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職業選択の自由
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蓮川さんは、掃除が終わったら帰っていいからと言い置いて社務所に戻っていった。
残された私は掃除を再開しながら、さっきの話について色々と考えてしまう。
神社って当たり前にあるものだと思っていたけれど、経営とか働く人手とか難しいことがたくさんあるんだな。
とくに過疎の田舎では、成り手がないという神社の管理者である神職の方々。
蓮川さん一人を見ても、高齢化が進んでいることは理解できるし。
つらつらと物思いにふけっていると、傍らで人の姿になった汐が懐手をしながら言った。
そういえばここらは少し肌寒くなってきたよね。
「……お前、さっきの話を聞いて宮司になろうなんて思っていまいな」
「……」
訊かれて私は少し黙り込む。
そういう言い方をするってことは、汐は私が神職になるのは反対なのかな。
「私がなったら、何か都合の悪いことでもある……?」
贄が神職だと不味いとか、そういうことでもあるのかと首を傾げて問うてみる。
汐は私の方を見ないまま、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「将来の職というものは、もっと……希望をもって選ぶものだろう。一生かけて、やり遂げたいとか。一生を捧げて構わないと思うほど、その仕事が好きだとか」
「……」
汐の言わんとするところは、分かった。
わかったけれど……。
「いや……そこまでものすごい決意で職をきめる人って、少ないんじゃないかな」
たしかにそういう人もいるだろうし、そうなれれば素敵だけど。
そこまで重い気持ちで決める人って、わりと一握りだと思うけどな。
「昨夜見た、熱情大陸の影響受けすぎじゃない?」
思わず訊くと、汐は驚いたように私の顔を見た。
あ、図星なんだね。
すごい感動したよね。あの職人さんの御話。
この仕事に誇りをもってます、みたいなお話もカッコよかったし。
「……ちがうのか。人間は、皆ああいうものかと」
「いや、もちろん、ああいうすごい人もいるけど。……親の家業を継ぐ、とか。少し興味を持ったので、とかいうのも立派に選ぶ理由にならないかな」
「……」
私はそういう人の意志も、きちんと尊重したいと思う。
だけど汐は、私の言葉に驚いたように黙り込んでしまった。
それから何か考えるような顔つきになり、眉根を寄せた。
「それで里は……興味を持ったのか?宮司という職に」
訊き返されて私は、少し口を噤んだ。
なんだろう、訊かれてすごくもやもやとする。
汐は真剣な表情で私にそう訊いたけれど、私自身は訊かれたこと自体に何か言い知れない感情を覚えてしまった。
──面白くない。
端的に感情だけを取り出すと、そんな感じ。
なぜだろう。私は今、汐に腹を立てている。
子供が地団太ふんで言い返してやりたいって思うような、そんな幼くてわがままな気持ちで。
「……私は」
そう言って汐を見上げた。
黒い綺麗な瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「一生、汐の傍に居たいと思ってるから。そのための方法に宮司になるって考えるの、おかしくないでしょ」
一息の早口言葉みたいに言ってやると、汐は飛び出してきた自転車の前で固まった猫みたいな顔をしていた。
やめてよ、轢いちゃいそうになるじゃない。
だけど、取り消したりしてやらない。
赤くなったりもしてやらない。
「里……それは……」
おろおろと何か言おうとする汐を無視して、私は掃除を再開した。
「……」
「里、それは、その……」
知らない。私は怒ってる。
色々と考えて一生懸命、あなたの傍に居られる方法を考えていた私に、頭ごなしに否定するようなことしか言わない汐なんか、知らない。
視線を合わせないでいると、汐は猫に戻って私の足元をウロウロとした。
猫の時と人間の時と変わらない、なんて言っておきながら。
その姿だと私が許すと思ってるんでしょう。
……その通りだよッ!
そぉっと半分しゃがみ込むようにして、ちょっとだけ頭を撫でてやる。
耳を下げてふんふんと鼻先を押し付けてこようとするのへ、それは許さない。
半分許すけど、半分はまだ許さない。
残った掃除を片づけながら、私は半分ずつの複雑な感情に悩み続けた。
残された私は掃除を再開しながら、さっきの話について色々と考えてしまう。
神社って当たり前にあるものだと思っていたけれど、経営とか働く人手とか難しいことがたくさんあるんだな。
とくに過疎の田舎では、成り手がないという神社の管理者である神職の方々。
蓮川さん一人を見ても、高齢化が進んでいることは理解できるし。
つらつらと物思いにふけっていると、傍らで人の姿になった汐が懐手をしながら言った。
そういえばここらは少し肌寒くなってきたよね。
「……お前、さっきの話を聞いて宮司になろうなんて思っていまいな」
「……」
訊かれて私は少し黙り込む。
そういう言い方をするってことは、汐は私が神職になるのは反対なのかな。
「私がなったら、何か都合の悪いことでもある……?」
贄が神職だと不味いとか、そういうことでもあるのかと首を傾げて問うてみる。
汐は私の方を見ないまま、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「将来の職というものは、もっと……希望をもって選ぶものだろう。一生かけて、やり遂げたいとか。一生を捧げて構わないと思うほど、その仕事が好きだとか」
「……」
汐の言わんとするところは、分かった。
わかったけれど……。
「いや……そこまでものすごい決意で職をきめる人って、少ないんじゃないかな」
たしかにそういう人もいるだろうし、そうなれれば素敵だけど。
そこまで重い気持ちで決める人って、わりと一握りだと思うけどな。
「昨夜見た、熱情大陸の影響受けすぎじゃない?」
思わず訊くと、汐は驚いたように私の顔を見た。
あ、図星なんだね。
すごい感動したよね。あの職人さんの御話。
この仕事に誇りをもってます、みたいなお話もカッコよかったし。
「……ちがうのか。人間は、皆ああいうものかと」
「いや、もちろん、ああいうすごい人もいるけど。……親の家業を継ぐ、とか。少し興味を持ったので、とかいうのも立派に選ぶ理由にならないかな」
「……」
私はそういう人の意志も、きちんと尊重したいと思う。
だけど汐は、私の言葉に驚いたように黙り込んでしまった。
それから何か考えるような顔つきになり、眉根を寄せた。
「それで里は……興味を持ったのか?宮司という職に」
訊き返されて私は、少し口を噤んだ。
なんだろう、訊かれてすごくもやもやとする。
汐は真剣な表情で私にそう訊いたけれど、私自身は訊かれたこと自体に何か言い知れない感情を覚えてしまった。
──面白くない。
端的に感情だけを取り出すと、そんな感じ。
なぜだろう。私は今、汐に腹を立てている。
子供が地団太ふんで言い返してやりたいって思うような、そんな幼くてわがままな気持ちで。
「……私は」
そう言って汐を見上げた。
黒い綺麗な瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「一生、汐の傍に居たいと思ってるから。そのための方法に宮司になるって考えるの、おかしくないでしょ」
一息の早口言葉みたいに言ってやると、汐は飛び出してきた自転車の前で固まった猫みたいな顔をしていた。
やめてよ、轢いちゃいそうになるじゃない。
だけど、取り消したりしてやらない。
赤くなったりもしてやらない。
「里……それは……」
おろおろと何か言おうとする汐を無視して、私は掃除を再開した。
「……」
「里、それは、その……」
知らない。私は怒ってる。
色々と考えて一生懸命、あなたの傍に居られる方法を考えていた私に、頭ごなしに否定するようなことしか言わない汐なんか、知らない。
視線を合わせないでいると、汐は猫に戻って私の足元をウロウロとした。
猫の時と人間の時と変わらない、なんて言っておきながら。
その姿だと私が許すと思ってるんでしょう。
……その通りだよッ!
そぉっと半分しゃがみ込むようにして、ちょっとだけ頭を撫でてやる。
耳を下げてふんふんと鼻先を押し付けてこようとするのへ、それは許さない。
半分許すけど、半分はまだ許さない。
残った掃除を片づけながら、私は半分ずつの複雑な感情に悩み続けた。
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