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11:巨乳セクシーな美女ギルマスってヤバない?

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「ねぇ、ゴミムシ! しっかりしなさいよ」



 俺は気絶しているアテラを揺する。

 デッドキャスパー撃破後、俺はアテラの元に走った。

 スコープ越しに爆散したデッドキャスパーを確認したことで、戦線の終了は確認している。

気になるのは鏑木の方だ。

 炎が見えなくなっているので、戦闘そのものは終了しているはずである。

 しかし、問題は機獣では無く、渓谷を下って行った例の蒼いヤツだ。

 奴がデッドキャスパーを同等の戦闘力を有しているのであれば、鏑木も楽な戦いでは無いと考えられる。

 アテラを揺すりつつ、俺は渓谷の方に視線を向けた。

 その時、



『探しているのはコイツか?』



 頭上から聞きなれない声がする。

 顔を上げた瞬間、目の前に何かが落ちてくる。

 音を立ててその場に転がったものを見て、俺は目を見開いた。



 エリスだ。



 いや、エリスもとい鏑木というべきか。

 目の前にエリスが落ちてきたのである。

 彼女は全身ボロボロで、肩と腹部から血を流し気絶していた。

 出血はだいぶ激しく、すでに顔色がだいぶ青ざめている。

 アテラをその場に下し、俺は慌てて彼女に駆け寄った。

 急いでポーチから医療用の布を取り出し、止血作業を始める。

 肩の傷も深いが、それ以上に腹部の傷が大きく出血が止まらない。



 ピイ!



 警戒するようなピイの声が響き、俺は思い出したかのように頭上を見上げた。



『あの数の機獣をよくもまぁ、やってくれたものだ……』



 そこにいたのは、先ほどスコープ越しに確認した蒼い装甲の男。

 蒸気を吐く割には、余りにも近代的なシャープなラインのもつソレは、デッドキャスパーのそれよりもずっと新しいものに見える。 

 例えるなら、デッドキャスパーをゴテゴテの旧式車として、コイツは最新のデザインで考案された電気自動車とでも言うべきだろう。

 奴はスッとその場に降下してくると、金属音を響かせて着地する。



「あんたが……エリスを?」



 俺はナイフを構えると身構える

 怒りを露にした俺に対し、ソイツは左手をひらひらと振った。



『機獣が全滅した以上、不必要な戦いは避けよう。鬱憤はソイツで晴らさせてもらったからな』



 ソイツの言葉に、俺は瞬時に状況を理解する。

 つまり、どういう経緯かは知らないにせよ、連中は機獣どもがこのエリアに潜伏することを支持していたということになる。

 デッドキャスパーは、機獣がこのエリアにいることに価値があるとも言っていた。

 機獣を増やし、守り切れそうになくなったタイミングで応援の登場。

 よほど機獣を野放しにしておきたかった模様だ。

 もし俺に力があれば、エリスをボコボコにされた上に依頼の邪魔をされた仕返しと行きたいところだが、残念ながらサシでやり合うには分が悪い。

 二人を守りつつガレットで狙撃を行えるほど、俺は器用では無い。

 俺は問うた。



「何が目的? 何故邪魔するの」



 すると、蒼い男は各所から蒸気を吹き出す。



『ビジネスさ。何ということは無い。ここに機獣がいることで利益を得る者がいる。長い目でも直近でも。何だってそうさ。利益とはあらゆる状況から捻出できる。お前らはその邪魔をしたにすぎん。だから、我々が介入した』

「へぇ。こんな状況で利益ねぇ」



 俺はそう言って目を細めた。

 確かに利益とは、何かを削って得るものだ。金も払われてこそ利益となる。傭兵は敵を殺すことで利益を得る。商売人はモノを売り、買い手から金を貰い利益としている。

 当然の様に、利益とは常に何かから搾取したり、奪うことで発生しているものだ。

 故に機獣が地域の安全を脅かすという「平和の搾取」によって利益を生んでいるというのは、あながち間違ってはいないだろう。



 では、それはどんな利益なのだろうか。



 俺はこのエリアの状況を考えてみた。

 このエリアは貿易路として有名なライフライン。

 多くの商人やギルド、商会が利用していることは、商売人にある以上周知の事実。

 単純に考えるとするならば、ここを機獣で封鎖することで貿易路の独占という利益が想定される。

 だが、そんな単純なものだろうか。

 独占など短期的なもので、貿易申請の変動値や資産の動きで違法性が割れてしまう。

 ややもすれば、協会からペナルティーすら課せられるようなリスクありきの作戦をわざわざ行って、本当に利益となるだろうか。



 ならないだろう。



 ならば、真実は何処だ。

 もっと根本から詰めるべきだろう。

 場所よりも事実に着目すべきだ。

 機獣が暴走しているという事実。そこに価値があるのだとしたらどうだろう。

 考えられる線は二つ。

 機獣そのものを排除しようとする社会の動きの中で一儲け。もう一つは、この騒動を隠れ蓑にして短期的な商売的目論見がある。と、いったところだろうか。



 そこまで考えた時、男が首をかしげる。



『思考の周波に安定が見られる。あらかた見当はついたのか……。なかなかキレるな。たかだか、一武具店員にしては惜しい女だ』



 俺は苦笑いを浮かべた。



「へぇ。そのバイザーの内側ではそんなこともわかるんだ。……まぁ、そんなことよりこっちには急患がいてね。用が済んだならさっさと帰ってほしいんだけど」



 淡い期待を込め、そう発言してみるが、男は俺を見つめたまま動かない。

 奴は「不必要な戦いは避けよう」とは言っていたが、それでも油断ならぬことには変わりない。

 何のために奴は俺に話しかけた。

 エリスを放置し、早々に退散することも、俺を不意打ちで排除することもできたはずだ。

 何がしたいのだろうか。

 気になることは山積みだ。デッドキャスパーのこと、機獣のこと、今の行動のこと。

 俺は顔をしかめる。



 その時だった。



「いたぞ!!」「リーナ! 無事か!?」「みんな急げ! 見つけたぞ!」



 突然、森の方から十数人の冒険者たちが飛び出してくる。

 どれもギルドでの顔見知りばかりだった。

 魔法使いに剣士、様々な武装で現れた彼らに、俺は歓喜の声を上げる。



「っ?! みんなどうして?」



 俺の問いかけに、先頭を走る斧使いの中年冒険者ラゴットが答える。



「マスターが絶対三人じゃ足りねーから応援に行けって言いだしてよ!」



 それを聞き、俺は苦笑いを浮かべた。



 あのお色気ババァ。もっと早く気づけよ……。



 脳裏に浮かぶ人物に内心でそう呟き、俺は胸を撫でおろす。

 ホッとしたような表情になると、俺を見つめていた機械男はクルリと踵を返した。

 スラスターを吹かし、そのまま飛び立とうとする彼を俺は呼び止める。



「一応聞いとくけど、アンタ。敵って認識でいいの?」



 すると、男ははたと立ち止まり蒸気を吹き出す。

 ほんの少し肩越しにこちらを向いた男。

 そのバイザーの奥で、眼球と思しき赤いランプが強く輝いた。



『さぁ、どうだろう。状況次第さ。君とは、もう少しじっくりと話がしたいものだ。……まぁ、再会は近いだろうがね』



 言うなり天高く舞い上がった男は、空中で静止するとこちらを振り返る。



『名乗り忘れていたな。俺はゼロフィリップ。今後会敵する機会も増えるだろう。精々腕を磨け。リーナ・アボード』



 そう言って飛び立っていくゼロフィリップ。

 俺は駆け寄ってくるギルドの仲間たちに囲まれ、大きなため息をついた。



 嫌な予感がするな……。





☆☆☆





 ギルドに帰った俺たちは、街の診療所で治療を受けることになる。

 帰りの道中で早々に目覚めたアテラのおかげで、すぐに街まで戻れたのは幸いだった。

 重症のエリスは集中治療を施され、命に別状はなかった模様。

 アテラ自身も疲労こそあったが、全体的に軽症で済んだとのこと。



 ほぼ無傷に等しい俺は、ギルドに戻り今回の一件についてギルドマスターへの報告を行った。



「なるほどね~。だいたいの事情はわかったわ」



 そう言って椅子から腰を上げた女性は、窓際に立つと外に広がる夜景に視線を移す。

 マスタールームは木の壁に囲まれた落ち着いた空間に仕上がっており、中央にあるデスクには書類や小道具が山積みになっている。



 彼女は、この街のギルドマスターであるユレイド・アーヴァンデルタ。

 アメリカのハリウッド女優顔負けの九頭身スタイルに、俺に負けず劣らない鮮やかな黒いロングヘア―。肩を出した独特の着物は、胸元が僅かにはだけ、その豊満な胸の一部が露になっている。

 スラリとした体躯に反し、その立ち姿は迫力があり歴戦の戦士たるオーラを帯びていた。

 これほどの美貌と迫力がありながら、見た目は二十代半ばにしか見えないのだから不思議な話だ。その実、二百歳はとうに超えているとのこと。



 マスターは、俺の方をチラリと流し目で見つめる。



「で、貴方はどう思うの?」



 同じ女同士でも、ついゾクリとしてしまうほどに鋭く色気のある視線。

 俺はさりげなく視線を逸らし、今回の一件に対する自己の見解を述べた。



「推測ですが、ザイード商会の介入と見るのが濃厚かと」

「その心は?」

「あれから少し考えましたが、やはり連中が機獣を使っているという点がカギになるように思います」



 俺はそう言って声のトーンをさげた。

 別に先日の件でザイード商会を目の敵にしているわけでは無い。ただ、あまりにも状況証拠が残り過ぎている。一見何でもないことの様に見えて、全ての事柄にヒントが隠されていた。

 マスターは「続けて」とでも言うように目配せしてくる。

 肩にかかったポニーテールの一部を軽く払い、俺は言葉を続けた。



「機獣には固有の制御キーが存在しています。現在それを管理しているのは販売元のザイード商会のみ。現状如何に上手く立ち回っても機獣の群れの前を制御キーなしで横断することは不可能です。つまり、この状況を利用できるのが事実上ザイード商会しかないということですね。更に言うなれば、たとえ貿易路の独占や一時封鎖が目的でなかったにせよ。あの場に機獣が存在するだけで儲けるのは彼ら以外に存在しません」

「というと?」

「機獣はザイード商会の独自商品です。機獣を倒すには機獣。もしくはそれに相応する武器を必要とします。そこで多くの冒険者は、機獣の販売元であるザイードの商品で挑もうとするわけです。我々武器商の中でも連中が制御キーを持っていることを知っているのは極わずかで、私だって噂程度で耳にしただけで確証はありませんでした。しかし、実際機獣は彼らの指示に従い、彼らへの攻撃は行わなかった。無差別に対象を攻撃するはずの機獣が違う行動をとった時点で、制御キーの存在は確かなモノとなっています」



 要はこういうことだ。制御キーそのものの存在はあくまで隠匿されているが、それを隠し持っているとしか思えない状況が揃っている点。その上で今回の事態を利用して利益を出せるのが、ザイード商会しかなかったということだ。



 俺は小さくため息をつく。



 正直なところ、ザイード商会が直接やっていなかったにせよ。連中が絡んでいることは、ほぼ確実だ。

 これだけ状況が揃っているなら、少し考えればわかることである。

 なんというか、こういう穴がある点が、あの素人商人くさい気がするのだ。



 俺が一通りの推測を述べると、マスターは腕組みする。



「なるほどね。そこまで来たらその線はかなり濃厚とみていいみたいね。すぐに協会に申請を出して大規模な制裁作戦を決行する必要がありそうね。もし、この推測が本当なら、今回は比較的小規模でも今後国を巻き込む大規模な事態に拡大しかねないわ」



 そう言って彼女は、デスクから書類を取り出す。

 俺は問うた。



「いきなりカチコミですか?」

「まさか。強制捜査みたいなものよ。制裁とは言っても必ずしも戦わないわ。ただ抵抗すればその場で戦闘にはなるけどね。捜査されることそのものが制裁としての効力を放つ時だってあるわけだし。それにザイード商会については、これ以外でも結構良くない噂があるのよ。ちょうど良かったわ。ここで一つしっかり睨みを効かせておかないとね」



 マスター軽くウインクしてみせると、再度デスクにつく。

 おそらく申請書類と思しき紙面に記入を始める彼女。

 その姿を眺めつつ、俺は少し気になることを口にした。



「なるほど。まぁ、形式としては妥当ですね……。ちなみに、その際はもちろんギルド全体での仕事となるわけですよね?」

「もちろんよ」



 やはりか。

 俺は半ば予想した回答に表情を曇らせた。

 先刻の戦いを含め、何だか戦闘の機会が増えている気がする。

 仕方ないことだったとはいえ、余りにも出来過ぎたことが立て続けに起こると、まるでなにか大きな意思が働いているような気がしてならない。

 今回の一件と示し合わせたかのようなタイミングでの先日のザイード商会との接触。

 転生者について何か知っているように見えた機械男二人組。

 不可解だという他ない。

 まるで手の上で転がされているような感覚だ。

 誰にという確信は無いが、そんな被害妄想にも似た不気味な悪寒が俺を支配している。

 俺は元々こういった大っぴらな戦闘は避けてきた。

それは俺が冒険者としての資質よりも武具屋として生きる道を選んだからにすぎない。

 しかし、もしもこの不可解な出来事の連鎖が本当に誰かの意思だとして、俺はどうすべきなのだろうか。

 転生者には、もしかすると何かしなくてはならないことでもあるのではないだろうか。何か目的があってこの世界に呼ばれたのではないだろうか。

 そんな気がしてならないのである。

 何か説明しがたい後ろめたさが、俺の背をゆっくりと這いあがって来るような感カウだった。



「あぁ。でも心配はいらないわ。あなたは参加しなくてもいいんだから。むしろしっかりみんなの武器をメンテナンスしてあげて。それが本来のあなたの役目だもの」



 俺の面もちが暗かったせいか、不意にマスターは顔を上げそんなことを言った。

 慌てて何事も無かったかのように無表情を作る俺に、マスターはどこか寂しそうな笑みを向ける。

 俺は小さく応じた。



「えぇ。分かってます。ご配慮いただきありがとうございます」



 すると、何を思ったのかマスターは席を立ち俺の傍に近づいてくる。

 ハッとして顔を上げると、マスターはそんな俺を優しく抱擁した。



「気にしないで。リーナ。なにより今回は、貴方が無事だったことが一番よ。女の子だもの。エリスちゃんは怪我を負ってしまったけど、彼女も覚悟を決めて冒険者になっているはず。あなたはそう言う目的で冒険者をしているわけじゃないでしょ? それなら、気にする必要なんてないわ。自分の仕事に集中なさい」



 とても温かかった。

 俺は抱きしめられるがままにマスターに身を預け、目を閉じる。



 自分の仕事か。



 謎は増えるばかりだが、今は確かに考えるだけ無意味かもしれない。

 俺は俺に出来ることをすべきである。 

 アテラやエリスにも役割や覚悟がある様に、俺も武具屋として生きる覚悟があるのだ。

 不安に負けることはできない。

 どんな結果になろうとも、やれることをやりその上で現実と向き合う。それは向こうの世界でもこっちでも同じこと。 



 俺はマスターの肩に顔をうずめ、小さく呟いた。



「……ありがとうございます。マスター」



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