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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達
八十八夜 魯坊丸のヘソクリ(天文十九年の仮決算)
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〔天文十九年 (一五五十年)十月半ば〕
十月になると中根南城の政務所が大わらわになった。
前世ならば経理が一番忙しいのは年末だ。決算月で年末調整とかで大忙しだ。
だがしかし、『稲刈り月』(小田刈月)と呼ばれる九月が一年の決算月となり、報告が上がってくる十月が一番忙しい。
三年前までならば、領内の石高を確認して年貢を徴収で終わっていたけど……。
今年は違う。
織田一門方々、牧家、坂井家、道家、林家、簗田家、柴田家、横地家、下方家、岡田家、浅野家等々の石高が報告される。
これは熱田商人から銭を借りた方々が保証人に中根家がなっているだ。
こちらの指示に従うのが保証人になる条件だ。
農業指導者を送り、塩水選、蝮土を混ぜて田起し、苗作り、田植え、雑草取りを推奨する。
肥料の蝮土や水田の移行もしていない田畑の収穫は知れている。
噂ほどではないと愚痴る村には「天罰だ。手抜きをすると神罰が当たる」と脅す。
信仰心が足りないと収穫が減るで苦情処理はおしまいだ。
収穫が良ければ熱田明神様の神力であり、収穫が悪ければ村人の行いが悪かった。
胡散臭い教祖様は嫌だったが、最近は『教祖様、万歳』という気分だ。
実際に収穫が少ない村には、米を貸し付けるので餓死者や娘を売る。または離村する者は出ない。
そして、収穫が少なかった現地に視察団を派遣して原因を究明し、来年に備えて対策を練る。
その担当者は中根家の農作業を手伝っていた河原者だ。
代官の補佐として農業指導する。
農作業に関与している者だけではない。
神社小屋(寺小屋)で経理を学んだ者は俺の家来となり、末森城、那古野城、守山城、勝幡城へ出向いて、中間として侍の文官を指導している。
犬山城にも一時だけ送っていたが、織田-信清の離反を聞いて引き上げてきた。
中間でなくなった彼らも複式簿記ができない領主の依頼で各領地を転々と出向している。
借金をした領主は資産状況を明らかにする必要があり、資産を明らかにする為に貸借対照表を作成するが、作れる者がいないからだ。
領主の家老や重臣と呼ばれる方々から頼りにされている。
皆、信じられない出世と喜んでいる。
そして、各領主からの報告書を中根南城の政務所の役人が精査する。
山詰みの書類に皆が青い顔になっている。
これだけハードな日常を熟せば、家来も成長が著しいのも頷ける。
「若様は余裕ですね」
「さくら、当然だろう。以前に比べれば楽なものだ」
「相談、巡回、指導、書類の確認、すべて若様がやっていましたからね」
「さくらにも感謝している。二桁の計算ができなかったさくらが簿記を覚えて、書類整理ができる日が来るとは思わなかった」
「これでも若様に負けないように頑張っています」
「さくらも頑張っている」
さくらがエッヘンと胸を張ると、廊下から楓が入ってきた。
「さくら、お待たせ。交替時間だ」
「おぉ、やっと休憩ですか」
「乙子が伊賀者の訓練をするから参加しろって」
「何ですと⁉」
さくら、楓、紅葉の三人は侍女代として、俺の警護と補佐を交替で行う。
他の侍女らは一日交替で役目を変える。
望月衆の女は、警護、侍女の仕事、経理ができて一人前だ。
側近衆も二十人も追加されたが、事務方を運営するにはまだ足りない。
経理ができれば、女でも俺の侍女になれる。
中根家領の若い娘らが勉学に勤しみ、次々と後進も育っている。
専属の侍女と侍女見習いも増員中だ。
仕事量が増えても人海戦術で俺の仕事がかなり減った。
政務所から出された修正案を事務方が処理し、右筆定季と侍女が確認した後にまとめて承認印を押して可決される。
パラパラと見るだけで済むので楽な仕事だ。
俺が楽になった要因は外出が大きく改善された事だ。
領主との会談や重要案件のみを俺が行い、公的な巡回や見回りを影武者に代行させている。
現地の指示は千代女が六人の侍女を使ってやってくれる。
俺の護衛責任者は、何見姉さんか、乙子姉さんのどちらかが付いた。
手が空いたさくら、楓、紅葉の三人に俺の指示で動いてもらう。
俺の護衛に六人の侍女、影武者にも六人、千代女が六人と最低でも18人の侍女が連れ添い、最大26人を引き連れて移動する。
役目を分担したので大所帯となってしまった。
その他にも警護の側近と右筆見習いの三人が付いており、影武者は黒頭巾を被る右筆見習いの一人として紛れ込む。
これで出先でも昼寝とゴロゴロタイムを確保できるようになった。
そんな事を考えながら書類に判子を押していると、政務所の勘定奉行がやってきた。
挨拶を手短に済ませると要件を聞いてきた。
「魯坊丸様、すでに貸し出し保証額が十万貫文を越えております。これ以上の貸し出しは危険ではありませんか?」
「であろうな」
「では、金額を縮小し、事業計画を縮小してもよいでしょうか」
「それは駄目だ」
「しかし……」
「待て。言いたい事はわかる。だが、増える流民対策をせねば領内が荒れる。人手が不足するからと言って、事業計画を遅らせば来年度の収穫が減る。どちらもやらねばならんのだ」
各領主は春先から今川に備えて兵を集めた。
親父は可能な限り、農兵を抑えて人を雇う事を推奨した。
信光叔父上は今川との決戦を避けて、時間稼ぎの持久戦を考えていたからだ。
人を雇えば、銭が掛かる。
最小に抑えても働き手が減っており、田植えや稲刈りとなると人手が足りない。
足りない人手を俺が融通して送った。
もちろん、有料だ。
今川勢は西三河と東尾張で大規模の乱取りを行った。
強引な乱取りで田畑を荒らされ、私財を奪われた民は村を捨てて流民となった者も多い。
推測だが、三河から一万人くらいは尾張に流れたのではないだろうか?
親類縁者がいる者はそれを頼った。
頼る者がない一部は野盗と化し、主に東尾張で暴れている。
織田家の者は豊作を喜んで浮かれているが、天白川の上流に当たる丹羽家は八月の河川の氾濫の被害で大凶作だった。
岩崎城の丹羽氏勝は親父に援助を求め、親父は米2,000石を送った、
しかし、それでも足りず、熱田商人から二千貫文を借り、1,600石を買い付けた。
米の価格が一石1,250文まで高騰しているからだ。
同じ東尾張でも沓掛、大高根、部田は今川勢の乱取りの餌食となっており、野盗も近づかない。
悲惨な状況となり、隣の鳴海や島田、平針まで逃げてきていた。
無力な流民ほど中根家や熱田神宮を頼った。
「中根家と熱田神宮でざっと三千人の流民を抱えた。彼らを食わす為にも銭を稼ぐ必要だ。各領主が人手を欲している。貸し出すのが筋であろう」
「ですが、それはすべて追加の借財です。すでに中根家には一文の銭もありません。商人からの借財が増える一方でございます」
「貸す目途はあるので熱田商人も貸してくれる。中根家は問題ない」
「しかし、相次ぐ貸し出し要請に商人共が怒りの声を上げませんか?」
「大丈夫だ。そちらは心配するな」
「わかりました。予定通りに貸し付け、冬場の開拓、水路の拡充を進める事を承認した書類を上げてきます。後でご確認下さい」
「よろしく頼む」
横で右筆の岡本-定季がニヤニヤとしていた。
「なんだ。文句があるのか?」
「いいえ。魯坊丸様もお人が悪いと思っただけです」
「俺のどこか悪い?」
「熱田を筆頭に熱田商人は魯坊丸様のお陰で大儲けしたので、多少の借財が増えても文句など言わないと教えてやって宜しいでしょう」
「すでに親父に今年だけで一万四千貫文も貸し出したのだぞ。しかも無利子だ」
「知れれば、追加で貸し出しを言ってきそうですな」
「どこで伊賀者を通じて商人の内情が知れるかわからん。知る者は少ない方がよい」
去年、関東で大地震が起こり、関東では多くの家屋が倒壊した。
それだけで済めばよかったのだが、今年の三月に赤城山が噴火して、関東一円に火山灰が降った。
泣き面に蜂状態だ。
北条氏康が逃げ出す村人を引き留める為に一律に検地を行い、年貢や公事(付加税)の賦課を軽減したそうだ。
甲斐の武田家も春先に大雨で大被害を被った。
関東における収穫が絶望的になったので米価がじわじわと高騰し、収穫期の九月になっても高値を維持していた。
丹羽氏勝が二千貫文を借りて、米を買っても1,600石しか手に入られなかった。
氏勝にとって不幸だったが、俺は超ラッキーだ。
石山御坊は今年から清酒を西国の寺へ売り付け、西国に酒を運ぶ為に俺は堺商人らから船を借りた。
往船で酒を運び、復船に特産品を買い付ける予定だったが、関東が地震で米価が高騰していると聞きつけて酒を売って米を仕入れた。
中国地方も戦続きだが、天文19年は天災もなく、戦果も一息付いた時期だった。
堺の船で伊勢まで運ばせ、伊勢商人に委託して関東へ米を売る計画を立てた。
四月半ばに赤城山の噴火を聞きつけると、西国に送った熱田商人に限界まで米の買い付け、米の輸送に堺商人を頼った。
堺商人に伊勢まで運ばせ、伊勢商人が関東まで米を運ぶ。
西国で一石1,000文の米が尾張で一石1,250文となり、関東では一石1,667文だ。
しかも北条家は船代を別途に払うので大量に持ってきて欲しいと願った。
運べば運ぶほど儲かる。
その大半が北条家の借財なので問題もあるが、儲かった事には違いない。
伊勢と堺の商人が連署しているので簡単に破るのは難しい。
俺と熱田商人は難破や海賊のリスクを背負っている。
だが、その儲けは濡れ手で粟状態だ。
(※濡れ手で粟:濡れた手で粟をつかめば粟粒がたくさんついてくるように、骨を折らずに多くの利益を得ること)
熱田商人は労せずに大金を手に入れ、俺も数万貫文の儲けを出している。
しかも来年の秋、北条家が立ち直るまで続く。
熱田屋の財は親父に貸した銭を差し引いても残っており、中根南城の倉は空だが問題はないのだ。
しかも名義上は熱田屋の銭だ。
国外の取引なので、国内の帳簿に載らない。
つまり、所得税も掛からない。
それを聞いて熱田商人も目を細くしている。
親父に知れると全部貸せと言われそうなので隠したい。
次の商売をやってゆく上でも元手はいるのだ。
「今更ですが、今川勢の大規模な乱取りは、兵糧不足を補う為に苦肉の策だったのかも知れません」
「なんだと?」
「織田方を屈服させるには有効な手ですが、西三河を統治するならば、領民に嫌われる乱取り政策は悪手です」
「それは俺も思った」
「足りない兵糧を現地で調達すれば、駿河、遠江の村々は米の消費が少なくなり、大いに駿河と遠江の民は助かります」
「駿河も兵糧が足りないのか?」
「甲斐も六月に大雨が降ったとお聞きなられたと思います」
「確かに聞いた」
「今川家は同盟国の武田家に米を送らねばなりません。そして、甲斐に大雨が降ったならば、駿河や遠江も大雨の被害があったかもしれません。しかも去年は地震、今年は大雨と二年続けてです。米の値は高騰しており、金があり、財がある今川家でも苦しいのでしょう」
「なるほど、西三河で激しい乱取りを繰り返したのは食い扶持を減らす為か。東尾張で乱取りが激しくなったのは、今年の収穫も不作の予想ができた為か」
「某の推測に過ぎませんが……」
俺は千代女に命じて、駿河方面を探らせるよう。多少の追加情報が入るだろう。
だが、それが正しいとは限らない。
俺が今川義元の心の内まで読める訳もない。
いずれにしても今川勢の攻勢の謎が解けたような気がした。
十月になると中根南城の政務所が大わらわになった。
前世ならば経理が一番忙しいのは年末だ。決算月で年末調整とかで大忙しだ。
だがしかし、『稲刈り月』(小田刈月)と呼ばれる九月が一年の決算月となり、報告が上がってくる十月が一番忙しい。
三年前までならば、領内の石高を確認して年貢を徴収で終わっていたけど……。
今年は違う。
織田一門方々、牧家、坂井家、道家、林家、簗田家、柴田家、横地家、下方家、岡田家、浅野家等々の石高が報告される。
これは熱田商人から銭を借りた方々が保証人に中根家がなっているだ。
こちらの指示に従うのが保証人になる条件だ。
農業指導者を送り、塩水選、蝮土を混ぜて田起し、苗作り、田植え、雑草取りを推奨する。
肥料の蝮土や水田の移行もしていない田畑の収穫は知れている。
噂ほどではないと愚痴る村には「天罰だ。手抜きをすると神罰が当たる」と脅す。
信仰心が足りないと収穫が減るで苦情処理はおしまいだ。
収穫が良ければ熱田明神様の神力であり、収穫が悪ければ村人の行いが悪かった。
胡散臭い教祖様は嫌だったが、最近は『教祖様、万歳』という気分だ。
実際に収穫が少ない村には、米を貸し付けるので餓死者や娘を売る。または離村する者は出ない。
そして、収穫が少なかった現地に視察団を派遣して原因を究明し、来年に備えて対策を練る。
その担当者は中根家の農作業を手伝っていた河原者だ。
代官の補佐として農業指導する。
農作業に関与している者だけではない。
神社小屋(寺小屋)で経理を学んだ者は俺の家来となり、末森城、那古野城、守山城、勝幡城へ出向いて、中間として侍の文官を指導している。
犬山城にも一時だけ送っていたが、織田-信清の離反を聞いて引き上げてきた。
中間でなくなった彼らも複式簿記ができない領主の依頼で各領地を転々と出向している。
借金をした領主は資産状況を明らかにする必要があり、資産を明らかにする為に貸借対照表を作成するが、作れる者がいないからだ。
領主の家老や重臣と呼ばれる方々から頼りにされている。
皆、信じられない出世と喜んでいる。
そして、各領主からの報告書を中根南城の政務所の役人が精査する。
山詰みの書類に皆が青い顔になっている。
これだけハードな日常を熟せば、家来も成長が著しいのも頷ける。
「若様は余裕ですね」
「さくら、当然だろう。以前に比べれば楽なものだ」
「相談、巡回、指導、書類の確認、すべて若様がやっていましたからね」
「さくらにも感謝している。二桁の計算ができなかったさくらが簿記を覚えて、書類整理ができる日が来るとは思わなかった」
「これでも若様に負けないように頑張っています」
「さくらも頑張っている」
さくらがエッヘンと胸を張ると、廊下から楓が入ってきた。
「さくら、お待たせ。交替時間だ」
「おぉ、やっと休憩ですか」
「乙子が伊賀者の訓練をするから参加しろって」
「何ですと⁉」
さくら、楓、紅葉の三人は侍女代として、俺の警護と補佐を交替で行う。
他の侍女らは一日交替で役目を変える。
望月衆の女は、警護、侍女の仕事、経理ができて一人前だ。
側近衆も二十人も追加されたが、事務方を運営するにはまだ足りない。
経理ができれば、女でも俺の侍女になれる。
中根家領の若い娘らが勉学に勤しみ、次々と後進も育っている。
専属の侍女と侍女見習いも増員中だ。
仕事量が増えても人海戦術で俺の仕事がかなり減った。
政務所から出された修正案を事務方が処理し、右筆定季と侍女が確認した後にまとめて承認印を押して可決される。
パラパラと見るだけで済むので楽な仕事だ。
俺が楽になった要因は外出が大きく改善された事だ。
領主との会談や重要案件のみを俺が行い、公的な巡回や見回りを影武者に代行させている。
現地の指示は千代女が六人の侍女を使ってやってくれる。
俺の護衛責任者は、何見姉さんか、乙子姉さんのどちらかが付いた。
手が空いたさくら、楓、紅葉の三人に俺の指示で動いてもらう。
俺の護衛に六人の侍女、影武者にも六人、千代女が六人と最低でも18人の侍女が連れ添い、最大26人を引き連れて移動する。
役目を分担したので大所帯となってしまった。
その他にも警護の側近と右筆見習いの三人が付いており、影武者は黒頭巾を被る右筆見習いの一人として紛れ込む。
これで出先でも昼寝とゴロゴロタイムを確保できるようになった。
そんな事を考えながら書類に判子を押していると、政務所の勘定奉行がやってきた。
挨拶を手短に済ませると要件を聞いてきた。
「魯坊丸様、すでに貸し出し保証額が十万貫文を越えております。これ以上の貸し出しは危険ではありませんか?」
「であろうな」
「では、金額を縮小し、事業計画を縮小してもよいでしょうか」
「それは駄目だ」
「しかし……」
「待て。言いたい事はわかる。だが、増える流民対策をせねば領内が荒れる。人手が不足するからと言って、事業計画を遅らせば来年度の収穫が減る。どちらもやらねばならんのだ」
各領主は春先から今川に備えて兵を集めた。
親父は可能な限り、農兵を抑えて人を雇う事を推奨した。
信光叔父上は今川との決戦を避けて、時間稼ぎの持久戦を考えていたからだ。
人を雇えば、銭が掛かる。
最小に抑えても働き手が減っており、田植えや稲刈りとなると人手が足りない。
足りない人手を俺が融通して送った。
もちろん、有料だ。
今川勢は西三河と東尾張で大規模の乱取りを行った。
強引な乱取りで田畑を荒らされ、私財を奪われた民は村を捨てて流民となった者も多い。
推測だが、三河から一万人くらいは尾張に流れたのではないだろうか?
親類縁者がいる者はそれを頼った。
頼る者がない一部は野盗と化し、主に東尾張で暴れている。
織田家の者は豊作を喜んで浮かれているが、天白川の上流に当たる丹羽家は八月の河川の氾濫の被害で大凶作だった。
岩崎城の丹羽氏勝は親父に援助を求め、親父は米2,000石を送った、
しかし、それでも足りず、熱田商人から二千貫文を借り、1,600石を買い付けた。
米の価格が一石1,250文まで高騰しているからだ。
同じ東尾張でも沓掛、大高根、部田は今川勢の乱取りの餌食となっており、野盗も近づかない。
悲惨な状況となり、隣の鳴海や島田、平針まで逃げてきていた。
無力な流民ほど中根家や熱田神宮を頼った。
「中根家と熱田神宮でざっと三千人の流民を抱えた。彼らを食わす為にも銭を稼ぐ必要だ。各領主が人手を欲している。貸し出すのが筋であろう」
「ですが、それはすべて追加の借財です。すでに中根家には一文の銭もありません。商人からの借財が増える一方でございます」
「貸す目途はあるので熱田商人も貸してくれる。中根家は問題ない」
「しかし、相次ぐ貸し出し要請に商人共が怒りの声を上げませんか?」
「大丈夫だ。そちらは心配するな」
「わかりました。予定通りに貸し付け、冬場の開拓、水路の拡充を進める事を承認した書類を上げてきます。後でご確認下さい」
「よろしく頼む」
横で右筆の岡本-定季がニヤニヤとしていた。
「なんだ。文句があるのか?」
「いいえ。魯坊丸様もお人が悪いと思っただけです」
「俺のどこか悪い?」
「熱田を筆頭に熱田商人は魯坊丸様のお陰で大儲けしたので、多少の借財が増えても文句など言わないと教えてやって宜しいでしょう」
「すでに親父に今年だけで一万四千貫文も貸し出したのだぞ。しかも無利子だ」
「知れれば、追加で貸し出しを言ってきそうですな」
「どこで伊賀者を通じて商人の内情が知れるかわからん。知る者は少ない方がよい」
去年、関東で大地震が起こり、関東では多くの家屋が倒壊した。
それだけで済めばよかったのだが、今年の三月に赤城山が噴火して、関東一円に火山灰が降った。
泣き面に蜂状態だ。
北条氏康が逃げ出す村人を引き留める為に一律に検地を行い、年貢や公事(付加税)の賦課を軽減したそうだ。
甲斐の武田家も春先に大雨で大被害を被った。
関東における収穫が絶望的になったので米価がじわじわと高騰し、収穫期の九月になっても高値を維持していた。
丹羽氏勝が二千貫文を借りて、米を買っても1,600石しか手に入られなかった。
氏勝にとって不幸だったが、俺は超ラッキーだ。
石山御坊は今年から清酒を西国の寺へ売り付け、西国に酒を運ぶ為に俺は堺商人らから船を借りた。
往船で酒を運び、復船に特産品を買い付ける予定だったが、関東が地震で米価が高騰していると聞きつけて酒を売って米を仕入れた。
中国地方も戦続きだが、天文19年は天災もなく、戦果も一息付いた時期だった。
堺の船で伊勢まで運ばせ、伊勢商人に委託して関東へ米を売る計画を立てた。
四月半ばに赤城山の噴火を聞きつけると、西国に送った熱田商人に限界まで米の買い付け、米の輸送に堺商人を頼った。
堺商人に伊勢まで運ばせ、伊勢商人が関東まで米を運ぶ。
西国で一石1,000文の米が尾張で一石1,250文となり、関東では一石1,667文だ。
しかも北条家は船代を別途に払うので大量に持ってきて欲しいと願った。
運べば運ぶほど儲かる。
その大半が北条家の借財なので問題もあるが、儲かった事には違いない。
伊勢と堺の商人が連署しているので簡単に破るのは難しい。
俺と熱田商人は難破や海賊のリスクを背負っている。
だが、その儲けは濡れ手で粟状態だ。
(※濡れ手で粟:濡れた手で粟をつかめば粟粒がたくさんついてくるように、骨を折らずに多くの利益を得ること)
熱田商人は労せずに大金を手に入れ、俺も数万貫文の儲けを出している。
しかも来年の秋、北条家が立ち直るまで続く。
熱田屋の財は親父に貸した銭を差し引いても残っており、中根南城の倉は空だが問題はないのだ。
しかも名義上は熱田屋の銭だ。
国外の取引なので、国内の帳簿に載らない。
つまり、所得税も掛からない。
それを聞いて熱田商人も目を細くしている。
親父に知れると全部貸せと言われそうなので隠したい。
次の商売をやってゆく上でも元手はいるのだ。
「今更ですが、今川勢の大規模な乱取りは、兵糧不足を補う為に苦肉の策だったのかも知れません」
「なんだと?」
「織田方を屈服させるには有効な手ですが、西三河を統治するならば、領民に嫌われる乱取り政策は悪手です」
「それは俺も思った」
「足りない兵糧を現地で調達すれば、駿河、遠江の村々は米の消費が少なくなり、大いに駿河と遠江の民は助かります」
「駿河も兵糧が足りないのか?」
「甲斐も六月に大雨が降ったとお聞きなられたと思います」
「確かに聞いた」
「今川家は同盟国の武田家に米を送らねばなりません。そして、甲斐に大雨が降ったならば、駿河や遠江も大雨の被害があったかもしれません。しかも去年は地震、今年は大雨と二年続けてです。米の値は高騰しており、金があり、財がある今川家でも苦しいのでしょう」
「なるほど、西三河で激しい乱取りを繰り返したのは食い扶持を減らす為か。東尾張で乱取りが激しくなったのは、今年の収穫も不作の予想ができた為か」
「某の推測に過ぎませんが……」
俺は千代女に命じて、駿河方面を探らせるよう。多少の追加情報が入るだろう。
だが、それが正しいとは限らない。
俺が今川義元の心の内まで読める訳もない。
いずれにしても今川勢の攻勢の謎が解けたような気がした。
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SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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