上 下
2 / 2

愛され王女の幸福は

しおりを挟む
※前作のスピンオフ的な作品です。
※死ネタ含みます。


私はこの国の王妃。
嫁いでくる前は隣国の一つの末っ子王女だった。

私には歳の離れた兄姉がいて、末っ子として可愛がられた少し我儘な愛され王女だった。

表向きは。

私はそう言う立場ポジションを周りから無意識に求められていたから、それに従っていただけ。
別に望んではいなかったのに。
私は早く自立したかった。
いつまでも愛玩動物のように可愛がられて、可愛い範囲の我儘を自然と強要される、あの善意の空間はとても窮屈だった。

兄も姉も両親にも別段不満があったわけではなかった。
確かに私は愛され可愛がられていたのだから。
でもやっぱり愛玩動物の域を出るものではなく、可愛がっていると言う愛していると言う善意を全面に押し出されている言動は、時折、私に閉塞感を与えていたのも事実だった。

その私の思いに気づいていたのは私の周りの数人だけ。
そのうちの1人が婚約者であった幼馴染でもある侯爵家令息。
もう1人は婚約者の彼と家同士の交流があり、遠い親戚にも当たる隣国の公爵家の令嬢。
あとは専属侍女の2人と、その専属侍女の1人の母親である私の乳母。
それと専属護衛の女騎士。
一番近い年齢の姉も多分気づいていた。
周りの人がいるときはお首にも出さないが、2人の時は何かと気にかけてくれていたのには気づいていた。
多分、私が生まれるまでは長い間末っ子だったから何となくわかるのだろう。


愛されているのはわかってる。
でもできれば1人の人間として、厳しい対応も私には必要だった。
でなければとんでもない悪女になっていただろう。
自分は世界の中心で我儘が通り、周りは私に無限の愛を振り撒き傅く。

その飴ばかりの周りから、敢えて鞭をふるっていてくれたのは乳母。
乳母姉妹であり専属侍女になったその娘もダメなことはダメだと教えてくれた。
もう1人の専属侍女はマナーなどにうるさく、女だてらに学園を主席で卒業していたため勉強や色んなことを教えてくれたベテラン。
なぜ侍女になったのか?そうは思ったが、まだまだ文官などの女性登用が少なかった時代だったから、この道を選んだと言っていた。
専属護衛の女騎士は寡黙で余計なことは言わなかったが、私が愛され王女らしからぬ態度でも、対応を変えない人だった。
護身術も少し教えてくれた優しい人だった。

幼馴染でもあった婚約者はすぐに私の本性を見抜いていた。
その上で大事にしてくれた。
とても幸せなことだった。

私は淑女になるより学者になりたかった。
愛され王女より1人の人間になりたかった。

だから彼との結婚を指折り数えていた。
彼は私に完璧な淑女を求めなかった。
自分といるときは快活に笑う方がいいと言ってくれた。
外面を繕うことは必要であっても、家の中ではそれを求めない、そんなのはお前らしくない。そう言ってもらえていた。

彼は侯爵家の嫡男ではなく次男だった。
侯爵家の持つ伯爵位をもらって独立する予定だった。
王女の降嫁先としては家格落ちるが不可能ではない。
それに愛され王女だった私には政略結婚を求められることはなかった。
国内は比較的安定していて、隣国とも悪くない関係を結んでいる。
だから私の要望がすんなり叶えられたのだ。

息苦しさは多少あれど、幸せだった。
その訃報を聞くまでは…。

彼が亡くなったと聞かされたのは結婚まであと2年を切ったところだった。
少しずつ結婚の準備が進んでいく矢先だった。
事故だと聞かされたがどうにもキナ臭かった。

でも愛され王女にはできることが限られている。私の周りは私を愛しているからこそ私に目隠しをして蓋をする。
でもそんなの耐えられなかった。

でも王女である私の立場では身動きが簡単には取れない。
そこで姉と慕っている隣国の公爵家令嬢に助けを求めた。
彼女は隣国の王太子妃としての未来が決まっており、とても優秀で人からも好かれていた。
彼女も遠い親戚であり、親しくしていた彼のことを思ってくれて、協力してくれた。

結果としてわかったことは、私に懸想と執着を抱いていた1人の令息とその父親が犯人だった。
ちなみに私はその男との面識は殆どない。
勝手な妄想を自分の中で作り上げて、勝手に暴走した結果だった。
その男の父親は彼の口車に乗せられてしまったらしい。
男の中では私と思い合っている設定だったそうだ。

もちろんそんな事実はどこにもない。

取り調べの中、自分の妄想を垂れ流してどうにもならない状況が続いたため、進展がなかなか進まず時間が過ぎていった。
そして私が無理言って彼と鉄格子越しに対面したいと申し出た。
危険だと無謀だと言われたが、自分の大事な人を失った悲しみをぶつけたい、そうでなければ前に進めない、そう訴え続けていれば周りが少しずつ絆されて面会が叶うようになった。

その時にはすでに私には次の縁談が進んでいた。
そう、姉と慕っていた公爵家令嬢を押し退けて、私は隣国の王太子妃になる話が進められていたのだ。
国内で妖精姫と謳われていた私には、国内での降嫁ではまた同じような危険が伴うかもしれない。
そう危惧した[[rb:国王陛下>父親]]達は、隣国の王太子妃、引いては未来の王妃としてのポストを与えたいと思ったそうだ。

冗談ではない。
私は王太子妃や王妃になるほどの教養はない。
と言うか与えられなかった。
幾ら勉強したいと言っても、“お前は愛され王女なのだから”と聞いてはもらえなかった。
もちろん最低限の教養はついている、マナーだってそう。
でも国を回すほどのものはない。
王妃となって国王の代わりにもなれない。

それに隣国の王太子は公爵家令嬢をとても大事にしていると聞く。
そんな思い合っている2人を引き裂いて何になると言うのだろう。

出来れば私だって彼を思って独り身を貫きたかった。
俗世を捨ててシスターとなり修道院で彼を偲んで生きたかった。
だが周りがそれを許してくれない。

彼の両親や兄弟には泣きながら謝った。
私のせいでと。私が婚約者として選んでしまったからこんなことに巻き込んでしまった。
ごめんなさい。ごめんなさい。

彼の家族は悲しみを抱えながらも、私を労ってくれた。

『貴女のせいではない。
全ては犯人達のせいだ。
貴女は王女であり誰からも愛されていた、だから降嫁の件は元々危険は承知の上だったのです。
それでも貴女と息子の睦まじい姿を見て私達は幸せだった。
出来れば生涯添い遂げてほしい。孫の顔も見たいと思っていました。
そんな未来が潰えたことの悲しみと怒りは今でもこの胸に渦巻いていますが、それは貴女にではありません。
貴女は息子を思って俗世を捨てるとまで言ってくれた。
私どもはそれだけで満足です。
息子は貴女に愛されていた。
これからは貴女の幸せを考えてください。
息子を忘れろとは簡単には言いません、時折思い出して偲んで頂ければそれで良いのです。
それだけで救われるのです。』

それが義父となるはずだった彼の父親からの最後の言葉だった。
それ以降は会えなくなったから。

結局のところ私は隣国の王太子妃として嫁ぐことになった。
姉と慕っている公爵家令嬢は側妃として私のサポートも含めて嫁いでくれることになった。

…良かった。

もちろん良いことだけではなかったけれど、思い合う2人を引き裂く悪女として見られることもあったけれど、伴侶となった王太子と側妃となった彼女のお陰で、私は悲劇を乗り越えて隣国から嫁いできた王太子妃として扱われた。

それは年月を重ねて、王妃になっても、自分が産んだ息子が王太子に立太子しても変わらなかった。
私が異性として愛していたのは彼だけ。
国王は家族として友人として愛した。
もちろん側妃は私にとって姉であり親友であり戦友である。

そういえばもう名前も顔も思い出せない、あの犯人の男と対面できたのは私がこの国に嫁ぐ数日前。

目の前に現れた鉄格子越の私に、妄想を垂れ流すその性根の腐った顔をみて、私が言ったことは。

『貴方のことなぞ知らない。
顔も知らないし覚えてもいない。
ただ名前は貴族名鑑に乗っているから知識としては知っている。でもそれだけ。
私はお前のせいで大事な婚約者を奪われて、隣国の王太子妃として嫁ぐことになった。
思い合う2人を引き裂く悪女にされた。
何もかも愚かなお前とその父親のせいだ。
お前はこれから死よりも苦しい責め苦を味わう。

だが誰も助けない。
私はこの国にすらいなくなる。
私からの温情などどこにもない。
気持ちの一欠片すらない。

そして私はお前のことなど忘れる。
覚えることさえ拒否する。
私はお前を許しはしないが、お前がどうなろうとどうでもいい。どうだっていい。
勝手に生きて勝手に死ね。
ではさようなら。』

いつもの朗らかな愛され王女の顔でこれらを言ってのけた。
最初は何を言われたのか分からなかったのだろう。
ポカンとした間抜け面の後に、激しく喚き騒いだ。
私は用は済んだと言う顔で早々に去った。
私の言葉を聞いていたのは、私に付き従う私の大事な侍女と護衛のみ。
あとは少し後ろに下がっていたため、聞こえてはいない。

私が何か話したあと暴れ始めた男に鎮痛剤を打ち、事後処理をしてもらって私はこの国にきた。

後に聞くところによると、私の言葉が相当効いたのか、憑き物が落ちたようにその後は大人しく取り調べに応じているそうだ。
てっきりそのままお花畑思考の中に殉じるのかと思ったが、そうではなかったらしい。

その男は強制労働施設に身柄を移され、苦役に努めているらしい。父親も一緒に。
その後どうなったかまでは知らないし興味はない。

ただその男の家は取り潰しになった。
当主である父親とその唯一の嫡男が犯罪を犯したのだ。
誰も継ぎたくないし、大して重要な家でもなかったので、領地は王家の直轄地になり家名は消えた。
あの男の母親は幼い頃に亡くなっているのだが、彼女は息子と夫の愚かさに草葉の陰で泣いていることだろう。


そんな男や過去のを思い出したのは、今目の前の問題から目を逸らしたいせいか。

少し前に立太子した息子の側近の1人がやらかしたのだ。

いや犯罪などではない。

ただ、二十歳も過ぎて数年経つ大人の男が、婚約者であった彼女に不誠実な対応を繰り返して婚約が解消。
その数日後に何を考えているのか、公開プロポーズを行うと言う暴挙に出たと言う。
もちろん相手の女性は冷たく切って捨てて立ち去ったらしい。

そんな男が息子の、王太子の側近。
幼少期からの幼馴染でもある。
大丈夫なのかと宮中が騒ついた。

息子も息子で少し人の機微に疎いが、流石に婚約者、今は妃として嫁いでくれている女性や周りの人間のことは大事にしている。
もちろん国民のことも考える優しい息子には育っている。能力も悪くない。
王太子妃になった彼女は、年下ながらも聡明でしっかりしていて息子もフォローが抜群に上手い。
これで次世代も安定するだろうと思っていた矢先の事だった。

王太子、引いては未来の国王の側近がそんなでは、外交などにも差し障る。
人の機微に疎いのは問題なのだ。
無意識に相手を蔑ろにするような人間が、国の中枢にいれば、問題が出てきてもおかしくない。
だからとて、すぐに側近を入れ替えるのも難しい。そう簡単にはいかない。
長年の信頼関係があるからこそ円滑に進めることも多いからだ。

件の側近は、息子に忠誠を誓っている。いや誓いすぎて周りが見えていない。
それの犠牲がその側近の元婚約者だった。
彼は両親のことも蔑ろにしていたらしい。
そのせいで嫡男から外れた。

王太子息子も長年の情もあり、側近から外すことはなかったが、片腕として働いていた彼の序列を下げた。
他にも優秀な人材はいるので、そう難しいことではなかった。
多分、彼はこれ以上の出世は見込めない。
周りが認めないだろう。
相当頑張って功績を残せばまだだが、所詮若造。しばらくは足元を見られるだろう。
王太子の側近が軽んじられるのは困るのだ。
国を軽んじられる可能性が高くなるから。

彼のアイデンティティの根幹は王太子息子側近片腕だった。

今回のことで二重三重にダメージを負った彼は、少しの間寝込んだそうだ。

彼は元婚約者の彼女を愛していたらしい。
ただ彼の優先すべきは王太子息子であるから、どうしても疎かになってしまっていた。
ただその優先が極端過ぎたのだろう。
王太子息子の結婚に合わせる形で自身の結婚を考えていたらしいが、それを相手にも両家の両親にも伝えていなかったそうだ。
彼女を愛していると言うのも態度に出していたわけでも、言葉にしていたわけでもない。
そんなの伝わらないのは当たり前だ。

両立が出来ず不器用と言ったらそこまでだが、それでも彼の言動はおかしい。
ゆくゆくは王太子息子夫婦を自分達夫婦で支えるなんて思っていたらしいが、別にその為の交流をしていたわけでもなく、彼の頭の中だけの勝手な妄想とも言える将来設計だったらしい。

正直わけがわからない。

王太子息子夫婦も、
彼の『何も問題ありません、大丈夫です。』
と言う言葉を鵜呑みにし過ぎていたと嘆いているそうだ。
これはこれで王太子息子の落ち度でもあるが、だが国を相手取っているのだ、側近の婚約者にまでそこまで裂けないのも仕方ない。
凡庸とまで言わないが、それなりに優秀であってもそこまで余裕もないのだろう。
大きくなったとはいえ、王太子息子もまだまだ若造なのだと改めて感じた。

犠牲者となった元婚約者は、私の敬愛する側妃様の娘である第一王女について辺境の方に喜んで行くそうだ。

心底ホッとした。

第一王女とは義理の中だが、私も仲良くさせてもらっている。
かの王女は優秀で、王子だったなら彼女が立太子していただろうと言われている。
それであっても私は不満はなかっただろう。
あの側妃様の子供なのだ。
私は喜んで次代を任せた。

ただ彼女は中央にいるよりかは辺境でのびのびと過ごす方が性に合ってるらしい。
辺境と言っても港町もあり地方都市としてはかなり大きなところだから、そこから新たな流行を生み出してくれるのをこっそりと期待している。

さてこれからの次世代はどうなっていくのだろうか。
側近の彼も間違いを犯したが、人間完璧なものはいない。
それに彼は深く反省しているそうだ。
まだ謝罪はできていないらしいが、元婚約者の彼女はそれを求めていないのだろう。
謝罪なんて謝る側のエゴでもあるのだから。
もちろん誠心誠意謝ることは重要だし、これからの言動を慎む必要性はあるが。

ただ犠牲となった彼女のこれからの幸福を願うばかり。

次世代の幸福を願う。
それが私の今の幸福なのかもしれない。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...