とある異世界のサラリーマン ~昼行灯の太鼓持ち、のんびりと嫁さんと暮らたいだけです~

牛一/冬星明

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4.王都への帰還、いつもの日常(暗殺者のお仕事)

 まったく予期せぬサンド・ドラゴンとの遭遇であった。
 体長10mはサンド・ドラゴンにしては小ぶりに入るが、ドラゴンはドラゴンであった。
 力業で厚い鱗を剥がして首を切った第一騎士団長ゲオルク・フォン・フルンツベルクの異常さを改めて確認した。
 俺ができることは超加速で鱗のない内部から嫁の“爆裂エクスプロージョン”をサポートするくらいだ。
体の内部まで丈夫でなくてよかった。
 しかし、あのブレスの一撃には驚いた。
 知っていたつもりだったが、見ると聞くでは大違い。
 サンド・ドラゴンのブレスは火炎放射器のようであった。
 スカイ・ドラゴンやワイバーンのブレスは火球に近いらしいが、お目に掛かりたくない。
 皆は岩場の谷間に掘ってあった塹壕に避難して全員無事だった。
 大きな岩を繋いで土塁を造り、遠距離攻撃で弱らせた後に、左右から挟撃して魔物を一気に狩る。襲われた場合は足元の塹壕に身を隠すのをマニュアルとしていた。
 ブレスが来る瞬間、皆は慌てて塹壕に飛び込んだのだ。
 皆は生きていたことを喜び、冒険者はあまりの大物に歓喜の声を上げた。
 だが、困難は続く。
 サンド・ドラゴンの解体ができない。ドラゴンの皮が固く、ミスリル製の特殊ナイフ以外は切り取れない。
 小さなナイフでこの巨体を捌くのに何日かかるのか?
 やっていられない。
 俺は予備のミスリル製ナイフと父の家宝ナイフを借りるために城壁村に戻ってきた。
 メンバーの半分はサンド・ドラゴンに群がってくる魔物退治に残った。
 ドラゴンは鼻から尻尾まで捨てるところがない。
 肉は高級食材であり、口元近くの肉をバーベキューにしたが美味かった。
 ご馳走にあずかろうとハイエナのような魔物が寄ってくるのだ。
 持てるだけの魔物素材を背負って戻り、城壁村の宿屋倉庫に放り込むと、嫁さんが俺の手をとって控え室に連れ込まれた。
 ご無沙汰ですが、そこまで急がなくとも……屋敷までそれほど遠くないし。
 嫁さんが声が外に漏れるのを心配し、遮音魔法を唱えた。
 いやぁ、困ったな。
 俺が顔を上げると嫁さんの顔から笑顔が消えて怒りを露わにしていた。

「パウル、私に秘密にしていることがあるでしょう」
「急にどうした?」
「ここまで我慢したのよ。そこに座りなさい」
「屋敷の部屋に帰ってからでいいじゃないか……遮音しても音が響く」
「何を言っているの」
「だから、あれは家で……いいじゃないか」
「顔を赤めて何を言っているの。年がら年中発情していません。時と場所くらいは弁えます」
「違った」
「違います。パウルが私をどう見ているのか、よ~く、わかりました。そのことはまた後で話し合いましょう。私が聞きたいのは魔法量のことです」
「魔法?量」
「パウルは言いました。学園に入る頃から魔力量はあまり増えていないと……覚えていますよね」
「あぁ、そう言った。階層レベルの上昇で多少が上がっているが、一割も増えていない。それは君も一緒だろう」
「ええ、そうよ。ステータスが上がり、魔力そのものは上がっているけど、魔力量はほとんど増えていないわ。“爆裂エクスプロージョン”魔法が三個半のままよ」
「俺も一緒だ」
「じゃあ、昨日のあれは何?」
「昨日」
「加速魔法は総重量に応じて必要魔法量が増加する。パウルは私を抱えたままで超加速を使用したわ。しかも四度も…………」

 嫁さんの疑問がわかった。
 俺は嫁さんをブレスから助けるために超加速で移動し、抱きしめるとブレルの範囲外まで超々加速で脱出した。 二人分の質量ならば数秒の加速で総魔力量の三割を消費する。そして、ブレスを吹き放った直後に、雄叫びを上げるサンド・ドラゴンへ再び超加速で近づいた。
 しかも空中を駆ける為の足場の風魔法“風盾ウインド・シールド”を空中にいくつも固定し、空中の立体機動を可能にする魔法も同時に使用した。
 総魔力量の約四割が必要だ。
 そこから脱出するために二人分の超々加速を三度使用した上に、おまけに超圧縮のドデカい火魔法“ファイラー”をおまけに使っていた。
 足し算をすれば、十割を超えている。
 何が聞きたいのかやっとわかった。

「俺は魔力の総量が八割は残るように調整している。足りない場合はマナ・ポーションを使用する」
「八割も残しているの?」
「実験に付き合った君も知っているだろう。人体への修理魔法には膨大な魔力を消費する」
「それも総重量に比例していたわね」
「その通り。俺の体格ならば総量の四割をもってゆかれる。だから、人体修復は二回が限界と言ってたのを覚えているか」
「もちろんよ。体格が大きい人なら一回ね」
「不思議な話だ。剣や鎧などの無機質ならば、奪われる魔力量は大きくない。しかし、人体の修復には膨大な魔力が必要となり、同じ魔法なのに別物だ」
「しかも三秒以内というルールもあったわ」

 嫁さんには学園入学前に時空魔法“リペアー”〔修理〕の可能性の実験に付き合ってもらった。
 弱い魔物を倒し、人体修復で回復するというテストだ。
 嫁さんは俺と一緒に森で狩りをするようになっていたので、入学前に階層レベルが百を越えていた。
 ミュラー家が秘蔵する風魔法が強力だった。
 俺と嫁さんの最強コンビで間引きをやって開墾の手伝いをしてもらっていた。
 その成果もあり、学園で第六王子が即死攻撃を受けたときも蘇生魔法並みの“修復リペアー”で助け、嫁さんと二人で魔物を討伐した。
 それがきっかけで宰相の目に止まったのが運の尽きだ。
 それはともかく、三秒以内であれば倒した魔物も完全復活ができた。
 三秒を超えると修復できない。
 傷口を閉じるなどの修復なら時間制限を受けない。
 不思議な現象だった。
 しかし、俺は魔力量で再生していると勘違いしていた。

「去年、俺が浮気をしたことを覚えているか」
「嫌な思い出ね。忘れられないわ。あのときは悪かったとは思っているのよ」
「あれ、どこかおかしいと気付かなかったか」
「えっ、何かあったかしら」

 去年、嫁さんが妊娠中、俺は嫁さんのみと心に誓った。
 決して、嫁さんの癇癪が怖かったからじゃない。
 俺は安定期までセックスを控え、禁欲生活に耐えた。
 俺は禁欲生活を甘く見ていた。
 嫁さんが用意した奇妙な薬を飲まされてから絶倫となり、嫁さんの献身で普通に生活ができていたが、禁欲生活が続いてくると意識が途切れ出した。
 とある任務の途中、入った部屋の甘い匂いに我を忘れ、気が付いたときはすべてが終わった後であった。
 家に帰った嫁さんはすぐに浮気に気が付いた。
 怒りに我を忘れた嫁さんは、“爆裂エクスプロージョン”と同格の“熱死ヘル・フレア”を俺に向けて三連続で放った。
 四発目は魔力が足りずに発動せず、嫁さんはやっと正気に戻った。
 爆裂エクスプロージョンが炎を爆発させるのに対して、熱死ヘル・フレアは炎を凝縮して対象物をマグマのように溶かしてしまう。
 俺にも魔力防壁や身代わり札があるので即死はない。
 だが、二発目はどちらも消滅しており、俺以外なら即死だった。
 俺は人体修復を現状復帰し、再び焼かれ、現状復帰し、再び焼かれ、現状復帰し、三度焼かれ、三度現状復帰した後に、なくなった床から二階へ落ちた。
 熱死の余熱で本館三階が焼失した。
 俺と嫁さんの水魔法がなかったら、屋敷は全焼していたであろう。
 娘や屋敷の者が二階に居なくて助かった。
 すべてが終わってから、俺は魔力総量の疑問に気付いた。

「あのとき、俺の魔力総量がおかしいと思わなかったか」
「魔力総量?」
「完全修理は四割の魔力を消費する。二回は発動するが、三回目は発動しない。俺は君の三発目の熱死からどうやって復活したと思う?」
「…………」
「おかしいだろう。三度目で俺は死なないまでも司祭の助けが必要な重傷だったはずだ」
「ええ、そうなるわね」
「 “リペアー”〔修理〕が時空魔法と呼ばれるのは、時間が戻ったように見えるからと思っていた」
「違うの」
「違った。本当に時間が巻き戻っている。時空魔法“リペアー”〔修理〕を発動した直後、0.1秒の間に使用した魔法はカウントされない。つまり、余っている魔力は使い放題というバグが発生する」
「どういう意味?」
「武器などの修復は物質を繋ぎ合わせるイメージで魔力を酷使する。対して、人体の場合は時間を戻すイメージで傷口を修復させる。3秒ルールで人体のみの完全修復が可能だ」
「そうね」
「0.1秒以内の修復ならば、時空が歪んですべてがなかったことになる。俺が魔法を発動させた瞬間に戻る。人体修正が発動した瞬間、八割の魔力量が四割に減る。そして、残り四割の魔力量をすべて使い切っても、0.1秒後に八割の状態に戻っていた」
「あり得ないわ」
「あぁ、あり得ない。あり得ないが、それが可能だった」

 妻も困惑する。
 俺も気付いた時は困惑し、何度も「あり得ない」と呟いた。
 だが、できてしまう。

「床が焼失し、二階に落ちた俺は服を着たままだった。人体修復で服は修復されたか」
「いいえ、されなかったわ」
「おかしいだろう」
「実際、俺以外は使用できない」」
「どうして?」
「目で見て単純反応に0.17秒もかかる。予見眼を持ち、絶妙なタイミングを計れる者でもいないと他人には使えない」
「でも、パウルが使う魔法ならできるのね」
「超加速と相性がいい。0.1秒毎に修復魔法を掛け直せば、ほぼ無限に魔法を使える」

 嫁さんが考え込んだ。
 何を熟慮していたのかは言ってくれなかったが、納得してくれてよかった。
 やはり、秘密を溜め過ぎるのはよくない。
 もう疲れた。
 王都に帰って、はやく娘の顔を見たい。

「何言っているの。これからが大変でしょう」
「何が?」
「呆れた。何のために戻ってきたと思っているのよ」
「解体の道具を取りに来ただろ」
「私は冒険ギルド東支部に行って解体士を手配するけど、ギルドにサンド・ドラゴンの討伐を報告するのよ。そのあとの処理が大変だわ。いつ帰れるかわからないわよ」
「あ~~~っ、そうだった」

 ドラゴン種の素材は売却するのも自領で確保するのも交渉が必要になる。
 国に報告され、使者が送られるかも知れない。
 素材を売って王都に帰還とはならない。
 しかも解体に何日かかるかもわからず、解体が終わるまで責任者の俺はここを離れられない。
 護衛、解体、輸送、国の関与、売却交渉が済むまで間引き兵の解散もお預けとなる。
嫁さんは「なるべくギルドにやらせるわ」と言っていた。
 素材の取り分が減るが、手間を考えるとそれが一番だ。
 嫁さんは俺にキスをしてから、遮音魔法を解除して部屋から出ていった。
 俺はしばらく控え室のベッドに寝転がった。



   ◇ ◇ ◇   

 パウル・ファン・シュタインの王都帰還は予定より半月ほど遅れた。
 その頃、王都周辺では春先から幼い少女が三十人以上も失踪するという事件が進行していた。
 村長からの陳情が治安課に送られ、職員が調査して全貌が見えてきた。
 有力な支援者が反社会の裏ギルドを使って誘拐組織を作り出し、いくつかの領主へ少女達を配給しているとわかった。
 だが、ここから大変だった。
 搬送する奴隷商人は正式に少女達を奴隷として購入しており、売人は属領主の身分証明書を持っている。売人はとある村民の家から少女を購入する。
 ここで問題が発生する。
 属領主は王国の創建期に味方した族長であった。
 その貢献と領地の大きさで侯爵、伯爵、子爵となっているが、王国法に抵触しない範囲で自治権が認められており、実際に存在しない村から少女を購入しても、属領主が村を公認していれば、その少女は属領主の住人として売られ、奴隷商人を通じて変態貴族へ売却される。
 王国の治安課は属領主の許可なく、村の実態調査ができない。
 すでに陳情書が上がってから半年が過ぎ、被害者の数が三十人を越えた。
 それ以前、あるいは、陳情されない数を含めると、何人の少女が犠牲にされたかわからない。
 そんな状況に治安課の職員は苦悩していた。
 だが、状況が一変した。
 先日、子爵家の少女が誘拐された。
 例えるならば、パウルの婚約者であるアーデンがシュタイン家に向かう途中の船付き場村で宿を抜けて村を散策していたところで失踪したような状況であった。
 貴族の娘に手を出す馬鹿はいない。
 だが、犯人は手を出してしまった。
 犯罪組織の拡大と共に下部構成員はノルマでも掛けられて切羽詰まっていた。
 娘の失踪を聞いた子爵が寄親の伯爵に泣き付き、伯爵が王に陳情した。
 捜査が一気に進み出す。
 属領主の自治権は王国法に抵触しない範囲と定められている。
 抵触しないとは、もっとも判り易いのが反逆である。
 次に王国の損失となる場合であった。
 貴族は王国の構成員であり、その貴族に危害が及べば、王国の存立に関わる。
 なぜなら、領主は領地・領民の安全を担保に王国に忠誠し、王国は領主を守るために絶対君主制の強い権限を忖度されている。
 西部の領主が平民の為に陳情することはないが、それが子飼いの領主であれば別であった。
 貴族を攻撃する反社会組織は王国の存立に関わる。
 当然、それに連なる者は反逆罪が適用された。
 王命が発せられた。煩わしい手続きをすっ飛ばし、少女らの居場所が突き止められた。
 密偵、極秘捜査官が動くと治安課職員の半年の努力が泡のように消えた。
 事態を把握した宰相が、次にパウルへ使命を与えた。
 王都に帰還するなりの仕事であった。

 パウルの屋敷は港から川沿いに下った郊外にあった。
 王都に住む貴族の屋敷や兵の宿舎は四つの丘の上にあり、外に領地を持つ貴族は自ら屋敷を建てなければならない。王城周辺は大貴族の屋敷で埋まり、中規模の領主は四つ丘の周辺に屋敷を建てた。貧乏な貴族は古い商邸などを買い取って改装して住んだ。
 五年前にシュタイン家は王城近くの馬小屋のような小さな屋敷を売って、港地区の郊外にある中古の商館を買って改築した。貴族学園がある丘に近く、通い易い場所だったからだ。
 同じ理由かは知らないが、シュタイン家クラスの貴族が同じように屋敷を構えており、自宅から500mも離れていない屋敷にパウルは潜入した。
 屋敷の主が部屋に戻ってくると、書類が入った袋を机に放り投げ、酒棚からワインとワイングラスを取り出した。
 豪華な椅子に腰掛けると、手酌でワインを注いで香りを楽しんだ。

「美味い。すべてが巧く進んだ。これで変態貴族も満足するだろう。この事業が成功すれば、あの方も出世する。そして、私も引き上げて頂ける」

 男は満足そうに袋の中から書類を取り出し、それを見てうっとりとした。
 グラスのワインを飲み干し、二杯目を飲もうとワインの瓶に手を掛けたが、手が痺れ出して瓶が落ちて砕け散った。
 しかし、その音を聞きつけてドアの外で待機している侍女も護衛の兵も部屋に入ってこない。
 カーテンの裏から「この部屋に痺れ薬の粉末を撒いておいた。やっと利いてきてよかった」という声が聞こえた。
 男は「侵入者だ。誰か、誰かおらぬか」と叫ぶ。

「貴様が椅子に座ったときに遮音の魔法を発動しておいた。向こう側には聞こえん」
「貴様、誰だ。経済省開発課の長官としっての狼藉か」
「あぁ、存知上げている。俺は仕事で寡黙を通してきた。しかし、最後に一つ聞きたいので声を掛けた」

 パウルはカーテンを少しどけて顔を出した。
 その目はどこまで冷たい。
 だが、怒りに満ちており、いつもの冷静なパウルではなかった。

「俺にも娘がいる。その娘が変態の餌食になっていると考えるとぞっとする。貴様にも娘がするようだが、何故、その変態らに差し出さない」
「貴族の庶民は違う」
「庶民も国家の所有物だ。それに手を掛けたと思わんのか。連れ去られた少女らに何も感じないのか」
「民は勝手に増える。役に立ててよかったのではないか」
「そうか、貴様も腐っていたのか」

 パウルは言葉を吐き捨てた。
 サラリーマンはノルマを化され、日々の暮らしの為に労働力を提供する。
 一家を守るのは並大抵のことではない。
 ゲーム機を売ったとしても、他国でミサイルの集積回路になる場合もある。
 だが、売上を上げる為に売らないという選択はない。
 医療ナイフで殺人が行われたとしても、医療ナイフの生産を止めることもない。
 道具を作る部品、道具そのもの。
 日々の糧を得なくては、妻や子供らが飢えることになる。
 経済省開発課の長官という立場は微妙だ。
 街道を通す為に予算を練り出し、様々の領主との交渉で土地に利用を納得させるなどの交渉が主な仕事となる。
 王国の方針と領主の利益、そして、必要な費用の陳情を一手に引き受ける部署であった。
 西部の田舎貴族出身。
 領主でもない彼がパウルと同等の屋敷を構え、広い人脈を持っていた。
 そんな彼が反組織を組閣した。
 そこから入る富を使って、上司を引き立て、自らも長官の椅子を得た。
 もちろん、上司の協力なしではなし得ない。
 だが、彼は「民は勝手に増える」とほざいた。
 東部と西部では環境が違った。
 シュタイン家のような小領主と村人の距離は近く、差別することは暮らしている。
 村人と食事を一緒にとることもある。
 魔物に襲われたときは、兵も村人も関係なく戦った。
 死人が出れば、皆で悲しんだ。
 東部の過酷な地域はそんな感じだ。
 対して、魔物の脅威が少ない湾岸部の貴族は傲慢な者が多い。
 城壁の外にも多くの畑を耕らかせ、魔物の脅威を無視して村を増やしていた。
 村人が協力すれば倒せるゴブリンやウルフ程度の魔物しかいないためだ。
 収穫が多く、飢える者も少ない。
 楽しみが少ないからか、子沢山の家が多い。
 だから、西部の貴族らは民草が勝手に増えると考えている。
 パウルも知っていたが、それでも領民へ感謝は忘れていないと思いたかった。
 違った。
 貴族にとって民は搾取するだけの存在であった。

「よくわかった。話に答えてくれてありがとう」
「助けてくれ」
「少女らも助けを求めただろうな。貴様はそんな少女らを助けたのか」
「下賎な者らとは違う。私を殺せば、タダでは済まないぞ」
「あの温厚な大臣がこの事件を知って、俺を始末したいと考えるとは思えんな。寧ろ、あの人の下でお前のような屑が育つのかが疑問だ」
「民を慈しめなどという無能な大臣を廃するべきと思わないか。あの大臣の救済策で予算が削られ、開発が遅れている。国力を上げる為に予算を使うべきなのだ」
「民は関係ないか」
「あの方が大臣になれば、すべて巧く進む。お前も引き立てやる」
「安心しろ。お前の上司も明日には左遷され、その途上で魔物の餌になる」
「馬鹿な。そんなことができる訳が……王族だぞ」
「それがどうした」
「…………まさか、そんな訳が、お前らは何者だ」
「お前が知る必要ない。いろいろと答えてくれてありがとう」

 パウルは暗器を男の背筋に突き刺し、書類を暖炉に放り込むと火を付けて窓から消えていった。
 同日、少女を誘拐した組織に取り締まりが行われ、子爵令嬢を救出した。
 パウルが屋敷から消えた直後、密告を受けた男の親族が駆け付け、机の上に持たれて死亡した男を見つけた。
 明日には捜査官がやってくるだろうが、病死と発表されるだろう。
 調書には、組織とのトラブルで暗殺者を差し向けられ、死亡に至ったという真実が秘蔵ファイルとして封印される。
 その殺された男と頻繁に密会していた上司にも疑いがかかるだろうが、証拠不十分で嫌疑に終わる。
パウルからすれば証拠を残し、きっちりと処分させたい。
 しかし、彼の上司が責任を取ると、監督していた大臣が責任を感じて自決することになる。
 上司が不問となれば、大臣を処罰できない。
 だが、あの大臣は責任を感じて、大臣職を辞任するだろう。
 いずれは引き戻すようだ。
 そんな事情もあり、上司は人知れず魔物の餌になって貰うしかない。
 パウルは魚屋に寄ってから家に帰った。
 嫁さんが頭から鬼の角を生やして待ち受けていた。

「パウル、どこに行っていたの」
「娘の無事を見たし」
「私はどこに行っていたのと聞いているのよ」
「なっ、これを食いながら乾杯しようじゃないか」

 パウルは持っていた袋を嫁さんに差し出した。
 焼き魚の匂いが漂った。

「実家の飯は美味いが、川が遠いから魚が食えない。それだけが我慢ならん」
「確かに」
「船付き場村で帰るが、わざわざ買い行くほどのものではないから我慢していた。娘の無事を祝して、一緒に飲もう」
「まったく、仕方ない人ね。叔母も呼びましょう。あの店の焼き魚に目がないのよ。二人だけで食べたら、怒り出すわよ」
「義叔母さんも乳母として世話になった。一緒に飲もう」
「じゃあ、呼んでくる。準備しておいて」
「わかった」

 台所へ向かうと大皿を取り出して焼き魚を並べ、麦酒やワインなどと一緒に食堂へ運んだ。
 嫁さんの義叔母を呼ぶ声が聞こえた。
 子供に乳をやる母親が飲酒なんてとんでもないとパウルと一緒に叱られることなる。


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