【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ

文字の大きさ
5 / 99
第一章

第5話:遅刻はダメ!

しおりを挟む
 街の声が小さく響き、朝日が差し込む頃。エリスとジルはベッドの上でスヤスヤと眠っていた。

 三年にわたって看病を続けたエリスは、ようやく昨日、心身の負担から解放されたばかり。久しぶりに熟睡して気が緩みすぎたこともあって、弟の体温を感じたまま、起床時間が過ぎても眠っていた。

 ようやく目が覚めたと思っても、ムニャムニャと口を動かし、「うーん、もう朝……。あとごふんだけ……」と、ジルを軽く抱き締め、五度寝である。もう一度言おう。二度寝ではなく、五度寝である。

 一方、闘病生活が終わったジルは、三年前と同じ幼い子供のまま。昨夜はちょっぴり姉に緊張しながら布団へ入ったものの、姉以上に爆睡。人恋しい年頃なのか、ただ姉に甘えたいだけなのか、エリスに寄り添って眠っていた。

 その結果、二人はとても幸せな夢の中へ旅立っている。そして、ついには街の時計台に備え付けられている鐘がゴーン、ゴーン……と、七回も鳴り響く。

 これは、エリスが毎朝家を出る合図にしているものであって……。

「はへぇ~。鐘が鳴ってるから、ギルドへお仕事に行かないと……」

 無意識に反応するものの、寝ぼけて思考能力の低下している状態では、現状が理解できない。呑気にジルの頭に頬をスリスリして、ジルのニオイがする~、なーんて呟いているのである。

 ただ、少しずつ冷静に考えられるようになってくると、理解できるわけであって……。

 ガバッ! と、一気に布団をめくり上げて、エリスは上体を起こした。顔からサーッと血の気が引いた後、火山が噴火するような勢いで焦りが爆発する!

 やってもた~~~! である!

「ちょっとジル、早く起きて! 遅刻! 遅刻するから!」

 ユサユサユサ! と、猛烈な勢いで揺すり、ジルを起こす。

「う、う~ん。エリスお姉ちゃん、揺らしすぎ~……」

「呑気なことを言ってないで! もう家を出る時間が過ぎてるの! 早くしないと怒られるから、ちゃんと起きて着替えておいてね。私も急いで支度してくるから」

「もう……、僕は怒らないと思うんだけどぉ……」

 まったくもって、その通りである。

 部屋を飛び出したエリスがドタバタと動き回り、急いで自分の部屋へ向かう。錬金術ギルドの制服に着替え、洗面所で顔を洗って寝癖を直し、朝のパンを二枚トースターにセット。

 ノソノソと着替えて起きてきたジルを担ぎ、寝癖だけパパッと直すと、チーン! とパンが焼き上がる。慌ただしく動き回り、二枚のパンにバターを塗ったエリスは、ジルに一枚手渡した。

「私はいつも早めに出社してるから、これくらいの寝坊なら巻き返せるの。でも、朝ごはんをのんびり食べる暇はないわ。急いで食べる時間があるだけよ」

「それって、時間がないんじゃ……」

「グズグズ言わないの! 食べる時間があるんだし、実質余裕みたいなものよ。全然大丈夫、自分を信じて、エリス。うん、ありがとう」

 パニック状態に陥っているエリスは、自分で励まして、自分にお礼を言っていた。

 四人で暮らすような大きな家で、寝たきりの弟を一人で看病していたエリスは、寂しさを和らげる方法として、一人二役で会話する癖がついている。寂しさがなくなるわけではないけれど、塞ぎ込んだまま家の中で一人だけ……というよりは、マシだったのだ。

 たまに職場の錬金術ギルドでやってしまい、変な目で見られることもあったが。

「ちょっとくらい遅刻しても大丈夫だよぉ……。一緒に謝ってあげるから」

「子供と大人では状況が変わるの! ジルのポーションだって、錬金術ギルドを経由して手に入れてたんだよ? 色々お世話になってるんだし、必要以上に迷惑はかけられないの」

 それなら急がないとダメか……と考え始めたジルは、妙な違和感を覚えた。

 昨日ジルが目覚めたのは、昼下がりの午後。錬金術ギルドの制服に身を包んでいたエリスが、昼間から一緒に話し込むほど時間が取れるはずもない。自分のために無理やり仕事を抜けてきたとすれば、すでに迷惑をかけているかもしれない、と考えてしまう。

 昨日自分が話し込んでいたせいで、エリスはギルドに戻れなかったのではないか、と。

 ――どうしよう、すっごい迷惑をかけてる気がする。急いで食パンを食べないと!

 今までゆっくり食べていた姿が嘘のように、ジルは猛スピードでパンを食らう。小さなほっぺたがプクッと膨らみながらも、もっと入ると言わんばかりに食パンを詰め込む!

「ジ、ジル!? 無茶をしない程度に急いで。喉を詰まらせたら、シャレにならないから」

「ふぁいぼうぶ。ふぁんとはむはら」

「ちゃんと噛むから大丈夫なのね。今のジルの言葉、よく理解したわね、エリス。任せてよ、弟のことなら何でもわかるわ。すごいよ、エリス」

 この後も一人で会話を続けたエリスは、ジルよりも遅く食べ終わるのだった。

***

 朝ごはんを食べ終えた二人は、戸締りをチェックした後、家を飛び出していく。時計台の時間を確認したエリスは、これなら歩いても間に合うと判断して、ホッと安堵するようにため息を吐いた。

「遅刻はしなさそうだから、ギルドまで歩いていくよ。途中でお腹が痛くなっても大変だし」

「よかった、間に合うんだね」

 エリスよりもホッとしたような表情を浮かべたジルは、焦っていた時には気づかなかった周りの景色が、ゆっくりと見え始める。

 三年ぶりに家の外へ出た街並みは、なんとなく見慣れた光景が目に映るけれど、違和感が生まれるほどには変化していた。

 何もなかった場所に家が建っていたり、木が生えていたり、知らない人ばかりが歩いていたり。まるで、知らない場所に迷い込んでしまったような感覚になったジルは、エリスの服をつまむ。

 エリクサーでスッカリ元気になったものの、ジルはまだまだ幼い子供のまま。弟の懐かしい人見知りっぷりを見たエリスは、仕方ないなーと思い、手を繋いで歩くことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...