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第11話
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――アレク視点――
ニーナが薬師訪問した夜、ラルフの様子が気になった俺は、部屋の入り口まで足を運んだ。
気づかれないように息を殺して扉を開けると、体を起こして本を読むラルフの姿が見える。
寝ていなくても平気なのか、と問いかけたい気持ちはあるが、ニーナに干渉しすぎるなと注意されたばかり。薬師の言うことには従わなければならないので、グッとこらえた。
元気そうで何よりだ。無理をしていないのであれば、それでいい。
様子を見に来ただけなので、ラルフに声をかけずに離れようと思っていたが、本をパタンッと閉じたラルフと目が合ってしまう。
こうなっては仕方がないので、気配を遮断するために使っていた闇魔法を解除し、部屋の中に入ることにした。
「眠れないのか?」
「ちょっと食べ過ぎて困ってるだけだよ。このまま横になるよりは、体を起こしていた方が楽だから」
「無理して食べるべきではないと聞いているぞ」
「薬を飲む水の量を計算してなかったから、思っている以上に水でお腹が膨れちゃって」
そう言ったラルフはお腹をさすり、苦笑いを浮かべている。
どうやら本当に食べ過ぎただけみたいだ。顔色も良いし、変な汗もかいていない。
これなら心配する必要はないだろう。
「……」
「……」
本当に心配するべきことは、俺たちの兄弟関係の方かもしれない。会話の内容を考えてこなかったため、何を話していいのかわからなかった。
年齢が離れていることもあり、同じ屋敷で暮らした時間は短く、遊んでやった記憶はあまりない。ラルフが小さい頃、俺は魔術師の仕事に夢中になりすぎていた。
だから、あの時も……。
「兄さんってさ、あのことをまだ気にしてるの?」
心を見透かされているような目で見られ、俺は思わず目を逸らした。
当然のように思い当たる節があるからだ。
七年前、魔術の研究をしていた俺は、実家で強化魔法陣を開発していた。
制御不足で苦戦していたものの、実験を繰り返すことで物質の強度を高めることに成功。完成形が見えてきて、徹夜で作業を続けていたら、事故が起こってしまった。
気づかなかったんだ。何も知らずに近づいてきた、ラルフの存在に。
それから、ラルフは病弱な体になり、生活が一変した。
強化魔法陣が体に悪影響を与え、魔力が大きく乱れると共に、筋肉が硬質化。研究段階の魔法陣が原因であるため、ハッキリとした治療法があるわけでもなかった。
回復魔法では治すことができず、薬で体質を変えるしか方法がない。それから、ラルフはベッドで寝たきりの生活が余儀なくされてしまった。
最悪、急激に悪化して命が失われることもあるかもしれない、未だに知り合いの魔術師にはそう言われている。強化魔法陣が体に与えた影響は未知数であり、作った俺にもわからないのだ。
しかし、こうして今もラルフは無事に生きている。それだけが唯一の救いだった。
だから、せめてもの償いとして、幸せな生活を俺が作ってやらなければならない。
「……さん? ……兄さん。ねえ、僕の話ちゃんと聞いてる?」
「すまない。聞こえていなかったみたいだ」
「この話をするとすぐに誤魔化すんだから。この時間は誰も来ないし、普通に答えてくれたらいいのに」
膨れっ面になるラルフを見ると、不思議と心が落ち着くのだから、俺はどうしようもないやつだろう。
今までラルフに責められたことはなく、逆に気遣ってくれることもあるため、余計にそう思うのかもしれない。
こんな心優しいラルフには、やはり幸せになってもらうべきだ。
「話は変わるが、ニーナはどうだ」
「ニーナ先生は素敵な人だよ。出会った頃から優しくて、気軽に声をかけられる。診察も丁寧だし、不満はないかな」
「仕事ぶりを見る限り、俺も同じ印象を受けるが、それは薬師としての印象だろう。婚約者として見る分にはどうなんだ」
「うーん、難しい話だよね。薬師のニーナ先生しか知らないから。普段はどんな感じなの?」
ラルフが興味を持つのは良いことだ。しかし、普段のニーナは……何とも言えない。
朝は一人で起きられないし、寝癖のまま城内を徘徊するし、常に白衣はヨレヨレ。周りに気づかれないことを逆手に取り、仕事以外はのびのびと過ごしている印象だった。
むしろ、王城で過ごすという縛られた環境で働いているにしては、自由すぎる。礼儀正しい一面もあるが、貴族らしいところは見当たらない。
そんなことをラルフに言えるはずもないので……、
「自分らしさを持っている人間ではあるな」
などと、当たり障りない表現しかできなかった。
病弱なラルフと婚約する分には、身だしなみに疎くても問題ないだろう。パーティーに参加する必要はないし、身内に会う程度であれば、礼儀なんて関係ない。
二人が幸せになってくれれば、それで構わない。ラルフも悪い印象はないみたいだから、うまくいきそうな気がする。
「ニーナ先生は不思議な人だよね。今までの薬師さんは、威張ってる人や忙しない人が多かったもん」
「男爵家である以上、そんな態度が取れない……というよりは、人柄の問題だな。心が弱っている患者や子供には優しく接しているみたいだ」
いつも王城に足を運ぶ大人の患者には無愛想に対応するが、ラルフには優しく微笑んでいた。きっとあれが本来の薬師ニーナの姿に違いない。
しかし、少しでもトラブルが起こると判断すれば、殻に閉じこもるように身を守り、危険を遠ざける癖がある。自分の存在を消すようにして。
何とも不器用な生き方をしていると思うのは、ニーナが無意識で闇魔法を使い、影を薄くしている点だ。
闇魔法の扱いは難しく、俺でもあそこまで高度なものは使えない。どうしてもニーナが隠れたいと思う時は強く発動するみたいで、そういう時は探知魔法を駆使しても見つけられなかった。
いつも昼時は姿が見えなくなるが、いったい何を食べているんだろうか。
「そういえば、ニーナ先生の家はお金に困ってるの?」
ラルフの言葉で我に返った俺は、ニーナの書類に記載されていたデータを思い出す。
「俺の知る限り、ニーナのルベット男爵家は薬草菜園を営んでいる。天候に左右されやすいだけでなく、隣国から安くて質の良い薬草が入ってきているため、経営難に陥っているんだろう」
「じゃあ、本当にお金目的での婚約なんだね」
「……不服か?」
「ううん。どんな形であったとしても、ニーナ先生が納得するならいいと思う。婚約するのなら、幸せにしてあげたいと思うし」
寝たきりで本を読むことが多い影響か、ラルフは大人びた考え方をすることが多い。貴族らしくない一面もあるが、今回は良い形で表れているだろう。
やはりラルフになら、安心してニーナを任せることができる。
しかし、何か納得できないことがあるのか、ラルフの表情が険しくなった。
「でも、兄さんは本当にいいの? ずっと探してたのって――」
「今日は夜も遅くなった。体調が悪化しないように、しっかり休むといい」
「もう。都合が悪くなると、すぐに誤魔化すんだから」
病弱なラルフに無理をさせるわけにはいかなかったので、強引に話を終わらせた俺は、そのまま部屋を後にした。
余計な話は覚えているものだな、と思いながら。
ニーナが薬師訪問した夜、ラルフの様子が気になった俺は、部屋の入り口まで足を運んだ。
気づかれないように息を殺して扉を開けると、体を起こして本を読むラルフの姿が見える。
寝ていなくても平気なのか、と問いかけたい気持ちはあるが、ニーナに干渉しすぎるなと注意されたばかり。薬師の言うことには従わなければならないので、グッとこらえた。
元気そうで何よりだ。無理をしていないのであれば、それでいい。
様子を見に来ただけなので、ラルフに声をかけずに離れようと思っていたが、本をパタンッと閉じたラルフと目が合ってしまう。
こうなっては仕方がないので、気配を遮断するために使っていた闇魔法を解除し、部屋の中に入ることにした。
「眠れないのか?」
「ちょっと食べ過ぎて困ってるだけだよ。このまま横になるよりは、体を起こしていた方が楽だから」
「無理して食べるべきではないと聞いているぞ」
「薬を飲む水の量を計算してなかったから、思っている以上に水でお腹が膨れちゃって」
そう言ったラルフはお腹をさすり、苦笑いを浮かべている。
どうやら本当に食べ過ぎただけみたいだ。顔色も良いし、変な汗もかいていない。
これなら心配する必要はないだろう。
「……」
「……」
本当に心配するべきことは、俺たちの兄弟関係の方かもしれない。会話の内容を考えてこなかったため、何を話していいのかわからなかった。
年齢が離れていることもあり、同じ屋敷で暮らした時間は短く、遊んでやった記憶はあまりない。ラルフが小さい頃、俺は魔術師の仕事に夢中になりすぎていた。
だから、あの時も……。
「兄さんってさ、あのことをまだ気にしてるの?」
心を見透かされているような目で見られ、俺は思わず目を逸らした。
当然のように思い当たる節があるからだ。
七年前、魔術の研究をしていた俺は、実家で強化魔法陣を開発していた。
制御不足で苦戦していたものの、実験を繰り返すことで物質の強度を高めることに成功。完成形が見えてきて、徹夜で作業を続けていたら、事故が起こってしまった。
気づかなかったんだ。何も知らずに近づいてきた、ラルフの存在に。
それから、ラルフは病弱な体になり、生活が一変した。
強化魔法陣が体に悪影響を与え、魔力が大きく乱れると共に、筋肉が硬質化。研究段階の魔法陣が原因であるため、ハッキリとした治療法があるわけでもなかった。
回復魔法では治すことができず、薬で体質を変えるしか方法がない。それから、ラルフはベッドで寝たきりの生活が余儀なくされてしまった。
最悪、急激に悪化して命が失われることもあるかもしれない、未だに知り合いの魔術師にはそう言われている。強化魔法陣が体に与えた影響は未知数であり、作った俺にもわからないのだ。
しかし、こうして今もラルフは無事に生きている。それだけが唯一の救いだった。
だから、せめてもの償いとして、幸せな生活を俺が作ってやらなければならない。
「……さん? ……兄さん。ねえ、僕の話ちゃんと聞いてる?」
「すまない。聞こえていなかったみたいだ」
「この話をするとすぐに誤魔化すんだから。この時間は誰も来ないし、普通に答えてくれたらいいのに」
膨れっ面になるラルフを見ると、不思議と心が落ち着くのだから、俺はどうしようもないやつだろう。
今までラルフに責められたことはなく、逆に気遣ってくれることもあるため、余計にそう思うのかもしれない。
こんな心優しいラルフには、やはり幸せになってもらうべきだ。
「話は変わるが、ニーナはどうだ」
「ニーナ先生は素敵な人だよ。出会った頃から優しくて、気軽に声をかけられる。診察も丁寧だし、不満はないかな」
「仕事ぶりを見る限り、俺も同じ印象を受けるが、それは薬師としての印象だろう。婚約者として見る分にはどうなんだ」
「うーん、難しい話だよね。薬師のニーナ先生しか知らないから。普段はどんな感じなの?」
ラルフが興味を持つのは良いことだ。しかし、普段のニーナは……何とも言えない。
朝は一人で起きられないし、寝癖のまま城内を徘徊するし、常に白衣はヨレヨレ。周りに気づかれないことを逆手に取り、仕事以外はのびのびと過ごしている印象だった。
むしろ、王城で過ごすという縛られた環境で働いているにしては、自由すぎる。礼儀正しい一面もあるが、貴族らしいところは見当たらない。
そんなことをラルフに言えるはずもないので……、
「自分らしさを持っている人間ではあるな」
などと、当たり障りない表現しかできなかった。
病弱なラルフと婚約する分には、身だしなみに疎くても問題ないだろう。パーティーに参加する必要はないし、身内に会う程度であれば、礼儀なんて関係ない。
二人が幸せになってくれれば、それで構わない。ラルフも悪い印象はないみたいだから、うまくいきそうな気がする。
「ニーナ先生は不思議な人だよね。今までの薬師さんは、威張ってる人や忙しない人が多かったもん」
「男爵家である以上、そんな態度が取れない……というよりは、人柄の問題だな。心が弱っている患者や子供には優しく接しているみたいだ」
いつも王城に足を運ぶ大人の患者には無愛想に対応するが、ラルフには優しく微笑んでいた。きっとあれが本来の薬師ニーナの姿に違いない。
しかし、少しでもトラブルが起こると判断すれば、殻に閉じこもるように身を守り、危険を遠ざける癖がある。自分の存在を消すようにして。
何とも不器用な生き方をしていると思うのは、ニーナが無意識で闇魔法を使い、影を薄くしている点だ。
闇魔法の扱いは難しく、俺でもあそこまで高度なものは使えない。どうしてもニーナが隠れたいと思う時は強く発動するみたいで、そういう時は探知魔法を駆使しても見つけられなかった。
いつも昼時は姿が見えなくなるが、いったい何を食べているんだろうか。
「そういえば、ニーナ先生の家はお金に困ってるの?」
ラルフの言葉で我に返った俺は、ニーナの書類に記載されていたデータを思い出す。
「俺の知る限り、ニーナのルベット男爵家は薬草菜園を営んでいる。天候に左右されやすいだけでなく、隣国から安くて質の良い薬草が入ってきているため、経営難に陥っているんだろう」
「じゃあ、本当にお金目的での婚約なんだね」
「……不服か?」
「ううん。どんな形であったとしても、ニーナ先生が納得するならいいと思う。婚約するのなら、幸せにしてあげたいと思うし」
寝たきりで本を読むことが多い影響か、ラルフは大人びた考え方をすることが多い。貴族らしくない一面もあるが、今回は良い形で表れているだろう。
やはりラルフになら、安心してニーナを任せることができる。
しかし、何か納得できないことがあるのか、ラルフの表情が険しくなった。
「でも、兄さんは本当にいいの? ずっと探してたのって――」
「今日は夜も遅くなった。体調が悪化しないように、しっかり休むといい」
「もう。都合が悪くなると、すぐに誤魔化すんだから」
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余計な話は覚えているものだな、と思いながら。
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