の初陣を勝利で飾れそうです」
 
 俺はじっと座ったままで息を殺し、千代女の合図を待った。
 そして、千代女が俺の名を叫ぶと、俺は篝火を灯せと命じた。
 身を低くしていた妙興寺方が立ち上がり、待ち伏せされていたのを知った毛受勢の足が止まった。
 敵は刈安賀村の米藏を襲う。
 一方的な蹂躙になると楽観していたのか、わずか200人なのに隊列が縦長になっていた。
そこに頭から黒い布を纏った黒鍬衆100人が横槍を入れた。

「突っ込め!」
 
 聞こえてくるのは、忠貞義兄上の声のみだ。
 中根家では、首狩りの習慣を排した。
 だから、首を狩っても褒美は出さないと断言した。
 重要なことは、命令に従うことと勝利することだ。
 この2つのみだ、
他は一切評価しない。
 黒鍬衆が攻撃・防御・援護の三位一体で一人を襲う。
 徹底的に組織戦を仕込んだ精鋭だ。
 烏合の衆ではない。
 敵の中には戦慣れした強者もいるだろうが、一対一なら兎も角、三位一体攻撃を凌げる者は少ない。
 また、一人を殺すことにこだわらない。
 忠貞義兄上の命は勢いを殺さずに突破しろだ。
まず、敵を前後に分断する。
そして、二つに割れた少ない方を襲う。
忠貞義兄上は反転して、混乱する敵の前面の横を襲った。
やや混戦になった。
ここは呼応して、妙興寺の将も正面からも攻め立てるところだと思うが、他の兵と一緒に呆然となっていた。
黒鍬衆は味方の援護なしで前面も突き抜けた。
忠貞義兄上は、黒鍬衆100人で30人の中堅を襲い、反転して60人の前衛を襲った。
 後で知ったが、二度の突撃で、敵は死者20人と負傷者30人を出した。
 次に忠貞義兄上は、黒鍬衆を大きく迂回させて後続の大将を狙った。
 だが、そこで敵の兵が逃げ出した。

「おら、死にたくねい」
 
 そんな叫び声とともに農兵が怯えて逃げたのである。
 忠貞義兄上は攻撃を止めた。
 これは実戦訓練であり、戦意を失った敵を狩ることに意味はないと判断した。
 逃げる敵を見て、我に返った妙興寺の将が追撃を命じた。
 遅い。
 忠貞義兄上は黒鍬衆80人に再び隠れるように命じ、20人を引き連れて戻ってきた。
俺は忠貞義兄上に労いの言葉を掛けると妙興寺に引き上げた。
 こちらの死者はゼロ人、負傷者10人と上々の結果だった。
妙興寺方は毛受村まで追撃をすると、略奪の限りを尽くして降伏させたらしい。
親父からの依頼も完遂し、此にて一件落着だ。

 中根南城に帰った俺は熱を出して寝込んだ。
 戦に興奮して夜更かししたのがいけなかったのか?
 九月の忙しさで疲労が溜まっていたのか?
うん、高熱で死ぬかと思った。 
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