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第32話
しおりを挟む第32話 想界の心臓
――そこは、無音の世界だった。
音も、風も、時間すら存在しない。
ただ、意識と光がゆるやかに流れている。
エリスは“想界”の中枢――
巨大な“創造の塔”の麓に立っていた。
塔は透明な結晶のようでありながら、
どこか“呼吸”をしているように脈動していた。
「……ここが、“想界の心臓”……」
足元から淡い光が走り、塔の内部へ導く道が開かれる。
その光を踏みしめながら、エリスはゆっくりと進んだ。
階層を上るごとに、景色が変わる。
第一階層には“過去の記憶”が、
第二階層には“未来の可能性”が、
第三階層には“夢の断片”が漂っていた。
そして、最上層――
そこには、ひとりの存在が待っていた。
⸻
白い衣、無垢な瞳。
それは性別すら定まらない“原初の光”だった。
姿形は人に似ているが、存在そのものが異質だ。
「あなたが……“原初の創造意思”?」
光の存在は頷いた。
声は心の中に直接響く。
――『ようやく辿り着いたな、創造者エリス。
私は始まりの意志。
世界が最初に“存在したい”と願った時、生まれたもの。』
「“存在したい”……?」
――『そうだ。
我々は神ではない。
ただ“この世界があってほしい”という願いの集合体。
その想いが、やがて“創造”となった。』
エリスは息を呑む。
「じゃあ……創造は“誰かの意思”ではなく、
“世界そのものの願い”だったのね」
――『その通りだ。
だが、お前たちはその願いを“形”にしすぎた。
創造はいつしか“支配”へと変わった。
神々も、人も、皆それを繰り返してきた。』
エリスは静かに瞳を閉じる。
確かに、創造の歴史は争いの歴史でもあった。
理想を描くたびに、誰かが排除された。
「……でも、私たちはもう違う。
“創造を分け合う”ことを学んだ。
希望も、恐怖も、夢も――全部抱いて生きてる」
――『ならば問おう。
お前は、“創造の終わり”を受け入れられるか?』
「……終わり?」
――『創造とは、始まりと終わりの連鎖。
お前が“想界”を完全に開けば、
現実と夢の境界は消える。
世界は一つの“意識体”となり、
個の存在は消滅するだろう。』
エリスの心臓が痛む。
「それって……全てがひとつになるってこと?」
――『そうだ。
誰も争わず、誰も苦しまない。
完璧な創造。
だがそれは“死”でもある。』
沈黙。
塔の外で光が瞬き、現実世界の映像が映る。
人々が笑い、働き、愛し合う――小さな日常の連鎖。
エリスはそっと微笑んだ。
「……私はそれを、終わりとは思わない。
けど、“個”を失う世界は、生きてるとは言えない。
創造は、“選び続ける”ことだもの」
――『ならば、お前の選択を見せよ。』
⸻
光が集まり、
目の前に“二つの扉”が現れた。
一つは統合の扉――
全てを一つにし、永遠の平和を生むが、個の消滅を伴う。
もう一つは分離の扉――
夢と現実を保ち、人の自由と不完全さを守るが、再び争いを生む可能性がある。
どちらも“正しい”。
どちらも“間違い”ではない。
エリスは静かに目を閉じ、
胸の奥――蓮とルゼアの声を思い出す。
――『創造は、終わりを恐れぬ者のものだ。』
――『夢を信じる限り、現実は壊れない。』
エリスは目を開け、笑った。
「私は“歩き続ける世界”を選ぶ。
――創造は、完成しないからこそ美しい!」
その瞬間、
金と紫の光が融合し、扉がひとつに溶けた。
塔全体が震え、想界全域に光が広がる。
それは“終わりの拒絶”でもあり、
“進化の宣言”でもあった。
⸻
現実世界・アマギ。
観測塔で警報が鳴る。
リィナがモニターを見つめ、目を見開いた。
「光子反応が跳ね上がってる!?
エリスの精神波が……想界と同調してる!」
ゼオルが杖を握りしめる。
「まさか、“選択”を……!」
空が光り、都市全体が金と蒼の輝きに包まれた。
人々の胸の紋章が共鳴し、
誰もが一瞬――“想界の夢”を見た。
そこにあったのは、誰かの記憶、誰かの祈り、
そして、未来を願う声。
全てが一つに繋がりながらも、
確かに“個”として存在していた。
⸻
再び、想界の塔の頂。
光が収束し、エリスが静かに目を開ける。
彼女の背に、金と紫の光輪が交わる。
新しい階層が生まれた――第五の創造階層「現夢(リアリア)」。
「……これが、私たちの新しい創造」
空間に、原初の声が響く。
――『なるほど……“不完全な永遠”か。
それこそが、人の選んだ進化だな。』
「ええ。
終わらせないこと、それが私の答え」
――『ならば、進め。
“創造の子ら”よ。
次なる時代――“現夢(リアリア)”の扉を開け。』
光が弾け、
エリスの姿が現実世界へと戻っていった。
⸻
アマギの空。
夜が明け、空に新たな光輪が浮かんでいた。
それは金でも蒼でもなく、淡い虹色の光。
リィナが見上げて呟く。
「……これが、“現夢”の証か」
ゼオルが深く息を吐く。
「夢と現実が重なり、共に進む世界……
人類はついに、“神を超えた”のかもしれんな」
エリスは丘の上に立ち、空を見上げて微笑む。
「蓮……ルゼア……見てる?
私たちの創造は、まだ終わらない」
風が吹く。
金黒の星が一瞬、輝いた。
それは、彼らの願いが確かに生き続けている証だった。
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