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帰宅

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今日も散々だった。

内藤に怒鳴られ、客には苦情をつけられ。
毎日がこんなんだ。



「森岡さん、これから皆で飲みに行かないかって言ってるんですけど」


そう話しかけてきたのは、俺と同じくらいに会社に入ってきた、俺よりも3つも年下の奴。

俺は顔を動かさずに視線だけそちらにやる。


「…行かないですよね。はは、ごめんね」

そう言って気まずそうに皆の待つ出口へ向かう。


わかってんなら話しかけんじゃねーよ。
うざい、マジで。


「お前なんでわかっててあいつ誘うんだよ」

「だって、一応さぁ~」

「来てもらったって困るっつの」

「ギャハハ、違いねぇ」

いくつもの声が薄暗くなった廊下に響く。



あー、マジうざ。
これだから低俗な人間は。


俺は、完全に足音が消えたのを確認して事務所を出た。




俺の住んでいるアパートは会社から電車で10分、そこから徒歩5分ほどで通える位置にある。

人間嫌いの俺は電車に乗るのも苦痛だ。


今日もいつものようにギリギリで電車に乗り、入り口の前を陣取って直立不動で10分間電車に揺られた。


駅から少し歩くと俺の住んでいるアパートに着く。


俺は大学を出てからずっとここに住んでいる。

アパートの住人といえば、最初は引越し挨拶だの作りすぎたおかずだのと余計なお世話を焼く奴もいたが、今では俺のことをわかってくれたみたいで、すれ違っても挨拶もなくなった。


俺に関わろうとする奴がいないのは気楽でいい。


今の世の中は便利だ。

わざわざ買い物へ行かなくてもネットでなんでも買える時代だからな。

俺にとってはパソコンは必需品だった。



アパートに着き、鍵を回して靴を脱ぐ。

靴は日々の労働に耐えかね、内側が剥がれてきている。


今日はネットで靴でも買うか。
あんな会社のために消費しなければいけないと思うと癪だが。

そんなことを考えながら、部屋へと続く階段を一段一段重い足取りで上がる。



部屋は当然電気も消えていて真っ暗。





…のはずだった。
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