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暗部山~ホラー話をしてると本当に
しおりを挟む我が来つる 方も知られず 暗部山
木々の木の葉の 散るとまがふに
藤原敏行朝臣・古今和歌集
恋バナも結局、いい男っていないわよねぇっていうため息になってしまって、沈んだ座を盛り上げるためにホラー話になった。呪いのヴィデオの映画で井戸が怖かった、アメリカでリメイクされた方がもっと怖かったよ、なんてにぎやかになって、ケータイを使ったのもあったね、次はなんだろうってことになった。
学生時代の友人、麻希とつぐみにひさしぶりに会うことになって、給料日後の金曜日の夜にあたしの部屋で、キムチ鍋を囲んでいるんだから、恋バナなんて元々野暮な話だった。
最後に会ったのは二人ともいつ以来なのか思い出せないけれど、そこは同じテニス・クラブ仲間で、クラブって言っても別の大学の男子学生のサークルと一緒に練習するっていう“出会い確実!”みたいなことで入ったわけだけど、卒業して4年経って結婚とかそういうところまで行ったのは同級生で13人中3人だけ、すぐ下は11人中3人だから、成績悪いわねというのが麻希の分析だ。
そういう見方はメーカーで資材管理部門にいるってことのせいなのかもしれないけど、自分たちで成績を引き下げているじゃないって、缶チューハイを飲みながら突っ込みを入れてやった。
つぐみが赤ワインのコルクをぼろぼろにしちゃってるのを麻希は引き取って、器用に栓を開ける。つぐみはおっとりしてるし、家がお金持ちだからその関係で、生命保険会社の重役秘書をしているそうだけれど、スケジュール管理もできないから受付に回されちゃいそう。っておじさんたちの面倒見てるよりチャンスが増えていいじゃないなんて、これまた麻希から突っ込みを入れられてた。
それで、新しいホラーをあたしたちで考えようなんて話になったわけ。
「そりゃ、今度はインターネットとかメールだよ」とあたしが言う。
「うん、それはもうあるかもね。新しいIT技術が出ればそれを使ったホラーが出るってパターン」
麻希はワインをタンブラーグラスで飲んでいる。
「呪いのサイトを見ると1週間後に死んじゃうとか?」とつぐみはもう怖そうな顔で言う。
「あはは。それじゃあパクリよ」
「じゃあ、どんなの?」
もう硬く、小さくなってしまった牡蠣を食べながらあたしが言う。
「そうね。……自殺サイトで出会って、お互いにウェブカメラで練炭自殺する様子を見て、チャットしながら死ぬのってどう?」
「やだあ」
「でも、独りで死ぬのがイヤだなんて、首尾一貫してないじゃない。ネットの中の関係はネットで完結しろって」
「なんか麻希らしいな」
あたしは、時々、時事批評みたいなことを言っちゃうのが悪い癖。
「それって、全然ホラーじゃない。お化けとか幽霊出てこないもん」
「出てこなくても怖いよ」
「自殺する人なんていっぱいいるじゃない。一昨日の朝も中〇線遅れて、困っちゃった」
つぐみって怖がりなくせに少しツボが外れると平気なようだ。
「じゃあさ。チャットで話してる相手が幽霊だったっていうのは?」
「何人もいる中で一人だけ?」と言ってから、麻希は一対一のチャットのことを言ってるって気づいた。麻希も出会い系っぽいのを自分がやってるってあたしが思ったのに言い訳もしにくくて変な表情を浮かべた。
そこにつぐみが幽霊って言葉に反応してくれて助かった。
「それで何か起きちゃうの?」
「チャットで言ってるとおりのことが起こるってのは? 時計が止まるとか。物音が聞えるとか」
「だんだんエスカレートしていくと怖そうね。今、後ろにいるよなんて」
「やめてよぉ。本当に怖くなってきた」
つぐみは自分で自分の肩を抱いている。こういうホラー話って本気で怖がられたら続かなくなってしまうんだよなって思ってたら、麻希が少し違う方向から分析してみせた。
「でもさ。ああいうのって無差別に恨みを向けてくるのが怖いのかな」
「うん。得体の知れない怖さってことじゃない?」
「身に覚えがないから怖いんだよ」
誰かが言った言葉がきっかけで、あの小説のあそこが怖かった、あの映画のあの場面で驚いたって、あたしもそうだけど、みんなよく見てるなってくらいいろんな話が出た。その中で、麻希がぽつりと言った。
「でもさ。やっぱり信頼してる人に裏切られたっていうのがいちばん恨みが深いよ」
「そうね。そうだよね」
もうキムチ鍋は冷えきって、ポテチやスルメを齧りながら缶チューハイを飲んでいる。あたしは何気なく聞いていたけど、二人がそう言って一瞬視線を交わしたのは気がついていた。
「彼氏に裏切られたりすると?」と話のつなぎのように訊くと、つぐみが言う。
「男は裏切ることもあるって最初から思ってるからいいの」
「そうだよ。友だち同士で裏切ることもないのに裏切る方がひどいよね」
何かひっかかるような言い方をする。でも、あたしはこの二人を裏切ったことなんかない。じゃあ、誰のことを言ってるのって思う。
「うん。それにそれを全然覚えてないって最悪じゃない?」
「最悪だよ。平気な顔して自分の部屋に呼んで、仲良く鍋でもしようよなんて」
あたしのことを言っている。今日のことを言っている。だんだんしゃべり方がゆっくりと、静かになっていく。
あたしは二人の顔を見るのが怖くなって、うつむいている。思い出さなくては。でも思い出すともっと怖くなる。それだけはわかる。
「そう、そうやって封じ込めてきたんでしょうね。井戸より深いところに」
「自分がいちばんかわいいのね。昔からそうだった。子どもの時に歪んだのよ」
「あの時もそうだった。寒かった」
「寒かった。でも、もっと悲しかったよ。こんな山の中でどうして?」
その声を聞いて思い出してしまい、はっとして二人の見たこともないような顔を見ると、何かが視界を横切って部屋の灯りが消えた。
風を頬に受けてあたしはあの暗い場所にいることに気づいた。ざわっと周りの樹木が鳴って、思いがけないほどの木の葉が次々と落ちてくる。
**************
最初の和歌の意味は、自分の歩いて来た方角も判らない、その名のとおり暗い暗部山に、木々の木の葉が散り乱れて見分けがつかないといったところでしょうか。「暗部山」(今の鞍馬山という説も有力です)の暗く、鬱蒼として昏いといったイメージでこの歌は出来ている感じです。
藤原敏行は三十六歌仙の一人で、平安時代前期の歌人、能書家としても有名です。
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