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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達
閑話(七十八・七十九夜) 今川義元、三河攻略戦 (今川の戦略ラインな件)
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〔天文十九年 (一五五十年)3月〕
今川義元は駿河屋敷で息子の竜王丸 (後の氏真)の稽古を縁側から眺めていた。
少々悪戯好きな所があるが、元気に育っている事を嬉しく思う。
竜王丸は書物を読むより体を動かす事を得意としており、剣術や蹴鞠を好んでいた。
竜王丸も今年で13歳(満12歳)だ。
そろそろ元服を考えねばならない。
義元に横には、同じ今川一族の瀬名-氏俊が控えていた。
「氏俊、奥の様子はどうだ」
「あまり芳しくありません」
「まだ武田家との縁を切る訳にはいかん。何とか持ち直させよ」
「努力致します」
妻の武田-晴信(後の信玄)の妹であり、甲斐の武田家とは同盟を結んでいた。
元々、武田家と北条家は犬猿の仲であり、義元が武田家と同盟を結んだ事により、北条家の造反を呼んだ。
力で北条家を従属させようと考えた義元であったが、先代の北条-氏綱は手強く、現北条当主の氏康は強かな武将であった。
伊豆から始まり、相模、武蔵、下総、上総の五ヵ国まで勢力を拡大し、関東管領の上杉-憲政の関東軍を破って、逆に居城の平井城に迫っていた。
はっきり言って手が付けられない。
武田家が信濃佐久を手に入れた事で、隣国の上野国の上杉-憲政と敵対関係となり、犬猿の仲であった北条家と近づいて和睦した。
武田家、北条家、織田家が組むと、今川家が逆包囲される。
そこで義元は北条包囲網を取り止め、今川、武田、北条の三国同盟に方針を切り替えた。
「氏康の様子はどうだ」
「昨年の地震で大きな被害を出し、離農者が続出して手を焼いている様子だと報告が入っております」
「軍は動かせそうもないな」
「そんな余裕はございません」
天文18年 (1549年)4月14日に甲斐、駿河、相模、南武蔵の関東一帯に大きな被害をもたらした大地震が起こった。
駿河でも家屋が倒れる被害があったが、相模と武蔵の被害はその比ではなかった。
氏康は城や周辺領主の動きに気を取られ、領民の対応が後手に回った。
領地を広げ過ぎた弊害だ。
弱っている所を叩こうと周辺の領主が動き、復興もままならない所に兵を集める事態となったのだ。
氏康は兵を集めた事で事なきを得たが、今度は北条領内で小さな一揆が各所で起こった。
氏康はその対応で手一杯となっていた。
被害が少なかった今川家は、後ろを気にせずに尾張方面を攻める好機を得ていた。
「で、三河はどうなっておる」
「残念ながら機先を制するのに失敗したようでございます」
「ほぉ、尾張の虎も対応したか」
「御意」
昨年(天文18年)は安祥城を奇襲で落し、織田-信広と松平-竹千代(後の徳川-家康)との交換に成功した。
また、西条の吉良-義安を下し、駿河に呼び寄せる事にも成功した。
こうして、今川家は矢作川の西岸に拠点を持つ事ができた。
今年はその拠点から尾張の国境付近まで押し上げるつもりだったが、織田家は今川家が三河に入ると、織田方も兵を重原城、福谷城に入れたと氏俊が告げた。
「織田も馬鹿ではないので、こちらの動きに予測しておったか」
「おそらく、春先にこちらが攻めると読んで兵を用意していたようでございます」
「ほほほ、私も織田家の者であれば、そう予想する」
義元は織田-信秀を甘い武将とは考えていなかった。
あくまで奇襲がもう一度成功すれば嬉しいと思う程度だ。
一息で尾張に攻め込めるなどと考えていない。
「次の狙いは知多北部ですが、あえて西三河の奥を狙います」
「西三河の山沿いの者らも我らが尾張との国境付近まで攻めれば、気が気ではないでしょう」
「特に伊保城を守るのは東尾張の丹羽家と同族です。見捨てる訳にもいかない。織田家と同盟を結ぶ広見城の中条家も兵を出さざるを得ない」
「三河の奥に目を向けさせる訳ですな」
「その通りです。そこで手薄になった福谷城を奪い、重原城の背後となる知多北部を荒らす」
「沓掛辺りですか」
「此度で福谷城を落とせれば上々、駄目でも秋にもう一度仕掛けます。もう一度と言わず、何度でも」
義元は攻略対象を面として見ており、兵を分散させて北と南から攻める事を考えた。
そして、東尾張と知多北部の領主に負担を強いて、織田弾正忠家からの離反を唆す。
これまでは岡崎の東に三河山地が跨がっており、大軍で攻める利が限られていた。
しかし、矢作川を越えると平地が広がり、兵が多い今川は分散させて戦える。
対する織田弾正忠家は兵が少なく、すべてに十分な援軍を送れない。
東尾張や知多北部の領主が織田弾正忠家を見限るのを待つ作戦であった。
「御屋形様、尾張をお取りになるおつもりなのでしょうか?」
「手に入るならば、手に入れます。しかし、あくまで伊勢湾を掌握し、伊勢への道を確保するのが第一です」
「では、大高、鳴海、熱田辺りですか」
「尾張は石高も多いので那古野辺りまで取り戻せれば、上々でしょう」
義元は東海の水運を確保する事が一番の目的としていた。
伊勢湾を抑えれば、織田家は富みの根源を失う。
無理に攻めずとも尾張を掌握するのは容易いと考えていた。
今川義元は駿河屋敷で息子の竜王丸 (後の氏真)の稽古を縁側から眺めていた。
少々悪戯好きな所があるが、元気に育っている事を嬉しく思う。
竜王丸は書物を読むより体を動かす事を得意としており、剣術や蹴鞠を好んでいた。
竜王丸も今年で13歳(満12歳)だ。
そろそろ元服を考えねばならない。
義元に横には、同じ今川一族の瀬名-氏俊が控えていた。
「氏俊、奥の様子はどうだ」
「あまり芳しくありません」
「まだ武田家との縁を切る訳にはいかん。何とか持ち直させよ」
「努力致します」
妻の武田-晴信(後の信玄)の妹であり、甲斐の武田家とは同盟を結んでいた。
元々、武田家と北条家は犬猿の仲であり、義元が武田家と同盟を結んだ事により、北条家の造反を呼んだ。
力で北条家を従属させようと考えた義元であったが、先代の北条-氏綱は手強く、現北条当主の氏康は強かな武将であった。
伊豆から始まり、相模、武蔵、下総、上総の五ヵ国まで勢力を拡大し、関東管領の上杉-憲政の関東軍を破って、逆に居城の平井城に迫っていた。
はっきり言って手が付けられない。
武田家が信濃佐久を手に入れた事で、隣国の上野国の上杉-憲政と敵対関係となり、犬猿の仲であった北条家と近づいて和睦した。
武田家、北条家、織田家が組むと、今川家が逆包囲される。
そこで義元は北条包囲網を取り止め、今川、武田、北条の三国同盟に方針を切り替えた。
「氏康の様子はどうだ」
「昨年の地震で大きな被害を出し、離農者が続出して手を焼いている様子だと報告が入っております」
「軍は動かせそうもないな」
「そんな余裕はございません」
天文18年 (1549年)4月14日に甲斐、駿河、相模、南武蔵の関東一帯に大きな被害をもたらした大地震が起こった。
駿河でも家屋が倒れる被害があったが、相模と武蔵の被害はその比ではなかった。
氏康は城や周辺領主の動きに気を取られ、領民の対応が後手に回った。
領地を広げ過ぎた弊害だ。
弱っている所を叩こうと周辺の領主が動き、復興もままならない所に兵を集める事態となったのだ。
氏康は兵を集めた事で事なきを得たが、今度は北条領内で小さな一揆が各所で起こった。
氏康はその対応で手一杯となっていた。
被害が少なかった今川家は、後ろを気にせずに尾張方面を攻める好機を得ていた。
「で、三河はどうなっておる」
「残念ながら機先を制するのに失敗したようでございます」
「ほぉ、尾張の虎も対応したか」
「御意」
昨年(天文18年)は安祥城を奇襲で落し、織田-信広と松平-竹千代(後の徳川-家康)との交換に成功した。
また、西条の吉良-義安を下し、駿河に呼び寄せる事にも成功した。
こうして、今川家は矢作川の西岸に拠点を持つ事ができた。
今年はその拠点から尾張の国境付近まで押し上げるつもりだったが、織田家は今川家が三河に入ると、織田方も兵を重原城、福谷城に入れたと氏俊が告げた。
「織田も馬鹿ではないので、こちらの動きに予測しておったか」
「おそらく、春先にこちらが攻めると読んで兵を用意していたようでございます」
「ほほほ、私も織田家の者であれば、そう予想する」
義元は織田-信秀を甘い武将とは考えていなかった。
あくまで奇襲がもう一度成功すれば嬉しいと思う程度だ。
一息で尾張に攻め込めるなどと考えていない。
「次の狙いは知多北部ですが、あえて西三河の奥を狙います」
「西三河の山沿いの者らも我らが尾張との国境付近まで攻めれば、気が気ではないでしょう」
「特に伊保城を守るのは東尾張の丹羽家と同族です。見捨てる訳にもいかない。織田家と同盟を結ぶ広見城の中条家も兵を出さざるを得ない」
「三河の奥に目を向けさせる訳ですな」
「その通りです。そこで手薄になった福谷城を奪い、重原城の背後となる知多北部を荒らす」
「沓掛辺りですか」
「此度で福谷城を落とせれば上々、駄目でも秋にもう一度仕掛けます。もう一度と言わず、何度でも」
義元は攻略対象を面として見ており、兵を分散させて北と南から攻める事を考えた。
そして、東尾張と知多北部の領主に負担を強いて、織田弾正忠家からの離反を唆す。
これまでは岡崎の東に三河山地が跨がっており、大軍で攻める利が限られていた。
しかし、矢作川を越えると平地が広がり、兵が多い今川は分散させて戦える。
対する織田弾正忠家は兵が少なく、すべてに十分な援軍を送れない。
東尾張や知多北部の領主が織田弾正忠家を見限るのを待つ作戦であった。
「御屋形様、尾張をお取りになるおつもりなのでしょうか?」
「手に入るならば、手に入れます。しかし、あくまで伊勢湾を掌握し、伊勢への道を確保するのが第一です」
「では、大高、鳴海、熱田辺りですか」
「尾張は石高も多いので那古野辺りまで取り戻せれば、上々でしょう」
義元は東海の水運を確保する事が一番の目的としていた。
伊勢湾を抑えれば、織田家は富みの根源を失う。
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