詐欺る

黒崎伸一郎

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父の危篤

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それは母からの電話であった。
焼き鳥屋の外で携帯を取り出した後の直美の顔が青ざめた。
(なんか変だ)と思い外に出て直美を問いただす。
「お父さんが、お父さんが意識不明だってお母さんから電話が…」
直美の父親は先月の末に手術が成功したばかりだったはずなのに「どうして…」直美は両手で顔を塞いだ。
「とりあえず病院へ急ごう!」
私は焼き鳥屋の残りの注文をキャンセルして会計を済ませタクシーを呼んだ。
タクシーが来るまでに近くのコンビニで酒の匂いを消すためにガムを二個買い、直美に一個を渡してタクシーで病院に急いだ。
タクシーの中でガムを取り出して口に入れ「はー」と私に息を吹きかけ「匂い大丈夫?」と酒の匂いがしないか私に聞いた。
「大丈夫」と私は言った。
直美のなんともいえない爽やかな匂いを嗅いている自分を(いけない、こんなことを考えている時ではない!)とタクシーの中で首を振った。
病院に着きタクシーを降りた二人はとりあえず私は病院の受付で待っていて直美を父の病室に行かせた。
私は直美の父と母の顔は写真では見たが会ったことはない。
直美も私を両親にボーイフレンドと紹介できるかといえば少し無理がある。
私がいくら若く見えるとはいえ(実際はそこまで若くは見えない!)歳の差は二十をはるかに超えている。
だからと言うわけではないが、今までは二人の前には現れることができなかったのだ。
無論、萩原海人の知人と名乗ることもできることではなかった。
直美の父は未だ意識不明で今夜は病院に母と一緒にいるという。
「わかった。気はしっかり持つんだぞ!何かあったらメールでもいいから必ず連絡してくれ!」
と言って病院を後にした。
(せっかく手術が成功したんだ。
必ず目を覚ましてくれ!)と私は願いながら直美の連絡を待つことにした。
アパートに帰った私は駅のロッカーに直美に買った品物を入れていたのに気づいた。
明日取りに行ってアパートに置いておこうと思って直美にメールで伝えようとしたが、今はそれどころの問題ではないと思い携帯を置いた。
私は布団の中で今夜は眠れないかもしれないと思ったがそれよりも直美が心配だった。
両親思いの優しい女性で優しさが強過ぎて心が落ち込むのが怖かったのだ。
結局その夜に直美からの連絡はなかった。
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