『時空転生ギフト:LV1から始まる神殺し計画』

あか

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11話

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第11話 「独立領域」

 時刻は19時58分。

 地下第2シェルター、廊下側の隔壁ドア前。

 俺たちは、並んで立っていた。

 列ってほどきれいじゃない。
 止血パッド貼ったままのやつ、片腕吊ってるやつ、顔色真っ白なやつ、足引きずってるやつ、泣きはらした目のまま立ってるやつ。

 でも——誰も座ってない。

 自分の足で、ここにいる。

 黛が最前列。
 その半歩後ろに俺とアイ。
 黒瀬と槙村と七瀬がそれを囲む形。
 さらにその後ろに、元クラスメイトたち。花音もそこにいた。立ってるだけで膝がガクガクしてるのに、それでも逃げなかった。

 “領域”の空気は、明らかにさっきと違ってた。

 息をするだけでわかる。
 この空間そのものに、うっすら俺の感覚が混じってる。

 「ここは、うちらの場所」っていう意識が、この廊下の壁にも床にも染みてる感じ。

 感覚としては……そうだな。
 全員の不安を背中に背負ってる、っていうより、全員が俺の背中につながってる感じ。
 俺が立ってることで、みんなが立てる。
 代わりに、みんなが立ってることで、俺も折れずに済んでる。

 あぁこれ、マジで“場所になった”んだな、俺。

 19:59。

 隔壁ドアのロックランプが、赤から黄に切り替わる。

 七瀬が小声で言った。「……来る。管理局側のアクセスキーが入った。あいつだ」

 アイが小さく息を吸う。

 黒瀬は肩をぐるぐる回しながら、ボソッと呟いた。「心の準備はした。肉体の準備はしてない。まあどうにかなるだろ」

「お前そのノリでよく死なねぇな」と槙村。

「“よく死なない”っていう評価どうなんだ俺」

「褒めてんだよ」

「ありがとユイ愛してる」

「軽い!!!!」

 七瀬はタブレットを胸元に抱きしめ、早口で言う。「録音もログも回してる。うち側の回線と、今の“領域ID”の並列表記も記録済み。法的に殴れるとこは全部殴るからね黛先輩、あとは言葉選びだけ気をつけて、ね!? マジで法律に刺さる言い回ししてね!? “俺たちの領土!”とか言わないでね!? それ言ったら一発で国家反逆罪デス!!」

 黛「……わかった」

 俺「え、今ふつうに言おうとしてなかった?」

 黛「言おうとしてたな」

 アイ「やめて」

 20:00。

 隔壁ドアが開いた。

 ——無音で。

 金属の塊が開くのに、音がほとんどしないのは逆に怖い。
 これは管理局側の技術っていうより、明らかに神楽坂の“演出”だと思う。出現自体をショー化して、こっちに呼吸させないやつ。

 黒いスーツが姿を現す。

 神楽坂。

 昼間と同じ、完璧に整った姿。
 スーツは汚れてない。ネクタイも乱れてない。肩に傷一つない。

 その後ろには、監査班の隊員が二人。
 御門はいない。
 神楽坂は、ほんとに「必要最小限だけ連れてきました」って顔で、こちらに静かに歩いてきた。

 彼は足を止めて、俺たち全員をぐるりと見渡す。

 包帯だらけの高校生集団と、その後ろで震えてる保護対象。そして、前に立つ黛。

 神楽坂は、うすく微笑んだ。

「きみたちは、本当に“全員で”来るんだね」

 その口調は、驚きというより観察に近い。
 そして、その観察がすでにデータとして冷たく整理されてるのが透けて見える。

 黛が低い声で答える。

「提案は聞いた。今から“こちらの回答”を伝える」

 神楽坂は「ああ」と頷く。

「楽しみにしているよ」

 黛は一拍置いてから、はっきりと言った。

「——拒否する」

 空気がピキッと張る。

 アイが指先をぎゅっと握る。
 黒瀬が小さく鼻を鳴らす。
 花音たちの肩が、一斉にすくむ。
 でも黛の声は揺れなかった。

「誰も外に出さない。誰も置いていかない。ここにいる全員で残る。……それがうちの選択だ」

 神楽坂のまなざしが、ゆっくりと細くなる。

「全員残る、か。——愚かだね」

 その言い方は淡々としてる。
 感情がこもっていないから、逆に刺さる。

 黛はそのまま冷静に返す。

「愚かで結構だ。俺たちはクラスだからな」

「クラス」

 神楽坂は、軽く笑った。

「この状態を、まだ“クラス”という言葉で呼べるのが、君たちの強さであり、同時に弱さでもある」

 七瀬が小声で俺の袖を引っ張って「いまの“弱さでもある”って言い回し記録。これ完全に“後で潰す理由の伏線”だから」という恐ろしく冷静なメモを入れてくる。怖い。

 神楽坂は、穏やかな声で続けた。

「では確認しよう。
 きみたちは“隔離”に同意しなかった。
 “自主的にここに残った”という物語は使えなくなった」

 黛「そうだ」

「つまり——」

 神楽坂は、ゆっくりと両手を広げ、宣言した。

「桐生東高校は20時00分をもって、“反乱区域”に指定する」

 通路の空気が、ぐっと重くなった。

 七瀬のタブレットが赤い警告をはじき出す。

 ──管理局通達
 ──臨時決定:第18指定区域“桐生東学区”における特異行動集団を、準武装反乱勢力と見なす
 ──市街保全のため、隔離・排除オペレーションの許可を発行

 ……“反乱勢力”。

 俺たち、ついに公式に、そう呼ばれた。

 アイが、小さく息を呑む。「これ、マジでやる気だ。もう話し合いの体裁とる気ない顔」

 槙村が歯を食いしばる。「これであっちからの攻撃は“治安維持”ってラベルついちゃう……!」

 花音たちが、ザッと身を寄せる。「やだやだやだやだ」「ムリムリムリムリ」「こわいこわいこわいこわい」

 黒瀬は目を細め、ふっと笑った。「あーあ。これ、もう完全に喧嘩だな」

 黛は、まっすぐに神楽坂を見る。

「それが、お前らの答えか」

 神楽坂は、穏やかに頷く。

「そうだ。これが“都市”の答えだよ。
 だから、もう一度だけ提案する」

 そう言って、神楽坂はゆっくり、俺のほうへ視線を移した。

 皮膚がぞわっと粟立つ。

 ああ、きたな。

「神谷 蓮」

 俺の名前を、静かに、はっきりと呼ぶ。

「きみひとりが管理局に同行するなら——“反乱区域”指定は取り消す。封鎖もしない。きみ以外の生徒は日常へ戻れる」

 その場にいた全員の呼吸が、止まる音が聞こえた。

 アイの指が、俺の袖をつかんだままぎゅうっと握り込む。
 痛い。でも離さないでくれ、って気持ちのほうが強い。

 神楽坂は、まるで教師が優等生に「答えられるよね?」と聞くみたいな口調で続ける。

「選びなさい。きみのクラスメイトたちの自由をとるか。きみ自身の自由をとるか」

 喉が、カラッカラに乾いた。

 これ。

 これがこの人のやり口だ。

 “選択権を与えている”って形にして、全部押しつける。
 “彼らを檻から外に出すかどうかは、きみが決める”ってラベルを貼る。

 もし俺が「わかった、行くよ」って言ったら、
 みんなは助かる。代わりに俺は終了。サンプル扱い。解剖コース。

 もし俺が「行かない」って言ったら、
 今度は“みんなが閉じ込められるのはお前のわがままのせい”っていう物語が完成する。

 どっちを選んでも、俺は“悪役”だ。

 ……正直に言う。

 心のどっかで、一瞬だけ、揺れた。

 「俺が行けば、アイも、花音も、こいつら全員、普通に戻れるなら……」って。

 ほんの一瞬だ。
 でも、その一瞬は、本物だった。

 たぶん俺が俺じゃなかったら、そこで折れてる。

 だから、俺はその一瞬を自分で殺した。

 腹に力を入れて、ゆっくり息を吐いて、言う。

「悪いけど」

 神楽坂の視線が、静かに俺に定まる。

「その二択、もう古いんだよ」

 アイが小さく笑った。
 その笑い方は泣きそうで、でも誇らしげだ。

「……そういうとこ好き」

「アイ真顔で言うのやめて心臓に悪い!」

 神楽坂は首をかしげる。「古い?」

「ああ。今のは“俺ひとり vs 全員”の形だろ? そのフォーマット、もう通じないんだよ。だって俺、ひとりじゃないもん」

 そう言ってから、俺は一歩、前に出た。

 足が勝手に震えるのが、自分でわかる。
 でも、立てる。
 立てるのは、今ここにみんながいるから。

 俺は、はっきりとした声で宣言した。

「この場所は、もう“桐生東高校”じゃない」

 神楽坂の目が、わずかに細くなる。

「何を言っている?」

「ここは、“俺の領域”だ」

 七瀬が「言った……!」と息を呑む。
 槙村が「ログ取りました……!」と泣きそうに小声で言う。
 黒瀬はにやっと笑って「よし、いったな」。

 俺は続ける。

「正式名称:《神谷 蓮 領域(仮)》」

「仮ってつけるなよそこは!」アイがツッコむ。

「“仮”って出たんだよシステム上しょうがねぇだろ!」

 神楽坂は、目を瞬いた。
 ほんの、一秒。
 それは驚きだった。

 この人から一瞬でも形のない表情が漏れるのは、なんか……ちょっと気持ちよかった。

 俺は畳みかける。

「俺は宣言した。ここにいるやつらは全員、俺の“仲間”だ。
 その仲間を、この領域の“保護対象”として登録した。
 外部の一方的な支配や拘束は、ここでは許さない。
 ここでの戦闘行為は、“正当な自衛”として即記録させる」

 神楽坂の目が、ほんの少しずつ、冷たくなる。

 俺はさらに言った。

「つまり、ここにいるやつらを、管理局の名目ひとつで“連行”することはできない。
 “この場所に手を出す”って行為、それ自体が、管理局の違法介入としてログに残る」

 七瀬がタブレットを掲げる。「はい録画してまぁーす! はい領域IDと管理局IDの並列表記も自動保存されてまぁーす! はいこれ裁判突きつけたらニュース案件コース入りま~す!」

 槙村「“未成年の隔離と強制拘束を行いました”って記録残るの、管理局としてはめっっっちゃ燃える案件だからね」

 黒瀬「つまり、下手に手ぇ出したら“お国の顔”が泥だらけってこと。たぶんお偉いさん泣いちゃうわ」

 神楽坂は、黙って聞いていた。

 目は笑っていない。
 でも、口元にはまだほんのり笑みが残ってる。

 やがて、彼はゆっくり呼吸を吐いた。

「つまり、きみはこう言いたいわけだ。
 この場はもう“学校”ではなく、“きみという異常存在の影響下にある独立領域”である、と。
 そして、ここにおける行為は、すべてきみ自身の管理下で行われるので、管理局は勝手に触れない、と」

「そうだよ」

「……ふむ」

 神楽坂は、目を閉じた。

 そして目を開けたとき——初めて、彼の目に、ほんのわずかな熱が宿った。

「本当に、“神谷蓮領域”と名乗るとは思わなかったよ。面白いね」

 アイがボソッと言う。「また“面白い”って言葉で済ませた。殺意沸くな~~~」

 神楽坂は続けた。

「ひとつ、だけ。確認しようか」

 その声は、今までと違っていた。
 やわらかい。けど、底がない。
 真空みたいな声。

 嫌な汗が背中にじわっと浮く。

「きみは言った。“ここにいるやつらは全員、仲間だ”と」

「言った」

「なら、こうした場合は?」

 神楽坂は指を鳴らした。

 カチ、と乾いた音。

 同時に、後ろの監査班の一人が、金属ケースを静かに持ち上げた。

 ケースの上がスライドする。
 中から、小型のデバイスが起き上がる。
 拳より少し大きい、立方体の機械。
 前面には、赤黒い、脈打つようなコア。

 見た瞬間、七瀬が蒼白になる。

「やっば。あれ——」

 黛が低く呟いた。「あのサイズの圧縮コアを街中で使うか。頭おかしいな」

 俺はまだ、何かわからなかった。

 でも、神楽坂が次に言った言葉で理解した。

「“神域干渉体 呼び出しビーコン”。
 ここにいる誰かの“存在タグ”をサンプルにして、『排除対象です。この個体を捕獲/消去してください』って、上(=神域)に投げるための端末だ」

 空気が一瞬で凍った。

「……は?」

 俺は、思わず素で言った。

「お前ら、神呼べんの?」

「呼べるよ」
 神楽坂はあまりにもあっさり言った。

「こちらにもチャンネルがある。神域管理階層とは、協定を結んでいる。必要時には“消去依頼”を上げることができるし、向こうもそれを処理してくれる」

 アイの喉が、ごくり、と鳴る。
 目が怒りよりも先に、はっきりとした恐怖で揺れる。

「なにそれ……じゃあ、今までの“事故”って……」

 槙村が、息を呑んだ。「“神域暴走”ってニュースで言われてたやつ。あれ……本当に偶然だったの?」

 神楽坂は、悪びれずに言った。

「場合によるよ」

 ——あ。

 これ、怒りよりも冷たいやつだ。

 “この街の災害のいくつかは、管理局が神に依頼して落としてる”。
 人間が、神を使って同じ人間を整理してる。

 吐き気が、喉の奥からこみ上げる。

 神楽坂はつづけた。

「質問を変える。
 きみが“仲間”と呼ぶこの集団のうち、ひとりだけを“サンプル”として神に差し出す。それだけで、この区域は当面安全になる。
 この“ビーコン”には、その機能がある」

 アイの呼吸が止まる。

 七瀬の指が震える。

 黒瀬の目が、笑いを失う。

「……なぁ、それって」

「そう」神楽坂は頷いた。

「誰かひとりを“排除対象”に指定してくれればいい。
 たとえば——」

 彼は、ごく自然に、視線を花音に向けた。

 世界が、そこで暗くなったように感じた。

 花音の目が、びくっ、と揺れる。

「や、だ……やだやだやだやだごめん、やだ、いやだ、やだ……っ」

 アイが即座に動いた。

 花音の前に、すっと立つ。
 肩幅ぶんだけ、完全に花音を覆い隠すように。

 動きに、迷いが一切なかった。

 震えてない。泣いてもない。

「——殺すよ」

 アイの声は低くて静かで、耳の奥に刺さる。

 笑ってない。
脅しとか虚勢じゃない。
 ほんとにそうするっていう声。

「花音に指一本触れたら、私があんたを殺す。神楽坂」

 神楽坂は、ふっと笑った。

「勇ましいね、月城アイ」

「勇ましいじゃない。マジだから」

「でも、現実を見なさい」
 神楽坂は静かに続ける。

「これは交渉だよ。
 “ひとり差し出す”だけで、残り全員が守られる。
 合理的だと思わないかい?」

 ああ。

 この男は、最後まで同じなんだな。

 “守るためだよ”って言葉を、ナイフみたいに使うやつ。

 ほんの一瞬、場の空気に、ざらつく気配が走った。

 それは恐怖、じゃない。
 でも、揺れだ。
 「誰かひとりで済むなら……」っていう誘惑が、確かに空間に生まれた。

 それを、俺は手で引きちぎった。

「その提案、いらないって言ったろ」

 神楽坂がこちらを見る。
 目がほんの少し冷える。

「何?」

「“誰かを差し出せば、みんな助かる”っていう話。もうそれ聞き飽きた」

 俺は一歩、前に出た。

 足が震えるのを隠しもしない。
 この震えは、逃げたいからじゃない。むかついてるからだ。

「お前らのルールって全部そうだよな。
 “救うためだよ”“守るためだよ”って言いながら、切り捨てる相手を指差させる。
 自分らの手じゃなく、俺たちの手で仲間を選ばせようとする。
 それ、きれいな言葉で包んだだけのリンチだよ」

 神楽坂は、初めて笑わなかった。

 声の温度が、ほんの少し下がる。

「君は甘い」

「甘いって言われるのも飽きたわ」

 俺は、はっきり言った。

「俺は“全員で生き残る”って言ったんだよ」

 その瞬間。

 領域が、震えた。

 それは、物理的な振動じゃなかった。
 頭蓋の内側から、空気そのものから、同時に響いてくる、低い鈴みたいな音。

 ピィィィィィィィィン……。

 わかる。
 これ、“領域”が俺の言葉を受けて動いた。

 俺は手を前に突き出した。

 俺の目の前に、白いウィンドウが走る。

 ────────────────
 《領域機能:保護宣言》
 対象:領域内存在(同一リンク共有者)
 効果:
 ・選択対象の“排除指定”を無効化
 ・外部ビーコンからのロックを拒否
 ・反応信号を強制的に“領域主”へリダイレクト

 副作用:
 ・領域主に“排除指定”が集中します
 ・敵対優先度:最大
 ────────────────

 ——あ。

 そういう仕組みかよ。

 「誰かひとり差し出せば」という話そのものを、無効化する機能。

 代わりに、“全員分のヘイトを俺一人に集める”。

 わかりやすい。
 わかりやすいけど、はっきり言ってクソ。

 でも、それでいい。

「《保護宣言》」

 俺は言った。

 ウィンドウが一気に弾け、仲間たちへ、花音へ、アイへ、黒瀬へ、槙村へ、七瀬へ、黛へ、そして後ろに固まっている元クラスメイトたちひとりひとりへ、光の筋が走る。

 その瞬間、神楽坂の持ってきたビーコンが、けたたましく異音を発した。

 キィィィィィィィィィィィィィ!!!

 監査班の隊員があわてて制御しようとする。「ロックできません! ターゲット指定が、全部——」

「全部、“神谷蓮”に集約されてます!」

 神楽坂の目が、そこで明確に細くなった。

「……なるほど。そう来たか」

 アイが一歩、俺の隣に立つ。「はい蓮、言う。絶対言う。……“バカ”。」

「いやわかってる!! わかってるけどそれしかやり方ねぇんだよ!!」

「わかってるから言ってんの!!!」

 アイの目が潤む。怒ってるのに、泣きそうで、でも笑ってる。

「ほんっとバカ。ほんっとにバカ。だいすき」

「情報量っ!!?」

 また心臓が変な鼓動を打った。マジで死ぬわこれ。

 神楽坂は、静かにビーコンを見つめてから、目だけを俺に戻す。

「すべてを自分に引き受ける、と。
 “この中の誰かひとりじゃなく、全員を守れ。狙うなら俺だけにしろ”と。
 それが、きみの今の回答だ」

「そうだよ」

「馬鹿げてる」

「お前らのやり口より好きだわ」

 沈黙。

 神楽坂は、ほんのわずかだけ、呼吸を吐いた。

「……了解した」

 え?

 その言い方は、いつもと同じ柔らかさなんだけど。
 でも、その柔らかい言葉が、今回は別の意味を持ってた。

「了解した?」黛が低く言う。

「今ここでの直接制圧は行わない」神楽坂は淡々と言った。

 全員が一瞬、息を呑んだ。

 七瀬が思わず「っしゃああああああああああ!!!」って叫びそうになって、槙村に口をふさがれる。

 神楽坂は続ける。

「理由はふたつ。
 ひとつ。きみたちの“領域”は、現時点で法的グレーゾーンだ。ここで未成年に対して即時の武力行使をすれば、上に説明が難しい」

 七瀬がタブレットを握りしめ、顔をクシャッとさせる。小さく、震える声で「記録してよかった……!」って呟いた。涙声だった。

「ふたつめ」

 神楽坂は、ほんの一瞬、笑った。

 今度の笑いは、妙に正直だった。

「きみは確かにバグだ、神谷 蓮。
 だが——」

 その目が、冷たい光に変わる。

「バグというものは、放置するだけで自己増殖してくれることがある。
 わざわざ潰さずとも、きみは勝手に“神側と管理局側の両方から”狙われる。
 つまり、きみはもう“都市の外敵を引きつける磁石”になった。……利用価値がある」

 空気が一気に冷える。

 アイの顔が、怒りで歪む。「……は?」

 神楽坂は結論だけを、穏やかに言った。

「だから今は、手を出さない」

 ああ。そういうことか。

 「守ってやるよ」じゃないんだ。

 「この状況、お前をエサにして使えるから、今は殺さない」ってことだ。

 お前は囮として役に立つから、まだ殺さない。

 そう言われて、逆に腹の底が静かになった。

 こいつは、ちゃんと敵だ。

 やっぱり敵だ。

 敵でいてくれるほうが、わかりやすい。

 神楽坂は、俺を見て、ほんの少しだけ目をすがめる。

「神谷 蓮。
 きみは、今日この時点で、正式に“都市級リスク”として登録された。
 今後きみは、管理局にとっての対象X、神域管理階層にとっての逸脱因子、そして人間社会にとっての不安定要素として扱われる」

 七瀬がタブレットを睨んで「“対象X”登録きた……マジで特別指名手配じゃん……」と顔をしかめる。

 神楽坂は続ける。

「世界は、もうきみを普通の高校生とは見なさない。
 これは、礼儀として伝えておく」

「礼儀て」

「期待しているよ」と神楽坂は言った。「この街が壊れる前に、きみがどこまで足掻けるか」

 その言葉は、本当に心からのものみたいに聞こえた。

 だからこそ、ぜんぶ腹が立った。

「——最後に忠告だ」

 神楽坂は踵を返しながら言った。

「“神谷蓮領域”の宣言は、神域側にもすべて共有されている。
 彼らは興味を持った。
 今夜のうちに、君に直接“やりとり”を求めてくるだろう。
 それは交渉じゃない。スカウトだ。覚悟しておけ」

 アイが低く唸る。「……また“神側に来い”ってやつ」

「そう」

 神楽坂は振り返らずに言った。

「今度は、優しい言い方じゃないはずだよ」

 そのまま彼は、監査班とともに歩き去っていく。
 隔壁ドアが再び閉じ、ロックランプが赤に戻った。

 音が消える。

 静寂。

 張りつめていたものが、一気に緩む。

 その瞬間——

「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」

 七瀬がその場で崩れ落ちて、床に転がった。

「し、死ぬかと思った!!! なにこれ!!! ハイレベル交渉生で見るやつじゃないから!!! 私まだ十代だから!!!」

 槙村も安堵で腰が抜けて、その場にぺたんと座り込む。「よ、よかったぁぁぁぁぁぁ……!」

 黒瀬は壁に背中を預けて、ゆっくりと息を吐いた。「あー……はい、生存確認。俺まだ生きてるわ。やったな」

 花音はその場で膝を突いて、両手で顔を覆い、肩を震わせて泣き出した。
 泣き声は子供みたいにぐしゃぐしゃで、ずっと我慢してたのが崩れたみたいだった。

 アイは——俺の胸に頭をゴンッとぶつけてきた。

「痛い痛い痛い!」

「うるさいバカ!!!!」

「なんで俺殴られてんの!?」

「バカだからに決まってるでしょ!!!!」

「理不尽だな!? いやわかってるけど!!」

 アイは俺の服をぐしゃっと掴んだまま、顔を押しつけるようにして小さく言った。

「ありがと。生きてて。……ちゃんと私の隣にいてくれて」

 胸が熱くなる。

 一瞬だけ、手を伸ばしてアイの頭に触れた。
 髪、ばさばさだな。汗でぺたぺただし、血ついてるとこあるし。
 でも、あったかい。

「……約束したからな」

「うん」

「全員で生き残る」

「うん」

「だから、まだだ。まだ終わってねぇ」

 アイは小さく笑って、俺の胸を軽く拳でコツンと叩いた。

「うん。終わってない」

 その時。

 俺の視界に、勝手にウィンドウが開いた。

 真っ黒な背景に、白い文字だけが浮かぶ。

 ────────────────
 《神域直接接続 リクエスト》
 送信元:上位監理層
 優先度:最上位
 メッセージ:
 「——あなたの“領域”は、興味深い。
  交渉ではない。選択でもない。宣告だ。
  神谷蓮。
  あなたは、神々の戦場に足を踏み入れた。
  以後、あなたは“人間代表”として扱う」
 ────────────────

 ……。

 は?

 “人間代表”って何その肩書。

 勝手に決めんな。

 いや待て。
 “代表”ってことはつまり、“これからは人間と神との話はお前通してやるから”ってことだよな?
 俺を経由しないでこの街に干渉しません、その代わり、俺以外に直接手を出すとログ残るよ、ってことだよな?

 それってつまり、俺が正式に“窓口”になっちまったってことだよな。

 ……えぐい。

 俺はウィンドウを見つめて、口の端だけで笑った。

「なぁ、みんな」

 アイが顔を上げる。
 黛がこちらを向く。
 黒瀬と槙村と七瀬も、花音も、視線をこっちに向ける。

 俺は、言った。

「世界、マジで俺たちのこと本気で敵に回したわ」

 七瀬「知ってたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 黒瀬「やっと本番ってことか」

 槙村「死なないでねマジで私メンタル死ぬから」

 花音「どこにも行かないで……」

 アイ「じゃ、決まりだね」

「決まり?」

 アイは涙の跡が残った顔で、いつもの調子で言った。

「“人間代表”とか“対象X”とか“バグ”とか好きに呼べばいいよ。
 でも——」

 アイは拳を握り、胸の前に上げる。

「うちらは“クラス”。それだけは変わんない」

 胸が、じんわり熱くなった。

 そうだ。

 肩書きがどう増えようが、敵がどれだけ増えようが、世界にどう扱われようが。

 俺たちは、俺たちだ。

 俺は小さく笑って、拳をアイの拳にコツンと当てた。

「よし。じゃあ……」

 喉が乾いてるのに、声がちゃんと出る。

「クラスのみんな——ようこそ、反乱区域《神谷 蓮 領域》へ」

 その瞬間、通路に笑い声とすすり泣きが混ざって、ぐしゃぐしゃな音になった。

 でもそれは、ちゃんと生きてる音だった。

(第11話 終)
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冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
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「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

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