猫の神様はアルバイトの巫女さんを募集中──田舎暮らしをして生贄になるだけのカンタンなお仕事です──

春くる与

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犬神様の昔話

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 戻ってきた松里さんは、風呂敷包みを抱えていた。
お洒落な柄の風呂敷には酒瓶が何本も包まれている。
……全部、飲むつもりなのかなあ。
なによりもこんなにたくさん、よく運んだなあ。
松里さんは細身の外見を裏切って、かなりの力持ちだ。
そこはやっぱり、神様だからだろうか。

 山間の里とはいえ、梅雨の時期ともなれば少し蒸す。
まださらさらと降り続いている雨のせいで、少しひんやりとした風がわたっていく。
それでも、きりっと冷やされた日本酒はすごく美味しかった。
私にはスパークリングの甘い口当たりのお酒。
神様たちには好きなの飲んでと、松里さんが大盤振る舞いする。

 なんだか、女子会っぽい。楽しい。
肴にされてしまう予定の氏康さんには申し訳ないけど、美味しいお酒という力には抗えない。
そして恋バナって聞くのはドキドキするよね。

「で、なんでそういう話になったの。話しなさいよ、さあさあさあ」

 私はグラスを握りしめて、詰め寄る松里さんの脇で固唾をのむ。
汐は興味なさそうな顔をしながらも、お酒を口にするスピードが速い。
内心、気にはなってるんだな。
松里さんは目が爛々と光っていた。
ほんと、こういう時に狐っぽいなあと納得する。

 そして当の氏康さんは観念したようだ。
辛口よ、と松里さんが言っていたお酒をグイとあおって、グラスを置く。

「……三重子の家は、村でもあまり裕福な方ではなかった」

 低い声は、心地よいトーン。
昔話であるそれを、氏康さんは少しだけ懐かしむように目を細めて語り出した。





 生まれてすぐ、俺の祠に両親に抱かれてお参りにやってきたときは別に気にも留めなかった。
村の氏子の一人だとしか思ってなかったし、実際、村のものも俺のことを小さな守り神程度にしか考えていなかったろう。

 三重子の家は、貧しかったが子供にも恵まれなかった。
貧乏だと数を生んでなんとか無事に育てようと、たいてい子沢山になるものだが。
生まれた子は三重子だけだった。
村でも珍しいひとりっこというやつだった。

 子供は一人でも両親は忙しくしていたから、三重子は孤独でいることが多かった。
同じくらいの年の子が少なかったせいもあったと思う。
それでよく、遊び代わりに俺の祠にお参りにきていた。

 お母さんが風邪になったので、良くなるようにお願いします。
お父さんがけがをしたので、なおしてください。
そんな他愛ないことを願っては、毎日お供え物をしていく。

 でも貧しい家の子供に、まともに供えられるものなんて手に入れられるはずもないから。
道端の花だの、泥団子だの。
お供え物はそんなものしかなかった。

 俺はずっとそれを恥ずかしいと思っていた。
小さな祠で、他にまともに拝んでくれる人もなくて、お供えは泥団子。
……そうなるのは、俺の神格が低いせいだと思ったんだ。
だから恥ずかしかった。

 それである時、供えられた泥団子を踏み潰した。
何かで機嫌が悪かったとか、そんなつまらない理由だったと思う。

 次の日、やってきて踏み潰された団子を見た三重子は、肩を落としてそれを拾い集めていた。
……俺は、自分がしたことをすごく後悔した。
踏みにじったのが、三重子の真心だと気づいたからだ。

 村の他の子供がやったことだと思ったか、通りすがりの誰かの仕業だと思ったか。
三重子がどう思ったのかは、わからない。
だがそれから三重子は、祠にお供えはしなくなった。

 もう少し大きくなると、三重子は他の家の小さな子供の子守をしたりしてお駄賃をもらうようになった。
──それを、ずっと貯めていたんだろうな。
ある日、そのなけなしの金で買ったらしい饅頭を、ひとつお供えしていった。

 饅頭ひとつ。
だけど、子供の駄賃で買うには値の張るものだ。
そう思って、俺はそれをとっておいた。
泥団子を踏み潰した俺に、食う資格はないと思ったからだ。

 次の日もお参りにやってきた三重子は、今日は何もなくてごめんなさいと言って手を合わせていた。
俺はその言葉に、我慢が出来なくなって、三重子の前に姿を見せてしまった。
この饅頭はお前が食え、と言って返そうとした。
三重子ははじめ驚いて腰を抜かした。
なにしろ神様だといって、得体のしれない武者姿の俺がいきなり姿を現したんだからな。

 だが落ち着くと、お供えしたものだから食べてほしいと言った。
神様に食べてもらえたら嬉しいと言って。
……俺は三重子に、何の福も与えてやったりできなかったのにな。
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