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えぴそーど 〜じゅうに〜
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「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
あれもふるい これもふるい って言うひともいますが
縄文時代にくらべたら すべてがあたらしいですよね。
ふるきをたずね あたらしきをしる
ってことわざが ありますが
ふるいことでも しらないひとからみたら
あたらしいことにもなるんです。
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?
~あんこと、根っこと、老舗の味と~
***
温泉宿の女将よしこは、老舗を仕切る腕利きの女将。
それゆえに、従業員への要望がはげしく、うとまれた存在になっていきました。
営業スタイルも、むかしながら。
ネットやSNSで集客をふやす現在のスタイルを入れずにやってきましたが、客足もとおのき、経営の危機におちいっています。
若手の従業員からは、SNSを使って集客しては?という意見もでましたが…
「それでは、老舗の良さがそこなわれる」
と、かたくなに導入しようとはしませんでした。
ひとり、またひとりと、従業員はやめていきました。
このままでは、何代も続く宿も自分の代でつぶしかねない。
でも、先祖が作り上げた老舗の良さはそこないたくない。
そんな葛藤をかかえるなか、仕事関係でおりたった駅で、「ほんわか堂」をみつけました。
「あれ?前に来た時に、こんなお店あったかな?」
***
よしこは、吸い込まれるようにお店へ入っていきました。
お茶の香りがふわっと立ち上がります。
「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
やさしい声の女性が出てきました。
「なんか、不思議な雰囲気のお店ですね」
「ふふ、よくそう言われます」
「でも、なんか落ち着きますね」
よしこはそう言いながら、少しくもった表情をにじませました。
「何か、お悩みですね?」
「え?」
「そう、お顔に書いてあります」
よしこは思わず顔に手をあてます。
「あはは、ほんとうに書いてあるわけではありませんよ」
「あ、わたしったら……」
よしこの心は、少しほどけていくようでした。
よしこは、今のお店の状況や、若手の社員から言われていることなどを、ゆっくりと話しました。
「頭ではわかっているんです。私もSNSはやりますし、それで成功したお店も知っています。でもどうしても踏み切れないんです。先代から贔屓にしていただいている常連さんや、宿の雰囲気を好きで来てくれる方の足が遠のきやしないか、そんな事を考えてしまって」
「そうですか」
「はい。でも、今のままでは従業員の給料も上がらないし、場合によっては畳まなければならなくなる。わかってはいるんです。でも」
「よしこさん、ちょっと待っていてくださいね」
ほとりは、お茶を出しました。
「あなたにお出しするお茶は、”こだわり”のお茶です」
ひとくち、よしこは口にしました。
「おいしいんですけど、なんだか気持ちがせかされるような……」
「では、こちらのお茶はどうでしょう」
ほとりは、もう一つお茶を淹れました。
「こちらは、“根本”のお茶です。」
「あ、このお茶は、なんか心がほどけていくようなお味ですね。でも、どっしりと深みもあってとてもおいしい」
「…実はこのお茶、先ほどのお茶と一緒なんですよ」
「え?」
「あえて時間をずらして淹れてみました。先ほどのお茶は時間をきっちり決めて淹れたお茶。今のお茶は、飲んでもらいたいタイミングでお出ししたお茶。それだけで、こんなにも変わるんです」
「そうなんですか」
ほとりは、小さなメッセージカードと一緒に”あんぱん”を置きました。
「これ、食べてみてください」
「あんぱん、ですよね…」
よしこは、ゆっくりと食べました。
「どうですか?」
「とてもおいしいです」
「どう思いますか?」
「え?」
「誰もあんことパンを一緒にするとは思わなかったですよね」
「あ…」
「あんぱんを考えた人って素晴らしいと思いませんか?」
「そっか…」
「おわかりいただけたようですね。合わせてみないと相性ってわからないんです」
よしこは、心がほどけた面持ちで、いそいで「ほんわか堂」をあとにしました。
ほとりが渡した小さなメッセージカードには、こう書かれていました。
『きょうのあなたが 人生でいちばんあたらしいあなたですよ』
***
宿に戻ったよしこは、人が変わったように、従業員へやさしく接するようになっていきます。
「女将、最近あかるいよね」
「前より、言葉がやわらかい」
「やめようと思っていたけど、もう少し頑張ってみようかな」
そんな言葉も聞かれるようになりました。
そして、若手の従業員の意見にも耳を傾け、SNSも使い老舗の良さをもっと知ってもらうよう発信し、温泉宿の経営も少しずつ上向きになっていきました。
***
ほんわか堂では──
よしこが記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんな言葉が浮き上がりました。
『先代の誰よりも、私の考えが古かったようです。 よしこ』
ほとりは、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。
「きょうも、だれかが すこしだけ まえむきになりますように」
【おくり物】
あんぱん
小さなメッセージカード:
『きょうのあなたが 人生でいちばんあたらしいあなたですよ』
**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
あれもふるい これもふるい って言うひともいますが
縄文時代にくらべたら すべてがあたらしいですよね。
ふるきをたずね あたらしきをしる
ってことわざが ありますが
ふるいことでも しらないひとからみたら
あたらしいことにもなるんです。
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?
~あんこと、根っこと、老舗の味と~
***
温泉宿の女将よしこは、老舗を仕切る腕利きの女将。
それゆえに、従業員への要望がはげしく、うとまれた存在になっていきました。
営業スタイルも、むかしながら。
ネットやSNSで集客をふやす現在のスタイルを入れずにやってきましたが、客足もとおのき、経営の危機におちいっています。
若手の従業員からは、SNSを使って集客しては?という意見もでましたが…
「それでは、老舗の良さがそこなわれる」
と、かたくなに導入しようとはしませんでした。
ひとり、またひとりと、従業員はやめていきました。
このままでは、何代も続く宿も自分の代でつぶしかねない。
でも、先祖が作り上げた老舗の良さはそこないたくない。
そんな葛藤をかかえるなか、仕事関係でおりたった駅で、「ほんわか堂」をみつけました。
「あれ?前に来た時に、こんなお店あったかな?」
***
よしこは、吸い込まれるようにお店へ入っていきました。
お茶の香りがふわっと立ち上がります。
「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
やさしい声の女性が出てきました。
「なんか、不思議な雰囲気のお店ですね」
「ふふ、よくそう言われます」
「でも、なんか落ち着きますね」
よしこはそう言いながら、少しくもった表情をにじませました。
「何か、お悩みですね?」
「え?」
「そう、お顔に書いてあります」
よしこは思わず顔に手をあてます。
「あはは、ほんとうに書いてあるわけではありませんよ」
「あ、わたしったら……」
よしこの心は、少しほどけていくようでした。
よしこは、今のお店の状況や、若手の社員から言われていることなどを、ゆっくりと話しました。
「頭ではわかっているんです。私もSNSはやりますし、それで成功したお店も知っています。でもどうしても踏み切れないんです。先代から贔屓にしていただいている常連さんや、宿の雰囲気を好きで来てくれる方の足が遠のきやしないか、そんな事を考えてしまって」
「そうですか」
「はい。でも、今のままでは従業員の給料も上がらないし、場合によっては畳まなければならなくなる。わかってはいるんです。でも」
「よしこさん、ちょっと待っていてくださいね」
ほとりは、お茶を出しました。
「あなたにお出しするお茶は、”こだわり”のお茶です」
ひとくち、よしこは口にしました。
「おいしいんですけど、なんだか気持ちがせかされるような……」
「では、こちらのお茶はどうでしょう」
ほとりは、もう一つお茶を淹れました。
「こちらは、“根本”のお茶です。」
「あ、このお茶は、なんか心がほどけていくようなお味ですね。でも、どっしりと深みもあってとてもおいしい」
「…実はこのお茶、先ほどのお茶と一緒なんですよ」
「え?」
「あえて時間をずらして淹れてみました。先ほどのお茶は時間をきっちり決めて淹れたお茶。今のお茶は、飲んでもらいたいタイミングでお出ししたお茶。それだけで、こんなにも変わるんです」
「そうなんですか」
ほとりは、小さなメッセージカードと一緒に”あんぱん”を置きました。
「これ、食べてみてください」
「あんぱん、ですよね…」
よしこは、ゆっくりと食べました。
「どうですか?」
「とてもおいしいです」
「どう思いますか?」
「え?」
「誰もあんことパンを一緒にするとは思わなかったですよね」
「あ…」
「あんぱんを考えた人って素晴らしいと思いませんか?」
「そっか…」
「おわかりいただけたようですね。合わせてみないと相性ってわからないんです」
よしこは、心がほどけた面持ちで、いそいで「ほんわか堂」をあとにしました。
ほとりが渡した小さなメッセージカードには、こう書かれていました。
『きょうのあなたが 人生でいちばんあたらしいあなたですよ』
***
宿に戻ったよしこは、人が変わったように、従業員へやさしく接するようになっていきます。
「女将、最近あかるいよね」
「前より、言葉がやわらかい」
「やめようと思っていたけど、もう少し頑張ってみようかな」
そんな言葉も聞かれるようになりました。
そして、若手の従業員の意見にも耳を傾け、SNSも使い老舗の良さをもっと知ってもらうよう発信し、温泉宿の経営も少しずつ上向きになっていきました。
***
ほんわか堂では──
よしこが記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんな言葉が浮き上がりました。
『先代の誰よりも、私の考えが古かったようです。 よしこ』
ほとりは、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。
「きょうも、だれかが すこしだけ まえむきになりますように」
【おくり物】
あんぱん
小さなメッセージカード:
『きょうのあなたが 人生でいちばんあたらしいあなたですよ』
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