44 / 67
神様は静かに人を慈しむ
しおりを挟む
汐は、しばらく無言だった。
ちりり、と虫の声だけが辺りを支配する。
だけど私は朝までなんて甘えたことを言ってしまったのに、後悔はしても取り消しはしなかった。
だって、本当にもう精神的な頑張れる何かがまるで残っていないのだ。
そしてそんなに疲れ切っているのに、眠れる気がしなかった。
「……だめかな?」
少し諦め交じりに訊いてみる。
汐や松里さんや色々な神様たちとこうしてお付き合いをするようになって、ひとつ気づいたことがあった。
彼らは私たち人間に対して、公平なのだ。
あんまり差のある贔屓をしないというか、少なくとも公平に扱おうとしてくれていると感じる。
私は贄だから、ちょっとだけ普通の人間より近い位置にいさせてもらっているけれど。
それでも汐は氏子である村の皆と、なるだけ公平に扱っているのだと思う。
だから、一緒にいてなんていう特別扱いを望んでいるような御願いは聞いてもらえるものじゃないと思っていた。
思っていたけれど、口に出してしまった。
「こんな時に一人でいると、ろくでもないことばかり考えてしまいそうで……」
「三重子は、無事だったんだろう?」
「うん……だけど……。この村に来るまでの私って、とにかく何やっても上手くいかなくて。だけど、ここに来てからは楽しくていい事ばかりが続いてて。
──その運が切れちゃったのかなって。それが三重子さんにまで降りかかったんじゃないかって、ちょっと不安になったの」
「……ああ。里には、背中に色々とついていたからな」
「え……」
私が驚いて見上げると、汐は言ってなかったか、と呟いた。
どういうことだろう。
背中に色々って、なにが?
「霊力の強い人間は色々と引き寄せるから。里には少しずつ悪いものが溜まってくっついていた。だが……」
汐は言いながら、私の手を引いた。
引かれるままについていく。
私たちは庭に回り、縁側に並んで腰を下ろした。
「俺がはらってやっただろう」
「……!」
「こうやって」
ぽんぽん、と肩甲骨のあたりをごく軽く叩かれる。
思い出した、その所作に私は呆然としてしまった。
初めて汐に遭った時のことだ。
そういえばあの時、身体が軽くなった。
今更にその行為の意味を理解して、私は感心してしまう。
神様って、すごい……。
「あれから俺の氏子になったんだから、里にはもう悪いものは憑かない。だから安心していい」
「……そうだったんだ。──ありがとう、汐」
今も、不安がどこかにいってしまった。
神様の加護ってすごいな。
だけど……。
「でも……三重子さんを病気から守ることって、できないんだね……?」
なんとなくだけど、それは分かっていることだった。
それでも訊いてしまう。
汐は穏やかなままに頷いて、静かに言った。
「人の寿命はどうしようもない」
「うん……」
神様は万能じゃない。
それは分かってた。
ただ、私にしてくれたように目に見えない悪いものを追い払ってくれたり、ほんの少し元気を分けてくれたり。
「すこし、不思議だったんだけど……」
「うん?」
「神様は、どうして私たち人間のことを、そんな風に思っていてくれるのか」
私の問いかけに、汐は少し瞳を瞠ってから、やんわりと細める。
それは慈しむような穏やかな色をしていて、私は少しどきりとした。
「信仰でつながっているということもあるが……。人はみな、愛おしい」
「……!!」
いとおしい。
それは私個人に向けられた言葉じゃないけど、十分に温かくて、ちょっとだけ鼓動が早くなった。
「や……えっと、私が勝手に人間を代表して言っちゃうけど。……ありがと。神様」
わかっていても少し気恥しい言葉に、そうお礼を言う。
うん、おかげで落ち着いて眠れそうだわ。
そして汐の言葉一つで、こんなに気持ちが揺れる自分がなんとも面映ゆい。
考えて、さらに羞恥を覚えた。
だから誤魔化すように口にするのは、他の神様の事だ。
「氏康さんも、そんな感じなのかな。送ってくれてたよね、さっき。早く知らせてあげたいな、三重子さん無事だったよって」
私は少し熱くなった自分の耳元を両手で押さえて、そう言った。
はしゃいでもいたかもしれない。
だけど私がそう言うと、汐はどこかに表情を置き忘れてきたみたいな顔つきになった。
「……汐?」
どうしたのかと、戸惑う私にしばらく黙り込んでから、里、とあらたまったように名を呼ぶ。
「……里。氏康は、そう遠くないうちに、神格を失って土地神ではなくなる」
ちりり、と虫の声だけが辺りを支配する。
だけど私は朝までなんて甘えたことを言ってしまったのに、後悔はしても取り消しはしなかった。
だって、本当にもう精神的な頑張れる何かがまるで残っていないのだ。
そしてそんなに疲れ切っているのに、眠れる気がしなかった。
「……だめかな?」
少し諦め交じりに訊いてみる。
汐や松里さんや色々な神様たちとこうしてお付き合いをするようになって、ひとつ気づいたことがあった。
彼らは私たち人間に対して、公平なのだ。
あんまり差のある贔屓をしないというか、少なくとも公平に扱おうとしてくれていると感じる。
私は贄だから、ちょっとだけ普通の人間より近い位置にいさせてもらっているけれど。
それでも汐は氏子である村の皆と、なるだけ公平に扱っているのだと思う。
だから、一緒にいてなんていう特別扱いを望んでいるような御願いは聞いてもらえるものじゃないと思っていた。
思っていたけれど、口に出してしまった。
「こんな時に一人でいると、ろくでもないことばかり考えてしまいそうで……」
「三重子は、無事だったんだろう?」
「うん……だけど……。この村に来るまでの私って、とにかく何やっても上手くいかなくて。だけど、ここに来てからは楽しくていい事ばかりが続いてて。
──その運が切れちゃったのかなって。それが三重子さんにまで降りかかったんじゃないかって、ちょっと不安になったの」
「……ああ。里には、背中に色々とついていたからな」
「え……」
私が驚いて見上げると、汐は言ってなかったか、と呟いた。
どういうことだろう。
背中に色々って、なにが?
「霊力の強い人間は色々と引き寄せるから。里には少しずつ悪いものが溜まってくっついていた。だが……」
汐は言いながら、私の手を引いた。
引かれるままについていく。
私たちは庭に回り、縁側に並んで腰を下ろした。
「俺がはらってやっただろう」
「……!」
「こうやって」
ぽんぽん、と肩甲骨のあたりをごく軽く叩かれる。
思い出した、その所作に私は呆然としてしまった。
初めて汐に遭った時のことだ。
そういえばあの時、身体が軽くなった。
今更にその行為の意味を理解して、私は感心してしまう。
神様って、すごい……。
「あれから俺の氏子になったんだから、里にはもう悪いものは憑かない。だから安心していい」
「……そうだったんだ。──ありがとう、汐」
今も、不安がどこかにいってしまった。
神様の加護ってすごいな。
だけど……。
「でも……三重子さんを病気から守ることって、できないんだね……?」
なんとなくだけど、それは分かっていることだった。
それでも訊いてしまう。
汐は穏やかなままに頷いて、静かに言った。
「人の寿命はどうしようもない」
「うん……」
神様は万能じゃない。
それは分かってた。
ただ、私にしてくれたように目に見えない悪いものを追い払ってくれたり、ほんの少し元気を分けてくれたり。
「すこし、不思議だったんだけど……」
「うん?」
「神様は、どうして私たち人間のことを、そんな風に思っていてくれるのか」
私の問いかけに、汐は少し瞳を瞠ってから、やんわりと細める。
それは慈しむような穏やかな色をしていて、私は少しどきりとした。
「信仰でつながっているということもあるが……。人はみな、愛おしい」
「……!!」
いとおしい。
それは私個人に向けられた言葉じゃないけど、十分に温かくて、ちょっとだけ鼓動が早くなった。
「や……えっと、私が勝手に人間を代表して言っちゃうけど。……ありがと。神様」
わかっていても少し気恥しい言葉に、そうお礼を言う。
うん、おかげで落ち着いて眠れそうだわ。
そして汐の言葉一つで、こんなに気持ちが揺れる自分がなんとも面映ゆい。
考えて、さらに羞恥を覚えた。
だから誤魔化すように口にするのは、他の神様の事だ。
「氏康さんも、そんな感じなのかな。送ってくれてたよね、さっき。早く知らせてあげたいな、三重子さん無事だったよって」
私は少し熱くなった自分の耳元を両手で押さえて、そう言った。
はしゃいでもいたかもしれない。
だけど私がそう言うと、汐はどこかに表情を置き忘れてきたみたいな顔つきになった。
「……汐?」
どうしたのかと、戸惑う私にしばらく黙り込んでから、里、とあらたまったように名を呼ぶ。
「……里。氏康は、そう遠くないうちに、神格を失って土地神ではなくなる」
0
あなたにおすすめの小説
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる