23 / 24
えぴそーど 〜にじゅういち〜
「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。
あたりまえを続けるのって けっこう大変ですよね。
誰かにとってのあたりまえ それを出し続けるだけで
あたりまえではないと思うんです
ほめことばも いろいろ
よりそう心が 一番必要ですよね
「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?
~メビウスの言葉~
──あの日、わたしは、いつもと少しだけ違う言葉を選びました。
***
「うん。普通に美味しかったよ」
「そう。よかった」
「ねぇ、買い物行こうと思うんだけど、一緒に行く?」
「ん?ああ、まだ家事残っているから、一人で行ってきて良いよ。ゆりか、たまの休みなんだから、俺に気兼ねせず一人で羽を伸ばしてきたら?」
「え、そう?……そ、そか、じゃあ、行ってくるね」
「うん。夜はどうする?家で食べる?外食する?」
「……どうしようかな。また連絡するね」
「わかった。ゆっくりしてきてね」
ゆりかは、1年前から独立した弁護士。依頼が途切れず、相談予約もすぐに埋まってしまい、いつも忙しくしています。
今日は、久々の休日で、買い物に出かけました。
(かずくんは、ああ言ったけど、ほんとは二人で出かけたかったなぁ。なんか最近やけに独りで楽しんでいるみたいだし、どうしたの?って聞いても答えてくれないし、何かあったのかな?)
(はぁ……結局休みでも余計な頭を働かしてしまう)
「いけないいけない、折角のお休みだし、楽しまなきゃ」
そんな考え事を巡らして歩いていると、目の前に、懐かしい雰囲気の建物があらわれました。
「ほんわか堂。こんなお店あったかな?でもなんか前から知っていたような気がする」
***
ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。
「いらっしゃいませ」
やさしい雰囲気の女性が出迎えました。
「あのぉ、ここってどんなお店ですか?」
「そうですねぇ。心が少しやわらかくなるお店でしょうか」
「なんかそれ、良いですね。1人ですが良いですか?」
「はい。お好きなお席へどうぞ」
ゆりかは、お店を見渡しながら席に座りました。
「表に書いてあったんですけど、素敵なメッセージですね」
「あ、読んで頂いたんですね。その日に頭に浮かんだメッセージを書いているんです」
「そうなんですか。何か、私自身に言われているような気がしました」
ゆりかの表情が少し曇りました。
「何かお悩みですね?」
「え?」
「お悩みが漏れていましたよ」
「私、独り事言ってましたか?」
「ふふ、言ってませんよ。でも図星だったようですね」
ゆりかは話し始めました。
普段の仕事の事を。感情より論理を優先し、いつも強い言葉で断定してしまう。それをモットーにやってきたと。
「それと私、いつも誤解されるんです。クライアントからは、もう少し説明の言葉が欲しいだとか。スタッフからは効率を優先にしすぎるって」
「そうなんですか」
「はい」
「……でも、それを変えるつもりはあまりないのではないですか?」
「え?何でわかるのですか?」
「ゆりかさんの本当のお悩みは、別にある気がするんです」
「本当の悩み?」
「ええ。言葉を職業にしている人の迷いは、言葉の奥にあることが多いんです」
「実は……」
ゆりかは口を開きました。夫が主夫になった事。率先して主夫になりましたが、本当は無理しているのではないのかと。そして、最近その夫の様子が少し変な事……。
「”様子が変”ってどういう感じですか?」
「何か、料理の感想を答えると、少し落胆するんです」
「いつも、どんな言葉で答えていますか?」
「……普通に、褒めてます」
「普通に?」
「はい。普通に」
「じゃあ、今ここで。いつも通り言ってみてください。料理を食べたあとだと想像して」
「……うん、普通に美味しい」
「それです」
「それ……?」
「“普通に”って、どんな気持ちで言っています?」
「……安定してるのが凄いって。毎回ブレないのは、私にとっては、最大級の褒め言葉です」
「ゆりかさんの“最大級”が、旦那さんには“最低限”に聞こえてしまうことがあるんです」
「……そんな」
「同じ言葉でも、人によって受け取り方が違いますよね」
ほとりは、お茶を淹れました。
「あなたにお出しするお茶は、”素直な”お茶です」
ゆりかは、ひと口飲みました。
「とても美味しいですね」
ほとりは、奥の棚から箱を持ってきました。
「あなたにお渡しするおくり物は、メビウスの輪のオブジェです」
「わぁ、すてきですね」
「これ、表と裏がないんですよ。ずっと続いて巡り巡っていく」
「もらって良いんですか?」
「はい」
「うれしい。何か、エールをもらえた様な気がします」
「それと、お仕事も巡り巡るものですから、少しだけやわらかくしてみては?」
「このお店のように?」
「はい」
***
ゆりかは、お店をあとにしようとした時、急に振り返り、ほとりに言いました。
「今思い出したんですが、気のせいかもですけど、最近の夫の反応が以前と違ってるんです」
「どんな反応ですか?」
「最近料理を褒めると、以前とは違い、少し喜ぶようになったんです」
「どんな褒め方ですか?」
「さっき言いましたが、”普通に美味しい”だと思います。で、ボソっと聞こえたのが、ポイントがどうとかって」
「ふふ、気のせいではないと思いますよ」
「なぜそう感じるんですか?」
「え……湯気の向こうで、そう聞こえた気がして」
「そうですか。なんか不思議な感じですね」
「あの、ゆりかさん、さっきお茶を飲んだ時のように、今度”とても美味しい”と言ってみてください」
「ん?とても?」
「はい。かずひとさん、きっと喜びますよ」
「ありがとうございます」
(ん?かずひとさん?私、夫の名前言ったっけ……?)
ゆりかは、入ってきた時とは違い、やわらかな表情でお店をあとにしました。
メビウスの輪のオブジェには、メッセージが添えられていました。
『言葉は、気持ちの通訳です。素直な想いを、少しだけ足してみて』
***
「このカレーライス、“とても”美味しい!あれ?なんか急に料理上手になった?今までで食べた中で一番だわ!」
「ほんとう?ありがとう!」
ゆりかは、かずひとの様子を見て思いました。
(こんなに喜んでくれるなんて、もっと早くから「とても」を使えば良かった。あと、夫だけじゃなくて、仕事でも言葉の使い方を変えてみようかな)
***
その頃、ほんわか堂では──
ゆりかが記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんなメッセージが浮かび上がりました。
『裏をかかずに素直に伝えます。 夫の前では普通の人 ゆりか』
ほとりが、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。
「だれかの普通が、別のだれかの特別になりますように」
【おくり物】
メビウスの輪のオブジェ
メッセージ:
『言葉は、気持ちの通訳です。素直な想いを、少しだけ足してみて』
**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**
あなたにおすすめの小説
『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい
歩人
ファンタジー
「地味な針仕事しかできない令嬢は要らない」——公爵家の嫡男にそう言い渡された伯爵令嬢ティナは、
裁縫道具だけを持って屋敷を出た。その翌週、社交界が凍りつく。王妃の夜会服も、公爵令嬢の舞踏会
ドレスも、第一王女の外交用ローブも——仕立てた職人が消えたのだ。しかもティナが十年かけて縫った
全てのドレスの裏地には、二重縫いで隠された署名が残されていて——。
辺境の小さな仕立て屋で穏やかに暮らすティナの元に、王都から使者がやってくる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
本の虫な転生赤ちゃんは血塗りの宰相の義愛娘~本の世界に入れる『ひみちゅのちから』でピンチの帝国を救ったら、冷酷パパに溺愛されてます
青空あかな
ファンタジー
ブラック企業に勤める本の虫でアラサーOLの星花は、突然水に突き落とされた衝撃を感じる。
藻掻くうちに、自分はなぜか赤ちゃんになっていることを理解する。
溺死寸前の彼女を助けたのは、冷徹な手腕により周囲から「血塗りの宰相」と恐れられるアイザック・リヴィエール公爵だった。
その後、熱に浮かされながら見た夢で前世を思い出し、星花は異世界の赤ちゃんに転生したことを自覚する。
目覚めた彼女は周囲の会話から、赤ちゃんの自分を川に落としたのは実の両親だと知って、強いショックを受けた。
前世の両親もいわゆる毒親であり、今世では「親」に愛されたかったと……。
リヴィエール公爵家の屋敷に連れて行かれると、星花にはとても貴重な聖属性の魔力があるとわかった。
アイザックに星花は「ステラ」と名付けられ彼の屋敷で暮らすようになる。
当のアイザックとはほとんど会わない塩対応だが、屋敷の善良な人たちに温かく育てられる。
そんなある日、精霊と冒険する絵本を読んだステラはその世界に入り込み、実際に精霊と冒険した。
ステラには「本の世界に入り込み、その本の知識や内容を実際に体験したように習得できる特別な力」があったのだ。
彼女はその力を使って、隣国との条約締結に関する通訳不在問題や皇帝陛下の病気を治す薬草探索など、様々な問題を解決する。
やがて、アイザックは最初は煩わしかったはずのステラの活躍と愛らしさを目の当たりにし、彼女を「娘として」大切に思うようになる。
これは赤ちゃんに転生した本好きアラサーの社畜OLが、前世の知識と本好きの力を活かして活躍した結果、冷徹な義父から溺愛される話である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女子小学五年生に告白された高校一年生の俺
think
恋愛
主人公とヒロイン、二人の視点から書いています。
幼稚園から大学まである私立一貫校に通う高校一年の犬飼優人。
司優里という小学五年生の女の子に出会う。
彼女は体調不良だった。
同じ学園の学生と分かったので背負い学園の保健室まで連れていく。
そうしたことで彼女に好かれてしまい
告白をうけてしまう。
友達からということで二人の両親にも認めてもらう。
最初は妹の様に想っていた。
しかし彼女のまっすぐな好意をうけ段々と気持ちが変わっていく自分に気づいていく。