溺愛の価値、初恋の値段

C音

文字の大きさ
151 / 175

月曜日の決着 4

しおりを挟む

食器を片づけた後は、窓を大きく開け放ち、掃除をした。

一度始めたら、気になるところが次々と出てきて、押し入れの中にまで手をつけた。

お母さんの持ち物は、服や靴、宝飾品こそ処分したものの、箱に入れたままにしているものがかなりある。

わたしが幼い頃に描いた宇宙人にしか見えない絵とか。判読不明の夏休みの絵日記とか。何を作ったのか思い出せない、奇天烈な工作物とか。

自分に関するものは処分しようと思い、選り分けることにした。

結果、捨てるものが大半になった。

手元に残すことにしたのは、アルバム。お母さんがお気に入りだったマグカップ。わたしが小さい頃に書き留めたお母さんのレシピ。


そして、一度開いたきりの、わたし名義の一冊の通帳。


お母さんが亡くなった後、わたしが十八歳の時に満期を迎えた学資保険の三百万円は、手つかずのままだった。

お母さんは、このお金を使って進学するようわたしに言い遺した。

でも、進学しなかったので、使わなかった。
使ってはいけないと思っていた。


(もし……いまからでも、学校へ行こうと思ったら、お母さんは使いなさいと言ってくれるかな……?)


ふとそんなことを思い、自嘲する。


(学校って……何を考えてるんだろ、わたし。諦めたはずなのに)


通帳をそのほかのものと一緒に、再び押し入れの奥にしまいこみ、鞄の中に入れっぱなしだった水色の封筒を取り出して、捨てるものを詰め込んだ箱へ入れた。


一段落した頃には、もう一時近くになっていた。

葉月さんと向き合っている最中に、お腹が鳴るのは避けたかったので、戸棚にあった賞味期限ぎりぎりの素麺を手早く茹でて、ネギと納豆を具にして食べる。

時間がないならゼリー飲料で済ませればよかったのかもしれない。
けれど、冷蔵庫にぎっしり詰まった銀色の袋を見ても、手を伸ばそうとは思わなかった。

幾分、すっきりした部屋を見回し、すぐにコーヒーを出せるように一度お湯を沸かす。
砂糖やミルクはストックしていないから、ブラックで飲める人であることを願うばかりだ。

準備を整えてから、すっぴんだということに気づき、慌てて鏡へ向かう。
少なくとも、失礼にはあたらない程度にメイクを終えた時、来客を告げるチャイムが鳴った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

愛想笑いの課長は甘い俺様

吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる 坂井 菜緒 × 愛想笑いが得意の俺様課長 堤 将暉 ********** 「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」 「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」 あることがきっかけで社畜と罵られる日々。 私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。 そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

処理中です...