冥聖のアンティフォナ⓵

弧月蒼后

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記憶を失った悪魔

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何も見えない暗闇の中に一人、ポツリ。
ここはどこだろう。首筋が急に熱くなる。

「熱ッ……」

思わず首を押さえると、何かが首に巻きついていることに気付いた。

「ねぇねぇ、ルアグ」

どこからか声が聞こえる。

「誰だ……?」
「ずっと一緒に居てくれる?」

こちらの質問が聞こえていないのか。声はルアグを無視して語りかけてきた。

「人間は好きな人とケッコン?するんでしょ?
あたしもルアグとケッコンしたい!」

察するにそれはまだ年端もいかない少女の声だった。
声が暗闇に響く度、首筋がチリチリとした熱さに襲われる。

「ルアグはあたしとケッコンしたい?」
「君は、誰だ……?」
「あたしケッコンしたらルアグと……ゴホッゴホッ」

声の主は苦しそうに咳き込んだ。

「はぁ、はぁ……この身体がもっと丈夫だったら良かったのに」

息を乱しながら切なげに呟く声に微かに聞き覚えがあるはずなのに、思い出すことは出来ない。

「ねぇ、知ってる? 人間の肉って美味しいんだよ。血も一緒に飲むともう最高!」

突如声音が変わり、弱々しかった声に覇気が宿った。

「人間の、肉……? 何を言って……」
「人喰いがこんなにいいものだったなんて! なんで教えてくれなかったの?」
「人……喰い?」
「ルアグも食べる? ほら、ねぇ……?」

辺りが一気に明るくなり、眩しさで一瞬目が眩む。
腕で目を庇いながら光に目を慣らすと、そこには血だらけの女性が倒れていた。

「え……?」

倒れていたのは

「!? キア、キア!!」

間違いなくキア本人だった。
駆け寄って血で汚れた身体を抱き上げる。

「どうして、誰がこんなことを……」

きゃははは、と声の主が笑う。辺りを見回したが少女の姿は見つからなかった。

「ルアグも早く「人喰い《マン・イーター》」になろうよ」

腕の中のキアはすでに事切れていたが、ルアグは決して彼女を離さなかった。

「やめてくれ、俺は《マン・イーター》になんてなりたくない!」
「こんなに美味しいんだもん。もっと食べたくなる。あなたもこれからあたしみたいになるの」

酷く不安を煽る声だ。ルアグの心臓は恐怖からドクドクとうるさいくらいに胸を打った。

「ソレ、美味しいから、ルアグも一口どう?」
「もう、もうやめてくれ……!!!」
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