魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

閑話(九十九夜) 長根村の子供の一日(葛粉作り) 

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〔天文二十年 (一五五十一年)四月中旬〕
 空がうっすらと明るくなる寅の刻 (午前四寺から五時)。
かっちゃがごそごそを動き出し、おらも目が覚めた。麻布団から起き出すと、おらも井戸で顔を洗う。昔は藁に潜って寝ていると蚤に噛まれて朝起きるとあちこちが痒かったが、麻布団に変わってからほとんど噛まれないだ。
 井戸では、隣に熊がぽんぷから桶に水を汲んでいた。

「熊、借りるぞ」
「竹か。おはよう」
「おはよう」
「小代、おはよう」
「熊と竹、おはよう」
 
 おらが顔を洗っていると近所の小代も顔を洗いにやってきただ。小代は気立てがよいめんこい女子だ。ちっこい子供の世話を見てくれる。そのちっこい餓鬼らも遅れて起きてきただ。
 小代は自分の顔を洗うと、餓鬼の顔洗いを手伝う。
 少し離れた源治叔父さんの家の扉がバタンと大きな音を立てて、小源太が飛び出してゆく。

「あぁ、小源太の奴。寝坊したなだ」
「三年寝太郎の小源太だからな」
「この前も飯を食いながら寝ていただ」
「器用な奴」
「まったくだぁ」
 
 小源太の背中が小さくなり、村の出口を出て街道へ消えていっただ。
 海岸で行われる朝の地引網に間に合うか。
網は日の出と共に引き上げる。
 海岸まで半里 (2km)もないが、今からだとギリギリだ。地引網の担当になった家の子供は、他の者より早く起きなければならない。必ず、寝坊する奴が出るだ。

「小源太の親父は起こしてくれないのか?」
「違う。違う。起こされた後に二度寝したに決まっているだ」
「小源太だからな」
「そう言えば、細工師から声を掛けて貰っていただ」
「あいつ、細工師になるのか?」
「知らん。だが、細工師の見習いになれば、賃金が出る。簪職人になれば稼げるだ」
「俺には関係ない」
「おらもだ。おらは黒鍬衆になって、魯坊丸様の家臣になるだ」
「竹はそればかりだな」
 
 地引網にゆく子供は親が朝番と夜番の家だ。
 村の警備は長根村の名主様が指揮を取り、六人の警邏(足軽侍)を雇って守らせている。男衆は交代夜番を担当し、朝番と夜番は丑三つ時(午前三時)に交替だ。その家に子供がいれば、地引網の担当だ。まっくらな内に起こされた子供は眠い目を擦って海岸まで歩いてゆくだ。
小源太みたいに二度寝して慌てて走ってゆく馬鹿もいるだ。
大人衆の中で腕っ節のよい者は、地下侍になるか、城の城兵になるだ。
 飛び抜けた者は黒鍬衆見習いに認められ、訓練所に入るだ。選ばれるには、住職様か、指南役の推薦がいるだ。
棒、刀、投石が優れていても、最低の読み書きが必要だ。
勉学に優れた奴は住職様の推薦が貰えるだが、おれは本を二冊諳んじる事ができねい。
 おらには無理だ。
 だが、剣術の指南役さんは俺に筋が良いと褒めおり、あと少しで推薦してくれるだ。
 おらは刀で入るだ。

「じゃあ、私は鳥小屋に行くね。後で」

ニワトリが鳴き始め、小代はちっちゃい子を連れて鶏小屋に向かう。
朝生んだ温かい卵を集めて城に持ってゆくのが小代の仕事だ。 
なんでも“せんど”が重要らしいだ。
せんどって、何だ?
残った卵は時々、おら達の食卓に並ぶ事もある。
ゆで卵に塩を掛けて食べると最高に美味い。 

「竹ぇ、そろそろ行こうか」
「いくべ」
 
 村の子供は神社で勉強へ向かう前にする事が多いだ。
 山に入って蛇や兎の罠を見に行く者、干しているものを裏返す者、葛の水を入れ替える者だ。
 おらは葛水の日だった。
 大人衆が葛を刈り取り、女衆が葛を洗って切り分ける。
 葛の茎から葛糸を採取し、葛の根から葛粉を取る。
 小さく切られた葛根を叩いて潰す。叩き潰した根を荒い布に入れて桶で洗う。荒い終わった木桶は倉に入れて翌日まで寝かす。
 おら達は倉の扉を開いただ。
木桶を外に出して、うわ水を掬い出す。底に残った物を布で濾す。濾し終わった木桶に水を注いでかき混ぜる。一通り終わると倉に戻す。木桶がたくさんあるので重労働だ。
終わる頃には日が顔を出していただ。

「やっと一倉が終わった」
「熊、座ってないで次だ」
「次って、もう朝飯の時間だぞ」
「だから、急げ」
 
 濾した泥も集めて乾燥させておく。
 毎日、毎日、毎日と二十日ほど繰り返すと、真っ黒な泥水が薄まって白くなってゆく。
 男衆は掘ってきた葛根を洗った後に適度な長さに切って、木槌で叩き潰し、大桶に泥を溜め、大きな桶の水を入れ替え、残った泥を布で濾すのも男衆の仕事だ。
 大きな桶の水を入れ替えるのは重労働だ。
 十日ほどすると泥が減るだ。
 そこから小ぶり木桶に入れ替え、おら達の仕事となるだ。
 桶は大きくないだが、たくさんの桶が倉に納めてられており、それの桶の水を入れ替えるだ。
おら達が使うのはきめの細かい布だ。
そこから二十日ほど濾しと白くなってゆき、日干しで乾燥させて葛粉が出来上がるだ。
 最後の乾いた粉を取るのは女衆の仕事だや。
少し前は長根村だけの仕事だったが、今では領内のすべて村で葛粉が作っているだ。
 濾した布のゴミ葛を捨てて、おら達の仕事が終わる。
 布洗いはかっちゃらの女衆がやってくれるだ。
やっと終わって家に戻った。

「竹、帰ってきたなら、薪を取っておいで」
 
 家に戻るならかっちゃに言い付けられただ。
 長根村で薪というのは、葛カスを乾燥させたものだ。
 茎から糸を取るにしても、根から葛粉を取るにしても、最初に叩いてぐちゃぐちゃにする。
 それを濾した後に残るカスは乾燥させたものを薪として使う。
 木の薪と違ってよく燃えるが大量に必要であり、運ぶのが大変なのだ。
 朝から忙しいだ。

 神社の学習所の前で教師が黒板にチョークで論語を書いていただ。
 おらは腹が鳴って集中できねいだ。
 腹減っただ。
 結局、朝飯を食う時間がなく、小代が呼びにきて神社に来ただ。
もう死にそうだ。
 勉強が終わる鐘が鳴るといの一番に食堂に走り、お椀を持って前に並んだ。
 ご飯、ご飯、ご飯。
米、麦、稗、粟の混米だ。
畑で取れる稗や粟などは石高に入れないので腹一杯に飯が食えるようになっただ。
 満腹になった腹をさすっているとお椀の載った台を持って小代がやってきただ。

「竹、もう食い終わったのぉ?」
「朝飯を食い損ねたがらな」
「食べ過ぎて動けなくなっても知らないわよ」
「大丈夫だや」
 
 午の刻(午前11時から午後1時くらい)まで自由時間であり、剣術や棒術を習う事ができるだ。
 投石の練習をする者もいるだ。
 投石が上手な者は山の狩りに連れて行って貰えるからだ。
 猪や鹿を捕ると、配分が多く貰えるだ。
 おらも投石が得意なので何度も連れて行って貰っているだ。
 剣術と棒術を学んで黒鍬衆になり、魯坊丸様の家臣になるだや。
 未の刻(午後1時から3時)になると家に帰ると、農作業を終えたとっちゃが帰ってきていた。
 とっちゃは軽く握り飯を食うと、次の仕事に出掛けるだ。
 おらも名を呼ばれ、とっちゃの手伝いで川攫いだや。
 雨が多くなる梅雨の前に川底を攫っておく。雨の少ない冬の間に村総出で川漁りをやっているので大した事もない。日が暮れる前に作業は終わり、家に帰って晩飯だ。
 朝に炊いた飯は冷たくなっているので芋団子を口に放り込み、湯漬けにして沢庵と一緒に食べると美味いだ。
 芋団子の代わりに魚が並ぶ事もあるだ。
 晩飯が終わると暗くなるまで、近所の熊や小代と遊ぶだ。
 正月の頃は駒や凧揚げが流行っていたが、今は木札で『二十一』(ブラックジャック)、『七並べ』が流行っているだ。
 遊んでいると水路の掃除を言い付けられて、泥を掬って泥んこになってしまっただ。
 寝る前に井戸で体を洗うから問題ないだ。
 十日一度、名主様の風呂を借りてゴシゴシと洗い、ヒリヒリとするまで擦るだ。
 お湯に浸かるのは気持ちいいだが、擦り過ぎて痛いだ。
身なりは小綺麗にしろという魯坊丸様のご命令だ。
暗くなったら寝るだ。
 菜種油皿に火を灯し、かっちゃが繕い物をするだ。
 だが、油も高いのですぐに終わるだ。
 麻布団に入ると、すぐに寝ただら。
 冬の間は継ぎ接ぎの毛皮の毛布に身を包んだが、もう暖かくなったので必要ないだ。
 すぐに暑くなると、掛け布団も要らなくなるな。
 仮眠を取っていたとっちゃがごそごそっと起き出し、夜番の詰め所へ出掛けた。
 明日はおらが地味網を手伝う日だか。
 早起きは辛いな。
 そんな事を考えていると、戌の刻(午後7時から9時)にはおらは夢の中だ。
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