23 / 68
第1章
精霊舞術祭 10
しおりを挟む小さなガラスのテーブルを囲む五人、そして周りには散乱している家具や本の数々━━今すぐにでも片付けたいが、仲神のオーラというのか……僕をじっと睨みつけている蛇のような目が恐くて、そんな事を言える空気ではなかった。
そして、この場所で起こった事を全て仲神に説明した━━僕が、ではなくアグニルがだが。
説明を受ける仲神の表情は苛立っていたが、とりあえずは納得してくれたのだろう、一呼吸置き、
「経緯はわかった。だがこの状況は……お前は馬鹿なのか?」
「……すいません。すぐに片付けますので」
「いやそれはまだいい……で、その新しいがきんちょが例の声の正体━━でいいのか?」
「がきんちょ言うな! 私はもう八歳だ!」
仲神の言葉を聞いても一切動じないカノンは無い胸を張る。
━━カノン……八歳はがきんちょと言われても仕方ないんだよ? そう言いたい。
アグニルとエンリヒートもこの仕草をよくする、だから慣れたのか、カノンの姿を見て落ち着いた表情で、
「それで? こいつを守る戦い方はとりあえずできそうなのか?」
「カノンの力なら大丈夫だ。カノンは攻めるよりも守る方が得意だから━━きっと主様の身を守る事は問題ないと思うぜ?」
「そうなの? 僕は音の精霊って初めて聞くからわからないけど」
エンリヒートは断言するように言い切った、その表情は何処か自分の事のように誇らしそうにしているように見える。
それぞれ精霊、又は精霊召喚士の体内には霊力《コスト》が存在する、この霊力は遺伝で生まれ持った才能とも言う人もいる。その体内の霊力を契約した精霊の属性によって異なる精霊術に変換する、そして、精霊が使う術を霊力術《コストアート》と呼ぶ。
例えば、エンリヒートは体内の霊力を炎に変える火の精霊術を使う、他にも水分に変える水の精霊術を使う者、精霊術と霊力術にも色々あり、それぞれ異なる属性の術を使う。
疑問に思うのはカノンは霊力を何に変換するのか、音に変換するのか? 果たしてそれでどう戦い、どう体を守るのか━━考えても疑問しか生まれない。
きっと困惑した気持ちが表情に出ていたのだろう、アグニルに見つめられ、
「んー主様が混乱してますね。カノン、実際に見せてもらっていいかな?」
「……そうですね、わかりました」
「えっ、ここで!? これ以上部屋を壊さないでよ!?」
「大丈夫だって主様、カノンには物を壊す能力ないから!」
「……相変わらずエンリお姉ちゃんは失礼ですね! まあ事実ですけど━━それじゃあいきます!」
カノンはエンリヒートの事をエンリお姉ちゃんと呼ぶのか……なんだか面白いな。
『おいでおいで、私の可愛い羊さん達! 贖罪《スケープ》の山羊《ゴート》!』
能天気に変な事を考え過ぎてたか、皆の行動は僕を置いて先に進んでいた。
」カノンはおもむろに立ち上がると。小さな手を顔の横まで上げ、パチンパチンと二回叩き詠唱を始めた。
すると、カノンの背後からは侵略者《アンドロット》が現れる時に出現する門、だが大きさはあれの比ではない、カノンの身長くらいの小さな門が現れる。
仲神は咄嗟に身構えるがアグニルとエンリヒートは笑顔を向け、座って何かを待っている、その表情はまるで、クリスマスの日におもちゃをプレゼントされるのをわくわくしながら待っている子供みたいだった。
━━そして、その門から出てきた物体を見て、仲神は凄い勢いで飛び退いた。
「メエエエエー、メエエエエー」
「なっ! これは羊か!?」
「相変わらず可愛いな……本当にめんこいよお前達!」
「……これはカノンの能力です、要するに身代わりですね」
小さな門からは侵略者が出現する門と同様、真っ暗で……何処までも続いている闇の道が見える、そこから次々に出てくるのは羊の群れ。
眠れない子供に「頭の中で数えなさい」と、母親が言い聞かせる時のあれを連想させる絵だ。
大きさは通常の羊と何も変わらない。
そしてエンリヒートが抱き抱えて撫でているように、羊達に触る事もできるのか━━それで身代わりか。
三人が楽しむ中、一人仲神は羊達から少し距離を取り、脅えているのか……首を横に振りながら「来るな来るな!」と叫んでる、この姿を見れるのはこれが最初で最後かもしれない━━そう思える程に珍しく、なんだか笑いが込み上げてきた。
そんな皆を見ていてあることに気が付いた。
部屋の中には既に六体の羊。そしてまだ門の奥には羊達の行列が待機している、もしかして……これは、
「ちょっとカノン! この羊何体出るのさ!?」
「ふっふっふー、聞いて驚かないでくださいね? なんと、私の霊力が無くなるまで出てきます!」
「無くなるまでって……あの待機している羊達分は出てくるって事!? 凄いのはわかったよ、だけどこれ以上この部屋に入ってきたら━━」
「……確実に、部屋の壁は壊れますね」
「なんでそんなに落ち着いてるのさ、早く止めてよカノン!」
カノンはどや顔をしながら腕を組んでいる、そんな彼女に両手を叩いて称賛の拍手する事ができない。
羊の数は既に二十体を越えている。
部屋の中は羊で溢れかえり、散らばった本を踏みつけたり、皆の体にのしかかったりとやりたい放題だ。
そんな状況を見てカノンに止めるように指示するが、カノンだけではなくアグニルとエンリヒートの口からも否定的な言葉しか返ってこない。
━━なんて不甲斐ない主だ。
そう思ったのだが、仲神の鋭い睨みが効いたのか、慌てるようにしてパチンと手を叩き、羊の群れが一瞬にして消えた。
「とりあえず、これで明日からは戦えるな……私は帰る。今日はいつも以上に疲れた」
「わかりました、じゃあ━━」
仲神の茶色の髪は乱れ、黒いスーツには羊達の毛が大量に付いていた。
そして、うんざりとした表情をしながら立ち上がる、止める理由が無かったので玄関まで送ろうとした。
だけどカノンは「あっ、ちょっと待ってください!」と、慌てて止め、
「すみません……少し失礼します」
「ちょっ、何だよ!?」
カノンはちょこちょこと歩き、仲神に顔を近付けじっと目を見つめる。
近付けられた仲神の表情は照れているのか、頬を赤くしながら目をパチパチと、瞬きするのがいつもより数倍早くなっている。
そんな表情を見て僕は思う。
━━歳上だがこれもなかなか。そして普通に可愛いと、そう思える程に可愛いくて幼く見える表情をしていた。
顔を付き合わせてから時間にして約三秒くらいか。
カノンは仲神から離れ、見つめ終わると、
「すみません……終わりました」
「いきなり何すんだよ? ……当然、こんな事をした理由を説明してくれるんだよな!?」
「はい、私の能力を二つかけさせてもらいました」
「一つは精神感応《テレパシー》の能力です、これで離れた位置にいても私の声が聞こえます、もう一つは━━」
「ちょっと待て、なんでそんな能力を私に使った!?」
仲神は、さっきまでの赤面した表情から一変、テーブルを力一杯叩き、カノンの目を食い入る━━というよりは睨み付けるようにしている。
だけどカノンには一切の動揺はない、まるで予想していたかのように、そっと肩で息をして、次の言葉を投げ掛ける。
「あなたには主様の手伝いをしていただこうかと思います」
0
あなたにおすすめの小説
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる