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五月:開戦
第24話:決勝へ
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「鬱陶しいんだよっ!手数がァ!」
「愚っ…獣め…」
己の放つ葉、茎、根が無惨に引きちぎられる様を見て、笹草菜々は唇を噛み、蒼い稲妻を帯びる雷獣を見上げる。自身の栗色のサイドテールを靡かせ、雷獣、宮川電樹から一歩後退する。
(速すぎて、何も見えない)
根の拘束から逃れた電樹は今も既にどこかに消えている。菜々は全身を覆うように蔦を展開する。植物を操る異能力、地味だが、使い方によっては優秀な異能力だ。塵も積もれば山となる、というように草も集めりゃ力になる。いつ頃か、弱かった彼女に言ってくれた友の声。うねる蔦の中で、菜々はその言葉を思い出す。死角からの蹴撃、この盾で、防げるのだろうか。
「柔いんだよ!」
瞬間、盾が軋む音が聞こえた。蔦がブチンブチンと千切れる音が僅かに聞こえる。やがて蔦の盾に外界から差し込む一筋の光が。その隙間が左右に開き、太陽光で中が照らされる。そこから突き出る、雷獣の蹴り。
「遅ぇノロマが!」
青空の様に爛々と輝く稲妻を纏った電樹の容赦なき一撃が、菜々の頬を抉り取る──はずだった。
「──!!」
雷獣の蹴撃は菜々の鼻先で止まる。
『おおっと?あんまり派手な音はしませんでしたね…彼女の張った盾が邪魔でよく見えない…すいませんカメラ動いてくれません?』
裂かれた盾とは逆方向に席を構える実里には何が起きたか分からない様子だ。実際、同じく逆方向に座る快達からも見えない。だが、彼女は策士だ。防御を電樹に破られることなど当然であって、それを対策してないはずがない。
「愚か、こうも簡単に我が術中に嵌まるとは」
厨二めいた台詞を吐き、困惑する電樹をまっすぐ見据える。
「…マジかよ…」
電樹は空中を一回転、身を翻しながら菜々と距離をとる。快は若干の風を感じ、反射的に頭上を見上げる。風が肌に当たる感触で分かる、いや、それが、風を起こしているのか。草木のざわめきが菜々に集まっていく。根が絡み合い、それらを茎が補強する。彼女の能力で硬質化した葉が、根茎で形成されたそれを飾る。やがてそれは先端の尖った誰もが憧れる武器──
「"草薙の剣"我が異能は無限に広がる」
その切っ先を電樹に向ける。即席で作った剣は、葉の欠片を溢しながら風に煽られている。一見脆くも見えるが、何重にも植物を重ね合わせ交わらせたそれは並みの攻撃では崩れないだろう。歪に葉を散り続ける緑剣を前に、電樹は腰を引いて笑う。
「ヘッ、いいじゃねえか。こっからが本番だぜ」
腰を落とした電樹は、その足にじっくりと力を加える。珍しく先制を仕掛けず慎重に動く電樹を見れば、菜々を相手に油断をしてないことが分かる。そして──
「らぁっ!!」
両者、動く。一筋の光としか見えない電樹の蹴りが菜々を穿つ。だが、高速の蹴りにギリギリで反応する菜々は剣で蹴りを受け止める。
「反応するかよ!いいじゃねぇか!」
電樹は再びバックステップを繰り返し、距離をとる。再び、瞬きの間に視界から消える。菜々は視界をゆっくりと動かす。気配も、足音のする。ただ、追いつけない。先の反応は恐らく、2度も通用しないだろう。
瞬間、稲妻の音がより一層強く大きくなる。背後だ。
「後ろ!」
振り返る勢いと共に剣を振りかぶる。硬質化した葉の刃は、己の盾諸とも切り裂き、蔦が飛び散る。
「遅ぇ!」
逆方向から声がする。菜々も異能力者であり、動く速度は無能力者のそれを遥かに上回る。そんな彼女の反応を手玉にとる電樹はまさしくクラス最速だろう。背後で気配を強く匂わせ、さらにその逆方向、つまり菜々が元々向いていた方向に瞬時に移動したのだ。何やらこれより速い2年生がいるらしい。気が滅入る。
完全に背後をとった電樹は、指先から細い稲妻を線状に射出、それらを交差させ、網のような形を作る。
「"雷獣の爪凪ぎ"!」
甲高い音と共に、雷獣の爪は菜々の肩から腕にかけてを微塵に切り刻む。
「──っ!たっ…!」
破片となり、気持ち悪い音を立てて崩れる腕を押さえ、痛みに堪えながら電樹を睨む。
「ヘッ、その表情スゲーいい。まだくたばるんじゃねぇぞ?」
膝から崩れ落ちる菜々を、どこか狂気的な笑みを浮かべ上から見下ろす。
「まだ……!」
逆の腕で転がった剣を掴み、歯を食い縛って突進する。
「遅ぇよ」
ポケットに手を突っ込んだ電樹は嘲る様な目付きで、剣を軽々と蹴り飛ばす。意外にも脆く砕けたそれは元の柔らかさを取り戻し、ひらひらと散る。
「あ……ぐ……」
少しずつ、少しずつだが、菜々の破砕した右手は再生し始めている。だが、もう、気力も体力もない。
「……降…参する…わ…」
戦闘中の凛々しい口調が一転、ただの女の子になる。弱々しく呟いた菜々を片腕で逆の肩を押さえながら、ふらつきつつも立ち上がる。
「まさか反応されるとは思ってなかったわ。俺もまだまだだわ」
ほぼ無傷の電樹は菜々を見据え、裏のない笑顔を見せる。快の座る席より少し上で、包帯だらけでミイラみたいになり、歯軋りをする有都を見て、快は呆れ顔を浮かべる。
ただ、前戦に比べれば幾分か見易い試合だった。どちらも血みどろだったのは事実だが、やはり戦いは速いに限る。
『菜々選手の降参により勝者は宮川電樹!準決勝へと足を進めました!』
そしてこの試合の終了の瞬間から、Aリーグの四強が決定する。2回の準決勝を終え、勝ち抜いた2人の強者が、決勝進出。決勝で優勝した者はBリーグの優勝者と戦い、それが最後だ。快は立ち上がり、体を伸ばす。蔦の処理はまだかかりそうだ。快は振り返ると、客席から降りていった。
「お、冬真じゃん。こんなところで何してんの?」
トイレから1人出てきた快は、近くの自動販売機の前に立ち尽くす冬真に声をかける。
「見て分からないんですか?」
「あ、おう、分かるわ」
銀色の小銭を自販機に投入する冬真を見て、なんだか恥ずかしくなる。冬真はスポーツドリンクを意外にもがぶりと飲むと、口を拭って快を指差す。
「私は上がります。なので精々首を洗って待っていて下さい」
「お、おう…つーか意外に燃えてんだなお前も。いいぜ?俺が溶かしてやるよ」
快も指を差し返し、冬真を睨む。冬真も快を一瞥するとドリンク片手に走り出す。しかし、冷静な冬真が宣戦布告をしたのが意外だった。普段やるべきことだけをやって、最低限のことしか成さず、それ以上を望まない冬真の姿を見ているからか、先の発言は新鮮だった。誰だって最後に懸ける思いは同じということか。快は握った拳がやけに重たい感じがした。
校外でしばらく体を暖めていた快がスタジアムに戻ってきた時は既に準決勝が開始していた。スタジアムに充満する冷気、快は身震いしながら霜の降りた椅子に恐る恐る座る。
「れ、怜奈…これどうゆう状況?」
同じく小刻み震え、白い吐息を吐く怜奈に快は訪ねる。久しく感じてなかった寒気に怜奈は体を腕で抱きながら、
「は、灰崎君の、が、えっと、で、攻撃、うん、あぁぁぁぁ寒い!」
寒さのあまり呂律が回らないのか、怜奈は必死にツギハギの言葉を紡ぐ。その意味の分からない支離滅裂な物言いを快は飲み込み、視線をステージへ移す。冬真が乱暴に氷を放っている。灰崎はそれらを防ぎ、反撃へと転じる。
「……な、なぁ怜奈。冬真のやつ、なんか荒れてねぇか?」
「う、うん。それがね?、あ、う、ん…あーもー何なの!」
「落ち着いてからでいいぞ?」
荒れる怜奈の馬鹿っぷりに快はたまらず突っ込む。横目で怜奈を見ると、深呼吸をしている。この温度で深呼吸をするのはかなり危ない気がするが。
「うん、大丈夫。大丈夫です。冬真は3回くらいに渡って全部攻撃を防がれてるの。ほら、冬真って計算間違うとイライラするじゃない?多分その時とおんなじ」
不意に出る敬語と可愛らしい口調を混ぜて怜奈が戦況を解説する。確かに、冬真に少しずつ近づく灰崎の体裁きはなかなかのものだ。今も、冬真の放つ氷は影のハンマーに砕かれる。その度に冬真は数歩退き、さらに攻撃を重ねる。決め手がないのだ。有都戦で消耗したのか、いや、さっき話した感じ、そんな様子は見えなかった。快は顎に手を当てる。
『な、何やら動きが鈍いようです。私にはよく分かりませんが…有都さん程の動きは見られないようです!さぁ氷結の王もここで敗退か!?』
実里も驚いているようだ。冬真の変わり様は戦闘初心者、というより縁がない者から見ても分かるようだ。有都戦のインパクトを植え付けられた観客もどよめきを隠せない様子だ。
「何かからくりがあるのか…?」
「分かんないけど寒いよー、空はあんなに綺麗な青空なのに。あ、見て見て!変な鳥!」
体を震わせながら怜奈は晴天を見上げる。太陽と重なり、シルエットになった鳥、恐らくカモメを見て興奮している。
「たくっ…今はそんな関係ね……ん?青空?」
ふと、違和感を覚えた快は反射的に空を見上げる。一面に広がる蒼い絨毯。雲一つない快晴だ。だからこそ、だからこそ何か引っかかる。そして、すぐに脳にあるワードが浮かび上がる。
「………異能力耐性…!」
異能力耐性、それは自身の異能力が司るもの、快の場合は炎で、それに対する耐性がある体質のことだ。チャッカマンの火を電樹が触れたら当然火傷を負う。だが快が触れても痛くも痒くもない。一方で快が静電気を帯びたら当然多少なり痛むが、電樹にそれは作用しない。
「そうか…!冬真にとって冷気は無効化されてる。だから本来の気温が直接届いてるんだ!俺の炎は物によるが冬真の氷を溶かせる…つまり冬真の弱点はこの気温か!イラついてるなんて関係なかったのか…!」
快は身を乗り出して自慢気に語る。だがそんな快を嘲笑するかのように横から水を差すやつが1人、祐希は見下したような目でこちらを見てくる。
「今頃気づいたの?ま、僕は最初から分かってたけどね」
「ちょっと!快も頑張って考えたんだから、馬鹿にしちゃダメよ!」
「子供庇うような言い方やめてくれない?お姉ちゃん」
快は怜奈をお姉ちゃん呼びし、突っ込む。それを受けた祐希は「ふむ」と呟いて「めんごめんご」と軽いその場しのぎの様な謝罪を見せる。
「助け船出してあげたんだから、これ終わったらケーキ奢ってね?」
「いちいち見返りを求めるんじゃねえよ!しかも高くない?」
「じゃあレストラン"ブランシェ"のパスタ」
「譲りきれてねー!」
この辺では有名なイタリア料理店"ブランシェ"の名を出し、欲を隠せないどころか増大している怜奈に快は憤慨する。ちなみに"ブランシェ"のパスタは最も高い物で15000を軽く越えている。そんな中学生みたいなやり取りをしていると、突然、スタジアム内が薄暗くなる。見上げると暗い水色を放つ氷がスタジアムを覆い尽くしていた。
「おいおい…マジかよ…」
そんな台詞を皆が点々バラバラに呟く。しかしこれで冬真を弱らせる熱射は防がれた。
「随分と好き勝手やってくれましたね 。褒めておくべきです。ですが次に来るのは」
「──!!」
灰崎の眼前から瞬時に冬真が消える。そして刹那の瞬間、
「うっおっ…!」
結晶の様に無造作な氷柱が灰崎を冷たく包む。白い冷気を放つ氷、体感した温度で灰崎は脱出を諦める。
「ここまでか…分かった、降参する」
灰崎のどこか哀しげな声が響く。数秒間を置いて場内からパラパラと拍手が起こる。灰崎をそれを受け止め、冬真は無視してさっさと退場する。
ともあれ、これで決定したことになる。
準決勝、勝者、雪原冬真、決勝戦進出。
そして2つ目の準決勝
永野望美VS宮川電樹
役者が揃う、主演を勝ち取るのは、誰になるのか。それは誰にも分からない。
「愚っ…獣め…」
己の放つ葉、茎、根が無惨に引きちぎられる様を見て、笹草菜々は唇を噛み、蒼い稲妻を帯びる雷獣を見上げる。自身の栗色のサイドテールを靡かせ、雷獣、宮川電樹から一歩後退する。
(速すぎて、何も見えない)
根の拘束から逃れた電樹は今も既にどこかに消えている。菜々は全身を覆うように蔦を展開する。植物を操る異能力、地味だが、使い方によっては優秀な異能力だ。塵も積もれば山となる、というように草も集めりゃ力になる。いつ頃か、弱かった彼女に言ってくれた友の声。うねる蔦の中で、菜々はその言葉を思い出す。死角からの蹴撃、この盾で、防げるのだろうか。
「柔いんだよ!」
瞬間、盾が軋む音が聞こえた。蔦がブチンブチンと千切れる音が僅かに聞こえる。やがて蔦の盾に外界から差し込む一筋の光が。その隙間が左右に開き、太陽光で中が照らされる。そこから突き出る、雷獣の蹴り。
「遅ぇノロマが!」
青空の様に爛々と輝く稲妻を纏った電樹の容赦なき一撃が、菜々の頬を抉り取る──はずだった。
「──!!」
雷獣の蹴撃は菜々の鼻先で止まる。
『おおっと?あんまり派手な音はしませんでしたね…彼女の張った盾が邪魔でよく見えない…すいませんカメラ動いてくれません?』
裂かれた盾とは逆方向に席を構える実里には何が起きたか分からない様子だ。実際、同じく逆方向に座る快達からも見えない。だが、彼女は策士だ。防御を電樹に破られることなど当然であって、それを対策してないはずがない。
「愚か、こうも簡単に我が術中に嵌まるとは」
厨二めいた台詞を吐き、困惑する電樹をまっすぐ見据える。
「…マジかよ…」
電樹は空中を一回転、身を翻しながら菜々と距離をとる。快は若干の風を感じ、反射的に頭上を見上げる。風が肌に当たる感触で分かる、いや、それが、風を起こしているのか。草木のざわめきが菜々に集まっていく。根が絡み合い、それらを茎が補強する。彼女の能力で硬質化した葉が、根茎で形成されたそれを飾る。やがてそれは先端の尖った誰もが憧れる武器──
「"草薙の剣"我が異能は無限に広がる」
その切っ先を電樹に向ける。即席で作った剣は、葉の欠片を溢しながら風に煽られている。一見脆くも見えるが、何重にも植物を重ね合わせ交わらせたそれは並みの攻撃では崩れないだろう。歪に葉を散り続ける緑剣を前に、電樹は腰を引いて笑う。
「ヘッ、いいじゃねえか。こっからが本番だぜ」
腰を落とした電樹は、その足にじっくりと力を加える。珍しく先制を仕掛けず慎重に動く電樹を見れば、菜々を相手に油断をしてないことが分かる。そして──
「らぁっ!!」
両者、動く。一筋の光としか見えない電樹の蹴りが菜々を穿つ。だが、高速の蹴りにギリギリで反応する菜々は剣で蹴りを受け止める。
「反応するかよ!いいじゃねぇか!」
電樹は再びバックステップを繰り返し、距離をとる。再び、瞬きの間に視界から消える。菜々は視界をゆっくりと動かす。気配も、足音のする。ただ、追いつけない。先の反応は恐らく、2度も通用しないだろう。
瞬間、稲妻の音がより一層強く大きくなる。背後だ。
「後ろ!」
振り返る勢いと共に剣を振りかぶる。硬質化した葉の刃は、己の盾諸とも切り裂き、蔦が飛び散る。
「遅ぇ!」
逆方向から声がする。菜々も異能力者であり、動く速度は無能力者のそれを遥かに上回る。そんな彼女の反応を手玉にとる電樹はまさしくクラス最速だろう。背後で気配を強く匂わせ、さらにその逆方向、つまり菜々が元々向いていた方向に瞬時に移動したのだ。何やらこれより速い2年生がいるらしい。気が滅入る。
完全に背後をとった電樹は、指先から細い稲妻を線状に射出、それらを交差させ、網のような形を作る。
「"雷獣の爪凪ぎ"!」
甲高い音と共に、雷獣の爪は菜々の肩から腕にかけてを微塵に切り刻む。
「──っ!たっ…!」
破片となり、気持ち悪い音を立てて崩れる腕を押さえ、痛みに堪えながら電樹を睨む。
「ヘッ、その表情スゲーいい。まだくたばるんじゃねぇぞ?」
膝から崩れ落ちる菜々を、どこか狂気的な笑みを浮かべ上から見下ろす。
「まだ……!」
逆の腕で転がった剣を掴み、歯を食い縛って突進する。
「遅ぇよ」
ポケットに手を突っ込んだ電樹は嘲る様な目付きで、剣を軽々と蹴り飛ばす。意外にも脆く砕けたそれは元の柔らかさを取り戻し、ひらひらと散る。
「あ……ぐ……」
少しずつ、少しずつだが、菜々の破砕した右手は再生し始めている。だが、もう、気力も体力もない。
「……降…参する…わ…」
戦闘中の凛々しい口調が一転、ただの女の子になる。弱々しく呟いた菜々を片腕で逆の肩を押さえながら、ふらつきつつも立ち上がる。
「まさか反応されるとは思ってなかったわ。俺もまだまだだわ」
ほぼ無傷の電樹は菜々を見据え、裏のない笑顔を見せる。快の座る席より少し上で、包帯だらけでミイラみたいになり、歯軋りをする有都を見て、快は呆れ顔を浮かべる。
ただ、前戦に比べれば幾分か見易い試合だった。どちらも血みどろだったのは事実だが、やはり戦いは速いに限る。
『菜々選手の降参により勝者は宮川電樹!準決勝へと足を進めました!』
そしてこの試合の終了の瞬間から、Aリーグの四強が決定する。2回の準決勝を終え、勝ち抜いた2人の強者が、決勝進出。決勝で優勝した者はBリーグの優勝者と戦い、それが最後だ。快は立ち上がり、体を伸ばす。蔦の処理はまだかかりそうだ。快は振り返ると、客席から降りていった。
「お、冬真じゃん。こんなところで何してんの?」
トイレから1人出てきた快は、近くの自動販売機の前に立ち尽くす冬真に声をかける。
「見て分からないんですか?」
「あ、おう、分かるわ」
銀色の小銭を自販機に投入する冬真を見て、なんだか恥ずかしくなる。冬真はスポーツドリンクを意外にもがぶりと飲むと、口を拭って快を指差す。
「私は上がります。なので精々首を洗って待っていて下さい」
「お、おう…つーか意外に燃えてんだなお前も。いいぜ?俺が溶かしてやるよ」
快も指を差し返し、冬真を睨む。冬真も快を一瞥するとドリンク片手に走り出す。しかし、冷静な冬真が宣戦布告をしたのが意外だった。普段やるべきことだけをやって、最低限のことしか成さず、それ以上を望まない冬真の姿を見ているからか、先の発言は新鮮だった。誰だって最後に懸ける思いは同じということか。快は握った拳がやけに重たい感じがした。
校外でしばらく体を暖めていた快がスタジアムに戻ってきた時は既に準決勝が開始していた。スタジアムに充満する冷気、快は身震いしながら霜の降りた椅子に恐る恐る座る。
「れ、怜奈…これどうゆう状況?」
同じく小刻み震え、白い吐息を吐く怜奈に快は訪ねる。久しく感じてなかった寒気に怜奈は体を腕で抱きながら、
「は、灰崎君の、が、えっと、で、攻撃、うん、あぁぁぁぁ寒い!」
寒さのあまり呂律が回らないのか、怜奈は必死にツギハギの言葉を紡ぐ。その意味の分からない支離滅裂な物言いを快は飲み込み、視線をステージへ移す。冬真が乱暴に氷を放っている。灰崎はそれらを防ぎ、反撃へと転じる。
「……な、なぁ怜奈。冬真のやつ、なんか荒れてねぇか?」
「う、うん。それがね?、あ、う、ん…あーもー何なの!」
「落ち着いてからでいいぞ?」
荒れる怜奈の馬鹿っぷりに快はたまらず突っ込む。横目で怜奈を見ると、深呼吸をしている。この温度で深呼吸をするのはかなり危ない気がするが。
「うん、大丈夫。大丈夫です。冬真は3回くらいに渡って全部攻撃を防がれてるの。ほら、冬真って計算間違うとイライラするじゃない?多分その時とおんなじ」
不意に出る敬語と可愛らしい口調を混ぜて怜奈が戦況を解説する。確かに、冬真に少しずつ近づく灰崎の体裁きはなかなかのものだ。今も、冬真の放つ氷は影のハンマーに砕かれる。その度に冬真は数歩退き、さらに攻撃を重ねる。決め手がないのだ。有都戦で消耗したのか、いや、さっき話した感じ、そんな様子は見えなかった。快は顎に手を当てる。
『な、何やら動きが鈍いようです。私にはよく分かりませんが…有都さん程の動きは見られないようです!さぁ氷結の王もここで敗退か!?』
実里も驚いているようだ。冬真の変わり様は戦闘初心者、というより縁がない者から見ても分かるようだ。有都戦のインパクトを植え付けられた観客もどよめきを隠せない様子だ。
「何かからくりがあるのか…?」
「分かんないけど寒いよー、空はあんなに綺麗な青空なのに。あ、見て見て!変な鳥!」
体を震わせながら怜奈は晴天を見上げる。太陽と重なり、シルエットになった鳥、恐らくカモメを見て興奮している。
「たくっ…今はそんな関係ね……ん?青空?」
ふと、違和感を覚えた快は反射的に空を見上げる。一面に広がる蒼い絨毯。雲一つない快晴だ。だからこそ、だからこそ何か引っかかる。そして、すぐに脳にあるワードが浮かび上がる。
「………異能力耐性…!」
異能力耐性、それは自身の異能力が司るもの、快の場合は炎で、それに対する耐性がある体質のことだ。チャッカマンの火を電樹が触れたら当然火傷を負う。だが快が触れても痛くも痒くもない。一方で快が静電気を帯びたら当然多少なり痛むが、電樹にそれは作用しない。
「そうか…!冬真にとって冷気は無効化されてる。だから本来の気温が直接届いてるんだ!俺の炎は物によるが冬真の氷を溶かせる…つまり冬真の弱点はこの気温か!イラついてるなんて関係なかったのか…!」
快は身を乗り出して自慢気に語る。だがそんな快を嘲笑するかのように横から水を差すやつが1人、祐希は見下したような目でこちらを見てくる。
「今頃気づいたの?ま、僕は最初から分かってたけどね」
「ちょっと!快も頑張って考えたんだから、馬鹿にしちゃダメよ!」
「子供庇うような言い方やめてくれない?お姉ちゃん」
快は怜奈をお姉ちゃん呼びし、突っ込む。それを受けた祐希は「ふむ」と呟いて「めんごめんご」と軽いその場しのぎの様な謝罪を見せる。
「助け船出してあげたんだから、これ終わったらケーキ奢ってね?」
「いちいち見返りを求めるんじゃねえよ!しかも高くない?」
「じゃあレストラン"ブランシェ"のパスタ」
「譲りきれてねー!」
この辺では有名なイタリア料理店"ブランシェ"の名を出し、欲を隠せないどころか増大している怜奈に快は憤慨する。ちなみに"ブランシェ"のパスタは最も高い物で15000を軽く越えている。そんな中学生みたいなやり取りをしていると、突然、スタジアム内が薄暗くなる。見上げると暗い水色を放つ氷がスタジアムを覆い尽くしていた。
「おいおい…マジかよ…」
そんな台詞を皆が点々バラバラに呟く。しかしこれで冬真を弱らせる熱射は防がれた。
「随分と好き勝手やってくれましたね 。褒めておくべきです。ですが次に来るのは」
「──!!」
灰崎の眼前から瞬時に冬真が消える。そして刹那の瞬間、
「うっおっ…!」
結晶の様に無造作な氷柱が灰崎を冷たく包む。白い冷気を放つ氷、体感した温度で灰崎は脱出を諦める。
「ここまでか…分かった、降参する」
灰崎のどこか哀しげな声が響く。数秒間を置いて場内からパラパラと拍手が起こる。灰崎をそれを受け止め、冬真は無視してさっさと退場する。
ともあれ、これで決定したことになる。
準決勝、勝者、雪原冬真、決勝戦進出。
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