詐欺る

黒崎伸一郎

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守るモノ

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葬式が終わり何もやる気が起きない。
飯は愚か、水さえ飲む気にもならずただベッドの上にいるだけだ。
携帯の電池さえ切れていて充電もしていない。
私はこれからどうやって生きていくのだろう。
直美が今でも横にいるようで、ふと話しかけそうになる。
話しかけた直美が腹を抱えて笑う姿をもう二度と見ることはない。
私は首を振り続けた。

三日経った朝、私は仕方なしに外に出た。
生きていれば腹は空く。
腹が空いたのが我慢できなくなったのだった。
コンビニでおにぎりを一つとペットボトルのお茶とミネラルウォーターを一本ずつ買ってマンションに戻り風呂に入る。六月の半ばで今年は少し温度と湿気が高い。
五日間風呂に入ってないのでやはり臭い。
おにぎりを食べ、風呂に入って私は喫茶店に行った。
喫茶店に入った私は直美の好きだったアイスミルクティを頼む。
よくこの喫茶店にも二人で来ていた。
まだ目の前に直美がいるようだった。
私は充電した携帯の電源を入れると五日分の着信とメールが山のように入っている。
私にこんなに知り合いがいたかというような数ではあったがその多くは浩司の弁護士と明からだった。
浩司の弁護士はおそらく金の請求もあって連絡をくれと言ってきてるのだろう。私は今すぐに連絡する気もなく、後で連絡することにした。
明は葬儀にも私の唯一の参列者だったのでその時の礼を言わなくてはいけなかったので電話をかけた。
明は私を心配してくれていて夕方会う約束をした。
葬儀とかいろいろあって私のカードにはもうほとんど金は入っていなかった。
(待てよ…)私は直美の通帳の金があったのを思い出した。
確か借りた三百万円を返して通帳には千四百円ほどあるはずだった。
私はマンションに帰り通帳を開いた。
やはり私の返した金をそのまま記帳していた。
それとは別にもう一通通帳があった。
私が知らない通帳だった。
中を見て私は驚いた。
直美は一年前から仕事を始めてから一ヶ月十万円ずつ貯金をしていた。
そういえば「もしお金が必要だったならいつでも言ってね。
私も仕事してるから少しは貯めていってるから心配しないで…」
と直美が言ってたのを思い出した。
手取りが少ない中、二十歳前の女の子が月に十万円貯金するのはなかなか出来る事では無い。
それをするのが直美だった。
二人で真面目に生きて行きたかったな…そう思った。
でももう直美はいない。
ただ涙は出ない。
もう一生分の涙を流したのだ。
わたしは詐欺師に戻る決意をした。
守るモノが無くなったからである。
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