ブラックテイルな奴ら

小松広和

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第二十一章 芽依と言う人物

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 部屋をノックする音と共に妹の芽依が部屋に飛び込んできた。どうやらノックをすることだけは覚えたようだが、返事を待たずに部屋に飛び込んではノックをする意味がないということは分かっていないようだ。
「あ! 小百合さん来てたんだ。おはよう」
「芽依ちゃん、おはよう」
「この頃小百合さんよく来るね」
「そうね。お兄さんと重要な話があるからよ」
「ええ! 重要な話って将来のこと?」
「こら芽依、何を言い出すんだ!」
俺は少し動揺した。そんなことを聞いて、もし小百合に否定されたら落ち込んでしまうじゃないか。
「残念ながら将来の話ではないわね」
「なあんだ。てっきり別れ話をしているのかと思ったのに」
「突然、何てことを言い出すんだ!」
俺は焦って芽依を怒鳴りつけた。縁起でもない。マリーは芽依にわからないようにそっと頷いている。
「どうして別れ話だと思ったの?」
小百合が優しく芽依に聞く。
「だって大きな声で怒鳴ってたじゃん」
「え? 聞こえていたの?」
「芽依の部屋隣だもん。聞こえてくるよ」
俺と小百合は顔を見合わせた。
「ねえ、芽依ちゃん。どんな話が聞こえてきたの?」
「ええっと、何か今日からこの部屋で寝るとか」
「それは違うの」
小百合は慌てて否定し、マリーはプッと噴出した。
「今、変な音がしなかった?」
「してないと思うけど」
俺はそっとマリーを手で隠した。
「そっか。ところで小百合さんて将来お兄ちゃんと結婚するの?」
「芽依! 突然何を言い出すんだ! お前の話は脈略がなさすぎるぞ」
俺は心臓が口から飛び出したのを必死で飲み込んだ。
「ふふふ、気になる?」
小百合は笑っている。何でこんなに落ち着いていられるんだ?
「そうね。どうかなあ。あるってことにしておくわ」
はひ? 今何て言った? 俺は思わず自分の頬をつねった。
「本気なの? よく見てこれだよ」
芽依は俺を指差して言う。
 これとは何だ。と言いたいが声にならない。そんな質問をして小百合の気持ちが変わったらどうするというのだ。
「あら、四郎君は魅力的な人よ」
な、何ですと? 
「四郎君はとても優しいわ。でも、その優しさに付け込んで変な女性が四郎君を偽りの愛で騙そうとするかもしれないでしょ。だから私が守ってあげるようと思っているの」
おお、神様! こ、これはプロポーズと受け取っていいのですか? 俺の目からは涙が溢れようとしている。あかん、ここで泣いたらあかん。
 俺の手の下ではマリーが怒りに震えているのが伝わってくる。
「変な人ってどんな人?」
「そうねぇ。例えば、小賢しく頭が回って四郎君を利用する人とか。常に怒ってばかりいて四郎君に嫌な思いをさせる人とか」
「うわあ、何か嫌だ」
マリーの震えが徐々に大きくなってきている。
「そうでしょう。そんな人がお姉さんになったらどうする?」
「嫌だ。絶対に嫌!」
「そんな人に限って、自分の思い通りにならなかったら『無理心中よ』とか言って四郎君と校舎の屋上から飛び降りようとするのよ。きっと」
「こぉらー! 林郷小百合ー!」
林郷とは小百合の性である。
「黙って聞いてれば好き放題言いやがって~」
ついにマリーの怒りは爆発した。マリーの声とともに雷鳴が部屋中に響き渡る。
 しかしマリーは芽依と目が合うと、また動かない状態にすぐ戻った。
「お、お兄ちゃん。この尻尾今しゃべったよね。部屋の中で雷が鳴ったような気もしたけど」
「まさか~。そんなことがあるわけないだろ?」
「でも確かに『こらー』って言ってたよ」
「気のせいだよ。気のせい」
「おかしいな。動くところも見たんだけど」
芽依はマリーをじっと眺めている。指でつついてみる。持ち上げてみる。
「う~ん」
芽依は不思議そうな顔をしてマリーをちゃぶ台の上に戻した。
「芽依の勘違いかなあ?」
「そうだよ」「そうよ」
俺と小百合は口を揃えて言った。我ながら単純な妹で助かる。
「でも、確かに見たんだけどな」
芽依はまだ納得していないらしくマリーを見続けている。
 そしてまたまたマリーをつついてみる。尻尾を持ってぐるぐる回してみる。
 それにしてもしぶとい。昔から根に持つタイプだと思っていたが、ここまでしつこいとは思わなかった。そう言えば冷蔵庫に入っていた芽依のプリンを食べてしまった時は随分長い間言われ続けたっけ。未だに冷蔵庫のプリンに『めい』て書いてるもんなあ。しかし、よくこれだけしぶとくマリーを観察できるもんだ。俺なら五分であき‥‥
「ワーッ!」
突然の大声に俺も小百合もちゃぶ台から一歩飛び退いた。マリーはすぐ近くで声を聞かされたため驚きも強かったのだろう。三十センチほど飛び上がった。
「やっぱりこいつ生きてる」
芽依はマリーを摘み上げると俺の方に差し出した。
「ちょっと、放しなさいよ!」
マリーも観念したらしく芽依に向かって話し始めた。
「ねえ、お兄ちゃん。尻尾アクセサリーって話ができるの?」
「そんなことあるわけないだろ」
妹の芽依は我が家で一番頭の回転が良くない非常に残念な子だ。
「だって、アクセサリーになる前は狐とかミンクとかで生きてたんでしょ?」
「人間の手足を切ったとして、その手足がしゃべり出したりするか?」
「あっ、そうか」
芽依はマリーを自分の顔に近づけた。
「じゃあ、何でしゃべってるのよ?」
「あなたね。この状況で驚いたり怖がったりしないわけ?」
マリーはため息をつきながら聞いた。
「えっ、驚くのはわかるけど、どうして怖がるの?」
「普通、無生物がしゃべり出したら怖いでしょうが」
「無生物って何?」
「人形とかぬいぐるみがしゃべり出したら怖いでしょう?」
「楽しいじゃない」
「駄目だわ」
マリーは諦めたらしく話さなくなってしまった。わかる気もする。
「芽依ちゃんはまだ小学生だもんね」
小百合が優しくフォローしてくれるが何故か空しい。
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