63 / 107
第六章 三つ巴
第五十八矢 敗れし者たち
しおりを挟む
由比正信は義元への報告を終えて、駿府館の廊下を歩いていた。
すると、前方からドンドンと足音を立てて岡部親綱が歩いてくるのが見えた。
おそらく、遠江での一向一揆の鎮圧の報告をしに来たのだろう。
正信は親綱に気付くやいなやフンッと鼻を鳴らす。正信もムスッとした顔をして、両者の距離は近づいていく。
先に言っておくと、両者の関係は決して険悪ではない。むしろ、お互いがその武勇について一目置いている。
ではなぜこのような態度をしているかというと、同じ頃に今川家に仕官して、同じく武勇に優れ、あげくに同年代であるために、お互いに今川家内での好敵手と思っているからであった。
両者がすれ違うそのとき、正信は足を止めた。
「近々戦がある。そのときの戦功を競おうぞ。…おぬしには負けぬ。」
そう言って、正信は親綱の横を通り過ぎていった。
「望む所よ!」
親綱は周囲に響き渡る声で正信の提案に応じると、大広間の方へと向かった。
「…ったく、今の主は今までで最も扱いが荒いわ!」
場所は変わり、ここは三河国のとある寺。
そこで苛立ちを顕わにしているのは、玄海に雇われた傭兵集団の大将である堀越氏延。
この男、実はかつて今川家に仕えていており、しかも一城の主であった。
しかし、北条が河東の地をめぐり今川と争った際に北条に寝返り、挙げ句の果てにその北条に見捨てられてしまったがために、地位も名誉も全てを失うことになってしまったのだ。
(なぜこのわしがこんな目に遭わねばならぬ…)
国から追放された氏延は、路頭を彷徨いながら考えていた。
これは氏延が招いた結果なのか。
………いや、違う。
北条が寝返りの打診をしてこなければ、今川がもっと忠義を誓えるような主君であれば、そもそも氏延が今川を裏切ることはなかった。
(そうじゃ、全てあやつらのせいじゃ…)
氏延の身体の内側からフツフツと煮えくり返るような怒りがこみ上げてきた。
(絶対に許せぬ…必ずや借りを返さねばならぬ…)
氏延はその復讐心を胸にして、同じような境遇の武士や落ち武者などを何とかかき集めて傭兵集団を結成した。
それから現在に至るまで、様々な場所で傭兵としてひたすら戦場の経験を積んでいったのだ。
「待っておれよ、義元…!」
氏延はギリッと指を噛み、今川に対しての怒りを燃やしていた。
そして、寺の境内にはある二人組の姿があった。二人組は近くにいた僧侶に話しかける。
「そこの僧侶様。御院主様に伝えてくれませぬか。“戸田の使者が来た“と。」
僧侶は謎の二人組を怪しがりながらも、このことを玄海に伝えた。
(ああ、そういえばいましたね。そんな方々も…)
玄海はその二人が誰かがすぐさま見当がつき、僧侶に命じた。
「その者たちをここへ連れてきなさい。」
しばらくして、僧侶が二人を玄海の元へと連れてきた。
(やはりか…)
玄海の目の前にいたのは、戸田家に仕えていた忍の行商人と岩松八弥であった。
「お久しぶりでございます、御院主様。」
行商人は深く頭を下げて、玄海の方を見やった。
「ええ、本当に久しぶりですね。」
玄海は目が血走っている八弥にもニコリと微笑んだ。
それに対し八弥は不満げに頭をペコリと下げた。行商人が慌てて弁明する。
「すみませぬ。こやつは未だ亡き主君を忘れられぬのです。大目に見てくだされ。」
「いいですよ、別に。私は気にしておりません。」
玄海は相変わらずの優しげな微笑みを行商人に向けていた。
「それで?戸田様が滅ばれた今、あなた方は何用で来られたのですか?」
玄海がそう優しく聞くと、行商人は重い口を開いた。
「私共は御院主様の元で仕えとうございます。」
「ほう…」
(とてもこれから仕える主君を見る目ではありませんね。)
玄海は二人の目を見て、二人の思惑を見抜いていた。
この二人が玄海に忠義を誓ったわけではなく、亡き主君のために今川と戦うということを。
(主君の仇討ちとは泣かせるお話ですね。では遠慮なく彼らを利用するとしましょうか。)
「よいでしょう。これからはあなた方も我ら真宗の一門として迎え入れましょう。」
断る理由がない玄海はこれを承諾した。
行商人たちは再度頭を下げた。
「これからよろしくお願いいたす。」
行商人たちが去ったあと、静まり返った部屋で玄海はなぜか下を向いていた。
何の労もせずして貴重な戦力が手に入った。
それも、戸田ごときの残りカスにしてはもったいないのない代物だ。
「ふふふ…ふふふ…」
玄海は笑いを必死に堪えていたのだ。
「…以上で遠江の一揆は全て鎮圧させ申した。」
駿府館の大広間では、親綱がことの顛末を話し終えていた。
「ところで殿、一つ聞きたいことがあるのですが…」
「何?」
「正信から聞き申しましたが、近々戦があるというのは本当にございましょうか?」
「うん、そうだよ。」
「よしっ!」
俺がうなずくと、親綱は全身で喜びを表現した。
「岡部殿、殿の御前であられまするぞ。」
吉田氏好はそんな親綱をたしなめた。
「あっすみませぬ。つい喜びが溢れ出てしまい申した。」
「まあそれが親綱さんだよね。」
俺がある意味で納得した。
「じゃあ、次の戦もよろしくね!正信さんとの活躍を期待してるよ。」
俺がそう言って親綱の肩をポンポンと軽く叩くと、
「はっ!!殿のご期待に添える戦功をあげまする!」
親綱は畳に頭がつくほど深く頭を下げた。
親綱が大広間から去ったあと、俺は氏好と話していた。
「しっかし戸田さんの次は一向宗か~、ここんとこ連戦続きだなあ。」
「はい、確かにここしばらくは戦続きにございますな。」
「ひと段落ついたら、ねぎらいも兼ねて皆で花見でも行こうかな…もし花見をするとして、氏ちゃんはどこで花見したいとかある?」
「そうですね…」
氏好が少し考え込み、
「富士の山を見ながら花見を楽しむのはいかがでしょうか。」
と提案をした。
「お~、いいね。なんて言うんだろ。趣?深そう。」
俺は昔習った古典をぼんやり思い出して、氏好の提案に賛成した。
「ま、でもその前に三河を俺たちの手中に収めないとね。」
俺はそう言うと、頭の中でどう三河国を手中に収めるかを考え始めた。
すると、前方からドンドンと足音を立てて岡部親綱が歩いてくるのが見えた。
おそらく、遠江での一向一揆の鎮圧の報告をしに来たのだろう。
正信は親綱に気付くやいなやフンッと鼻を鳴らす。正信もムスッとした顔をして、両者の距離は近づいていく。
先に言っておくと、両者の関係は決して険悪ではない。むしろ、お互いがその武勇について一目置いている。
ではなぜこのような態度をしているかというと、同じ頃に今川家に仕官して、同じく武勇に優れ、あげくに同年代であるために、お互いに今川家内での好敵手と思っているからであった。
両者がすれ違うそのとき、正信は足を止めた。
「近々戦がある。そのときの戦功を競おうぞ。…おぬしには負けぬ。」
そう言って、正信は親綱の横を通り過ぎていった。
「望む所よ!」
親綱は周囲に響き渡る声で正信の提案に応じると、大広間の方へと向かった。
「…ったく、今の主は今までで最も扱いが荒いわ!」
場所は変わり、ここは三河国のとある寺。
そこで苛立ちを顕わにしているのは、玄海に雇われた傭兵集団の大将である堀越氏延。
この男、実はかつて今川家に仕えていており、しかも一城の主であった。
しかし、北条が河東の地をめぐり今川と争った際に北条に寝返り、挙げ句の果てにその北条に見捨てられてしまったがために、地位も名誉も全てを失うことになってしまったのだ。
(なぜこのわしがこんな目に遭わねばならぬ…)
国から追放された氏延は、路頭を彷徨いながら考えていた。
これは氏延が招いた結果なのか。
………いや、違う。
北条が寝返りの打診をしてこなければ、今川がもっと忠義を誓えるような主君であれば、そもそも氏延が今川を裏切ることはなかった。
(そうじゃ、全てあやつらのせいじゃ…)
氏延の身体の内側からフツフツと煮えくり返るような怒りがこみ上げてきた。
(絶対に許せぬ…必ずや借りを返さねばならぬ…)
氏延はその復讐心を胸にして、同じような境遇の武士や落ち武者などを何とかかき集めて傭兵集団を結成した。
それから現在に至るまで、様々な場所で傭兵としてひたすら戦場の経験を積んでいったのだ。
「待っておれよ、義元…!」
氏延はギリッと指を噛み、今川に対しての怒りを燃やしていた。
そして、寺の境内にはある二人組の姿があった。二人組は近くにいた僧侶に話しかける。
「そこの僧侶様。御院主様に伝えてくれませぬか。“戸田の使者が来た“と。」
僧侶は謎の二人組を怪しがりながらも、このことを玄海に伝えた。
(ああ、そういえばいましたね。そんな方々も…)
玄海はその二人が誰かがすぐさま見当がつき、僧侶に命じた。
「その者たちをここへ連れてきなさい。」
しばらくして、僧侶が二人を玄海の元へと連れてきた。
(やはりか…)
玄海の目の前にいたのは、戸田家に仕えていた忍の行商人と岩松八弥であった。
「お久しぶりでございます、御院主様。」
行商人は深く頭を下げて、玄海の方を見やった。
「ええ、本当に久しぶりですね。」
玄海は目が血走っている八弥にもニコリと微笑んだ。
それに対し八弥は不満げに頭をペコリと下げた。行商人が慌てて弁明する。
「すみませぬ。こやつは未だ亡き主君を忘れられぬのです。大目に見てくだされ。」
「いいですよ、別に。私は気にしておりません。」
玄海は相変わらずの優しげな微笑みを行商人に向けていた。
「それで?戸田様が滅ばれた今、あなた方は何用で来られたのですか?」
玄海がそう優しく聞くと、行商人は重い口を開いた。
「私共は御院主様の元で仕えとうございます。」
「ほう…」
(とてもこれから仕える主君を見る目ではありませんね。)
玄海は二人の目を見て、二人の思惑を見抜いていた。
この二人が玄海に忠義を誓ったわけではなく、亡き主君のために今川と戦うということを。
(主君の仇討ちとは泣かせるお話ですね。では遠慮なく彼らを利用するとしましょうか。)
「よいでしょう。これからはあなた方も我ら真宗の一門として迎え入れましょう。」
断る理由がない玄海はこれを承諾した。
行商人たちは再度頭を下げた。
「これからよろしくお願いいたす。」
行商人たちが去ったあと、静まり返った部屋で玄海はなぜか下を向いていた。
何の労もせずして貴重な戦力が手に入った。
それも、戸田ごときの残りカスにしてはもったいないのない代物だ。
「ふふふ…ふふふ…」
玄海は笑いを必死に堪えていたのだ。
「…以上で遠江の一揆は全て鎮圧させ申した。」
駿府館の大広間では、親綱がことの顛末を話し終えていた。
「ところで殿、一つ聞きたいことがあるのですが…」
「何?」
「正信から聞き申しましたが、近々戦があるというのは本当にございましょうか?」
「うん、そうだよ。」
「よしっ!」
俺がうなずくと、親綱は全身で喜びを表現した。
「岡部殿、殿の御前であられまするぞ。」
吉田氏好はそんな親綱をたしなめた。
「あっすみませぬ。つい喜びが溢れ出てしまい申した。」
「まあそれが親綱さんだよね。」
俺がある意味で納得した。
「じゃあ、次の戦もよろしくね!正信さんとの活躍を期待してるよ。」
俺がそう言って親綱の肩をポンポンと軽く叩くと、
「はっ!!殿のご期待に添える戦功をあげまする!」
親綱は畳に頭がつくほど深く頭を下げた。
親綱が大広間から去ったあと、俺は氏好と話していた。
「しっかし戸田さんの次は一向宗か~、ここんとこ連戦続きだなあ。」
「はい、確かにここしばらくは戦続きにございますな。」
「ひと段落ついたら、ねぎらいも兼ねて皆で花見でも行こうかな…もし花見をするとして、氏ちゃんはどこで花見したいとかある?」
「そうですね…」
氏好が少し考え込み、
「富士の山を見ながら花見を楽しむのはいかがでしょうか。」
と提案をした。
「お~、いいね。なんて言うんだろ。趣?深そう。」
俺は昔習った古典をぼんやり思い出して、氏好の提案に賛成した。
「ま、でもその前に三河を俺たちの手中に収めないとね。」
俺はそう言うと、頭の中でどう三河国を手中に収めるかを考え始めた。
1
あなたにおすすめの小説
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる