アベレーション・ライフ

あきしつ

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五月:開戦

第16話:開催!体育大会!

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迎えた朝。現在の時刻、六時半。天候、晴れ、否、快晴だ。まさしく運動会日和といった天気だった。庭の植え込みの葉から朝露が滴り、その雫は地面と衝突し、割れる。冷え込んだ空気に快は身震いしながら玄関を開け、外に出た。本州とはいえ、朝は寒い。快は未だにこの外気温に慣れない。生まれも育ちも東京だが。
「あ~~さみ~~」
決して白い吐息が放出されるほどではないが。北海道の道民はやはり平気なのだろうか。快はそんなことを考えながら一般道の歩道へ出る。
「少し走っとくか……」
軽くストレッチを行い、その場で足踏みを数回。また改めてアキレス腱を伸ばす。朝の霧で先の見えない道を見据え、快は一息吐く。
「ふう…行くか…」
跳躍を二回繰り返し、三回目の着地と同時に地面を強く蹴る。走り出した快は霧立ち込める街道の奥へと消えていった。


手を膝に置いた快は、荒い吐息を整える。右腕の手の甲で額の汗を拭い、前髪をかきあげる。
「ハァ…ハァ…」
相当な距離を走った気がする。普段から鍛えているとはいえ、朝から7kmはキツい。膝が笑っている。とりあえず落ち着こうと快はアスファルト上に腰を降ろす。
「お疲れ様」
顔の横からボトルと手が突き出てくる。驚いてその手の主を振り返る。快の赤い瞳に写るのは怜奈だった。
「ああ、悪いな」
快はボトルを受け取り、その中身を口に流しこむ。中身はスポーツドリンク、水分塩分などを同時に摂取できる代物だ。
「毎年入学式は遅れてくる癖して体育大会は気張るよねー快は」
「うるせぇよ…」
ある程度息に整った快はボトルを地に置き、言った。
「俺さ、先生のこと信じることにしたよ」
怜奈は目を丸くしていた。何かきっかけでもあるの?というような表情だ。
「へー…そーなんだ」
鳥束翼を完全に理解し、その上で信じると言っているわけではない。だがここで半端な疑念を抱いていてはいざというときに足を掬われる。
「もしあの人の言うことが本当で、俺たちが信じきれずにいたらそれは地球を見捨てることになるじゃん?だから俺は信じる。信じた方がいいと思う」
「そっか、じゃあ私は…快が信じるなら私も信じる!」
今度は快が目を丸くする。怜奈は天真爛漫としているようで心の芯はしっかりしている。不安定な土台に立ち、倒れそうな柱を支えて、立て直すのが快。そして不安定な土台に立つ柱は見捨て、より安定している柱を探し当て、寄り添うのが怜奈だ。鳥束は不確定要素が多く、怜奈が信じる理由は無いはずだ。
「何で?あの人は何か隠している。それが俺たちに刃を向けることになるかもしれないだろ?」
「快は見捨てればいい人間を支えては起き上がらせてきたじゃない。私は先生を信じるんじゃなくて快を信じてるの」
そう言われて快は思い出す。そうだ、怜奈はただ見捨てるだけの人間じゃない。人が起き上がらせようとしているものを、一緒に手伝ってくれるやつだ、と。
「ああ、ありがとな」
いつだっただろうか、迷える彼女を快は救ったことがあった。これから来るかもしれない脅威を信じるか否か。賛否両論あるだろう。だが信じなくては先には進めない。蒼く染まる空は、穢れを知らない快晴を依然として保っていた。


「や、おはよう。今年も気張るねえ」
「あ?」
タオルで汗を拭く快を見て、祐希はニヤニヤしながら言う。人の努力を嘲笑うような態度に快は苛立ちを覚える。
「お前には関係ないだろ?」
「あるよ。そうやって努力して君に惨めな結果をもたらしたのはどこの誰だっけ?」
「ぐ……」
昨年の体育大会、見事互いに決勝に進むことが出来た。そこで快は祐希に敗れ、敗北を咬みしめた。だから今年こそは、だ。
「二位は惨めじゃない!二位に謝れ!」
「おや?負け惜しみかい?」
「まだ負けてねえ!一年の時に俺が勝ったから今年勝てば俺の完全勝利だ!」
「それは僕も同じだよ…」
互いに言葉を投げ合う。去年負けても勝っても懸ける思いは同じだ。だがそれは、
「おーいおいおい、何か二人で盛り上がってっけどよー、トップ狙ってんのは俺らも同じだぜ?」
「全く…眼中にないと思われてないと思うと…無性に腹が立ちますね」
「そうよ?二人だけの大会じゃないんだから!」
それは快と祐希だけじゃない。帝英学園に所属する全員がトップを狙っている。言い争いを白熱させている二人に電樹と冬真は怒りの目を向け、怜奈は頬を膨らませて睨む。
「もちろんだよ、寧ろ快より警戒してる…かな?」
「おいコラ遠回しに何が言いてえ」
快こそ眼中にない、と言いたいような祐希の態度に快は再び腹を立てる。
「ったく…」
電樹は処置なしと言わんばかりに両手を挙げる。互いに互いを認め合わない。それが二人のライバルとしての在り方だった。そんな二人の言い争いを怜奈は、どこか切なげに見つめていた。


場所が移り、寮の共同スペース。学園祭の前の話し合いなどを行う場所だ。去年まで、普通なら楽しみなはずの行事である体育大会をただただ怠そうに待っていた様子が、今年は一転、全員が活気に満ちた顔つきをしていた。
「言っておくがなあ!俺たちだって目指す場所はお前らと変わらねえからな!」
共同スペースに戻ってきた快達五人は入って早々、運聖からそんな言葉を投げつけられた。最強の仲間は最強の敵に。成績優秀者上位五名の快達とそれ以外の差はコンマの世界だ。実技試験など時運でほぼ決まり、この五人なのもあくまで、たまたま、最後のテストで調子がよかっただけで、このクラスのこのメンバーなら、取ろうと思えば簡単に一位なんか取れる。だから体育大会も同様、二十三家メンバーであれば調子がよければ誰でも一位が取れるのだ。
「分かってるよ、つーかそんなこと言われる程俺、傲慢な人間に見えるか?」
快は目を瞑って言い返す。全員に警戒しているのは確かだ。最も、快は負けるつもりはないが。
「見える」
「即答すんな!」
少しは強そうに見られていて、多少躊躇うのを予想していた快は運聖の即答に憤怒する。
「まあ、そういうことだから。合わせて言わせてもらうよ。今年の体育大会。去年とは違い僕らには目的がある。よって今年は!」
祐希は握った拳を高々と天へ掲げる。
「全身全霊で!向かい合う者を叩き潰す!例えそれがクラスメートだとしても!」
天に掲げた拳を降ろし、前方へ伸ばす。それを合図に全員が次々と拳を祐希の拳の周りに差し出す。
「それじゃあ、行こうか!」
拳を全員で高々と挙げ、玄関へと歩いていく。いつもと変わらない玄関。だけど快にとってなぜか、少し輝いているように見えた。


花火が学園都市に鳴り響いたのはそれから間もなくのことだった。花火が鳴り響くと同時に、学園内のスタジアムで、大勢の観客が見守る中で、女子生徒の声も鳴り響く。
『さあさあさあさあ!!今年もやってきましたよ!命知らずのガキ共が!互いに命を削り合うこの祭典!』
テンションの高い女子生徒はなんら噛むことなく、抑揚のあるナレーションを響かせ、観客席がどよめく。
『今年も天気に恵まれました!そして実況も我ながら恵まれております!今年も私!実里況子みのりきょうこがお送りいたしまああああす!!』
ガコン、と鈍い音を立ててスタジアムの門が開く。選手の、入場だ。その音により一層、客席が沸く。
『そーれーでーはー?まずはコイツら!始点にして頂点!歴代で彼らを越えた者など存在したのでしょうか!!』
「行くよ」
委員長である祐希を先頭に、残りは出席番号順に。いや、そんなことはどうでもいい。規律など最早知ったことか。自由な校風の帝英で、寧ろ規律に従う方がどうかしている。
澄み渡った天空と暑い日差しが照らすスタジアムのグラウンドに快達は入場する。
『最強!最悪?最高峰!!三年!A組ィィィィィィィィィィ!!!』
彼らの入場により大歓声を巻き起こすスタジアム内に、他のクラスも次々と入場し、歓声は収まることを忘れている。入場に三分ほど消費し、全クラスが入場したところで、歓声はようやく収まった。青い空に、白煙が舞う。始まりの合図だ。


『それでは!ただいまより!帝英学園体育大会を開催致します!!』


ワァァァァァァァ…耳の痛くなる歓声の中、帝英学園体育大会は今、始まった。
そして───



やってくるのは悲劇か喜劇か。その男、鳥束翼は確信していた。そう、どちらでもない。やってくるのは、


───惨劇だ
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