溺愛の価値、初恋の値段

C音

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二人で食べるオムライス 2

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「あのね、飛鷹くん。わたし……」


声が震えそうになる。

雅や病院の先生、音無さんに指摘されてきたけれど、「味がわからない」と自分から告白したことはなかった。


(やっぱり……言うのが、怖い)


相手は飛鷹くんなのだから、怯えることなどないとわかっているのに、不完全な自分を知られるのが怖かった。


「海音」


ためらい、口ごもるわたしのつむじに、飛鷹くんがキスをした。


「なに? ちゃんと聞いてるから、話して」


優しい声に促され、ためらっていた言葉がポロリとこぼれ落ちる。



「わたし…………味が、わからないの。……味覚障害なの」


「うん」


「飛鷹くん……気づいてた?」

「確証はなかったけど……たぶんそうじゃないかと思ってた」

「わたしのお料理、昔とは違う味だったから?」

「そうじゃないよ。料理の味で気づいたんじゃない。料理を食べている時の海音の様子が、昔と違っていたから、おかしいと思った。昔の海音は、口に入れた瞬間に頬が緩んで……なんでも、すごく美味しそうに食べてた。だから、海音と食べると、どんな物でも、いつも以上に美味しいと思えたんだ。でも……十年ぶりに会った海音は……すごく一生懸命食べているのに、いつも何かが足りないって顔をしてた」


思わぬことで気づかれたと知って、驚いた。


「……さすが、飛鷹くんだね? 十年も前のわたしの表情を憶えているなんて、すごい記憶力だね?」

「海音のことなら、なんでも憶えてるよ。忘れたくとも、忘れられなかったから」

「…………」


優しく微笑まれて、かぁっと頬が熱くなる。
つい顔を背けながらも、いまの自分の状態を正直に打ち明けた。


「あのね……味がぜんぜんわからないわけじゃなくて、時々だけど、ほんのり味を感じることもあるの。でも、『美味しい』って感じるほどではなくって……。だから、食べたいっていう気持ちも、あまりなくって……。糖分や塩分を採り過ぎないように、自分で料理して食べるのが一番いいんだけど、食べても美味しいと思えないから、料理自体をしたくなくなって……。それで、調理師になることは諦めた」


黙って聞いていた飛鷹くんは、卵をボウルに割り入れながら、なんでもないことのように軽い口調で言った。


「でも、海音の作る料理、美味しいよ? 料理をしている時は、相変わらず楽しそうだし。だから……諦めることはないと思う」

「…………」

「最初に思い描いていたのとは、違う形になるかもしれないけれど……いまの海音だからこそ、できることもあるんじゃない? それに、『味覚障害』だけど……自分でも、わかってるんじゃない? 治りつつあると思うよ」

「……そ、んなこと、は」

「最近、昔みたいに『美味しい』って顔、時々してる」

「…………」


ぬか喜びしたくないという気持ちと、治ってほしいという気持ちがせめぎ合う。
どんな表情をすればいいのかわからず、顔を強張らせるわたしに、飛鷹くんはちょっとはにかんだ笑みを向けた。


「海音が、この先どんな仕事をするにしても…………海音には、ずっと俺の専属調理師でいてほしい。海音の作る料理が好きだし、海音と一緒に食べるのが好きだから」


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