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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達
百十三夜 魯坊丸、京に祝いを送る(魯坊丸のお仕事な件2)
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〔天文二十一年 (一五五十二年)二月三日、四日〕
中根南城、恒例の節分祭り。
判っています。判っています。節分は立春・立夏・立秋・立冬の前日を差し、旧暦の節分は立春の一月一日です。でも、『鬼は外、福は内』の豆蒔きは里のお気に入りで止めるに止められなくなり、もう毎年の恒例となってしまった。
余所に広げるつもりはないので、よしとしましょう。
今年はお市とお栄も特別参加だった。
『鬼は外』『鬼は外』『鬼は外』『福は内』
「お栄、右に回って豆をぶつけるのじゃ」
『鬼は外』
「里、豆を足元に投げて鬼を転がすのじゃ」
『鬼は外』
鬼は豆を踏んで豆を潰して転ぶ事はなかったが、足元を取られて動きが止まった、そこにお市が握り絞めた豆の束が鬼の面に投げ付けられた。
目に入ったのか?
養父の鬼が顔を押さえ、後ろ向きに逃げ出した。
「追い打ちなのじゃ」
『鬼は外』『鬼は外』『鬼は外』『福は内』
お市、お栄、里の三人が「えいえいおー!」の勝鬨を上げた。
今年の鬼役は荷が重かった。来年は鬼の着ぐるみを用意して、お面の目の部分に網を付けておこう。しかも一人では足りないだろうから、赤鬼、青鬼、黄鬼も用意した方が良さそうだ。
さて、鬼を退治すると福面を被った母上が登場し、お菓子を配って節分祭も終わった。
「魯兄じゃ、じぇんがで勝負なのじゃ」
「では、私は双六で」
「えっと、えっと、将棋を所望します」
「判った。三面打ちだな」
「わらわが勝つのじゃ」
「負けません」
「頑張ります」
今日は俺も仕事もお休みだ。朝からずっと遊びに付き合い、お市らが眠くなるまでトコトン付き合うと約束していた。
魔改造された遊戯道には付いていけないが、内枠の運動場を走る俺に対して、三人が交替で遊戯道を回った。六周勝負で五回再チャレンジを受けた所で力尽きた。
トラック一周二百メートルくらいだが、六周なら一千二百メートルになる。それを全力疾走で五回となるとキツい。
一緒にお昼寝をして、勉強を教え、夕食を食べた後に、別々に風呂に入った後の『節分』だった。
お市、お栄、里はまだまだ元気だ。
積み木崩しの『ジェンガ』は五十四個の積み木を侍女が積み上げたらゲーム開始だ。
交互に一つずつ積み木を抜いて、上に積み上げてゆく。
双六は紙の上を奨める現代風の双六ではなく、平安から続く双六だ。
サイコロを振って二個の自分の駒を敵陣に送ってゆくゲームだ。駆け引きはまだ弱いが、サイコロ運の強いお栄は割と強い。
里はどちらも弱い。感性がなく、サイコロ運もない。いろいろ模索して将棋を覚えた。
まだ、覚えたてで強くない。
囲碁と将棋に運は関係なく、ただひたすら勉強する努力が試される。
努力家の里はきっと強くなる。
さて、二面打ち以上では、魯坊丸ルールが適用される。
天王寺屋が献上してくれた砂時計が落ちるまでに一手を打つルールだ。
砂時計は、一回が一分程度だ。
一人毎に一手一分はかなりキツい。
「お栄、粘れ」
「お市姉上も油断しないで下さい」
「当然じゃ。里も諦めるな」
「うん」
姉妹の結束力で俺に掛かってきた。
お市もお栄もマジで強く、俺は惨敗を喫した。
「わらわ達の勝利じゃ」
「やりました」
「私だけ負けた」
「俺が負けたから勝負を変えるぞ。お市とは『歌かるた』だ。お栄とは『福睨み』(ポーカー)だ。里はどうする。他の勝負に変えるか?」
「将棋でお願いします」
歌かるたは『小倉百人一首』の事だ。文字を教える為に作った『あいうえかるた』と区別する為に、『歌かるた』と呼んでいる。
他にも紅葉が厳選した万葉百首、藤原定家が選んだ百首、崇徳帝が選ばせた久安百首なども作られている。
小倉百人一首以外はうろ覚えも多く、勝負に勝ちが見えない。
外に広めるのは、小倉だけでいいと思う。
『福睨み』(ポーカー)はカードゲーム『ポーカーフェイス』だ。
双六で使った十五個の駒をチップに使い。チップが無くなった方が負けになる。
一回のチップ上限は五個までだ。
お栄はカード運は良いのだが、カードが揃うと顔に出るので俺に勝てない。
楽々で三連勝してゲームチェンジだ。
お市が双六、お栄が『歌かるた』、里が将棋を選んだ。
「六のぞろ目なのじゃ」
「連続三回のぞろ目は詐欺だろう」
「ズルはしていないのじゃ」
「魯兄上、次の札が読まれます。集中して下さい」
「わかった」
「この二十五枚を守りきれば、私の勝ち。残りは三枚です」
「はい、王手」
「うぅぅぅ。勝てません」
サイコロ運はお栄ほどではないが、お市は馬鹿ほど運が良くなると手が負えない。
お栄は記憶力が抜群だった。
神経衰弱では勝てる気がしないが、『小倉百人一首』も丸暗記してしまったようだ。でも、囲碁や将棋、ポーカーなどの勝負事が駄目だ。
里は勝負より感想戦が本番であり、将棋教室の気分になってきた。
何回か繰り返した所でストップが掛かる。
そこで侍女らからタイムアップを言い渡された。
油が勿体ないと、三人ごと布団に押し込まれた。
すでに覚えている日本昔話も出し尽くし、夜遅くまで古事記を語ってやった。
三人が寝て、やっとお役目御免となって自室に戻った。
わぁぁぁ、俺は起きてから大きな欠伸を何度も出す。
今朝もランニングから始まり、素振りと剣術の稽古をした。途中からお市らと一緒に参加したから本格的な相稽古になる。
朝食が終わると、お市らは子供部屋に追いやられた。お市が「お昼に戻ってくるのじゃ」と叫んでいた。妹らは負けまいと頑張ったので、朝から体力が尽きた。
俺は真っ白に燃え尽きていた。
寝転がっている俺の横に千代女が座り、報告を読み上げ出した。
半分、うとうととしながら聞いている。
「若様。眠って貰っては困ります」
「すまん」
「お休みの次の日は仕事になりませんね」
「悪いな」
「問題ございません。急ぎで終わらせる事案は休みの前日にすべて終えております」
神宮で行事か、尾張内の視察がなければ、十日に一回ほど休日を入れる事ができるようになってきた。夏頃からそのルーティーンで回していた。
しかし、師走からお市とお栄が止まっており、三人の相手をすると精魂が尽き果てて、休日の翌日はぐったりして仕事にならない。
千代女らはそれでも文句も言わずにやってくれている。
千代女の報告が終わると、次は紅葉が座った。
「大殿から命じられた公方様の御所修繕費一千貫文、京へ帰還の祝い品、宴の為の清酒の納品が終わりました」
「紅葉、よくやってくれた」
「六角家から全面的に協力が得られたので何とかなりました」
「(六角)義賢様が主催なので協力も惜しまんな」
「はい」
義賢は六角家の家督を継ぐ『継承の儀』の席で、公方義藤(後の義輝)を京に戻ると宣言された。朽木と京へ頻繁に使者を送っていたのは、公方様と三好家の和睦交渉だった。
十七日大安に発表すると、二十三日に三好家の名代が朽木に赴いて、公方様への謝罪を申し述べ、公方義藤が三好長慶を許して和睦に調印した。
翌二十四日に朽木を出発すると、二十八日に近衛-稙家らに率いられた兵三千人と共に京に帰還すると、花の御所(今出川御所)に戻った。
応仁の乱で一度焼失し、度重なる争いで痛み、不在の御所を盗賊が寝床にして、討伐の際に一部で火が上がったとか。
とにかく、かなりボロボロなので修繕が必要なのだ。
義賢の要請で、親父は六角家と同額の一千貫文を献上する事を決めて、岩室-宗順を使者として送ってきた。
親父は十二月にまた倒れ、今は寝たきりの状態だ。
公方様が京に戻る事が決めると、流石に信勝兄上では差配が無理と感じたのか、守山に籠もっていた信光叔父上を末森に登城させた。
下手を打って、公方様から信頼を失う訳にいかない。
不満そうな信勝兄上だったが、信光叔父上が睨むと何も言い返せない。
くだくだだった末森の政が一瞬で引き締まった。
紅葉の報告は公方様関係のみだった。
次に楓が横に立った。
「万松寺で大殿の葬儀の準備が密かに進められています」
「まだ、諦めていないのか?」
「公方様が京に戻り、織田家の貢献がはっきり示せた機会を逃さず、敵対者を炙り出したいと考えたのではないでしょうか」
「親父が死んだと勘違いして敵が炙り出されても、親父が戦場に甲冑を着けて出陣できなければ、意味がないだろう」
「それまでに回復するつもりなのでしょう」
「もう知らん」
「では、この件は以後無視する事にします」
すると、さくらが机に座ったままで声を上げた。
「若様。このまま清須の斯波-義統様の周辺の調略を進めてよろしいのですか?」
「構わん。進めておけ」
「清須との和睦が破られるならば、義統様の侍女に望月の者を入れる手筈になっておりますが、急いだ方がよろしいでしょうか」
「すぐに清須を攻める事にならん。義統様を脱出させる為の侍女の補充はゆっくりでよい。気付かれたら厄介だ」
「では、ゆっくりと進めます」
紅葉が何か納得するように首を立てに振っていた。
何を納得しているかと聞くと、北条にやった茜が独断で決めてよい案件を決断できずに持ち帰ったという話をした。
即断しても問題ない。俺なら認めるだろうと思いつつも即断できなかったらしい。
「私達は若様の指示がなくとも動けますが、若様に報告したときに何も言われない。問題なかったと判断できる事が安心に繋がります。それを改めて痛感しました」
「俺は別に深く考えていないぞ」
「それでもです。若様に聞いて頂けるのが重要なのです」
「そういうものか」
「ただ、これから若様の名代として他国に行く事が増えます。そのとき、若様の指示や確認が取れないので、このままでは拙いとも思いました」
紅葉の意見を聞いて、千代女が目を鋭くした。
俺の代わりにさくら、楓、紅葉が判断して即決できるかと尋ねた。
楓が拒絶した。
「無理、無理、無理です。自分の直感を信じて許可なんて出す勇気はないです」
「さくらはともかく、楓と紅葉ならできるだろう」
「千代女様」
「紅葉、何かあるか」
「私も独断で許可を出す自信がありません。もう望月のみで管理するのは無理と思います。他の侍女に権限を譲渡し、茜と朝顔に確認させ、右筆見習いの小姓の意見を聞いた後でないと、責任が持てません」
「なるほど、少なくとも三人で判断したいか」
「はい」
さくらに鶴と福、楓に亀と牡丹、紅葉に茜と朝顔の補佐が入っている。
補佐は全員が望月家の者だ。
他の侍女は望月家に従っているが他家の者であった。ゆえに仕事を与えていても平等に扱っていた。権限を与えるというのは、その個人の能力に優劣を付ける。
忍びの優劣は、技量の差なので仕方ない。
しかし、俺の名代となると、家の格式で順列を決められない。
柏木三家の姫という理由で優遇できない。
千代女が侍女を集め、意見を聞いた。
寧ろ、望む所らしい。
「合い判った。これより其方らを同格と扱う。望月の従者が目付となるが文句はないのだな」
「問題ございません」
「若様の助けになるならば、好きに使って下さいませ」
「千代女様に従います」
「責任者となれば、これまで以上に若様のご意見を深く理解する必要がございます。直接に対話できる時間を取って頂けるならば、否とは申しません」
最後の綾が千代女に挑発的な意見を述べた。
千代女はふっと笑うと、「許可しよう」と述べる。
綾は総合力が高い。紅葉の下に付けて外交を任せるのが一番だろう。でも、俺は積極的な綾が苦手だ。風呂の宿直の時とか、背中を流しながら胸を押し当てて風俗かと叫ぶたくなるんだ。
まだ、興奮する年齢じゃないから問題ない。
大幅な業務改善が断交されて去年に続いて、俺の仕事が大幅に削減された。
大祭を除く、顔見せしない神宮の仕事は影武者にさせる事になった。
視察も右筆見習いの小姓が積極的に回り、問題がある場合のみ俺が後で回る。
六日に一度、体力アップの為に休日が設けられた。
お市は喜びそうだが、十日に一度が六日に一度になると俺が辛い。
神宮に行き、影武者に仕事させている間に蔵書倉で読書をする日々が訪れた。
人材を育ててきた俺の努力が実った気がした。
えっ、寝たきりの親父?
もう忘れておこう。
人間塞翁が馬、どうなるかなんて知る事はできない。
中根南城、恒例の節分祭り。
判っています。判っています。節分は立春・立夏・立秋・立冬の前日を差し、旧暦の節分は立春の一月一日です。でも、『鬼は外、福は内』の豆蒔きは里のお気に入りで止めるに止められなくなり、もう毎年の恒例となってしまった。
余所に広げるつもりはないので、よしとしましょう。
今年はお市とお栄も特別参加だった。
『鬼は外』『鬼は外』『鬼は外』『福は内』
「お栄、右に回って豆をぶつけるのじゃ」
『鬼は外』
「里、豆を足元に投げて鬼を転がすのじゃ」
『鬼は外』
鬼は豆を踏んで豆を潰して転ぶ事はなかったが、足元を取られて動きが止まった、そこにお市が握り絞めた豆の束が鬼の面に投げ付けられた。
目に入ったのか?
養父の鬼が顔を押さえ、後ろ向きに逃げ出した。
「追い打ちなのじゃ」
『鬼は外』『鬼は外』『鬼は外』『福は内』
お市、お栄、里の三人が「えいえいおー!」の勝鬨を上げた。
今年の鬼役は荷が重かった。来年は鬼の着ぐるみを用意して、お面の目の部分に網を付けておこう。しかも一人では足りないだろうから、赤鬼、青鬼、黄鬼も用意した方が良さそうだ。
さて、鬼を退治すると福面を被った母上が登場し、お菓子を配って節分祭も終わった。
「魯兄じゃ、じぇんがで勝負なのじゃ」
「では、私は双六で」
「えっと、えっと、将棋を所望します」
「判った。三面打ちだな」
「わらわが勝つのじゃ」
「負けません」
「頑張ります」
今日は俺も仕事もお休みだ。朝からずっと遊びに付き合い、お市らが眠くなるまでトコトン付き合うと約束していた。
魔改造された遊戯道には付いていけないが、内枠の運動場を走る俺に対して、三人が交替で遊戯道を回った。六周勝負で五回再チャレンジを受けた所で力尽きた。
トラック一周二百メートルくらいだが、六周なら一千二百メートルになる。それを全力疾走で五回となるとキツい。
一緒にお昼寝をして、勉強を教え、夕食を食べた後に、別々に風呂に入った後の『節分』だった。
お市、お栄、里はまだまだ元気だ。
積み木崩しの『ジェンガ』は五十四個の積み木を侍女が積み上げたらゲーム開始だ。
交互に一つずつ積み木を抜いて、上に積み上げてゆく。
双六は紙の上を奨める現代風の双六ではなく、平安から続く双六だ。
サイコロを振って二個の自分の駒を敵陣に送ってゆくゲームだ。駆け引きはまだ弱いが、サイコロ運の強いお栄は割と強い。
里はどちらも弱い。感性がなく、サイコロ運もない。いろいろ模索して将棋を覚えた。
まだ、覚えたてで強くない。
囲碁と将棋に運は関係なく、ただひたすら勉強する努力が試される。
努力家の里はきっと強くなる。
さて、二面打ち以上では、魯坊丸ルールが適用される。
天王寺屋が献上してくれた砂時計が落ちるまでに一手を打つルールだ。
砂時計は、一回が一分程度だ。
一人毎に一手一分はかなりキツい。
「お栄、粘れ」
「お市姉上も油断しないで下さい」
「当然じゃ。里も諦めるな」
「うん」
姉妹の結束力で俺に掛かってきた。
お市もお栄もマジで強く、俺は惨敗を喫した。
「わらわ達の勝利じゃ」
「やりました」
「私だけ負けた」
「俺が負けたから勝負を変えるぞ。お市とは『歌かるた』だ。お栄とは『福睨み』(ポーカー)だ。里はどうする。他の勝負に変えるか?」
「将棋でお願いします」
歌かるたは『小倉百人一首』の事だ。文字を教える為に作った『あいうえかるた』と区別する為に、『歌かるた』と呼んでいる。
他にも紅葉が厳選した万葉百首、藤原定家が選んだ百首、崇徳帝が選ばせた久安百首なども作られている。
小倉百人一首以外はうろ覚えも多く、勝負に勝ちが見えない。
外に広めるのは、小倉だけでいいと思う。
『福睨み』(ポーカー)はカードゲーム『ポーカーフェイス』だ。
双六で使った十五個の駒をチップに使い。チップが無くなった方が負けになる。
一回のチップ上限は五個までだ。
お栄はカード運は良いのだが、カードが揃うと顔に出るので俺に勝てない。
楽々で三連勝してゲームチェンジだ。
お市が双六、お栄が『歌かるた』、里が将棋を選んだ。
「六のぞろ目なのじゃ」
「連続三回のぞろ目は詐欺だろう」
「ズルはしていないのじゃ」
「魯兄上、次の札が読まれます。集中して下さい」
「わかった」
「この二十五枚を守りきれば、私の勝ち。残りは三枚です」
「はい、王手」
「うぅぅぅ。勝てません」
サイコロ運はお栄ほどではないが、お市は馬鹿ほど運が良くなると手が負えない。
お栄は記憶力が抜群だった。
神経衰弱では勝てる気がしないが、『小倉百人一首』も丸暗記してしまったようだ。でも、囲碁や将棋、ポーカーなどの勝負事が駄目だ。
里は勝負より感想戦が本番であり、将棋教室の気分になってきた。
何回か繰り返した所でストップが掛かる。
そこで侍女らからタイムアップを言い渡された。
油が勿体ないと、三人ごと布団に押し込まれた。
すでに覚えている日本昔話も出し尽くし、夜遅くまで古事記を語ってやった。
三人が寝て、やっとお役目御免となって自室に戻った。
わぁぁぁ、俺は起きてから大きな欠伸を何度も出す。
今朝もランニングから始まり、素振りと剣術の稽古をした。途中からお市らと一緒に参加したから本格的な相稽古になる。
朝食が終わると、お市らは子供部屋に追いやられた。お市が「お昼に戻ってくるのじゃ」と叫んでいた。妹らは負けまいと頑張ったので、朝から体力が尽きた。
俺は真っ白に燃え尽きていた。
寝転がっている俺の横に千代女が座り、報告を読み上げ出した。
半分、うとうととしながら聞いている。
「若様。眠って貰っては困ります」
「すまん」
「お休みの次の日は仕事になりませんね」
「悪いな」
「問題ございません。急ぎで終わらせる事案は休みの前日にすべて終えております」
神宮で行事か、尾張内の視察がなければ、十日に一回ほど休日を入れる事ができるようになってきた。夏頃からそのルーティーンで回していた。
しかし、師走からお市とお栄が止まっており、三人の相手をすると精魂が尽き果てて、休日の翌日はぐったりして仕事にならない。
千代女らはそれでも文句も言わずにやってくれている。
千代女の報告が終わると、次は紅葉が座った。
「大殿から命じられた公方様の御所修繕費一千貫文、京へ帰還の祝い品、宴の為の清酒の納品が終わりました」
「紅葉、よくやってくれた」
「六角家から全面的に協力が得られたので何とかなりました」
「(六角)義賢様が主催なので協力も惜しまんな」
「はい」
義賢は六角家の家督を継ぐ『継承の儀』の席で、公方義藤(後の義輝)を京に戻ると宣言された。朽木と京へ頻繁に使者を送っていたのは、公方様と三好家の和睦交渉だった。
十七日大安に発表すると、二十三日に三好家の名代が朽木に赴いて、公方様への謝罪を申し述べ、公方義藤が三好長慶を許して和睦に調印した。
翌二十四日に朽木を出発すると、二十八日に近衛-稙家らに率いられた兵三千人と共に京に帰還すると、花の御所(今出川御所)に戻った。
応仁の乱で一度焼失し、度重なる争いで痛み、不在の御所を盗賊が寝床にして、討伐の際に一部で火が上がったとか。
とにかく、かなりボロボロなので修繕が必要なのだ。
義賢の要請で、親父は六角家と同額の一千貫文を献上する事を決めて、岩室-宗順を使者として送ってきた。
親父は十二月にまた倒れ、今は寝たきりの状態だ。
公方様が京に戻る事が決めると、流石に信勝兄上では差配が無理と感じたのか、守山に籠もっていた信光叔父上を末森に登城させた。
下手を打って、公方様から信頼を失う訳にいかない。
不満そうな信勝兄上だったが、信光叔父上が睨むと何も言い返せない。
くだくだだった末森の政が一瞬で引き締まった。
紅葉の報告は公方様関係のみだった。
次に楓が横に立った。
「万松寺で大殿の葬儀の準備が密かに進められています」
「まだ、諦めていないのか?」
「公方様が京に戻り、織田家の貢献がはっきり示せた機会を逃さず、敵対者を炙り出したいと考えたのではないでしょうか」
「親父が死んだと勘違いして敵が炙り出されても、親父が戦場に甲冑を着けて出陣できなければ、意味がないだろう」
「それまでに回復するつもりなのでしょう」
「もう知らん」
「では、この件は以後無視する事にします」
すると、さくらが机に座ったままで声を上げた。
「若様。このまま清須の斯波-義統様の周辺の調略を進めてよろしいのですか?」
「構わん。進めておけ」
「清須との和睦が破られるならば、義統様の侍女に望月の者を入れる手筈になっておりますが、急いだ方がよろしいでしょうか」
「すぐに清須を攻める事にならん。義統様を脱出させる為の侍女の補充はゆっくりでよい。気付かれたら厄介だ」
「では、ゆっくりと進めます」
紅葉が何か納得するように首を立てに振っていた。
何を納得しているかと聞くと、北条にやった茜が独断で決めてよい案件を決断できずに持ち帰ったという話をした。
即断しても問題ない。俺なら認めるだろうと思いつつも即断できなかったらしい。
「私達は若様の指示がなくとも動けますが、若様に報告したときに何も言われない。問題なかったと判断できる事が安心に繋がります。それを改めて痛感しました」
「俺は別に深く考えていないぞ」
「それでもです。若様に聞いて頂けるのが重要なのです」
「そういうものか」
「ただ、これから若様の名代として他国に行く事が増えます。そのとき、若様の指示や確認が取れないので、このままでは拙いとも思いました」
紅葉の意見を聞いて、千代女が目を鋭くした。
俺の代わりにさくら、楓、紅葉が判断して即決できるかと尋ねた。
楓が拒絶した。
「無理、無理、無理です。自分の直感を信じて許可なんて出す勇気はないです」
「さくらはともかく、楓と紅葉ならできるだろう」
「千代女様」
「紅葉、何かあるか」
「私も独断で許可を出す自信がありません。もう望月のみで管理するのは無理と思います。他の侍女に権限を譲渡し、茜と朝顔に確認させ、右筆見習いの小姓の意見を聞いた後でないと、責任が持てません」
「なるほど、少なくとも三人で判断したいか」
「はい」
さくらに鶴と福、楓に亀と牡丹、紅葉に茜と朝顔の補佐が入っている。
補佐は全員が望月家の者だ。
他の侍女は望月家に従っているが他家の者であった。ゆえに仕事を与えていても平等に扱っていた。権限を与えるというのは、その個人の能力に優劣を付ける。
忍びの優劣は、技量の差なので仕方ない。
しかし、俺の名代となると、家の格式で順列を決められない。
柏木三家の姫という理由で優遇できない。
千代女が侍女を集め、意見を聞いた。
寧ろ、望む所らしい。
「合い判った。これより其方らを同格と扱う。望月の従者が目付となるが文句はないのだな」
「問題ございません」
「若様の助けになるならば、好きに使って下さいませ」
「千代女様に従います」
「責任者となれば、これまで以上に若様のご意見を深く理解する必要がございます。直接に対話できる時間を取って頂けるならば、否とは申しません」
最後の綾が千代女に挑発的な意見を述べた。
千代女はふっと笑うと、「許可しよう」と述べる。
綾は総合力が高い。紅葉の下に付けて外交を任せるのが一番だろう。でも、俺は積極的な綾が苦手だ。風呂の宿直の時とか、背中を流しながら胸を押し当てて風俗かと叫ぶたくなるんだ。
まだ、興奮する年齢じゃないから問題ない。
大幅な業務改善が断交されて去年に続いて、俺の仕事が大幅に削減された。
大祭を除く、顔見せしない神宮の仕事は影武者にさせる事になった。
視察も右筆見習いの小姓が積極的に回り、問題がある場合のみ俺が後で回る。
六日に一度、体力アップの為に休日が設けられた。
お市は喜びそうだが、十日に一度が六日に一度になると俺が辛い。
神宮に行き、影武者に仕事させている間に蔵書倉で読書をする日々が訪れた。
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目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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