アベレーション・ライフ

あきしつ

文字の大きさ
上 下
27 / 35
五月:開戦

第26話:それは世界の終焉と共に

しおりを挟む
「な、なんだよあれ…」
眼前で起きた冬真の変貌ぶりに、快は目を丸くする。今まで通りの氷纏に似た何かなのか、いや、それでも何でもない異質な雰囲気だ。
「恐らくあれは、五神龍だ」
「うおっ!?」
顎に手を当て考え事をする快の横に飛来し、快の求める答えを呟く鳥束を二度見して驚きのあまり飛び退く。だが、聞き慣れない単語を耳にし、快はすぐに驚きを隠し話しを変える。
「え、五神龍って?」
「まずは驚かせてしまったことを謝罪する。本題に戻すが、異能力…『人離れの力』が発見されたのは鎌倉時代前期だというのは知っているよね?」
教科書にも載っている説だ。小学生の頃から授業でもたまに取り上げられている話で、諸説あるがこれが最も事実に近いらしい。去年も日本史で学習した為、知らないわけがない。
「勿論知ってますけど…」
「だがそれはあくまでも数ある説の内の1つ。さらに人間に限った話となってくる」
快は首を傾げる。言葉の本意が読み取れない。そんな心中を察したように鳥束は自慢気に唇を動かす。
「人間より遥か先に…生物がそういった異能力を所有していた可能性があるということだ。時代は恐らく恐竜が生存していた頃だ。何らかの変異により恐竜に特殊能力が目覚めた。長い年月をかけ、異能力は少しずつ変化していきやがてそれが人間へと伝播した。さらにこの説は人間のそれより遥かに有力だ」
「でもその話が…えっと五神龍?にどう結びついてくるんすか?」
鳥束は良い質問だ、と言うように人差し指を快の鼻先に突きつける。
「起源は恐らく空を飛行する生物、仮にメジャーなプテラノドンとしよう。彼らの内の5匹に、5つの異能力が宿るとしよう。だが強大過ぎる力に身体は傷つき朽ちていく。危機に瀕していると判断した身体は、それに耐えられる姿へと変貌する。厳つく、強くなったプテラノドンは、勇ましい龍の姿へ変わっていた。これが恐らく異能力者の起源だよ」
「人間も同じで、自分の力に沿った身体を作る…だから俺達は人並みより硬く強くて、傷の治癒能力が発達してるわけか」
考え事をしながら無意識に指を動かす。自身を始め、異能力者のルーツを理解したが、それでも疑問は薄れない。
「でも、その五神龍ってのはどんな異能力を持ってるんですか?」
冬真の変貌ぶりを見て、五神龍の名を鳥束は挙げた。よってその一角は『氷結』に関わる力であることは分かる。
「冬真君の氷結、いや、氷龍を始め、伝説上他の龍は炎、雷、そして光と、闇だ」
雷、冬真に近しく、同じ運命を背負って生きていそうな人物は思い当たる限りたった1人しかいない。氷と雷を除外すると不明点は3つ。その内の1つは──
「ほ、ほのお?」
飛び出た単語をすっとんきょうな声で反芻する。思い当たるどころか炎を持つのは自分自身だ。是が非でも真実を知っておきたい。
「……そんな猿みたいな声をあげなくても炎龍は君じゃないよ」
「覚悟してたけど心に刺さる!」
躊躇なく言葉の刃を翳され、快は僅かな悲しみを冗談混じり言の葉に乗せる。
「さて、蘊蓄はこの辺にしておこう。ここからが見物だよ」
「ですね」
そう言って2人は再び視線を移す。水晶の様に冷たく、半透明な氷結の世界へ。その中央に佇む氷龍は、冷たい瞳を電樹へ向けている。
「っらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
刻まれた身体を押し、力任せの咆哮をエンジンに稲妻を走らせながら地面を蹴る。超高速で振り下ろされる蹴り、それは氷の鱗を纏う腕に軽々と止められる。
「クッソがっ!」
鉤爪が手首を突き刺し、互いに固定されたまま1回転。電樹は凄まじい勢いで投げ飛ばされる。以前なら寸前で反応出来ていたが、冬真はもう予測の域に達している。
(こっちの体力が素寒貧ってのもあるが何より……)
冬真は無表情で無口なまま、吹っ飛んで態勢を整えた電樹の背後に瞬間移動のレベルで移動する。
(速ェ!目で追えねぇわけじゃねぇが龍化の時間が稼げない!)
冬真の爪撃を飛び退いて回避する。しかし、次の行動に移ろうと心だけが動いたその時には冬真は既に眼前へ迫ってくる。
「ッ!万事休すか…」
電樹は敗北を覚悟し、反射的に目を瞑る。頬を掠めた風圧、直後に響く瓦礫の崩れる騒音。爆ぜた、電樹は身体に走る衝撃でそう判断した。
「──。──え」
爆ぜた、と思っていた身体は不変、それはおろか傷口が氷で固められ、さっきまで溢れていた血は、流動を止めていた。状況判断が追いつかず暫く呆けた顔をしていると、正面から聞き飽きた声が飛んでくる。
「いつまで、劣勢を保っているつもりですか。さっさと龍化して下さい。対等な状況で、どちらが上か、ハッキリさせましょう」
言われて漸く現実を取り戻し、電樹は「ハッ!」と鼻を鳴らす。
「手加減してくれたってことかよ。優しいのか、余裕なのか」
「生憎後者です。私が龍化してからあなたが私に加えた攻撃はゼロ。あなたが龍化すればスタートに戻る。それだけです」
『優しさ』という選択肢を拒む冬真の、陰りの無い真顔を数秒見つめ、電樹は重い身体をゆっくりと起こす。電樹は首を鳴らすと、数歩冬真から離れる。
「わぁったよ、ちったぁ離れてろ」
荒っぽい口調で物を言い、太腿、脹ら脛に力を込め、腰を落とす。あらゆる動きへ発達するパワーポジションだ。
「──────ッッ!」
人とは思えないような獣の咆哮、雄叫びで空気が震撼する。冷静に、静かに龍を呼び覚ました冬真とは違い、この場を制圧する勢いで、雷龍はがなる。
「しゃらぁぁぁぁぁぁッッ!」
翡翠の稲妻が一転、綺麗な薄い瑠璃色へと。目尻からも一際太い稲妻が走り、冬真同様、綺麗に生え揃った牙が世界を飲み込まんと剥き出しになる。体表を覆い尽くすのは、研鑽された金属の様に黒光りする甲殻。蒼白く煌めく鉤爪も殺気に満ち、軋んでいる様な音を響かせる。
氷龍と雷龍、ただの試合の場が一転、殺戮の舞台へと変貌する。荒い殺気に満ちた震撼する空気と静かな深海の想起させる殺気の狭間は、対極的な両者の意思を両側から受け、悲鳴をあげるように爆風を巻き起こす。
「相変わらず醜い造形ですね。宿り主の粗暴性が窺える」
甲殻同士が乱雑に擦れ、今にも崩れそうな、美しさとはかけ離れた殼の造形に冬真は目を細める。
「てめぇこそ相変わらずの精密さだな。宿り主の柔軟性が窺えねぇ」
それに対し冬真は、殼の規律性がしっかりしている。甲殻と鱗からひらひらと降る雪の結晶は陽光を反射し綺麗なダイヤモンドダストだ。道民以外はほぼ無縁のそれを見て、女性陣は「綺麗…」と感嘆の声を洩らす。有都1人だけが、雷龍の勇姿を見て頬を赤らめているが。
「負ける覚悟は出来たか精密機械。こっからはマジで手加減無しだぜ?」
牙を噛み合わせ、悪人的な笑みを浮かべ電樹は腰を引く。一歩後ろに下げた足が地面に刺さり、コンクリートが音を立てて抉られる。
「ええ勿論、前者に至っては微塵もしていませんが」
対して冬真は鉤爪を天に向ける。冬真から発する冷気が爪先に集束し、幾千ものの氷柱が空に顕現する。
「そんじゃぁ行くぜぇ」
電樹の脹ら脛が肥大化する。筋肉が膨張し皮膚が破裂する。筋繊維が一本づつ千切れる様に目もくれず、獰猛な龍脚で地面を蹴る。
「いつでも、氷界の天災!」
空に掲げた腕を一気に振り下ろす。冬真の動きに連動し、無数の氷柱がまさしく天災の如く降り注ぐ。
地面を転がり、集中投下を回避した電樹は立ち上がり冬真の頬めがけて蹴りを振り下ろす。氷の鎧がそれを受け止め、鉄の甲殻と氷の甲殻が擦れ、激しく火花が散る。
「……全部避けましたか、想定内中の想定外ですね」
「舐められてんなぁ!」
振り切れないと判断し後方へ飛躍する。
「何を…」
直後、電樹の行動に冬真は目を細める。合点がいかない、と困惑する冬真見て電樹は一笑すると、先の冬真同様空に手を翳す。
彼の放つ稲妻がさらに電力を上げ、高電圧のものになる。全ての稲妻がそこへ集中し、稲妻の宝玉が顕現する。
「は、え?」
直後、起きた現象に誰もが息を呑む。観客席を支える支柱が、天井を構成する鉄骨が、建物自体の骨組みがコンクリートから突出し、ステージの、電樹から発生する風圧に巻き込まれていく。バランスの概念を作る骨組みを失ったスタジアムは骨をなくした人間の如く脆く崩れていく。快達が座る客席も埋没していき、その原型を失う。
巻き込まれたそれらの鉄骨は、稲妻の宝玉と合体し、数秒も経たないうちに厳つい巨大な拳を造形する。
「いって…おいマジかよ」
固い瓦礫に尻餅をついた快は眼前で起こる天災を凝視する。幸い、電樹も考慮していたか、落下の高さはそこまでではなく、数分痛む様な怪我だ。とはいえ、スタジアムを破壊したのだ。勝敗はどうあれ、罰則が与えられるだろう。
からくりは恐らく電磁石だ。稲妻を銅線として螺旋状の電磁石を生み出し、金属を呼び寄せたのだろう。
「まともに受けたら死ぬぜ、避けるんじゃねぇぞ」
黒い拳を甲殻同様、輪郭だけの模造品で、そこに美しさも何も感じられない。ただただ荒っぽい殺意を感じるだけだ。
「成る程──、面白い。ならばこちらも全身全霊で」
剛拳を前に冬真は薄ら笑いを浮かべ、冷気を爆風に乗せ、空気を制する。その冷気が崩壊したスタジアムを凍てつかせ、客人の身体に霜が降り始める。
「すっげ、でもこれでてめぇに遠慮なく攻撃できる」
殴打の構えをとり腰を落とす。視線と意識を冬真に集中し、呼吸を整える。鉤爪を鳴らし、豪腕を螺旋状の稲妻が取り巻く。そして──
「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
拳を空間に振り下ろす。その動きと連動する形で空に浮く拳、否、鉄の塊が冬真の額を矛先に捕らえ、電樹のそれと同等のスピードで突っ切る。風を纏った拳は停止を忘れ、ただ進む。龍の力を持ってこれが最大限。腕の肉と繊維が千切れ、吹き出る血が視界を赤く染める。
「氷結世界・刹那・アルティメット
眼前に迫る鉄塊を見据えながら3つの単語を呟く。絶対零度の風圧が拳を正面から受け止める。冷気の壁、それを抜いてまだ本体から放たれる氷結が待っている。満身創痍の身体を無理矢理奮い立たせ、黒い豪腕のスピードを更に上げる。
「がぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「────ッッ!」
冷気が割られ、貫通した豪腕が氷塊とぶつかる。豪腕が軋み、破片が粉になって崩れる。氷塊はひび割れ、次第に拳の着地地点から剥がれ始める。
一層、拮抗し続ける両者の攻撃はやがて超常を呼び起こす。稲妻が地に蔓延り、コンクリートの更に下、地球のプレートが悲鳴をあげ激しく地面を震撼させる。
地割れを繰り返し、原形を失おうとしている地面を氷結が凍てつかせる。超低温にまで下がった気温が、全てを雪の世界へ転換させ、季節が風景上狂う。

───そして、

けたたましい破裂音。ガラスが崩れる様な音が鳴り響くと共に凄まじい風圧と白煙が空間を蹂躙する。空から降る粉は磨耗した鉄骨と、氷の破片。白煙が充満し、客席で圧倒されていた快は片目を瞑りながら残骸と化したステージを見下ろす。機材の大半を持っていかれた実里はただただ唖然としている。

やがて白煙が晴れ、瓦礫の山が姿を現す。
「ごほっ、がはっ…痛てて…」
煙を吸い噎せた雷龍の姿が誰にも等しくはっきりと視界に映る。牙が数本折れ、内臓が潰れ口からごぼりと血が噴く。勇猛で獰猛だった鉤爪も無惨にも破砕し、脚は瓦礫と鉄骨に潰され存在すら確認出来ない。だが、地面と瓦礫の間から流れる赤い液体がそれを物語っていた。
と、同時に反対側でも氷龍が姿を現す。出血は勿論のこと、頬を何かに薙がれたのか、牙を埋めた歯茎周辺の皮が削がれている。目立った欠損はないものの、腹部に突き刺さる鉄骨が致命傷となっている。冬真は腹からずるりと飛び出た腸を見下ろすと、観念したようにため息を吐く。
「戦闘の存続は不可能と判断しました。納得のいく戦いになりましたし、運任せの勝負で終わらせることを進言します」
「じゃんけんって言えよな分かりづらい。でも賛成だ。歩けねぇ」
これ以上は命に関わる、と判断した2人は少しづつ繋がる神経と筋繊維を見てじゃんけんで勝敗を決めることを決める。様子を悟った実里は、息を思い切り吸うとマイク無しの声量で叫ぶ。
「それではぁ!Aリーグのぉ!決勝の勝者はぁ!両選手のぉ!回復次第でぇ!じゃんけんでぇ!決めたいと思います!!」
やけくそみたいなアナウンスを耳に入れつつ、2人同様に満身創痍のスタジアムを眺める。どうやら場所を移さなければならないようだ。何はともあれ、こんな怪物と決勝でやり合わなくてはいけないのか、快は八つ裂きにされる未来を封印して、気合いを入れ直す。こうして、五神龍という伝説どうしの戦いは幕を閉じたのであった。
「まぁ、迷惑かからねぇところでいつか、もっかいやりあおうぜ」
電樹は両手を挙げて、再戦の提案をする。冬真も静かに頷いて言葉を紡ぐ。
「そうですね。地元だと確か頑丈なシェルターが常備されていた気が。来週にでも帰省して、そこでちゃんとした勝敗を決めまじょッッ」
「ああ?どうしたよ?痛すぎて吐きそうになっちまったぎゃッッ」
突然、語尾を濁らせる冬真を、嘲笑うかのように煽る電樹。だがその電樹も、言の葉の最後を曇らせる。
「ねえ!快!先生!なんか変じゃない?」
壮絶過ぎた戦いの余韻が残ったまま、外へ避難しようとする2人を怜奈が不安を帯びた声色で呼び止める。ふと、周りを見ると、何人かが、「おい!どうしたんだあいつら!」「ねえ、なんかおかしくない?」「まだ戦うのか?」と不安気な声を洩らしている。つられて快と鳥束も瓦礫の山に視線を移す。
「───ッ!」
視線を移した直後、その光景に2人は驚愕のあまり目を見開く。
「おい…冗談だろ?夢でも見てんのか?」
「いいや、残念ながら夢じゃないね。とはいえこれは…」
眼前に広がる風景、夢だと思いたい思考は直後に響く絶叫により掻き消された。
「がぁぁぁあぁぁぁぁぁッッ!!」
「ぐぅがぁぁぁあぁぁぁぁぁッッ!!」
終戦を意思として固めた2人──、雪原冬真と宮川電樹が奇声をあげながら悶え苦しんでいる。指先で顔を掻き毟り、 口から吐瀉物を吐き出す。そして再び、閃電と冷気がスタジアムを襲う。身体中に感じる麻痺を堪えながら快は起こっている状況を必死に処理する。だが、痺れと寒気がそれを邪魔する。
「快!」
怜奈の声が耳をつんざき、反射的にステージを見る。すると、更なる変貌が2人を悶えさせている。瑠璃色の稲妻、溢れる粉雪、黒光りする甲殻、氷の鱗と鎧、そして猛獣のような牙と鉤爪。解除したはずの龍化が、再び顕現しているのだ。
「なんだあれ!?」
先とは違う様子、2人の新たな形態に快は思わず声を張り上げる。盛り上がった背部から、突如翼が突出する。綺麗な薄い瑠璃色の翼膜にそれを仕立てる氷の翼爪。対しては甲殻同様に黒光りする翼爪。稲妻の色とは違い翡翠の翼膜が、左右で大きさの違う翼が、その歪さを語っている。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「──────ッッ!!」
変貌は止まらない。止まれない。甲殻と鱗が全ての人体を覆い、顔面も大きくまさしく龍のようになっていく。その大きさと合わさるようにその他の部位が、巨大化していく。勇猛で獰猛な伝説の生物。それはどこまでも強く、硬い。青白い眼光と蒼白い眼光が、この世界を蹂躙せんと、爛々と輝く。
「ゴガァァァァァァァァッッ!!」
と、氷龍が
「キシャァァァァァァァァァァァッッ!!」
と、雷龍が咆哮する。


理性を失った2匹は、翼をはためかせ、再び耳を壊せるレベルの咆哮を轟かせる。


雷と氷の戦いは、最終章へと胎動する。それは、世界の終焉と共に。 
しおりを挟む

処理中です...