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二章
7.商談と事件
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六時間前。
「つまり、アンタは俺たちに悪党として返り咲いてほしいってか?」
矢田村の言葉に、ガイアフィリップは「まぁな」と言って、己の膝に頬杖をついた。
『事実アンタらも退屈してんだろぉ? 英雄なんて柄でもねぇくせに、よく大人しくしてんなぁ。獄中で本質ゴッソリ丸くなっちまったってかぁ? そんなわけねぇだろぉ? だ・か・ら、俺が支援してやるって言ってんだよぉ』
その言葉に、カウンターの向こうからヘルガが口を挟む。
「あんたが私らを支援してくれるのは分かったけど、あんた自身にはどのようなメリットがあるのかしら? 正直、何にもないのに無償の善意とか向けられても胡散臭くて仕方がないわ」
「まぁ、ヘルガの言うとおりだな」
ヘルガの言葉に白波が賛同し、彼はグラスを軽くあおった。
ガイアフィリップは『それもそうだなぁ』と呟くと、懐から灰色のカセットテープ型のガジェットを取り出す。
ガジェットを正面の机に置いたガイアフィリップに、寧音子が反応する。
「あれ? あれれ? これってフォースレコードじゃんカ!!」
寧音子のセリフにガイアフィリップは、頷いた。
『そ。これはフォースレコード。アンタらならぁ、向こうでよく使てたろぉ?』
「使ってたヨ」
「あぁ」
「……使ってたな」
「そうね」
各々の反応を確認したガイアフィリップは、さらに一言付け加える。
『で、コレ作ったの。俺な』
!?
唐突なカミングアウトにその場が騒然とする。
ガイアフィリップは、得意げに語り始めた。
『コイツはぁ、俺が開発して世界に流したもんだぁ。もともとお前らみたいな日陰者に力を与えるために作ったもんでなぁ。思った以上に売れてビックリしてるぜぇ』
そう言って、愉快気に笑うガイアフィリップ。
『で、ここからアンタらの聞きたい話だぁ。俺は、普通の連中にも日陰者にも平等に与えられる世界を作りたい。しかしぃ、今の状態では何も変わらん。だ・か・ら、動くことにしたぁ。その第一歩として、アンタらには俺が支援した団体の第一号になってもらいたいんだよぉ。もし、お前らが俺の支援で成功すれば、他の日陰者たちもこぞって俺の力を借りに来る。正直言うと、俺の技術があればお前らのような日陰者が世界と同等に渡り合うことは、容易いと思っている。俺の支援で成長した日陰者たちが、世界に飛び出す。そこで発生する真に対等な「善と悪の戦い」。これほどにたぎるゲームはねぇ! そうは、思わねぇかぁ?』
長々と力説したガイアフィリップは、フゥとため息をつくと相手方の反応を伺う。
すると、
「……悪くねぇ話だ」
矢田村はそう言って、ニンマリと笑みを浮かべた。
彼は他のメンバーの反応を確認することなく、言葉を紡いだ。
「いいねぇ。つまり、アンタは俺たちを利用して世界規模のゲームを起こそうってことか。で、利用する代わりにテメェは、俺たちに技術提供と支援を行う……か。なかなか滾る話だ。しかし、とは言ってもテメェ、どうせ既に国とかに俺たちに寄こすのとは別の技術でも提供してるんじゃねーのか?」
言い終わるなりズイと身を乗り出した矢田村に、ガイアフィリップは『さぁねぇ。何の話だかぁ?』ととぼけた様子を見せる。
そんな紅の騎士に、矢田村は低い声で言った。
「ウソはいけねぇぜ。オッサン。先日だが、テメェにそっくりのナリした青いのを見た。付いてたエンブレムからしてアレは、王国軍の精鋭指揮官。……下準備は既に万全ってか? どうせ契約結ぶんだしよ。そういう隠し事は無しにしようぜ?」
それを聞かされたガイアフィリップは、やれやれと手を挙げて降参のポーズをとる。
『ったくぅ。敵わねぇなぁ……矢田村やだむら零児れいじ』
矢田村は凄みのある笑みを浮かべたまま、楽しそうに口元を拭ったのであった。
×××××
俺は、目を覚ました。
……ここは?
体を起こした俺は、周囲を見回してみる。
ヘレッゼに借りた部屋ではない。
そういえば、あの後から記憶が無い。
おそらく泣きつかれて、あのベンチで眠ってしまったのだろう。
若干の恥ずかしさと、むずがゆい気持ちを抑えて、俺は部屋を観察した。
俺がいるのはベッドの上で、部屋はこざっぱりしたホテルのような一室である。
ふと、傍のテーブルを確認すると、そこには一枚の紙切れが置いてあった。
ベッドから降りてその紙切れを確認した俺は、それがヘレッゼの置手紙であることを理解する。
内容はこうだ。
【タツミへ】
ちょっくら夕飯買いに行ってくるぜ。
荷物の方はまだみてえだから、今日はここに泊まるぞー。ベッドは一つしかないから、いろいろ楽しもうぜ☆
んじゃ、あとでな!
【ヘレッゼ・ドーバ】
手紙を読み終えた俺は、小さく鼻で笑った。
気のせいか途中に恐ろしいことが書かれていたので、俺は床で寝ることを決心する。
大きく欠伸をして、再びベッドに横になった俺は先ほどのことを思い出す。
はじめてあんな風に泣いた。
何といえばいいのだろうか。
自分に正直になれた。と言うのが一番近いかもしれない。
そう思えるほどに、あの時間は俺の心に溜まった膿を洗い流してくれた。
これまで、誰に言われたわけでもないが、本能的に「負けてはダメだ」とか「弱音を吐いてはダメだ」と考えてきた。
それだけに、今回涙した途端、この人生で溜まりに溜まった「俺の我慢」が一気に溢れてしまったのだ。
とても気恥ずかしいし、年上とは言えどソレなりに年の近い女性に慰めてもらったというのは、とてもムズムズする。
正直なところ、母親すら知らない俺が、女性に慰められる経験などあるはずもなく、今思い出すとなかなか貴重で新しい体験でもあった。
そんなことを考えつつ、俺は窓に近寄りカーテンを開け――――――――――――。
刹那。
激しい爆風で、窓ガラスが窓枠ごと外れて吹き飛んだ。
「なっ!?」
反射的にかがんだことで窓の直撃を回避した俺は、背後で砕け散った窓ガラスを他所に窓辺に駆け寄った。
窓から乗り出すようにして外を見ると、そこは火の海となってる。
「え? え、え、ええ、えええええええええ!?」
状況が飲み込めず、俺は激しく困惑する。
俺がいるのは宿屋の二階のようで、眼下の街道では群衆が酷く慌てた様子で、逃げまどっていた。
何が起こっているのか把握しようと、はるかに視線を送った俺は、少し先に奇妙な影を視認する。
屋根の上に立つそれは、人の六倍ほどの体長を有し極めて筋肉質であった。
それは拳を振り回しながら建物の屋根を飛び回り、激しく暴れている。
「なんだアレ……」
そう呟いた直後、それはすぐそばにいた人間を鷲掴みにすると、こちらに投擲してきた。
凄まじい轟音とともに、崩壊する部屋の壁。そして、同時に部屋に突っ込んできた人間だったもの。
飛び散る血しぶきと、はじける肉片が宙を舞い、飛んできた人間は部屋の奥の壁に激突してグシャリと崩れ落ちた。
もはや原型をとどめない状態のソレは、性別すら判断に及ばず、かろうじてその衣服からこの街の衛兵であったことがうかがえる。
俺は僅かに硬直したが、身の危険を感じ急いで外に出た。
その時、
『ドコヘ……イク』
ゾッとするような悪寒とともに、頭上から降って来た言葉を聞いた俺は、慌ててその場から飛び退いた。
すると、間髪入れずその空間に青い雷が降り注ぐ。
依然と同じだ。
はじけ飛んだタイルの破片から顔を庇いつつ、俺は雷の中から現れたブルーメネシスを確認する。
「また、アンタか」
ブルーメネシスを見て逃げまどう人々の中で、俺は唾を吐きそう呟いた。
その言葉にブルーメネシスは、ライフルを肩に担ぎ応える。
『ツギハナイカラ、シンパイスルナ』
……それって、ここでコロスってことじゃんか!!
思った途端、瞬く間に構えられたライフルが火を噴き、俺の頬を弾丸が掠めた。
「こっわ!!?」
悲鳴に似た声を挙げつつ、走り出した俺。
『ニガサン』
地を蹴ると同時に、スラスターを吹かして突っ込んで来るブルーメネシス。
俺はワザと左によろけることで、突き出された左手を躱す。
「あのデッカイのも、あんたらの仲間か!?」
起き上がると同時に問いを投げかけ、ブルーメネシスの脇をすり抜けて逆走する。
『イイヤ。チガウナ。アノバカドモハ、オマエヲコロシタアトニシマツシテヤル』
「どう考えても、俺よりあっちの方がヤバいだろうが!!」
『オレニトッテハ、ソウジャナイ』
その直後、俺は右腕をブルーメネシスに捕まれる。
「やばっ!」
言うが早いか、慌てて振りほどこうとした瞬間。
ブルーメネシスは、俺の右腕をアッサリと引きちぎった。
!?
痛みを感じるよりも早く、あまりの恐ろしい現象に体温が急激に低下していくのを感じる。
俺の右腕が、宙に舞う。
しかし、
《#古代超呪術__エインシェント・カーズ__#強制発動!!》
突然リフリアが声を上げ、俺の「不死の呪い」の刻印が輝いた。
すると、瞬く間に、千切れ飛んだ俺の右腕が元通りに再生する。
『バカナ!?』
驚愕した様子のブルーメネシスが、上ずった声を漏らす。
俺だって驚いている。
「これはっ!?」
《ツケにしておいてやろう。とにかく逃げろ》
「……わかった」
驚く俺に、リフリアはそう告げたきり黙り込む。
いろいろと聞きたいことはあるが、今聞いている暇はなさそうだ。
しかし、何故だろうか。再生した直後から、少し体が重い。副作用か?
そう思った時だった。
「ギュロ。……ンゴロ。ロロジュボ」
言葉にならない謎の声が響き、俺の正面に巨大な影が舞い降りた。
激しい振動と衝撃で、俺は大きく吹き飛ばされる。
なんとか体勢を立て直した俺が顔をあげると、そこには先ほど遠方に見た謎の生き物がいた。
筋肉質のソレは、紫色の全身に一切の特徴の無いのっぺりとした顔を持ち、ゆらゆらと体を左右に動かしている。
……人、では無いのか。
わかりきった回答を脳内で呟き、俺は少し離れた場所に立つブルーメネシスを確認した。
ブルーメネシスは、深いため息をつく。
そして、肩に担ぐライフルを俺ではなく、その紫の化け物に向けた。
『コトバガリカイデキルカハシランガ、コウフクスルナライマダゾ。モットモ、コウフクシテモケツマツハオナジダガナ』
言うなり、ブルーメネシスは取り出した黒いガジェットをマガジンに装填した。
BREAK・STING――THE・FINISH・BURST
電子音が響くと同時に、エネルギーがチャージされていくライフルの銃口。
化け物は攻撃を察したのか、左右に揺れるのをやめて身構える。
そして、
『シネ』
放たれた弾丸は、物凄い出力で化け物に迫る。
以前の威力を思い出し、慌ててその場に伏せた俺。
しかし、
ゴン!!
鈍くて低い音が周囲に反響し、世界は僅かな静寂に包まれた。
『……アリエン』
一言そう呟いたブルーメネシスに、無傷の化け物は突き出した拳をゆっくりと開く。
その掌から零れ落ちた弾丸に、俺は目を見開いた。
「あの攻撃を……受け止めた……のか」
引きつった表情で呟いた俺は、小さく後ずさる。
すると、ブルーメネシスが、無言で俺の肩を掴み後方に投げ飛ばす。
「いって!」
いきなりのことで盛大に顔面から落ちた俺は、恨めし気に青き機械騎士を睨んだ。
ブルーメネシスは、言った。
『ジャマダ。サガレ』
「ちょっ、おまえ……」
俺は文句を言おうとするが、先に殺されたくないので今は黙っておく。
俺が大人しくなったのを確認し、ブルーメネシスは懐から白いガジェットを取り出した。
化け物は、こちらの様子をうかがようにゆらゆらと揺れている。
ブルーメネシスはライフルを担ぐと、ガジェットのスイッチを入れた。
SNOW・EDITION
響いた電子音が反響する中、ブルーメネシスは小さく呟く。
『サァ。ソノセイノウ……ミセテモラオウカ』
「つまり、アンタは俺たちに悪党として返り咲いてほしいってか?」
矢田村の言葉に、ガイアフィリップは「まぁな」と言って、己の膝に頬杖をついた。
『事実アンタらも退屈してんだろぉ? 英雄なんて柄でもねぇくせに、よく大人しくしてんなぁ。獄中で本質ゴッソリ丸くなっちまったってかぁ? そんなわけねぇだろぉ? だ・か・ら、俺が支援してやるって言ってんだよぉ』
その言葉に、カウンターの向こうからヘルガが口を挟む。
「あんたが私らを支援してくれるのは分かったけど、あんた自身にはどのようなメリットがあるのかしら? 正直、何にもないのに無償の善意とか向けられても胡散臭くて仕方がないわ」
「まぁ、ヘルガの言うとおりだな」
ヘルガの言葉に白波が賛同し、彼はグラスを軽くあおった。
ガイアフィリップは『それもそうだなぁ』と呟くと、懐から灰色のカセットテープ型のガジェットを取り出す。
ガジェットを正面の机に置いたガイアフィリップに、寧音子が反応する。
「あれ? あれれ? これってフォースレコードじゃんカ!!」
寧音子のセリフにガイアフィリップは、頷いた。
『そ。これはフォースレコード。アンタらならぁ、向こうでよく使てたろぉ?』
「使ってたヨ」
「あぁ」
「……使ってたな」
「そうね」
各々の反応を確認したガイアフィリップは、さらに一言付け加える。
『で、コレ作ったの。俺な』
!?
唐突なカミングアウトにその場が騒然とする。
ガイアフィリップは、得意げに語り始めた。
『コイツはぁ、俺が開発して世界に流したもんだぁ。もともとお前らみたいな日陰者に力を与えるために作ったもんでなぁ。思った以上に売れてビックリしてるぜぇ』
そう言って、愉快気に笑うガイアフィリップ。
『で、ここからアンタらの聞きたい話だぁ。俺は、普通の連中にも日陰者にも平等に与えられる世界を作りたい。しかしぃ、今の状態では何も変わらん。だ・か・ら、動くことにしたぁ。その第一歩として、アンタらには俺が支援した団体の第一号になってもらいたいんだよぉ。もし、お前らが俺の支援で成功すれば、他の日陰者たちもこぞって俺の力を借りに来る。正直言うと、俺の技術があればお前らのような日陰者が世界と同等に渡り合うことは、容易いと思っている。俺の支援で成長した日陰者たちが、世界に飛び出す。そこで発生する真に対等な「善と悪の戦い」。これほどにたぎるゲームはねぇ! そうは、思わねぇかぁ?』
長々と力説したガイアフィリップは、フゥとため息をつくと相手方の反応を伺う。
すると、
「……悪くねぇ話だ」
矢田村はそう言って、ニンマリと笑みを浮かべた。
彼は他のメンバーの反応を確認することなく、言葉を紡いだ。
「いいねぇ。つまり、アンタは俺たちを利用して世界規模のゲームを起こそうってことか。で、利用する代わりにテメェは、俺たちに技術提供と支援を行う……か。なかなか滾る話だ。しかし、とは言ってもテメェ、どうせ既に国とかに俺たちに寄こすのとは別の技術でも提供してるんじゃねーのか?」
言い終わるなりズイと身を乗り出した矢田村に、ガイアフィリップは『さぁねぇ。何の話だかぁ?』ととぼけた様子を見せる。
そんな紅の騎士に、矢田村は低い声で言った。
「ウソはいけねぇぜ。オッサン。先日だが、テメェにそっくりのナリした青いのを見た。付いてたエンブレムからしてアレは、王国軍の精鋭指揮官。……下準備は既に万全ってか? どうせ契約結ぶんだしよ。そういう隠し事は無しにしようぜ?」
それを聞かされたガイアフィリップは、やれやれと手を挙げて降参のポーズをとる。
『ったくぅ。敵わねぇなぁ……矢田村やだむら零児れいじ』
矢田村は凄みのある笑みを浮かべたまま、楽しそうに口元を拭ったのであった。
×××××
俺は、目を覚ました。
……ここは?
体を起こした俺は、周囲を見回してみる。
ヘレッゼに借りた部屋ではない。
そういえば、あの後から記憶が無い。
おそらく泣きつかれて、あのベンチで眠ってしまったのだろう。
若干の恥ずかしさと、むずがゆい気持ちを抑えて、俺は部屋を観察した。
俺がいるのはベッドの上で、部屋はこざっぱりしたホテルのような一室である。
ふと、傍のテーブルを確認すると、そこには一枚の紙切れが置いてあった。
ベッドから降りてその紙切れを確認した俺は、それがヘレッゼの置手紙であることを理解する。
内容はこうだ。
【タツミへ】
ちょっくら夕飯買いに行ってくるぜ。
荷物の方はまだみてえだから、今日はここに泊まるぞー。ベッドは一つしかないから、いろいろ楽しもうぜ☆
んじゃ、あとでな!
【ヘレッゼ・ドーバ】
手紙を読み終えた俺は、小さく鼻で笑った。
気のせいか途中に恐ろしいことが書かれていたので、俺は床で寝ることを決心する。
大きく欠伸をして、再びベッドに横になった俺は先ほどのことを思い出す。
はじめてあんな風に泣いた。
何といえばいいのだろうか。
自分に正直になれた。と言うのが一番近いかもしれない。
そう思えるほどに、あの時間は俺の心に溜まった膿を洗い流してくれた。
これまで、誰に言われたわけでもないが、本能的に「負けてはダメだ」とか「弱音を吐いてはダメだ」と考えてきた。
それだけに、今回涙した途端、この人生で溜まりに溜まった「俺の我慢」が一気に溢れてしまったのだ。
とても気恥ずかしいし、年上とは言えどソレなりに年の近い女性に慰めてもらったというのは、とてもムズムズする。
正直なところ、母親すら知らない俺が、女性に慰められる経験などあるはずもなく、今思い出すとなかなか貴重で新しい体験でもあった。
そんなことを考えつつ、俺は窓に近寄りカーテンを開け――――――――――――。
刹那。
激しい爆風で、窓ガラスが窓枠ごと外れて吹き飛んだ。
「なっ!?」
反射的にかがんだことで窓の直撃を回避した俺は、背後で砕け散った窓ガラスを他所に窓辺に駆け寄った。
窓から乗り出すようにして外を見ると、そこは火の海となってる。
「え? え、え、ええ、えええええええええ!?」
状況が飲み込めず、俺は激しく困惑する。
俺がいるのは宿屋の二階のようで、眼下の街道では群衆が酷く慌てた様子で、逃げまどっていた。
何が起こっているのか把握しようと、はるかに視線を送った俺は、少し先に奇妙な影を視認する。
屋根の上に立つそれは、人の六倍ほどの体長を有し極めて筋肉質であった。
それは拳を振り回しながら建物の屋根を飛び回り、激しく暴れている。
「なんだアレ……」
そう呟いた直後、それはすぐそばにいた人間を鷲掴みにすると、こちらに投擲してきた。
凄まじい轟音とともに、崩壊する部屋の壁。そして、同時に部屋に突っ込んできた人間だったもの。
飛び散る血しぶきと、はじける肉片が宙を舞い、飛んできた人間は部屋の奥の壁に激突してグシャリと崩れ落ちた。
もはや原型をとどめない状態のソレは、性別すら判断に及ばず、かろうじてその衣服からこの街の衛兵であったことがうかがえる。
俺は僅かに硬直したが、身の危険を感じ急いで外に出た。
その時、
『ドコヘ……イク』
ゾッとするような悪寒とともに、頭上から降って来た言葉を聞いた俺は、慌ててその場から飛び退いた。
すると、間髪入れずその空間に青い雷が降り注ぐ。
依然と同じだ。
はじけ飛んだタイルの破片から顔を庇いつつ、俺は雷の中から現れたブルーメネシスを確認する。
「また、アンタか」
ブルーメネシスを見て逃げまどう人々の中で、俺は唾を吐きそう呟いた。
その言葉にブルーメネシスは、ライフルを肩に担ぎ応える。
『ツギハナイカラ、シンパイスルナ』
……それって、ここでコロスってことじゃんか!!
思った途端、瞬く間に構えられたライフルが火を噴き、俺の頬を弾丸が掠めた。
「こっわ!!?」
悲鳴に似た声を挙げつつ、走り出した俺。
『ニガサン』
地を蹴ると同時に、スラスターを吹かして突っ込んで来るブルーメネシス。
俺はワザと左によろけることで、突き出された左手を躱す。
「あのデッカイのも、あんたらの仲間か!?」
起き上がると同時に問いを投げかけ、ブルーメネシスの脇をすり抜けて逆走する。
『イイヤ。チガウナ。アノバカドモハ、オマエヲコロシタアトニシマツシテヤル』
「どう考えても、俺よりあっちの方がヤバいだろうが!!」
『オレニトッテハ、ソウジャナイ』
その直後、俺は右腕をブルーメネシスに捕まれる。
「やばっ!」
言うが早いか、慌てて振りほどこうとした瞬間。
ブルーメネシスは、俺の右腕をアッサリと引きちぎった。
!?
痛みを感じるよりも早く、あまりの恐ろしい現象に体温が急激に低下していくのを感じる。
俺の右腕が、宙に舞う。
しかし、
《#古代超呪術__エインシェント・カーズ__#強制発動!!》
突然リフリアが声を上げ、俺の「不死の呪い」の刻印が輝いた。
すると、瞬く間に、千切れ飛んだ俺の右腕が元通りに再生する。
『バカナ!?』
驚愕した様子のブルーメネシスが、上ずった声を漏らす。
俺だって驚いている。
「これはっ!?」
《ツケにしておいてやろう。とにかく逃げろ》
「……わかった」
驚く俺に、リフリアはそう告げたきり黙り込む。
いろいろと聞きたいことはあるが、今聞いている暇はなさそうだ。
しかし、何故だろうか。再生した直後から、少し体が重い。副作用か?
そう思った時だった。
「ギュロ。……ンゴロ。ロロジュボ」
言葉にならない謎の声が響き、俺の正面に巨大な影が舞い降りた。
激しい振動と衝撃で、俺は大きく吹き飛ばされる。
なんとか体勢を立て直した俺が顔をあげると、そこには先ほど遠方に見た謎の生き物がいた。
筋肉質のソレは、紫色の全身に一切の特徴の無いのっぺりとした顔を持ち、ゆらゆらと体を左右に動かしている。
……人、では無いのか。
わかりきった回答を脳内で呟き、俺は少し離れた場所に立つブルーメネシスを確認した。
ブルーメネシスは、深いため息をつく。
そして、肩に担ぐライフルを俺ではなく、その紫の化け物に向けた。
『コトバガリカイデキルカハシランガ、コウフクスルナライマダゾ。モットモ、コウフクシテモケツマツハオナジダガナ』
言うなり、ブルーメネシスは取り出した黒いガジェットをマガジンに装填した。
BREAK・STING――THE・FINISH・BURST
電子音が響くと同時に、エネルギーがチャージされていくライフルの銃口。
化け物は攻撃を察したのか、左右に揺れるのをやめて身構える。
そして、
『シネ』
放たれた弾丸は、物凄い出力で化け物に迫る。
以前の威力を思い出し、慌ててその場に伏せた俺。
しかし、
ゴン!!
鈍くて低い音が周囲に反響し、世界は僅かな静寂に包まれた。
『……アリエン』
一言そう呟いたブルーメネシスに、無傷の化け物は突き出した拳をゆっくりと開く。
その掌から零れ落ちた弾丸に、俺は目を見開いた。
「あの攻撃を……受け止めた……のか」
引きつった表情で呟いた俺は、小さく後ずさる。
すると、ブルーメネシスが、無言で俺の肩を掴み後方に投げ飛ばす。
「いって!」
いきなりのことで盛大に顔面から落ちた俺は、恨めし気に青き機械騎士を睨んだ。
ブルーメネシスは、言った。
『ジャマダ。サガレ』
「ちょっ、おまえ……」
俺は文句を言おうとするが、先に殺されたくないので今は黙っておく。
俺が大人しくなったのを確認し、ブルーメネシスは懐から白いガジェットを取り出した。
化け物は、こちらの様子をうかがようにゆらゆらと揺れている。
ブルーメネシスはライフルを担ぐと、ガジェットのスイッチを入れた。
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響いた電子音が反響する中、ブルーメネシスは小さく呟く。
『サァ。ソノセイノウ……ミセテモラオウカ』
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